64.ヴィンド到着

「見えてきました。あれがヴィンドの街ですわ」


 コンソールの街を出て6日目。


 好天に恵まれた結果、予定よりも早くヴィンドの街へとたどり着きました。


「あれがヴィンドですか……」


「先ほどから変わった匂いがしますね、スヴェイン様」


「あら、おふたりは海は初めてですの?」


「はい。海に来たことはありませんね」


「これは潮の香りですわ。海特有の匂いですの」


「そうだったんですね。勉強になります」


「では、海から塩が取れるというのも本当ですか?」


「ええ、本当ですわ。岩塩とは違う風味ですのよ」


「それは興味深い……いえ、ラベンダーのことですから使い分けているでしょうね」


「それはあると思います。さすがにお塩は知っていると思うので」


「そうですのね。……さすがにこの時間は街門が混んでいますわ」


「そればかりは仕方がないですね。気長に待ちましょう」


「そうですわね。……そういえば、おふたりはどれくらい滞在するご予定ですの?」


「うーん、とくに決めてはいませんが……アリア、どれくらいいますか?」


「とりあえず、ラベンダーちゃんに朝市の食材を覚えさせる必要があります。そのあとは……海のお魚が食べてみたいです」


「アリア様は意外と食いしん坊ですわよね」


「そうなんですよね。新しい食べ物に目がないというか」


「放っておいてください!」


 ああ、アリアが拗ねてしまいました。


 少しご機嫌伺いをしながらゆっくりしましょうか。


「アリア、とりあえず今日の夜からはおいしい晩ご飯が食べられますよ?」


「今までの食事も旅の途中とは思えないほどおいしかったですわ。アリアさんがラベンダーちゃんを呼んでくれたおかげですわね」


「むぅ……そういえば、宿はどうするのでしょうか?」


「宿ですか。あまり安宿に泊まるのも危ないですし、かと言って高級宿も泊めてはもらえないでしょうね」


「それでしたら、私たちと同じ宿になさいますか? 部屋が空いていれば、になりますが」


「そうさせていただけますか? アリアも構いませんよね?」


「はい。お言葉に甘えさせていただきます。マオ様」


「ええ、承りましたわ。ああ、そろそろ私たちの手続き順ですわね」


 マオさんの言うとおり、僕たちの入街手続きがもうすぐまで迫っています。


 僕たちの番まで回ってくると手続きはスムーズに進み、街の中へすんなりと入れました。


 どうやら、普通の入街手続きはこういうものらしいですね。


「さて、護衛はここまでで大丈夫だな」


「はい。【ブレイブオーダー】の皆様、ありがとうございます」


「気にするな。楽な旅だったしな」


「それでは一週間後、帰り道もよろしくお願いいたします」


「おう。帰りはスヴェインたちは一緒じゃないんだよな?」


「はい、残念ながら」


「わかった。スヴェインたちがいないとなると、俺たちだけじゃ不安だな。俺たちの方で3人から4人のCランクパーティを1組探しておいて構わないか?」


「人柄が信頼できるのでしたら」


「俺たちも確認するが、面接をさせる。それで判断してくれ」


「わかりましたわ。……ここまでの依頼の完了証です。では、また」


「おう、またな。スヴェインたちも一度は冒険者ギルドに顔を出しておけよ。コンソール以外の冒険者ギルドで顔を売る……必要はあまりないのか」


「そうですね……考えておきます」


「そうしておけ。じゃあな」


【ブレイブオーダー】の皆様は荷馬車から降りて街の雑踏の中へ消えていきました。


 僕たちが乗っている馬車も動き出し、宿に向かったようです。


 ただ、宿に着いてからトラブルが起きました。


「スヴェイン様たちを泊められない?」


「はい。当宿では冒険者の宿泊についてCランク以上の方に限定させていただいております。失礼ですがあの方々はDランクですよね? そのような方を泊めては当宿の信頼に関わります」


