愚かさの代償

39.挿話1-愚かさの代償

「なにをひるんでいる! さっさとあの屋敷を火の海に沈めよ!」


「しかし、シェヴァリエ男爵……あの魔獣たちのせいで近づくこともままなりません」


「おのれ……あの小僧、どこまでもコケにしてくれる!」


 あの男は先ほどから叫び散らしてばかりだな。


 自分に力が無いからこそ、前には出られないのか。


「醜いものだな、シェヴァリエ。借り物の力を使ってなお、この程度とは」


「貴様、アンドレイ!」


「お前が引き連れてきた翠玉騎士団は、ほぼ全滅したよ。まったく、聖獣様を怒らせるとどうなるか、よくわかる惨状だ」


 先ほど倒れている騎士の様子を確認してきた。


 だがその惨状は、すさまじいものだった。


 腕を切り落とされ、足をはじき飛ばされ、顔を焼き潰されている。


 それでいて、息はあるのだ。


 死んだ方がマシ、と言うような傷であっても死ぬことを許さない、そんな意思が見え隠れしている。


「黙れ! 貴様らさえいなければ!」


「ふぅ、これ以上お前の言葉も聞きたくはない。決着をつけよう」


「なにを、なぜ私が……」


 王命書を握っている右腕を、私の剣が切り飛ばした。


 私がいま持っている剣は、スヴェインが作った魔剣だ。


 火の魔力を含んだ宝石をいくつか並べることで、剣に炎の魔力を宿すことに成功した。


 似たような方式でさまざまな魔剣を生み出していたが、それがかなり高等技術であることなど本人は気付いていないだろうな。


「がぁぁあ! 儂の腕が! 腕がァ!!」


 私は切り落とした腕から王命書と呼んでいた羊皮紙を抜き取り、残った腕は剣の力で焼き捨てる。


 本当によくできた剣だ。


「アンドレイィィ!」


「さて困ったものだ。お前を焼き切ってもいいのだが、お前を殺してしまうとめんどくさいことになりかねん」


 面倒だが意識を刈り取って捕まえておくか。


 そう結論づけて動こうとしたとき、周囲がまた騒がしくなる。


 あの鎧は王宮騎士団か?


「そこまでだ! この騒ぎの元凶はなんだ! なぜ翠玉騎士団が出撃し倒れている!?」


「軍務卿か! 貴様がこの騒ぎを知らぬとはいわせんぞ!」


「シュミット辺境伯か? まて、私には本当になにもわからぬ! お主の屋敷が何者かに襲撃を受けていると王宮に通報があり、我々が出向いたのだ」


 ぬ、どういうことだ?


 王命書の発行には国王陛下と宰相、軍務卿の承認がいるはずだが?


