67.歌姫の復活
「はぁ、素敵でしたわ。イナさんでしたか」
「そうですね、オーナー。ご病気だったらしく顔はやつれていましたが、素晴らしい歌声でした」
朝食が終わり、食後のお茶を楽しんでいます。
イナさんの歌はすでに終わっており、体調が優れない彼女は裏に戻りました。
「あのような方がこの宿にいらっしゃるなんて……本当に素晴らしい宿ですわね」
「はい。この宿を見つけてくれたスヴェイン様に感謝です」
「お気になさらないでください。元は僕たちが原因で予約を取っていた宿を追い出されたのですから」
「ほう、それは興味深いお話ですな」
僕たちが話をしていたとき、エルドゥアンさんがちょうどやってきました。
そのそばにはイナさんも一緒に来ています。
「エルドゥアン様、そちらの方は……」
「はい、先ほどまで歌わせていた孫娘のイナでございます。イナ、ごあいさつを」
「イナと申します。久しぶりの歌でしたがいかがでしたでしょう?」
「とてもお上手でしたわ。滅多にこれほどの歌は聴けませんもの」
「そうですね。とても美しい旋律でしたよ、イナさん」
「ありがとうございます。これからも精進いたしますわ」
「それでエルドゥアン様、どうしてイナさんを?」
「おお、そうでした。実は昨晩、スヴェイン様にイナの薬を譲っていただきましてな。こうしてまた歌えるようになったわけです。それで、イナがスヴェイン様に直接お礼がしたいと」
「はい。スヴェイン様、私のためにお薬を用意していただきありがとうございます。おかげでまた大好きな歌が歌えます」
「それはよかったです。ただ、体力はまだ戻っていない様子ですね。……これは栄養剤です。これを飲むと眠くなりますので、部屋に戻ってから飲んでください。あとは、ちゃんとご飯と睡眠を取って養生してくださいね」
「はい。お礼を言いにきただけですのに、新しいお薬までいただき申し訳ありません」
「気にしないでください。僕の癖のようなものです」
「スヴェイン様は本当にお優しいですわね。イナさん、あまりご無理はなさらないでくださいね? スヴェイン様がこういう風に言うということは、あなたが思っているよりも体力が落ちていると思いますわ」
「そうですな。イナ、部屋に戻ってその薬を飲み休みなさい。午後からは出かけるから、そのつもりでな」
「はい。それでは失礼いたします、皆様」
イナさんは再び裏へと戻っていきました。
代わりにエルドゥアンさんが僕たちと話すことになります。
「本当に助かりました、スヴェイン様。あなたのおかげでまた娘の歌を聴くことができました」
「エルドゥアン様、イナさんはそこまで悪かったのですの?」
「ええ、まあ。その……」
「快癒薬が必要なレベルの病気だったんです。快癒薬となるとそう易々と手に入りませんからね」
「まあ、そうでしたのね。私の妹も快癒薬が必要でしたので運がよかったのですわ」
「……そうですか。私どもは本当に運がよい」
「まったくですわね。私は自分の命も助けられましたし、この宿もスヴェイン様が案内してくださいました。不思議なご縁ですわ」
「はい。この縁は大事にしたいところですな」
「ええ、まったくです。父にもいい宿を紹介できそうで嬉しいですわ」
「お父様ですか。そういえば宿を追い出されたと申しておりましたね。その宿の名前を伺っても構いませんか?」
「そうですわね……『紅珊瑚のきらめき』でしたか?」
「『紅珊瑚のきらめき』ですか。あそこも昔はよい宿でしたが、今は見る目がなくなってしまったようですな」
「ですわね。おそらく父もこの宿に定宿を移すと思います」
「お父様のお名前を伺ってもよろしいですか? 次に来たときにはサービスさせていただきます」
「コウと申しますわ。この街でも商売をしているはずですが……」
「コウ様……ネイジー商会の会頭様ですね。ネイジー商会のお嬢様でしたか」
