61.スヴェイン先生による教本探し
「うわぁ、本が一杯です!」
「この街の中央図書館だからな」
魔力水の講義が終わった翌日、ニーベちゃんとコウさん、それから僕たちは街の中央図書館にやってきました。
確かにこの蔵書量は圧巻です。
「さて、ニーベちゃん。今日は錬金術の本を探しに来ました。僕がいない間も困らないようにね」
「はい」
「というわけで、僕たちは錬金術書のコーナーを見て歩きます。コウさんとアリアはどうしますか?」
「私は経済学や経営学の最新刊でも読ませてもらっているよ」
「私は魔術書のコーナーにいます。……望み薄ですが」
「では分かれて行動ですね。行きましょうか、ニーベちゃん」
「はい!」
「図書館ではお静かに、ね」
「……すみません」
「まあ、行きましょう」
というわけで各自バラバラになって本を探しにいきました。
午前中は図書館でめぼしい本を探し、午後はその本を探すか発注することにしています。
というわけで錬金術書の、初心者向けコーナーに来ているわけですが……。
「……なるほど、これは初心者錬金術師が育ちにくいわけです」
「先生、どういう意味でしょう?」
「まあ、もう数冊探して閲覧コーナーに向かいましょう。それで僕の教え方と比較してみてください」
「はぁ……あ、この本もよさそうです」
「では、その本も」
結局5冊ほど本を選んで閲覧コーナーへと向かい、その内容を確認することとなりました、
なりましたが……内容を読み始めたニーベちゃんはすぐに諦め始めます。
「先生、『錬金術における五大エレメントの相乗と相克』ってなんですか?」
「基本属性には5種類あるのは知っていますね? それらの属性同士でこの属性はこの属性の効果を高める、またこの属性はこの属性の効果を弱める、そう言った理論です」
「なるほど、説明を受けるとなんとなく……」
「ちなみに、僕の研究ではこの相関関係は絶対ではないと証明しました」
「えっ?」
「雷は水を弱めるとありますが、実際には水属性のアイテムから雷属性のアイテムを作る際、雷の錬金触媒を使うと効果が上がります」
「……それってすごいことでは?」
「ですが、これを証明するにはさまざまな実証実験をする必要があります。僕はそこまで時間がありませんし、正直めんどくさいです」
「ふむ、そういうことならば私が力を貸そうか?」
僕たちの後ろから声をかけてきたのはコウさんです。
力を貸すとはどういう意味でしょう?
「私の店では錬金術の研究を行っている部門もある。そこでスヴェイン殿の研究成果を実証実験させていただきたい。もちろん、研究成果の報告書には発見者としてスヴェイン殿の名前を載せる」
「……それ、僕の名前じゃないとだめですか?」
「いや、著者名だからな。別名義を作るものも多い」
「では『ゼファー』という名ででしたらご協力いたします。もちろん、秘匿する研究内容も多くなりますが」
「秘匿か……例えば、特級品のポーションを作る方法とかかね?」
「そうなります。あれを確実に作る方法を見つけているのは僕と師匠、それから僕の妹が見つけたかどうかでしょう。なので、必要数はご用意しますがそれ以上は作りません」
「そうか……ちなみに、娘にも教えてくれないのか?」
「ニーベちゃんには自力でその高みに到達してもらいます。そして、作れるようになったとき、特級品のポーションの危険性を教えるつもりです」
「わかった。その方針でいこう。では、邪魔をしたな」
「いえ、お父様も頑張ってください」
「うむ」
書物を持ったコウさんを見送って、僕たちは参考書探しに戻ります。
ですが、参考書を読み進めるにつれてニーベちゃんの表情は険しくなっていきますね。
「どうですか、参考になりそうなことは書いてありますか?」
「すみません。私の知識が足りないのか、書いてある内容がさっぱりわかりません。『魔力水を作りたければ命の水を使えばよい』とか『ポーションの純度を高めたければ薬草を乾燥させて成分を凝縮させよ』とか……」
「ふふ、なるほど。確かにわかりにくい……というよりも、僕の教えとは反する内容が書かれていますね」
「そうなんですね……」
「その様子だと気付いていましたか」
「はい。その、蔵書を選ぶとき、先生が数ページ確認しただけで顔をしかめていらっしゃったので……」
「うーん、そこまでわかりやすかったですか。まあ、ほかの本も一度読んでみてください。『一般的な』錬金術の習い方がわかりますから」
「はい……期待しないで読んでみます」
