59.スヴェイン先生による生産スキル講義(錬金術・蒸留水編)

「うーん、薬草は採取できましたが、一般品ばかりですね……」


「そうですわね。隣りに見本として育てていただいている、スヴェイン様の畝は最高品質の薬草ですのに」


 薬草栽培の方法を教えてから5日目、最初に普通の栽培方法で栽培を始めた薬草の採取ができる日です。


 ニーベちゃんはとりあえず20株を植えたみたいですが、一般品の薬草ばかりでマオさんと一緒に頭を悩ませていますね。


 お手本代わりに僕が育てている畝の薬草5本はきちんと最高品質の薬草が採取できているのですから。


「これは育て方に問題があると思うんです、お姉様」


「育て方……ですの? でも、どこに問題が?」


「それは……でも、スヴェイン先生も同じ土で育てているんですから、何か秘密があるはずなんです。それを解き明かさなくては!」


「ニーベ、でもスヴェイン様たちも明後日には屋敷を一度去るのよ?」


「うぅ……わかっています」


 マオさんの言うとおり、僕とアリアは明後日にこの屋敷を出て行きます。


 彼女が南の街ヴィンドに行くそうなので、片道だけ同乗させていただくことになりました。


 護衛にはほかの冒険者さんを雇っているそうなので、僕たちが出しゃばらなくても大丈夫でしょう。


「ニーベちゃん、初めて自分で一から育てた薬草はどうですか?」


「はい、無事に育ってくれて嬉しいです。でも、やっぱり先生のと比べると……」


「それは仕方がありませんよ。これでも僕は5歳の頃から錬金術を学んでいる先輩ですからね。薬草栽培だってまだ段階です。そう簡単に高品質品は作れません」


「……わかりました。今度先生が来るときまでには、必ず高品質な薬草を栽培できるようになってみせます!」


「その意気です。……さて、今日からまだ仮設段階ではありますが作業部屋、いえ、アトリエが使えるようになったそうです。僕が旅立つ前に基本的な錬金術の知識と初歩的な錬金術アイテムの作り方を教えておきます」


「はい、お願いします!」


「まずは……マオさん、超小型の魔石でいいので無属性か水属性の魔石を大量に購入したい場合はどうすればいいでしょう?」


「大量に……ですか。少量なら冒険者ギルドから直接買い付ける方が安いですが、大量に、となると魔石店に行くべきですわね」


「魔石を取り扱っているお店もあるのですね」


「はい。使いを出して買ってこさせましょうか?」


「そうですね……一番安く手に入る魔石はなにになりますか?」


「無属性の極小でいいのでしたらゴブリンですわ。……ただ、大量にとなると取り扱っているか怪しいですが」


「そうなのですか? 駆け出し錬金術師の練習素材にはぴったりなのですが」


「ゴブリンの魔石は買い取り価格がとても低いのです。雑食で群れると凶暴化するために定期的に駆除されますが、魔石をどう扱うかまでは……」


「もったいないですね。僕は自分の練習素材を得るために山の中にこっそり入り込んでゴブリン狩りを……」


「スヴェイン様? ときどき目を覚ましたらいないとは思っていましたが、そんな危ないことをしていたのですね?」


「……子供の頃のことです。許してください」


「あとでお話です。いまは、マオさんたちとのお話を優先してください」


「はい。……失礼しました。錬金術師が錬金術を使う際、異なる属性のアイテムを作る、あるいは異なる属性の素材を混ぜるときに『錬金触媒』というアイテムが必要になります。これを作るために魔石を使うのですが……一番初期の錬金触媒は無属性魔石が一番便利なんですよ」


「それはどうしてですの?」


「無属性魔石からはどの基本属性の錬金触媒も作れるからです。これが水属性の魔石になると『水の錬金触媒』しか作れなくなります」


「そうなんですね……初めて知りました」


「錬金術を知らない人間にはわからないことですからね。マオさん、急ぎではないのでゴブリンの魔石を買い取り始めていただけますでしょうか? 実を言えば、僕も錬金触媒が千個を切っていてどうしようか悩んでいたんです」


「わかりましたわ。まずは、今日買い取れるだけの量を買い取りに行かせます」


「お願いします。それではニーベちゃん、朝食を食べたら早速錬金術の指導です。基本的に今日しか時間がありませんのでビシバシいきますよ」


「え、明日はどうするのですか?」


「僕たちがいない間にも学べるよう、錬金術の参考資料を探しに行きたいと思っています。さすがに、今日一日では基礎中の基礎を教えられたら大成功、といったところなので……」


「わかりました。がんばります!」


 気合いの入ったニーベちゃんとともに朝食を食べ、仮設状態のアトリエに入ります。


 僕のオーダー通り燃えやすいものは撤去され、燃えにくい素材でできた台の上に蒸留装置と錬金台が置かれていました。


 今日はこれだけあれば問題ないでしょう。


「さて、ニーベちゃん。今日の目標は錬金術の基礎である『魔力水』を作れるようになることです」


「『魔力水』……どのようなアイテムなのでしょう?」


「作り方は至ってシンプル。錬金台のうえに『蒸留水』を置いて魔力を流すだけです」


「……それだけ、ですか?」


「はい、それだけです。ですが、魔力水を安定して作れるようになるかどうかで今後の作業効率が変わります。具体的に言うと、最高品質の『魔力水』がないと特級品のポーションは作れません」


