新たなる街への旅立ちと出会い

63.新たなる旅立ち

「スヴェイン先生、本当に行ってしまうのですね……」


 とても残念そうな顔でニーベちゃんが別れを惜しんでくれます。


 本当はもう少し教えたいところですが、ずるずる滞在期間を延ばしたくもないのですよね……。


「ニーベ、スヴェイン殿をあまり困らせるな。2カ月後にはまた来てくださるという。それに、お前への課題もたっぷりと出されているのだろう?」


「はい。スヴェイン先生からだけではなくアリア先生からも出されております」


 そうなんですよね。


 セティ様の教本が手に入ったことで、アリアからもニーベちゃんに課題が出されました。


 優先順位は低いと言いつつ、課題内容をすべてこなせばスキルレベル15くらいまでは到達するんじゃないかと思います。


「ならば、今は別れを惜しむよりそれをどう乗り越えるかを考えなさい。とくにスヴェイン殿からは付与板もお借りしたのだ。課題がまったく進みませんでした、は通用しないぞ」


「……はい! すみません、先生方。我が儘を言ってしまいました」


「構いませんよ、ニーベちゃん。お話したとおり、魔法のお勉強は生産スキルのお勉強が終わったあとでいいですからね?」


「はい、わかりました。でも、回復魔法や聖魔法、光魔法に闇魔法を覚えるのは先にやっても構わないですよね?」


「……スヴェイン様?」


「回復魔法は先に覚えてもいいかもしれません。生産スキルも失敗すれば怪我をしますから。……怪我をしないようにスキルを磨くのが一番ですけど」


「でも、怪我を恐れては上達しませんよね?」


「……どこかで聞いたセリフですよ? スヴェイン先生?」


 僕もセティ様に似たようなことを言ったんですよね……。


 なので、否定はできません。


「はぁ。ちゃんと侍女の方がいる状態でスキルの練習をするんですよ? それから、付与術に使う宝石は大量に置いていきますが、それでも足りなかったらマオさんやコウさんに頼んでくださいね」


「わかりました!」


「うふふ、この一週間ちょっとでニーベも元気になりましたわね」


「まったくだ。目を離さないように頼むぞ」


「かしこまりました、旦那様」


「スヴェイン様、アリア様、そろそろ出発の時間ですわ」


 出発の準備を終えたマオさんが呼びに来てくれました。


 僕たちはマオさんの馬車に同乗してコンソールを出発、ヴィンドという街まで向かいます。


 移動期間はだいたい7日から8日間ほどだそうですね。


「うむ、出発の時間か。マオ、紹介状は持ったな?」


「はい、しっかりと」


「それでは、スヴェイン殿、アリア嬢。行きの旅での護衛をお願いいたします。それから、2カ月後の再会も祈っておりますぞ」


「ええ。ニーベちゃんにはくれぐれも無理はさせないでくださいね?」


「わかっておりますわ。魔力枯渇を起こしそうになったら、すぐにベッドで休ませます」


「そうしてあげてください。では、頑張って、ニーベちゃん」


「無理をしないでくださいね、ニーベちゃん。あなたはスヴェイン様に似ているので、無理をしないか心配です」


「スヴェイン先生に似ている……わかりました!」


「では、失礼いたします。コウ様、ハヅキ様」


 僕たちはエントランスホールを出てマオさんが用意してくれた馬車へと乗り込みます。


 街門でほかの冒険者の方とも合流すると聞きますし、今度はどんな旅になるんでしょうね?


**********


「はぁ、行ってしまいました」


「そう悲しい顔をするな。また2カ月後には来てくださるのだから」


「そうですわ。普通、旅の教師でしたら半年に一度や一年に一度なども多いのですから」


「そうなのですね……わかりました! 早速ですが、スヴェイン先生の残してくれた蒸留水が痛まないうちに魔力水の錬金です。行きますよ、エアロ!」


「お待ちください、ニーベお嬢様!」


「……本当に元気になってよかったですわね、あなた」


「うむ。それだけでもスヴェイン殿には感謝せねばならないのに、あの子の進むべき道まで照らしてくれたのだ。私たちも全力でサポートせねば」


「はい。……はりきりすぎて倒れないかだけが心配ですが」


「……エアロがついているから大丈夫であろう」


**********


「つきましたわ。ここでもう一台の馬車と合流になります」


「わかりました。ヴィンドの街はどのような街なのでしょう?」


「港町、ですわね。私の目的としては珊瑚や真珠の仕入れとなります」


「珊瑚に真珠……マオ様、いい品があったら少し売ってくださいますか?」


「かまいませんが……付与術ですの?」


「はい。聖属性の付与術に使います。サンクチュアリの魔宝石がいくつかほしいのです」


「……おふたりといますと、レベル30以上の魔法が簡単な魔法に聞こえてきますわ」


「それなり以上に勉強しました。それで、一緒に護衛をしてくださる方々は?」


「そういえば顔合わせもしなければいけませんね。……ああ、ちょうど来てくださいました」


 振り返ると、一台の幌馬車がこちらに向けてやってくるところでした。


 馭者席に座っているのは……マオさんのお店にいたリーンさんですね。


「お待たせしました、オーナー。それにスヴェイン様とアリア様も。この間は大変助かりました」


「こちらこそ、お店の負担になっていないか心配です」


「確かに仕事の量は大幅に増えました。でも、今までのようになかなか売れないアクセサリーではなく、皆が求めているアクセサリーを作っているんです。従業員一同、とてもやりがいを感じてますよ」


