62.クリス家滞在最後の夜

 夕刻、約束通りの時間に図書館へと戻ると奥の部屋へと招かれます。


 そこにはきちんとした本棚に並べられたフォル・ウィンドの書物と、その写本が並べられていました。


「ようこそ、スヴェイン様。お約束の品、できておりますわ」


「ありがとうございます、オペラさん。ところでこの本棚は?」


「当方からのサービスですわ。本をしまう場所も必要でございましょう?」


「ああ、それもそうですね。うっかりしていました」


「そちらの本棚ごとお持ち帰りいただいて構いません。また、フォル・ウィンド氏の著書も全力で探させていただきますのでご安心ください」


「よろしくお願いします。では、本はいただいて参ります」


 僕はストレージの中に本棚ごと本を収納します。


 それを見ていた周りの司書さんは驚いた様子ですね。


 そんな様子を眺めていたオペラさんが、ふと言葉をこぼしました。


「……フォル・ウィンド氏の魔術書は全属性を集めたはずなのに、時空属性だけはなぜなかったのかしら?」


 ああ、それですか。


 僕は答えを知っていますので教えてあげましょう。


「時空魔法は、実際にどのようなものかを見てみないと理解できないからだと習いました。また、悪用されると危険だとも」


「……なるほど。理解できましたわ」


「それでは失礼いたします。普段はこの街にいませんが、ときどきコウさんのお屋敷に来ますので、伝言があればそちらにお願いします」


「わかりましたわ。それでは」


 僕は懐かしいセティ様の本を大量に手に入れられたことで、ウキウキしながら馬車に乗り込みコウさんのお屋敷に戻ります。


「フォル・ウィンド氏のお弟子さん。……表向きは人気がなかったことになっていますが、実際にはその内容を理解できなかった者たちがほとんどなのに、それら研究内容を受け継ぐもの。大変興味深いですね」


**********


 コウさんのお屋敷に戻ったら、早速ニーベちゃんのアトリエに本棚を設置します。


 ニーベちゃんは本棚が置かれるとすぐに錬金術の入門編を抜き出して読み始めました。


 そして、その内容を一字一句詠み漏らすまいと真剣に読み進めます。


 邪魔するのも悪いですし、どこか別の部屋に移動しましょうか。


 移動先を探しているときにコウさんと出会い、そのまま近くの部屋でお話をすることになりました。


「ニーベの様子はどうだね。君抜きでもやっていけそうか?」


「おそらく大丈夫でしょう。……正直に言いますと、課題だけでは少し不安な部分もありました。でも、師匠の著書があれだけ手に入ったのですから、読み込むだけでも2カ月など過ぎてしまうと思います」


「……私も先ほどフォル・ウィンド氏の著書を読み返したが、毒性魔物の特徴や対処法を詳しく調べて書かれていた。何者なんだね、君の師匠は?」


「フィールドワークメインの研究者、ですかね。とにかく、いろいろなことを研究している方でした」


「そうなのか……いや、詮索するようなことを聞いてすまない」


「気にしませんよ。……魔法から錬金術、付与術、魔物学、植物学、薬草学、毒性魔物特性集などなど。そんなものをまとめているなんてよほどの変人ですから」


「……弟子に変人と言わせるほどか」


「同じ分野の知識を蓄えている僕も大概ですけどね。ニーベちゃんも、いまは錬金術の入門書を読んでいました。おそらくあの入門書には……」


 そのときドアがノックされ、入室してきたのは話題にあがっていたニーベちゃんでした。


 その手には錬金術の入門書が握られたままです。


「失礼します、お父様。どうしても先生に早く確認したいことがありまして」


「うむ、私のことは気にしなくていい。スヴェイン殿に疑問点を聞いてみなさい」


「はい。先生、買っていただいた入門書の触りの部分だけを一通り読んでみましたが、すべて魔力操作について書かれていました。やはり、それほどまでに大事なのですか?」


「はい。魔力を運用する上で魔力操作は欠かせません。錬金術や魔宝石付与術を行う際にも魔力操作で必要な魔力を調整していますからね」


「なるほど……。では、魔力操作が大切だとは書いていましたが、その練習方法が中途半端でした。最初のうちは魔力を感じ取れるようにする。それに慣れたら、体外に魔力を放出する。最後は魔力を渦にしてみる。ここまでしか書かれていません。先生たちが教えてくれたように魔力を球体にしたり、それを操作して鍛える方法までは書いていませんでした」


 ……ああ、それも師匠の悪い癖ですね。


 といいますか、師匠、本には質問できないんですよ?


「すみません、それは師匠の悪癖です。師匠は基本的な技術は一通りすべて教えますが、応用技術は聞かれない限り一切教えてくれないのです。創意工夫と先人に学ぶ姿勢が大切だ、そう言っていました」


