66.【マーメイドの歌声】
「どうしたんですか、エルドゥアンさん。こんな夜更けに」
夜遅くなって訪ねてきたエルドゥアンさん。
一体何用でしょうか?
「失礼を承知で伺います。【隠者】スヴェイン = シュミット様と【エレメンタルマスター】アリア = アーロニー様ですね」
「……スヴェイン様」
「どこでその名前を?」
「やはり……警戒なさらないでください。私は元Aランク冒険者、多少は情報を集める伝手がございます」
「それで僕たちを泊めてくれたんですか?」
「いいえ。荒くれ者でなければDランクの冒険者の方もご宿泊いただけます。……もっとも、グレードは下の部屋になりますが」
「グレードを上げてくれたのは、私たちの素性を知っていたからでしょうか?」
「それだけではございません。この部屋でしたらあまり外に聞かれたくない話もできますので」
聞かれたくない話、ですか。
マオさんにも僕たちの素性は明かしていませんし、確かに便利ですね。
「それで、ご用件はなんでしょう? まさか、素性を確認に来たわけではないですよね?」
「はい。スヴェイン様は、【賢者】セティ様を師とする優秀な錬金術師でもあると伺っています。私が依頼したいのは、あるアイテムの錬金です」
「錬金? そのために私たちの素性を確認に来たのですか?」
「申し訳ありません。私としても、もう素材の在庫がなくなりかけているのです。この国に住まう高名な錬金術師の方々にはもう依頼を出し、すべてがだめでした。もうあとがないのです」
「ですが、だからといって……」
「アリア、そのくらいに」
「スヴェイン様……」
「なにか事情があるようですね。それをお聞かせください」
「はい。始まりは4年前になります。私の孫娘のひとり、イナは【歌姫】の職業を授かり本人も歌が好きで、よく当店の食堂や街の広場で歌っておりました」
「【歌姫】ですか。相当珍しい職業では?」
「はい。ある日、いつも通り街の広場で歌っていたところ、とある貴族の子息を名乗る者が現れたそうです。その者はイナの歌に惚れ込み専属の歌い手として連れ帰ろうとしていたと」
「横暴な貴族です……この国にもそういった貴族はいるのですね」
「どこの国にも身分を笠に着るものはいますよ。それで、イナは抵抗しその場にいた聴衆の方々にも助けられて逃げだそうとしたのですが……」
「逃げられなかったのですか?」
「はい。貴族の護衛についていた兵士に殴り飛ばされてしまったそうです。そのあと、逆らったことが気に食わなかったのか、その貴族の子息にも何度も蹴られ、喉も剣で潰されてしまいました」
「そんな、酷い……」
「私が駆けつけたのは、まさにそのときでした。騒ぎを聞きつけた街の代官なども駆けつけ、貴族どもは逃げ出したのですがイナの怪我は酷く、治癒術師に頼んでなんとか一命を取り留めたのです」
「話は読めてきました。怪我は治せたのですが、喉は治せなかったのですね?」
「……はい、おっしゃる通りです。治癒術師の方も喉については諦めるしかないと。完全に潰されているだけではなく、なにか呪術の気配も感じると言われました」
「呪術……そんな簡単には扱えないはずなのですが」
「その事件からしばらく経ち、聞こえてきた話によると、その貴族の子息は呪術を使った武器のコレクターだったそうです。ご禁制の品も多く集めており、廃嫡の上で服毒死となったようですが」
「なんの救いにもなりませんね。それで、イナさん、ですか。彼女はどうしているのですか?」
「……その日以来、あまり部屋から積極的に出ないようになりました。食事のときは顔を出しますが、昔のような明るい笑顔ではなく死んだような表情を常に浮かべております」
「ふむ、話はわかりました。それで、錬金してほしいアイテムとはどのようなものでしょう?」
「はい。【マーメイドの歌声】という霊薬です」
「【マーメイドの歌声】? スヴェイン様、ご存じですか?」
「ええ、まあ。ですが、錬金で作れないという理由も理解できました」
エルドゥアンさんが作ってほしいと言う【マーメイドの歌声】。
これは非常に特殊な錬金術を必要とするアイテムです。
だからこそ、『霊薬』などと呼ばれるのですが。
「スヴェイン様は今までの方々が作れなかった理由も理解できるのですか?」
「はい。【マーメイドの歌声】を錬金するためには、かなり特殊な錬金台が必要なのです」
「錬金台……錬金術師が錬金作業を行うときに使用する作業台ですね?」
「はい。【マーメイドの歌声】ですが、使わなければいけない錬金触媒の数が多いのです。今までの方々は錬金触媒をいくつ使っていたか、ご覧になっていましたか?」
「はい。私にも多少ながら錬金術の知識はあります。全部で4種類の錬金触媒を使っていました」
「でしょうね。普通の錬金台で行える錬金術は、最大で4つしか錬金触媒を使えませんから」
「え? しかし、皆様レシピはあっていると口々に……」
「伝わっているレシピが不完全なのでしょう。【マーメイドの歌声】ですが、水薬になるため水、声にまつわるアイテムのため風、神経を伝わるアイテムでもあるので雷、強力な回復作用を必要とするため回復。この4つの触媒を使っていたのではないですか?」