「それは大事ですね!」


「はい。ただ、『魔力水』を作るためには『蒸留水』が必要になります。本来なら、これも水から錬金術で作るのですが……」


「ですが?」


「『蒸留水』というものがどんな性質を持っていて、どうやって作るのかが理解できないと作れないのです、なかなか」


「そうなんですね。それで、お父様にこの蒸留装置をお願いしていたのですか」


「はい。まずは実際に蒸留水を作ってみましょうか」


 僕はフラスコに布でした水を入れて密閉し、魔石バーナーに火をつけます。


 すると数分でお湯が沸き始め、蒸気口から流れ出た蒸気が冷却器を通ってまた水になり先端から水滴となってビーカーにしたたり落ちました。


 うん、ちゃんと機能していますね。


「うん? 先生、この装置ではなにを行っているのでしょう? お湯が沸いて、またお水になっているようにしか見えません」


「大雑把に言うとその通りです。これをやっている理由ですが、まずは目に見えない『雑菌』というものを取り除くためというのがひとつ、もうひとつが水の中には水以外のものも混じっているのでそれを取り除く、ということがあげられます」


「『雑菌』にお水以外のもの、ですか……」


「『雑菌』を取り除くのは湯冷ましを使っているのと一緒です。あれは水を一度煮沸することで、人間の体に悪い影響を与える雑菌を死滅させているのです」


「それなら湯冷ましを使えばいいのでは?」


「湯冷ましにはまだゴミが入っていたりしますからね。なので一度布で濾し、更に蒸留することで水以外のものも取り除いているのです」


「……難しいです」


「難しいかも知れません。ですが『蒸留水』の仕組みを理解できると、この先のことも理解しやすくなりますよ」


「わかりました。頑張ります」


「よろしい。さて、蒸留水を理解するに当たって……まあ、とりあえず飲んでみましょうか?」


「……毒ではないんですよね?」


「はい。むしろ普段の水との違いがわかれば大丈夫です」


「わかりました。……ん? 味がしません?」


「はい、味がしないのが正解です。水は純水と呼ばれる混じりけのないものになるほど味がなくなります。水の味は、水の中に溶け込んでいるミネラルと呼ばれるものが原因で味がついているんですよ」


「ミネラルってなんでしょう?」


「例えば塩とかです。人の体に有害ではない鉱物……とでもいえばいいのでしょうか。説明が難しいですね」


「ええと……それを取り除けばいいんですね?」


「はい、究極的にはそうなります。でも、わからないものを取り除くことはできませんよね?」


「……はい。できません」


「なので『蒸留』です。これを錬金術に応用することで『蒸留水』を手早く作るのです」


「……すみません、具体的な手順がわかりません」


「『蒸留水』を作るイメージは『水が沸騰してお湯になり、がまた水に戻る』というものです」


「なんだか難しいです……」


 困った顔を浮かべるニーベちゃんに、僕も苦笑を浮かべます。


 僕も本当に困りましたからね。


「そうです、わかりにくいです。だからこそ、最初の関門に相応しいのですが」


「最初の関門……はい!」


 ニーベちゃんは難しいお題を与えた方がやる気が出るタイプのようです。


 さあ、元気な間に最初の課題を与えましょう。


「ではニーベちゃん。最初の課題です。錬金術で『蒸留水』を作りましょう」


「はい! 味のないお水を作るのですね?」


「そうですね。でも、それだと味がない水ができる可能性もあります。なので……」


 僕はグラスの中にひとつまみの塩を混ぜて溶かしました。


「先生、いまのは?」


「普通の塩を水に溶かしました。最初の課題はこの水から塩を抜き、味のしない水にしてください」


「……できるんですか?」


「まずは実演しましょうか。先に一口飲んでみてください」


「はい。……しょっぱいです」


「塩を少しですが溶かしましたからね。では錬金術を使います」


 錬金台の上にグラスを置き、錬金術を発動させます。


 ニーベちゃんも興味津々でのぞき込んでいますが、違いに気がつきますかね?


「あ、錬金台の端になにか埃のようなものがあります」


「気がつきましたか。あれが、水の中に溶けていた不純物です。さすがに、ああやって不純物を取り出せるようになる必要はありません。ただし、塩味がしなくなるようにはなってもらいます。試しにこの水を飲んでみますか?」


「はい! ……うん、味がしません!」


「そこまでの『蒸留水』は必要ありませんが、蒸留装置で作る程度のきれいさは欲しいです。今日の夕飯までに『蒸留水』を作れるようになれば上出来です。頑張りましょうね」


「頑張ります!」

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