「今はネイジー商会の娘ではなく、ひとりの宝石商としてこの街に来ていますの。お気になさらないでくださいな」
「かしこまりました。それでは私が知っている卸商を紹介いたしましょう。この街で宝石を買うということは真珠と珊瑚でしょうからね」
「ありがとうございます。この街はあまり詳しくないので助かります」
「いえいえ。今日はいかがしますか?」
「今日は父が紹介してくださった方にあいさつをして参ります。明日以降にスヴェイン様たちとともに買い付けにいきますわ」
「かしこまりました。それでは今日中に私の紹介状も用意しておきます。お出かけの際はお気をつけて」
エルドゥアンさんの話が終わったところで僕たちもお茶を終えて部屋に戻ります。
マオさんたちは部屋に戻って着替ると、すぐに出かけたみたいですね。
僕たちは寝不足と魔力消耗の疲れからお昼まで眠らせてもらいます。
そして、お昼は別料金ですが食堂が開いていたので、そこでお昼も食べさせていただきました。
「お待たせしました。スヴェイン様、アリア様」
「こちらこそお昼を食べるまで待っていただきありがとうございます、エルドゥアンさん」
僕たちとエルドゥアンさんは、昨夜、薬を渡した際に今日のお昼以降で一緒に冒険者ギルドに行く約束をしていました。
僕たちとしても【ブレイブオーダー】の皆さんからいわれていたとおり、一度は冒険者ギルドに足を運ぼうと思っていたので渡りに船です。
ただ、僕たち3人だけかと思っていたのですが、イナさんも一緒に行くようですね。
「朝はあいまいなお礼になってしまい申し訳ありませんでした。私のために貴重な霊薬を作ってくださり、本当にありがとうございます。お礼を言いに行ったのに、別のお薬までいただいてしまって申し訳ありません」
「元気になってもらえるなら、それが一番のお礼です。あまり難しく考えないでください」
「はい、重ねてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「お礼はそれくらいにしましょう、イナ。それでは、冒険者ギルドまでご一緒いただけますかな?」
「ええ、行きましょう」
僕たちは『潮彩の歌声』を出て宿屋街と呼ばれているらしい区画を抜けます。
そして、公園を通り抜け通りをしばらく歩くと冒険者ギルドの看板が見えてきました。
「冒険者ギルド、こんなに宿屋街の近くにあるのですね」
「ここは支所でございます。依頼などはこちらでも受けたり報告したりできますので問題ないのですが」
「そうなのですね。コンソールでは1カ所しか見かけませんでしたが」
「コンソールにも支所が何カ所かあるはずですね。やはり宿屋街の近くには1カ所はあったと覚えおります」
「では、僕たちが行ったことがないだけですか。勉強になります」
「まあ、私ももう年寄りですからな。……さて、今朝のうちに使いを出しておきましたが、来ていますかね?」
「誰かと待ち合わせですか?」
「はい。実は……」
「来たか! エルドゥアン師匠!」
僕たちが冒険者ギルド支所に入ろうとしたとき、中から女性が飛び出してきました。
年齢は30代くらい、小麦色に焼けた肌が健康的な方です。
「マルグリット、師匠はもうやめなさいと言っているでしょう?」
「いいや、師匠は変わらず師匠だよ。それよりも、例の依頼が片付いたってどういう……」
「お久しぶりです、マルグリット様」
「……イナ、アンタ、声が出るように?」
「はい。治療薬を作っていただきましたわ」
「師匠、本当か?」
「ええ、あちらにいるスヴェイン様にお作りいただきました」
「そこにいる子供に? 高名な錬金術師でさえ匙を投げた【マーメイドの歌声】を作ったと?」
「ええ。イナの声が戻っているのが証拠です」
「だがね……ん、スヴェイン? 確か、最近の報告書にその名前が……」