「なるほど。でも、本に書いていないことは学べませんよね?」


「はい、その通りです。師匠、その辺はどう考えていたのでしょう?」


「なるほど。スヴェイン殿の師匠も完璧な人間ではないと言うことか」


「そうなります。申し訳ありませんが、僕がいない間は基礎的なやり方で学んでいてください。発展型のやり方は僕が来たときに十分な実力があると判断すれば教えます」


「本当ですね!」


「はい、お約束しますよ。ただし、毎日無理はせずにしっかり休むこと。無理をすると効率が落ちますからね」


「はい! 早速ですが蒸留水の作り方について質問があります。ここの説明が本と師匠のやり方で違うのですが……」


「ああ、この部分ですか。これはどちらでも大丈夫です。ニーベちゃんのやりやすい方でやってください」


「わかりました。次に……」


 このような質問は夕食ができたと使用人の方が呼びに来るまで続けられました。


 ニーベちゃんは本当に隅々まで読み込んでいたようで、なかなか鋭い質問を投げかけてきましたね。


 僕もきちんと答えられるようにしておかないといけません。


 師匠の著書で『中級編』というのはすごく怪しいので……。


**********


 夕食も終わり、家族団らんの時間ですが……ニーベちゃんは本の虫になってしまっています。


 いま読んでいるのは錬金術の初級編ですね。


「これ、ニーベ。お客様もいるのですよ。本を読むのは明日以降にしなさい」


「明日になったら先生方はいなくなってしまいます。なので、わからない部分は少しでも解説していただきたいのです。お父様、だめでしょうか?」


「うむ……。ニーベの言うことも間違いではないな。スヴェイン殿、アリア殿、よろしいかな?」


「構いません。明日の朝に滑り込みで聞かれるより、いま聞かれる方がしっかり解説できます」


「私も構いません。……といいますか、昔のスヴェイン様も研究熱心だったので懐かしいです」


「あら、スヴェイン様もですの? その話、聞いてみたいですわ」


「ええ。スヴェイン様、お話してもよろしいですか?」


「いいですよ、アリア。ただ、ニーベちゃんの集中力が途切れないよう、別室で話した方がいいかもしれません」


「そうですわね。私たちは2階のテラスに向かいましょう」


「はい、お母様。お父様はどうなさいますの?」


「私はニーベの様子を見守ろう。つい一週間前までは寝込んでいたニーベが、これほどまで元気に頑張っているのだ。娘の成長を見ていたい」


「わかりました。それではまた」


 3人が立ち去ったあともニーベちゃんは教本とにらめっこを続けています。


 初級編の内容には一切触れていないはずですからね、理解するのが大変なのでしょう。


 そのまま30分ほど読み進み、意を決したように質問を始めます。


「先生、錬金素材の『属性』とはなんでしょう?」


「素材の属性とはそのままの意味です。錬金素材には魔法属性と同じ基本属性5つ、上位属性4つ、それから時空属性と無属性、あわせて11種類の属性があります」


「なるほど、11種類……魔力水は水属性ですか?」


「多くの人が勘違いする内容ですね。魔力水は無属性です」


「え、そうなんですか?」


「蒸留水は水属性なのですが、それに大量の魔力……無属性の力を溶かし込んだ魔力水は無属性に置き換わります。そのため、魔力水は無属性の素材になります」


「では、素材の属性とは素材ひとつにつき1種類しかついていないのでしょうか?」


「いい質問ですね。答えは無属性の場合のみ単一属性で固定、他属性の場合は複数属性の場合もある、ということになります」


「具体的にはどういった素材になりますか?」


「そうですね……ニーベちゃんが扱うのはまだまだ先になると思いますが、『石炭』。これは土属性と火属性のふたつの属性を持っています」


「土属性と火属性。土属性が先ですか?」


「はい。錬金術師が正しく素材の属性を並べる場合、強い属性から順に並べます。作法的なものなのであまり気にしなくても構いませんよ」


「作法は大切だと思います。ちなみに、素材の属性はどのように調べればいいのでしょうか?」


「属性を調べる試薬が存在しますが、それだともっとも強い一属性しかわかりません。なので、すべての属性を知りたければ【鑑定】スキルをひたすら鍛えてください」


「【鑑定】スキル……ちなみにどれくらいまで?」


「レベル30で追加情報として属性に関する情報がわかるようになります。属性の優劣……どの属性がどの程度の数値を持っているかがわかるのは鑑定レベル40からです」


「鑑定レベル40……私のスキルレベルマックスが50ですから極限まで鍛えるつもりで挑まないといけませんね」


「実際、鑑定レベル50になってから職業が上位のものになると便利ですよ?」


「……いま、この場ではあえて聞きますまい。ちなみに、鑑定を鍛える方法は?」


「とにかく、なんでも鑑定してください。鑑定結果が複雑になる生産品や宝石などを鑑定するのが効果的です」


「わかりました。ニーベもいいね?」


「はい。それで、次の質問ですが、錬金触媒の使い方がよくわかりません。どういったときに用いるのでしょう?」


「そうですね。初級編の内容でしたら『錬金素材の属性を別の属性に変えるとき』使うと覚えておいてください。もちろん、別の使い方もします」


「例えばどのような使い方ですか?」


「一番わかりやすいのはポーションですね。魔力水と薬草だけを錬金すると、軟膏タイプの傷薬ができます。これは本に書いてありましたよね?」


「はい。基本的な錬金術として載っていました」


「ポーションの錬金には魔力水と薬草、水の錬金触媒を使うのです」


「それも書いてありました。でも理由まで書いていないのです」


「やっぱり。……あの師匠は。いや、わざとかな?」


「先生?」


「いえ、なんでもないです。理由を説明します。まず薬草ですが、これは土属性の素材なんです」


「なんとなく想像がつきます。土から生えていますから」


「はい。それで、ポーションは主に水属性のアイテムとなります」


「主に?」


「マジックポーションなども水属性になりますからね。これ以上はヒントを出しません。ご自分で属性鑑定までできるようになってください」


「わかりました。では、傷薬は土属性のアイテムでポーションは水属性のアイテムなんですね?」


「そうなります。属性変化を起こすために錬金触媒を使っている例です。ほかの使い方は次に来たときに教えます」


「はい、そのときを楽しみにお待ちしています! それで、次は……」


 そのあともニーベちゃんの質問攻勢は続き、寝る時間まで答え続けました。


 僕の復習にもなるしいい時間でしたね。

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