60.スヴェイン先生による生産スキル講義(錬金術・魔力水編)
ニーベちゃんの奮闘は昼食後も続き、3時のお茶の時間、そして夕方近くまで思うような結果にならずにいます。
その間、僕は1冊の書物を書いていましたが……さすがにヒントを出してあげますか。
「ニーベちゃん、すこしいいですか」
「はい、すみません、うまくいかず」
「気にしなくても大丈夫ですよ。ニーベちゃんはどのようなイメージで塩を取り出そうとしていますか?」
「え? それはお水の中からお塩を取り出すように……あれ? お水の中からお塩はどうやって取り出せば?」
「はい、水の中から目に見えなくなった塩を抜くのは難しいです。でも、もう一度蒸留の仕組みを思いだしてください」
「蒸留の仕組み……あ、そうです! 一度お水が蒸発するとお塩が残るかも知れません! それを取り除けば……」
「では、頑張ってくださいね」
「はい!」
やっぱりニーベちゃんは賢いですね。
さて、どうなるか実際にみていましょうか。
「えーと、お水が蒸発してまた集まるイメージ。でも、お水以外のものはなくなる……よし!」
錬金台の上にニーベちゃんの手が置かれて錬金術が発動しました。
それによって、水の色も少しだけ澄んだ色に変わりましたね。
これは……。
「……ん! しょっぱくない! 先生、成功です!」
「頑張りましたね、ニーベちゃん。いまの感覚を忘れてはいけませんよ?」
「はい! 忘れないうちにもっと練習します!」
「そうですね、それもいいかもしれません。次のステップに進みたくなったら呼んでください」
「はい、そうさせていただきます!」
ニーベちゃんは、グラスの水に塩を溶かすとまた錬金術を発動します。
……が、表情をみると今度は失敗したみたいですね。
それでも諦めず何度も挑み続け、夕食前にはほぼ確実に塩味を抜くことができるようになっていました。
今日の夕食後はその報告がメインになりましたね。
「ほう、それでは蒸留水はもう作れるのかね?」
「完璧ではありませんが、錬金術に耐えられるものは作れるでしょう。ここまで進むとは思っていませんでした」
「すごいですわ、ニーベ。先生に褒められましたわよ」
「ありがとうございます、先生!」
「でも、このあともうひとつ覚えてもらわなければいけない錬金術があるんですよね……」
「このあとですの? 明日にしては……」
「明日は明日で本の買い出しにあてたいのです。錬金術の教本を選びたいのでニーベちゃんにも来てほしいため、今日中にもうひとつ作れるようになってもらわねばなりません」
「私は大丈夫です! なんだか魔力もあまり消耗していませんし」
「うむ……大丈夫なのですかな、スヴェイン殿」
「蒸留水の錬金には魔力はほぼ必要ないんですよ。その代わり、錬金スキルのレベルもほぼ上がりませんが……」
「なるほど、うまい話はないのですな」
「はい。ですが、次に覚えてもらう錬金アイテムは魔力も消費しますが錬金スキルもレベルアップしていきます。僕たちが次に来るまでの目標はこのアイテムを安定して作れることですね」
「ほう、そのアイテムとは?」
「錬金術の基礎にして最重要素材、『魔力水』です。いままでも何度か話に出てきましたけどね」
**********
「うう、緊張します」
夕食後の団らんが終わったあと、いよいよ『魔力水』の作り方を教えるということになりました。
ですが、この場にはニーベちゃんだけでなくコウさんたちクリス家の全員が揃っています。
ニーベちゃんのことが気になるのでしょうね。
「まあまあ、今日は基本的なことしか教える時間がありません。申し訳ありませんが、課題を残していくので作り方を覚えたらあとは自習でお願いしますね」
「はい、わかりました。それで、『魔力水』とはどう作るのでしょう?」
「基本的な『魔力水』の作り方は『水』に『魔力』を錬金術で混ぜ合わせることになります」
「え? お水にですか?」
「はい、普通の水でも大丈夫です。ただし、普通の水だと魔力水の品質は非常に低くなります。なので、ニーベちゃんにはいきなり『蒸留水』を作ってもらいました」
「……あの、スヴェイン様。その口ぶりですと、最高品質のものを作るために必要なのが蒸留水と聞こえるのですが……」
「はい、その通りです、マオさん。普通の錬金術師は手探りで、湯冷まし、濾過水、蒸留水と水の純度を上げていくことに気がつくと思うのですが、はっきり言ってこの手順はあまり意味がないので省きました」
「意味がないとは? 考える機会をそぎ落としているのでは?」
「コウさん、違いますよ。次段階の『魔力水』を作るのにも試行錯誤を繰り返さなければなりません。僕はポーション作成のために必要な課題は残しますが、『魔力水』の前段階、錬金術の準備段階の知識まで試行錯誤させる必要性はないと考えます。時間もありませんしね」
「なるほど。理解できた」
「それでは『魔力水』を実際に作るところをみせましょう。よく見ていてくださいね?」
「はい!」
僕はストレージから取り出した瓶詰めしてある蒸留水をビーカーに注ぎ、それを錬金台の上に置きます。
そして錬金台に手をかざし錬金を始めました。