「それはよかったです。少しやり過ぎたんじゃないかと、スヴェイン様も心配していらしたので」


「あはは……いや、本当に大変なんですけどね。おっと、それよりもオーナー。冒険者の方々をお連れしました」


「はい。私は名前しか聞いたことがないのであいさつをさせていただきますわ。それに、スヴェイン様たちとも顔合わせをしていただかなくては」


「はい。皆さん、よろしくお願いします」


「おう。アンタが今話題になっているスノウフラウ宝石店のオーナーか。俺は……って」


「あれ、【ブレイブオーダー】の皆さん」


「確か、スヴェインにアリア……って名前だったな。お前たちなんでここに?」


「お知り合いでしたの? スヴェイン様、アリア様」


「ええ、知り合いといいますか……」


「俺たちの命の恩人ですよ、そのふたりは」


「命の恩人……」


 僕たちに話しかけてきた【ブレイブオーダー】のリーダー……バードさんの説明でマオたちさんにも納得してもらえたようです。


 一通り顔合わせを済ませたあと、僕たちは街門を抜けていよいよヴィンドに出発しました。


**********


「へぇ、じゃあ冒険者としては『特殊採取者』なんだね?」


「はい。ティショウさんたちにはいろいろ特例扱いをしていただいたみたいで申し訳ないです」


 コンソールを出発して数時間、僕はマオさんの馬車から後ろの荷馬車に場所を移しました。


 少し【ブレイブオーダー】の皆さんとお話をしてみたかったためです。


「いや、お前たちのおかげで俺たちは助かったんだ。ティショウさんが特級品のポーションを作れると判断しているなら、それに異を唱える冒険者はいないだろう」


「それに俺たちが飲んだディスヴェノム。あれもかなり特殊な配合のはずだ。薬の効能を変えずに味を変えるというのは高等技術だからな」


「そうですね……確かに試行錯誤の毎日でした」


「……なあ、気になるんだけどさ。冒険者をするなら丁寧な言葉遣いはやめた方がいいよ?」


「そうなのですか?」


「そうだな。冒険者というのは『舐められたら終わり』、そう思っている者も多い。そういった者たちにとって、スヴェインたちのような年若く腰が低い冒険者は格好の餌食だろう」


「うーん、僕にとっての冒険者は身分証としての意味合いが強いんですよね。それに、言葉遣いを変えるのもちょっと……」


「そうか。ただ、そういったバカな冒険者には注意しろよ。冒険者ランクが上がらずにくすぶっている連中……とくに長年Dランク止まりで荒れているようなやつらは要注意だ」


「ありがとうございます。いざとなったら実力で……」


『スヴェイン、モンスターじゃ。左右からハングリーウルフが迫っておる。数は右が6、左が5。アリアにも伝えてあるぞ。アリアは左の迎撃と牽制にまわるそうじゃ』


「ん? スヴェイン、どうした?」


 怪訝な顔をした僕にバードさんが問いかけてきます。


「モンスターが近づいているようです。左右両方から奇襲を仕掛けてくるつもりのようですね」


「なに? なぜそんなことが?」


「……いや、スヴェインの言ってることは正しいよ。左右からモンスターが迫ってきてる。この速さはハングリーウルフだね」


「ちっ、面倒な連中が!」


「左の迎撃はアリアが行うようです。右手側は僕が相手をします」


「は? 一度馬車を止めて全員で迎撃した方が……」


「今から牽制もせず、急に馬車を止めたら馬が狙われます。そうですよね?」


「……正解だね。でも、アンタ、錬金術師じゃないのかい?」


「まあ、その上位職みたいなものです。とりあえず一撃加えます。生き残りが飛び出してきたらお願いします」


「わかった。ブシウとマイナは左側を、俺は右側を警戒する!」


「では始めましょう。幽玄のカンテラよ魔の輝きを灯せ、エンチャント・マジックアップ!」


 僕は魔力増幅の広域補助を発動させます。


 そして、それを合図に前の馬車からアリアが飛び出し魔法を発動させました。


「『シャイニングストーム』!」


「なっ! 光属性の上位魔法!?」


 あれならハングリーウルフも一掃できるでしょう。


 僕も頑張らねば。


「『ホーリーブレイズストーム』!」


「こっちはこっちで聖属性の上位魔法か!?」


 さて、僕の方も周囲に被害を出さない範囲で攻撃をしましたが……うまく全滅させられたようですね。


「……うん、左右両方とも魔物の反応は消えたよ」


「お前ら、戦闘もいけるじゃねぇか」


「まぁ……ただ、僕たちの拠点は人里離れた場所にあるので、魔物退治とかを受ける余力はないんですよね」


「なんだっていいさ。おい、ブシウ、マイナ。ドロップアイテムを集めてこい。魔石を残していって共食いを起こしたら面倒だ」


「あいよ」


「わかった」


 最初の襲撃は問題なくやり過ごせました。


 今後も無事に進めるといいのですが……。

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