「知らぬというのか! シェヴァリエが王命書を携え、翠玉騎士団を率いてやってきたというのにか!」


「な、王命書だと! そんなものは発行されていない! 本当だ! 実物はあるか!?」


「ここにあるぞ!」


「それを見せていただくことは可能か?」


「よかろう。ただし、妙な真似をすれば斬る」


「わかった。……なんだ、この王命書は! 陛下のサインも宰相と私の承認も、すべてが偽物ではないか!」


「なるほど。しかし、それに踊らされて翠玉騎士団は出撃してきたようだがな」


「……むむ。この騒ぎの元凶はシェヴァリエか?」


「連れてきたのはシェヴァリエだが、元凶は違うだろうな」


「……仕方があるまい、シェヴァリエ男爵を捕らえよ!」


「な、国賊の言葉を信じるのですか!?」


「黙れ! 偽の王命書を持ち出している時点でお前が国賊だ!」


「そんな、私はただ、王妃様のお力になるために……」


「なるほど、王命書の出所は王妃……おそらくは第二王妃だな」


「断言してよろしいのですかな、軍務卿」


「最近、不満を溜めてらっしゃると聞きましたからな。ましてや、王命書を偽造するなどという短絡的なことを第一王妃がするはずもない」


「そうか。それで、この落とし前はどう取るおつもりか?」


「……私では判断がつけられぬ。すまぬが王城まで来てもらいたい」


「構わぬが先ほどの王命書、私の方で預かろう。大事な物証だからな」


「よかろう。……手の空いているものは倒れている翠玉騎士団を運び出せ! 息のあるものを優先だ!」


「いいえ、死人はおりませんよ?」


「セティ殿?」


「はい、セティです。聖獣様が誰も殺さないように手加減してくださいましたからね。慈悲深いことです」


「……翠玉騎士団は、我が国最強の騎士団なのに?」


「聖獣様たちに比べれば大差なしですよ。王城には私も用があるので参りましょう。ああ、聖獣様たちも一緒に来てくださるそうです」


「聖獣様たちが? 一体どこに?」


「空の上にいますよ?」


「なに……あ……」


 ワイズたちがシシンと呼んでいた聖獣たちのうち3匹が、空高くからこちらを見下ろしている。


 あの高さでは反撃などできずに殲滅されるな。


「では、参りましょうか」


「う、うむ」


 さて、どんな話し合いになるのやら、楽しみだ。


**********


 その日、真夜中にたたき起こされた儂はすこぶる不機嫌だった。


 もたらされた報せがあまりにも不吉であったからだ。


「申し上げます。翠玉騎士団がシュミット辺境伯邸を攻撃しております!」


「どういうことだ! なぜ翠玉騎士団が出撃しておる!」


「わかりません! ただ、正規の出撃命令だったとしか……」


「そんなバカなことがあるか! あの騎士団に命令できるのは儂と軍務卿だけだ!」


「はっ、しかし……」


「ともかく、軍務卿を辺境伯邸に向かわせ事態を鎮めさせよ。タイミング的にあまりにもまずい」


「軍務卿様はすでに出撃されております。辺境伯邸の制圧もすぐかと……」


「馬鹿者! 逆じゃ! いま辺境伯邸にはセティが逗留しておる! その気になれば国が終わるぞ!」


「は? はぁ……」


 このものは200年以上を生きた賢者の恐ろしさを理解していないようだ。


 ともかく、なにか手を打たねば……。


「宰相はきておるか?」


「はい、宰相様もお見えです」


「わかった。儂は執務室に行く。宰相にもすぐに来るよう伝えよ」


 急ぎ身なりを整えた儂は、執務室に入り宰相を待つ。


 やってきた宰相も、ことの重大さに気が動転しているようだな。


「陛下、いかがしますか?」


「いかが、とは?」


「辺境伯邸に翠玉騎士団が攻め込んだ件です。翠玉騎士団は陛下の剣。間違いがあっては許されませぬ」


「……それはシュミット辺境伯を切れと?」


「最悪そうなりますな」


「そうすれば国が滅ぶぞ!」


「しかし!」


「儂の信用など国の存亡と釣り合いが取れぬ! 『隠者』と『エレメンタルマスター』、『賢者』、『剣聖』。彼らを敵に回せばこの国を滅ぼすなど容易いわ!」


「ですが……」


「それよりも、いまはなぜ翠玉騎士団が出撃したかを調べるのが先決……」


 そのとき部屋がノックされ伝令が駆け込んできた。


 儂の合図を待たずに入るということはよほどの事態か。


「伝令! 軍務卿様がシュミット辺境伯および賢者セティ様とともに登城! その際、を持ち出したシェヴァリエ男爵を捕縛してきた模様!」


「なに! 偽の王命書だと!?」