「は、はい。その通りでございます」
「スヴェイン様、それでは足りないんですか?」
「はい。正しく霊薬に分類されるアイテムを錬金するためには、光、闇、聖の3つの触媒も必ず必要となるのです。おそらく霊薬作りに関する伝承が途切れているのではないかと」
「……それもセティ様から?」
「正しくはワイズマンズ・フォレストから習いました。……しかし、困りました。僕が持ち歩いている錬金台も触媒は4つしか使えないのです」
「そんな……」
「……スヴェイン様? 持ち歩いている錬金台では、ですよね?」
「え?」
「はい。持ち歩いている錬金台ではです。僕たちが拠点としている家に戻れば、最大11種類すべての属性触媒を同時に使える錬金台を設置してあります。持ち歩いていないのは、大地の魔力と繋いでいなければ扱えないためです」
「それでは、スヴェイン様が拠点に戻れば!」
「はい、僕たちが拠点に戻れば錬金術で【マーメイドの歌声】を作成してくることは可能です。ただし、その錬金台を作動させるにはアリアの助力も必要なのですが」
「……そうなのですか?」
「錬金術を扱う術者以外が、錬金台に十種類の属性魔力を送り込み続けている必要があるのです。なので、アリアの助力がないと作動しません」
「承知しました。素材はお預けいたします。【マーメイドの歌声】を作成してきていただけますか?」
「構わないのですね? 【マーメイドの歌声】の素材はひとつひとつが高価な品物、僕たちが持ち逃げする可能性もありますよ?」
「私の直感がそれはないと告げています。外れたら……見る目がなかっただけでしょう」
「わかりました、この依頼、引き受けます。なるべく急いで作ってきた方がいいですよね?」
「え、ええ。ですが、拠点に戻るのもかなりお時間がかかるのでは?」
「正体もばれていますし、深夜なら人目につかないでしょう。ウィング、ユニ、出番です」
『うーん、本当に久しぶりに呼ばれたね』
『見守ってはいたけど、心配だったわ』
「聖獣様……噂は本当でしたか」
「噂の内容が気になりますが……今は置いておきましょう。素材を預からせてもらいます」
「はい。このマジックバッグに入っています」
エルドゥアンさんからマジックバッグを受け取ると、僕とアリアは早速ウィングとユニにまたがります。
そして、ヴィンドの街から一気に飛び上がり、30分ほどでラベンダーハウスまで戻りました。
以外と近かったですね。
「お帰りなさーい! 地下の錬金台の準備はゲンブさんたちが整えてたよ!」
「こういうとき精神がつながっているというのはありがたいです。錬金に必要な時間は2時間程度、急いで始めましょう」
「はい!」
屋敷の地下に作った第二アトリエ、そこには巨大な錬金台がひとつだけ備え付けられています。
先ほどエルドゥアンさんにも説明した【精霊の錬金祭壇】と呼ばれる、ワイズやゲンブの知る中でも最大にして最高の錬金設備です。
『待っておったぞ。すでに錬金炉は暖めてある。地脈とも接続しておいた。あとは儀式を始めるだけじゃ』
「助かります、ゲンブ。……それにしても、この錬金台を使うときは『儀式』なんですよね」
『規模が違うのでな。さあ、アリアも準備はよいな?』
「はい! スヴェイン様、始めましょう!」
「そうですね。では、祭壇に素材をすべて載せましょう」
『準備はよいな? 錬金炉の出力を上げるぞい!』
「魔力を注ぎます。……はぁぁ!」
「僕も始めましょうか。精霊よ、僕の願いに応えてください!」
**********
「おはようございます。スヴェイン様、アリア様。……顔色が優れませんが?」
翌朝、マオさんが僕たちの部屋にやってきました。
朝食のお誘いですね。
……僕たちの顔色はかなり悪いはずですが。
「申し訳ありません、マオさん。宝石の買い付け、今日は同行できそうにありません」
「すみません。旅の疲れが出てしまったみたいです」
「それならば仕方がありませんわね。今日は先方へのごあいさつだけにとどめておきますわ」
「マオさんたちだけで買い付けていただいても……」
「……正直、珊瑚や真珠の良し悪しはあまり自信がありませんの。おふたりでしたら、魔宝石を作るにあたって知識もおありですよね?」
「そういうことでしたら……。明日には回復すると思いますので」
「お食事は大丈夫ですの? 無理そうでしたら、食堂でお部屋に届けていただくよう頼みますが」
「そこまでではないので大丈夫です。朝食を食べたらお昼くらいまでは休ませていただきますが……」
「わかりましたわ。では、参りましょう」
食堂に向かうと、そちらから美しい歌声が響いてきています。
マオさんとリーンさんは驚いていますね。
「なんでしょうか? 朝食から吟遊詩人の方がいらっしゃったのですか?」
「そんなことはないと思いますが……オーナー、とにかく行ってみましょう」
「はい。いきましょう」
少し早足になって進んで行くマオさんとリーンさん。
僕たちは事情を知っていますので、安堵の表情を浮かべます。
どうやら治療は成功のようですね。
無事助けられて本当によかったです。
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