「ひとまずマルグリット、依頼の達成報告をしたいのです。カウンターに行かせてもらえませんか?」
「んー、済まないが支所ではなく本部まで来てくんないかな、師匠。ちょっと報告書を確認したい」
「まだ疑っているのですか?」
「あー、そうじゃない。【マーメイドの歌声】じゃないと治せないと言われていたイナを治したんだ、霊薬を作ったか、さもなくば持っていたかはしたんだろう? それなら達成報告は問題ないよ。ただ、ちょっと気になってね」
「ふぅ、わかりました。歩きで来ているのですか?」
「ああ、すまないけど歩きだよ。必要ならギルドの馬車を出すが?」
「そうしてもらえませんか? イナはまだ体力が戻っていないので、長距離を歩かせるのは不安です」
「それもそうだよね。ちょっと待ってな、今借りてくる」
マルグリットと呼ばれていた女性は冒険者ギルド支所の中に戻っていくと、すぐに裏手から馬車に乗って出てきました。
その馬車に乗り、僕たち4人はヴィンド冒険者ギルド本部まで移動します。
ギルド本部はやはり街の中央部にあるようですね。
「着いたよ。私は裏に回って馬車を置いてくる。師匠たちは先にギルドで達成報告をしていてもらえるかい?」
「わかりました。行きましょう、スヴェイン様、アリア様、イナ」
「ありがとうございます、マルグリットさん。馬車を出していただいて」
「こっちの都合だしイナもいるからね。帰りも送ってあげるから安心しなよ」
「お願いしますよ、マルグリット」
ギルドの裏手に向かっていくマルグリットさんを見送り、僕たちは冒険者ギルド内に入っていきます。
冒険者ギルドの中にはそれなりの人がいましたが、エルドゥアンさんを見ると声がピタリと止みました。
一体どうしたのでしょう?
「……エルドゥアンさん、隣りにいるのってイナちゃんですよね?」
「イナちゃん、外に出て大丈夫なんですか?」
「今まで部屋に閉じこもってると聞いていたのですが……」
なるほど、エルドゥアンさんではなくイナさんを見て静かになったんですね。
……イナさんって結構有名人なのでしょうか?
「その節は、皆様にもご迷惑をおかけいたしました。あのとき言えなかったお礼を言わせていただきます。守っていただきありがとうございました」
「……おい、夢じゃないよな?」
「ははっ、俺、昼間っから飲み過ぎたか?」
「お前ら、夢でも飲み過ぎでもないぞ。イナちゃんが喋ってる」
「……エルドゥアンさん?」
「ええ、イナは回復いたしました。まだ体力は戻っていませんが、声は無事に戻りましたよ」
エルドゥアンさんの宣言に、また冒険者ギルドの中が静まりかえります。
そして、次の瞬間に起こったのは爆発にも似た歓声でした。
「おい! マジかよ! 夢じゃないんだよな!」
「ああ、夢じゃねぇ! イナちゃんもきちんと喋れてる!」
「クッソ! 夢みたいな現実だ! あのバカ貴族の呪縛からようやく解放されたんだ!」
「文字通り呪いだったわけだけどね! エルドゥアンさん、どうやって薬を?」
「薬はこちらのスヴェイン様とアリア様にご用意いただきました。見た目はまだ子供ですが博識な錬金術師ですよ?」
「こっちも嘘みたいな話だな! だが、エルドゥアンさんが言ってるんだ、嘘なんかじゃないな!」
「嘘だろうと本当だろうと構いやしないさ! イナちゃんを治してくれたんなら、それだけでこの街の冒険者にとっては英雄だ!」
「おう! お前ら、一緒に飲むか!?」
ええと、どうしたものでしょう?
エルドゥアンさんとニナさんはニコニコ笑っているだけですし……。
「少しだけご相伴に預かりましょう、スヴェイン様」
「そうですね、アリア」
そうしないと混乱は落ち着きそうにないですし、そうしましょうか。
ああ、お酒は飲みませんよ。
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