65.『潮彩の歌声』
宿はこのまま『潮彩の歌声』に決定し、部屋に案内していただきました。
そこは港や海を一望できるとてもよい景色の部屋です。
「エルドゥアンさん、本当にいいんですか。こんなにいい部屋を僕たちが利用して」
「ええ。しばらくは予約も入っておりませんし、問題ありませんよ。お支払いも問題ないでしょう?」
「ええ、まあ」
このお部屋、一泊二食付きでひとり大銀貨5枚、ふたりで金貨1枚です。
つまり、相当高級なお部屋、というわけですね。
「そちらの小部屋にシャワールームも設置してあります。よろしければお使いください」
「ありがとうございます。なんだか、この街に近づいてから髪がゴワゴワしだして……」
「潮風の影響ですね。石けんは…錬金術師の得意分野ですね」
「はい。スヴェイン様のものを使わせていただきますわ」
「かしこまりました。お食事はお連れ様とご一緒ですか?」
「そうしたいと思います。いろいろ気を遣っていただきありがとうございます」
「いえいえ。それでは、私はこれで」
エルドゥアンさんがいなくなったあと、扉に鍵をかけて防音用の結界をかけます。
その上でアリアと相談をしましょうか。
「アリア、僕たちの装備、わかる人にはわかってしまうみたいですね」
「そのようですね、スヴェイン様。多分、私たちの着ている服も、普通の服ではないとばれていると思います」
「アリアはどうしたいですか? Dランク相当の装備に着替えますか?」
「いいえ、それは避けたいです。それではスヴェイン様の身が危ないです」
「僕も同じ意見です。僕たちのローブはもちろん、服だって並大抵の鋼では切れません。そんな装備を手放すわけにもいきませんね」
「はい。……あの、私がシャワーを先に浴びさせていただいてよろしいでしょうか」
「構いませんよ。僕は書き物をしながら待っていますね」
「申し訳ありません。髪をきれいに流したいので少しお時間をいただきます」
「はい。僕もアリアの髪は好きですからじっくりとお手入れしてください」
「わかりました! では」
アリアは上機嫌でシャワールームに入って行きます。
さて、僕は書き物……ニーベちゃんを指導した上で気になったことや気がついたことをまとめていきましょう。
人にものを教えるというのは非常に難しいものです。
ましてやそれが常にそばにいてあげられないのであれば、なおさらですね。
30分ほど書き物をしていたでしょうか、シャワールームの扉が開きアリアが出てきました。
彼女は僕の隣に座ると軽く体重を預けてきます。
完全に甘えん坊モードですね。
「スヴェイン様、それはニーベちゃん用のメモですか?」
「ええ。書きたいことはいろいろありますから、その都度書いておかないと」
「少し嫉妬してしまいます。スヴェイン様の時間を取られているみたいで」
「僕にとっての一番はアリアですよ? まあ、ニーベちゃんも弟子として大事ですが」
「ニーベちゃん、かわいいですよね」
「アリア、やっぱり嫉妬してますか?」
「私の本心です。女の私からみてもあの子はかわいいです。でも、これから4年弱の時間で本当に目標にたどりつけるのでしょうか?」
「彼女の頑張り次第ですが……僕たちは期待に応えられるよう課題を出し続けるだけですよ」
「はい。……それはそれとして。スヴェイン様、髪をとかしてくれませんか?」
「わかりました。ブラシを」
アリアの髪を丹念に手入れしてあげて、それから僕もシャワーを浴びます。
すっきりしたところでマオさんが夕食のお誘いに来てくだくれました。
僕たちの準備も済んでいますし、いくことにしましょう。
「……うん、この食事もおいしいですわ」
「本当ですね、オーナー。……私は緊張してしまいますが」
「もっと気を楽になさい。これからしばらくは一緒に行動するのですから」
「はい。スヴェイン様たちも海のお料理は初めてですか?」
「そうですね。海をみるのも初めてでしたから」
「でも、本当においしいです。この宿を選んで本当によかったですね、スヴェイン様」
「そうですわね。それにお値段も、このクラスの宿としては泊まりやすいお値段ですし」
「そうなんですか? というか、私は宿泊代を聞いていないのですが……」
「聞かない方が身のためですわ」
「わかりました」
僕たちがテーブル席で食事を楽しんでいるとひとりの女性が近づいてきました。
服装からしてこの店の従業員、それも厨房担当でしょう。
「お客様。当店のお味はいかがでしょう?」
「大変満足しておりますわ。塩加減もちょうどいいですし」
「それはようございました。今日、旅からついたばかりということで少し塩を多めに振らせていただきました」
「そうなんですの?」
「ええ。肉体労働者や疲れている方などは塩気を求める方も多いので」
そういえば、僕もセティ様から聞いたことがあります。
確か……。
「汗をかくと同時に塩分などの栄養素も抜けてしまい、体調バランスを崩す……でしたか」
「おや、そちらのお客様は博識ですね」
「師匠から習ったことを思い出しただけです。実際、僕たちも昔は魔物狩りをしたあとなど塩分がほしくなったことは多いですから」
「……失礼ですが、その若さで魔物狩りを?」
……しまった、僕はまだ13歳、冒険者としても駆け出しでした。
アリアからも強めに肘でツンツンされてますし、どうしましょう?
「スヴェイン様とアリア様は冒険者もやっておりますの。この年齢でも非常に優秀な魔法使いですわ」
「なるほど。いえ、込み入ったことを聞いてしまい申し訳ありません」
「そんなことはありませんよ。……ですが、僕たちのほかにもお客様はかなりいます。お客様全員の体調を知っているのですか?」
「いえ、さすがにそこまでは。ただ、父がそういったことを見極めるのが得意なので、必要に応じて変えられる部分は変えているだけです」
「それでもすごいですよ。ちなみに、お父様とはエルドゥアン様のことですか?」
「はい。この宿は父が主人としてフロントを、私と旦那が厨房を担当しております」
「そうでしたのね。おいしいお料理、大変感動いたしましたわ」
「旦那にも伝えさせていただきます。それではごゆっくり」
あいさつを終えると女性は別のテーブルへと向かいました。
おそらく、そのテーブルのお客様も初めてのお客様なのでしょう。
細かい気配りのできる、本当にいい宿屋です。
「……私、本当にこの宿が気に入りましたわ。帰ったらお父様に早速報告しなくては」
「そうですね。……私もひとりでこのクラスの宿に泊まれるようになりたいです」
「ふふふ、頑張りなさい、リーン」
楽しい夕食時も過ぎ、そのまま明日の予定を確認することになりました。
なんでも、明日はコウさんが紹介してくれた宝石商のところで買い付けを行うそうです。
その際、僕たちも同席してアドバイスしてほしいと言われました。
最初は断ろうかと思いましたが、アリアが乗り気で承諾したため、一緒に行くこととなります。
予定の確認も終わればあとは寝るだけ。
ひとり用ベッドなので一緒に眠れないことがアリアには不服だったようです。
どうにもなりませんし、我慢してもらいましょう。
「スヴェイン様」
「ええ、気がついていますよ」
夜、眠ろうかという時間、僕たちの部屋の前にひとり分の気配がありました。
ただ、僕たちの部屋の近くに来るまではまったく気配を感じず、部屋の前で急に気配を現したのですから害意はないでしょう。
そして、部屋の扉が数回ノックされて部屋の外から声をかけられます。
「夜分、申し訳ありません。エルドゥアンにございます。スヴェイン様、アリア様。少しお話をよろしいでしょうか?」
夜遅い時間にたったひとりでやってきたエルドゥアンさん。
一体どんな用事なのでしょう?
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