そのあと、1時間あまりの時間をかけ、ニーベちゃんは各本の序文と最初の方を読み終えます。
その感想を聞いてみると『先生の教えの方がわかりやすくて実践的です』となりました。
この教え方もいずれは必要になるのですが、入門書には必要ないんですよね。
そうなると、参考書探しに困るわけですが……師匠の本が蔵書されていないか聞いてみましょうか。
ニーベちゃんと一緒に、本を棚に戻し終えたあと、司書さんのところに行きます。
そして、著者が『フォル・ウィンド』の本がないか聞いてみます、すると……。
「ありますが……あれを読むのですか?」
「あるんですか? 書架にはなかった気がしますが」
「仕入れはしたもののあまりにも人気がなく、書架から取り除いたのです。いくつかの国を越えて入手したので安くはないのですが……廃棄予定の本に入っていますね」
「廃棄予定!? ……失礼しました。廃棄予定の本でしたら、買い取ることもできたりしますでしょうか?」
「はい。最低でも原価を支払っていただければ、お譲りできます。……読む方もほぼいなかったですし、修復も一度かけたのでほぼ新品ですよ」
「では状態を確認させてください。できれば第一巻の中身を少々」
「……第一巻だけではないことをよくご存じですね」
「ほとんど当てずっぽうでしたが……何冊ありますか?」
「魔術書が各属性の入門編と初級編、中級編の3冊ずつ合計27冊、錬金術書が入門編、初級編の2冊、宝石付与というよくわからない技術書が入門編と初級編の2冊、以上、31冊です」
「以外と多かったですね。それで、どの程度汚れていますか?」
「奥に並べてありますので、どうぞご確認を」
エルフの司書さんに連れられて図書館奥のエリアへと入っていきます。
ここには、まだ並べられていない本や購入希望者がいた場合のスペア、それに廃棄予定の本がしまわれているそうです。
「こちらがフォル・ウィンド氏の著書になります。状態保存の魔法は切れていませんので、内容をご確認ください」
「では、確認させていただきますね」
僕とニーベちゃんは錬金術の入門書を開いて内容を確認します。
そこには最初に魔力水の重要性を説かれていました。
最初は湯冷ましを布で濾したものでも構わないが、最終的には蒸留水を使わないと最高品質の魔力水は作れないとも書かれています。
その次は魔力水の作り方ですが……うん、これは帰ってからニーベちゃんに読ませるとしましょう。
僕が本を閉じると、明らかに不満な顔をしたニーベちゃんがそこにいます。
もっと内容を確認したかったんでしょうね。
「それで、こちらの本で問題ないでしょうか?」
「はい、問題ありません。おそらくほかの本も僕が求めているものでしょう」
「それではお買い上げいただけるのしょうか?」
「はい、問題あり……」
問題ありません。
そう言おうとしたときに、この場へともうふたりやってきました。
アリアとコウさんです。
「やっぱりスヴェイン様でしたか! フォル・ウィンド様の本を買い占めようとしていたのは!」
「人聞きが悪いですね。すべて処分するというので買い取ろうと思っただけです。他意はありません」
「しかし、スヴェイン殿。あなたは悪く言えば商談が下手すぎる。ここは私に任せていただけないだろうか」
「……わかりました。『今後の』こともありますので、あまり値引きはしないでください」
「承知した。司書殿、そういうわけなのでこの本はすべてこちらで買い取ろう。会計責任者を呼んできてくれ。ネイジー商会の会頭、コウが来た、といえばすぐにでも来てくれるだろう」
「……ネイジー商会! かしこまりました、すぐに! 応接室にご案内いたしますのでこちらへどうぞ!」
「どうする、スヴェイン殿?」
「うーん、本のそばを離れたくないのですが、今後の相談もあります。きちんとした場所に移動した方がいいでしょうね……」
「それでしたら、手の空いている司書に本を運ばせます! おい、この本を応接室まで運べ、丁重にな!」
なんだか大事にしてしまい申し訳ない。
ともかく、本も運んでいただけたので気兼ねなく応接室へと移動します。
応接室ではすでに切れ長の目をした女性が待っていました。
「ようこそ、ネイジー商会会頭コウ様、私はこの図書館の会計責任者を務めさせていただいております、オペラと申します」
「うむ、私はネイジー商会の会頭コウ。……まあ、今日はただの付き添いだ。本来の主役はこちらの少年だな」
「初めまして、オペラさん。旅の錬金術師、スヴェインと申します」