「はい! 詳しくは鑑定しなければわかりませんが、軍務卿様は第二王妃が犯人ではないかと……」


「第二王妃……エドゥ王子の件で逆恨みしましたかな?」


「あれを調べる必要が出てきたか……まずはシュミット辺境伯とセティにあうことを優先しよう」


「そうですな。急ぎましょう」


 我らは謁見の間に移動して3名の到着を待つ。


 やがて3人が到着したが、シュミット辺境伯とセティは礼をとらぬ。


 これは完全に敵として認識されてしまったな……。


「シュミット辺境伯! な……」


「よい、宰相。いまはそれどころではない。それよりも、偽の王命書を使われたと聞くが真か?」


「はい。実物はこちらに」


「宰相、確認せよ」


「はっ。……これは、間違いなく偽物ですな。筆跡を詳しく調べねばなりませぬが第二王妃のエディ様が書かれたものでしょう」


「……そうか。それではエディを調べることを許す。今回の件の首謀者をあぶり出せ!」


「はっ!」


 宰相はこれで退出させることができた。


 あれは中立であろうとするが故に、力関係を見誤ることがあるからな……。

 さて、問題はここからだ。



「シュミット辺境伯、セティ。今回は迷惑をかけた」


「まったくですね。よりによって王命書を偽造されるとは、国の存亡に関わりますよ?」


「返す言葉もない。それで、此度の件、どう償えばいい?」


 儂は暗に口止めを依頼する。


 傷が深くなろうと、王命書の偽造が明るみに出ることに比べればはるかにマシだ。


「僕はこのままシュミット辺境伯領に席を移すとします。ああ、助手のリンネもこちらに呼び寄せますのでそのつもりで」


「わかった。それで、シュミット辺境伯の望みはなんだ?」


「スヴェインとアリアを国外に脱出させた。そのためのカバーストーリーを用意してもらいたい」


「な……」


 儂は思わず絶句してしまう。


 この国に生まれた『隠者』と『エレメンタルマスター』が国外に出た?


 それはなんという……。


「……呼び戻すことはかなわぬか? 儂の可能な限り保護することを約束しよう」


「偽の王命書を使ってまで、我々をおとしめようとするものたちがいる国に呼び戻せるはずもない。まして、どこに逃げたかも私は知りませぬ」


「そうか。……わかった、国外に出たことを認めよう。そのためのカバーストーリーも用意する」


 エディが偽の王命書を使ったとなればエドゥもその責を問われることとなる。


 今回の件、関わりがないはずはなかろうし、役に立ってもらうとしよう。


「それから、国に納めていたポーションだが今後は納めることができませぬ。……製造をしていたスヴェインがいなくなったのだから当然ですが」


「……そうだな。そちらもあったな」


 地味にこちらも痛いな。


 あの値段でまとまった数の特級品ポーションをそろえることなどもうできまい。


「……まあ、スヴェインの研究は妹のシャルロットが引き継いでやることでしょうから、いずれまた再開できるかも知れませんが」


「本当か!?」


「スヴェインの研究資料は残されています。肝心の作成方法は残していないようですが、シャルロットも兄に負けぬ錬金術師。いずれは特級品のポーション類を作れるようになるでしょう」


「そのときはまた取引を頼む!」


「ええ。それでは、我々はこれで」


 謁見の間には儂と軍務卿だけが残される。


 だが、やらねばならぬことはまだあるな。


「国王陛下、エドゥ王子ですが」


「今回の件、エドゥが恋心をこじらせ刺客をシュミット辺境伯邸に送り込もうとした。よいな」


「はっ」


 このあとエディを取り調べた結果、王命書を作成したことを認める。


 また、シェヴァリエ男爵家を取り調べたが、そこにはさまざまな違法取引の証拠が残されていた。


 それ故、エディおよびシェヴァリエ男爵夫妻は斬首刑、シェヴァリエ男爵家の一族は成人したものは犯罪奴隷として鉱山送り、未成年のものは孤島にある修道院送りと判決を下す。


 エドゥもこのあとすることになる。


 儂もまた、5年後に王位を王太子に譲り、国政から退くことになった。


 新たな時代がよきものであるといいのだが……。




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聖獣とともに歩む隠者をお読みいただきありがとうございます。

明日からは朝7時10分の1回更新のみとなります。

ご了承くださいませ。

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