「私の紹介でもですか?」


「はい。申し訳ありませんが、規則ですので」


「あの、マオさん。僕たちでしたら別の宿を探しますので……」


「いえ、そのような不義理はできませんわ。わかりました、私もこの宿の宿泊はキャンセルさせていただきます」


「え、しかし……」


「このことは、もちろん父にも伝えさせていただきますわ。それでは、ごきげんよう」


「あ、お待ちください!」


 かなり怒った様子のマオさんが宿から出て行ったため、僕とアリアも後に続きます。


 外ではリーンさんたちが馬車を宿屋の方に預けようとしていました。


「リーン、馬車を出します。支度なさい」


「オーナー?」


「早くなさい」


「はい!」


 リーンさんもマオさんの馬車の馭者さんも慌てて馬車を準備します。


 そして、宿の前から出発した頃、宿の中から恰幅のいい男性が出てきてなにかを叫んでいましたが……マオさんは聞いていませんね。


「マオさん。宿のあてはあるんですか?」


「……正直、ありませんわ。私もこの街は初めましてですの」


「あの、私たちは構わないのでマオ様たちだけでも先ほどの宿に戻られた方が……」


「いいえ、あのような失礼な振る舞いを取る宿には戻りません。お父様の紹介でしたが、あの宿はお父様ももう使わないでしょうね」


「すみません、僕たちのせいで大事になってしまい」


「気にしないでくださいまし。……とはいえ、どこの宿に泊まりましょう?」


「うーん。ちょっと裏技を。ワイズ?」


『なんじゃ。……まあ、話は聞いておった。ちょうどよさげな宿が近くにある。そこを当たってみるとよい。次の角を左に曲がってすぐじゃ』


「マオさん、次の曲がり角を左に曲がってください。ワイズがそこによさげな宿があると」


「わかりましたわ。……こういうときに空を飛べるというのは便利ですわね」


「あまりこういう使い方はしたくないんですけどね」


 苦笑いしてごまかしながらも、馬車は指示通りの場所を曲がってくれました。


 たどり着いた場所にある宿は、先ほどの宿よりも年季が入っている、でも古くささは感じない宿でした。


「……ワイズ様の目は確かですわね」


「ただ、泊めてもらえるか、ですね」


「まずは交渉してみますわ」


 僕たち3人は馬車を降り、宿のエントランスに入りました。


 そこで待っていたのは、初老の男性です。


「ようこそ。『潮彩の歌声』へ。お泊まりをご希望ですか?」


「はい。ふたり部屋を二部屋、馭者用の部屋を一部屋、お願いできますか?」


「ご確認ですが、ふたり部屋のおひとつはそちらの冒険者の方々が?」


「なにか問題でも?」


「いいえ、なにも問題がありません。ただ……」


「ただ?」


「Dランク冒険者を名乗るには装備が不釣り合いですよ、お客様?」


「え?」


「おふたりが着ている服もそうですが、そのローブはいけません。男性のお客様が着ているローブは素材がわかりませんがかなり、いえ、素晴らしく上等なものでございます。女性のお客様のローブはドラゴンレザーをメインに錬金術で作られておりますね?」


「な……そうだったんですの? スヴェイン様、アリア様?」


「……よくわかりましたね、アリアのローブがドラゴンレザー製だと。これでもカモフラージュしたはずなのですが」


「わかるものにはわかる、としか。実力を隠したいのでしたら装備を市販品に変えるべきですし、隠すつもりがないのでしたらもっとランクを上げるべきです」


「うーん、僕たちにとって冒険者である理由は身分証目的なんです。僕の本業は旅の錬金術師なもので……」


「なるほど。それでしたら無理にランクを上げる必要はありませんな。出過ぎた真似をいたしました」


「いえ、ご忠告ありがとうございます」


 この男性、本当にます。


 なぜこのような場所にこんなすごい方がいるのでしょう?


「申し遅れました。私、当宿の主人、エルドゥアンと申します。よろしくお願いいたします」

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