するとビーカーの中の水が一瞬光りを発し、鮮やかな青色に変色します。
うん、成功ですね。
「……それが『魔力水』ですか?」
「はい。……ああ、飲んじゃだめですよ。これは純粋な魔力の塊を水に溶かしたものです。魔力を回復するためのマジックポーションとは違うものですから体に毒です」
「見ていると簡単そうに見えたのだが……?」
「そうですわね。これが最重要素材だとは思えませんわ?」
「ではニーベちゃんに実際試してもらいましょうか。やり方はわかりましたか?」
「はい。……でも、いま見た限りでいいのでしょうか?」
「やればわかります。蒸留水は僕が作ったものを使ってください。どうぞ」
「はい……えい! ……あれ?」
「ぬ?」
「あら?」
「これは?」
「まあ、こうなりますよね」
ニーベちゃんが作った魔力水。
その色はとても薄い水色でした。
「え、え? 先生、どうしてですか?」
「まずは魔力を込めるときに無理矢理水の中に押し込もうとしたため、水の反発に遭いほとんど溶け込まなかったこと。次に溶け込ませる魔力が不足していたことですね」
「……すみません、先生。どのようにしたらよいのでしょう?」
「まずは溶け込ませる方法。ニーベちゃんは塩を水に溶かすとき、水をかき混ぜますよね? あのイメージで溶け込ませてください」
「はい。魔力の方は?」
「魔力は付与術と真逆です。一瞬で必要な魔力量をすべて溶かす必要があります。少しずつゆっくりとはできません」
「……難しいです。でも、もう一度だけ試してみます」
「はい、どうぞ」
「今度こそ……いきます! ……あれ? 今度は真っ青に?」
「魔力の込めすぎですね。それから溶かすときのイメージも水を勢いよくかき混ぜ過ぎだと思います」
「……うぅ……難しいです、『魔力水』」
「だからこそ、基礎にして最重要素材なんです。ちなみに『魔力水』ですが、傷薬にポーション、マジックポーション、ディスポイズン、ディスパラライズといった初級アイテムの調合にはすべてに必要となります。また、ミドルポーションを初めとする中級アイテムを作る時に使う『霊力水』の素材のひとつでもあります。『魔力水』が完璧に作れないと、ほかのアイテムも完璧には作れませんよ?」
「……知らなかったぞ、そこまで重要な素材だったとは」
「錬金術師しか知らないような内容ですからね。逆に言えば、『魔力水』を軽視している錬金術師……特にポーション作成をメインにしている錬金術師は信用しない方がよろしいかと」
「スヴェイン様。『魔力水』ですが、インゴットの錬金にも使いますの?」
「普通は使いません。ただ、特殊な手順を踏んでインゴットを錬金する場合には用います。そのとき、うまくいけばインゴットの品質が上がりますね」
「私の店の職人に教えていただくことは……時間がありませんね」
「はい。それに、かなり特殊な手順になります。常に上質なインゴットを必要とするなら有益な手順ですが、そうでない場合は時間と費用の無駄になりますね」
「そういうことだと、いまの私の店には向きませんわね。ですが、いつかのために覚えるべき内容でもありますわ」
「それは本人たち次第でしょう。この間、合金を作る時に見た積極性と根性があればなんとかなると思いますが」
「それでは、いずれニーベの勉強の合間にでも教えてくださいまし。覚えられたらで結構ですわ」
「わかりました。しばらくはニーベちゃんの方で手一杯になりますがいずれ」
さて、マオさんとの約束は……1年程度は先ですね。
いまはニーベちゃんに錬金術の課題を与えましょう。
「さて、ニーベちゃん。僕から次に会いにくるときまでの間に練習していてほしい錬金術の課題です」
「はい!」
僕はインベントリから限りなく透明な水晶に閉じ込められた鮮やかな青色の液体を取り出し机の上に置きます。
ニーベちゃんにはこれがなにかわかったようですね。
同じものが机の上にまだ置いてありますし。
「先生、これは……」
「推測通り、『魔力水』です。ニーベちゃんに与える錬金術の課題は【この『魔力水』の色合いになるべく近い『魔力水』を安定して量産できるようにすること】です」
「……これが最高品質の『魔力水』ですか?」
「僕が作った場合、と但し書きがつきますがそうなりますね。ニーベちゃんにもまずはこれを目指してもらいます」
「わかりました! 頑張ります!」
「はい、その意気です。ですが、今日はもう夜ですし寝ることにしましょうね?」
「……せめてあと一回だけでも」
「だめですよ。それと、錬金術と付与術の練習を行う際は決してひとりでやらず、侍女の方をそばに置くこと。いいですね?」
「魔力枯渇に備えてですね?」
「わかっていれば大丈夫ですね。いままでは僕かアリアが見ていましたが、これからはお付きの侍女にそばにいてもらってください」
「わかりました」
とりあえずこれで生産スキルの初歩は大丈夫でしょう。
あとは、2カ月間でどれくらい進むかですが……そこは彼女の頑張り次第ですかね?
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