「同じくスヴェイン様の恋人で相棒のアリアです」
「……コウ会頭? こちらのふたりがこの量の本を買いたいと?」
「うむ。私はその付き添いに来ただけだ」
「失礼ですが……この量の本を旅に持ち歩くのは不可能では? 1冊だけでも相当厚い本ですのよ?」
「ああ、それは大丈夫です。僕もアリアも高レベルの時空魔法使いですから」
「なっ……」
「本当だぞ。オペラ女史。それに、図書館としても処分予定だった本が売れるのだ。文句はなかろう」
「それは……そうでございますが……」
「それに本音を言いますと、これらは僕が読むのではなく、そちらにいるコウさんの娘、ニーベちゃんに読ませるものです」
「……コウ会頭、よろしいのですか? これらの本は、この国のやり方とはまったく違うやり方とされ、誰も読まなくなったものなのですが」
「問題ない。それで、この本はおいくらなのかな?」
「元値は1冊あたり金貨1枚ですわ。ただ、ここまで状態保存をかけながら運んでくる輸送費を考えますと、金貨4枚はいただかないと……」
「1冊金貨4枚、31冊と聞いたので124枚か。多過ぎではないか?」
「私どもとしてもこれがギリギリの値段でございます。ですので……」
「構いませんよ。お支払いします」
「スヴェイン殿!?」
「この本をこの地で入手できたこと、それにそれだけの価値があると言うことです。ちなみに、オペラさん。増額いたしますので状態保存の魔法を重ねがけして汚れにくくしたり、耐火性、耐水性を持たせることは可能でしょうか?」
「もちろんですが……それほどの価値がおありですの?」
「ええ。確か、白金貨で金貨100枚でしたよね? 白金貨2枚を支払います。今日の夕方までに大急ぎで31冊に処理をお願いすることはできますか?」
「は……金貨50枚分以上を上乗せですか?」
「はい。もし可能でしたら白金貨2枚ですべての本を買い取ります」
「スヴェイン殿、さすがにそれは使いすぎでは……」
「錬金術の教本は汚れやすいのです。それに魔術書も見ながら使う可能性を考えれば耐久性をあげておいた方がいいでしょう」
「……わかりましたわ。その依頼お引き受けいたします。また、念のためということでしたら、予備として写本もそのお値段の中で作らせておきますわ」
「おお、それは助かります」
「では、商談成立ですわね。コウ様、契約書に問題がないか確認を」
「うむ。……問題ない、いま話した内容のみが書かれている」
「では、スヴェイン様。こちらにサインをお願いします」
「はい。……これでよろしいですか?」
「ええ。本のお引き取りは夕方に?」
「はい。また立ち寄らせていただきます」
「では、そのように取り計らいます」
「それでは、次の商談をお願いしたいのですが?」
「「次?」」
オペラさんとコウさんの声がきれいにハモりました。
さすがにこの続きがあるとは思っていなかったのでしょうね。
「本日購入したもの以外でフォル・ウィンド氏の著書がありましたら片っ端から購入していただきたいのです。ジャンルは問いません。上級魔術でもいいですし、魔物学でも植物学でも薬草学でもなんでもです」
「ええと、申し訳ありませんが、当図書館にも予算が……」
僕は無言でストレージから白金貨を5枚出してテーブルに置きました。
それにアリア以外の全員が目をむきます。
「ひとまずこれを使って購入をお願いします。足りなくなりそうでしたら、申し訳ありませんが……」
「私の商会で立て替えよう。スヴェイン殿がここまでいうのだ。それだけの価値があるのだろうからな」
「わかりました。それでは、こちらについても契約書を作成して参ります。……これは興味本位での質問なのですがフォル・ウィンド氏とはどういうご関係で?」
「おそらく僕の師匠がフォル・ウィンド氏です。著書の内容も教え方の癖も師匠のものなので」
「……かしこまりました。出過ぎた質問をご容赦くださいませ」
「いえいえ。気にしていませんよ」
というわけで、新しい本の購入依頼も無事に終了しました。
コウさんはそこまでする必要があるのか懐疑的だったようですが、彼の家にある『猛毒性魔物特性集第二巻』の著者であることを思いだしたようで納得していただけたようです。
さて、夕方まで時間が空いてしまいましたので一度屋敷に戻り、ニーベちゃんの修行でも行いましょう。
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