58.スヴェイン先生による生産スキル講義(薬草栽培編)
「ふぁ~ぁ……」
ニーベちゃんが大きなあくびをしています。
空が白みきっていない時間に起こされたわけですし、仕方がないでしょう。
「眠たそうですね、ニーベちゃん」
「アリア先生! 申し訳ありません、普段はまだ寝ている時間ですので」
「生活スタイルも少しずつ改善ですよ。薬草栽培をするのであれば早起きは必須ですからね」
「はい!」
そんなニーベちゃんにも優しく、かつ厳しく生活スタイルを変えるように諭すアリア。
本当に容赦しませんね。
「それでスヴェイン殿、薬草畑用の土地は庭師に言って確保させた。できれば休耕地で栄養価も高くない土地がいいと聞いたが本当に大丈夫なのか?」
「実体験としての結果なのですが、人が腐葉土や堆肥など土に栄養を与えると薬草の生長を阻害させるのです。初回は何回か畑を耕す作業になりますので、そういったものも除去されますが念のためですね」
「わかった。それで、広さはこれくらいでよいか?」
「ニーベちゃんひとりで管理するには限界でしょう。毎日の水やり、3日から5日に一度の薬草採取、薬草が枯れたあとには種の採取と再び土地を耕す。結構な重労働です」
「そうですわね。一言で『薬草栽培』と言ってしまえば簡単そうですが、農作業ですもの楽なはずがありませんわ」
「はい。ちなみに、今回ニーベちゃんに育ててもらおうと思っているのは薬草をメインに、風治草、毒消し草、麻痺消し草、魔草。この5種類となります。最初は育てやすい薬草と風治草メインで、残りは時間と余力があれば、ですね」
「……本当にそれらの薬草を育てられるのか?」
「はい。特に風治草は育てるのが簡単ですね。種を植えた翌日から葉を採取できて、5日目には種を採取できます。ただ、風治薬はポーションよりも作成難易度が高いのでニーベちゃんには後回し……」
「いや、ニーベの分は後回しで構わない! 風治草が大量生産できることが重要なのだ!」
コウさんの雰囲気が完全に変わりました。
一体どうしたのでしょう?
「この都市では毎年冬の中旬から終わりにかけて風邪が大流行をする。その際に風治薬がどうしても品薄になってしまい、歯がゆい思いをしていたのだ。これならば、風邪を退散させることも……!」
「ああ、おそらく無理です」
「なに、無理なのか?」
僕の放った言葉にコウさんは顔をしかめます。
風治薬があれば風邪を退散できると本当に思っていたのでしょう。
「風邪ですが、基本的に体力の落ちた人や少ない子供やお年寄りが罹りやすい病気です。ここまでは大丈夫でしょうか?」
「ああ。それはよく知られていることだ」
「では次、風邪は伝染病です。罹っている患者がいる限り、全面的な解決にはほど遠いでしょう」
「だがそれは、ニーベに薬草を育ててもらえれば……」
「ですから、風邪は伝染病なのです。風治薬を買えない人が罹患している限り、完全に退散させることはできません」
「風治薬が買えない……スラムの住人か」
「いままでも、風邪の発生はスラムの住人から発生していることが多かったのでは?」
「そこは錬金術師ギルドや医療ギルドの統計を見なければ……いや、そもそもスラムの住人など相手にしていないか」
「ともかく、大々的な流行を止めたければ、スラム街に住んでいる人が罹患したら即座に治療することをお勧めします」
「う、うむ。しかしスラムか……彼らは彼らで独自のルールがある。それを破ることは……」
「人命優先です。つまらないルールはぶち破らせていただきましょう」
「いや、しかし……」
「それから風邪の予防ですが、細かい手洗いとうがいも効果的ですよ」
「手洗いとうがい?」
「はい。風邪はウィルス性……といってもわからないですよね。目に見えないくらい小さな生物によっておこされる疾患です。なので手洗いとうがいを徹底し、その生物を体内に入れる可能性を減らせば風邪に罹りにくくなります。特に外出から帰ったときと土いじりのような手が汚れたとき。食事の前などが効果的……だった気がします」
「……わかった。まずは我が家の使用人たちに徹底させよう。それで効果が出れば各種ギルドに話を持っていく」
「お願いします。……さて、ニーベちゃん、お待たせしました。畑作りを行いますよ!」
「待ちくたびれました!」
「すみません。つい」
「それで、まずはこの荒れ地をどのようにすればいいのでしょう?」
「最初は土魔法を使って掘り返します。とりあえず見ていてください」
僕は地面に手をつき、薬草畑にしてもいいと言われている範囲全体を一気に耕します。
それを見たいたコウさんたちは驚き、ニーベちゃんはキラキラした目でこちらを見ていますね。
「先生、いまのは!?」
「土属性の初級魔法『クリエイトアース』を不完全な形で発動させたのです。そうすると畑を耕したときと同じ結果が得られます」
「なるほど……ちなみに、完全な形になってしまうとどうなるのでしょう?」
「土が盛り上がって土壁ができますね。いま見たような畑のイメージを忘れずに魔法を使えば失敗しません」
「わかりました。今度は私の番ですか?」
「その前に畑から石を取り除く作業です。元が休耕地だっただけあって地中にそれなりの石が埋まってますからね」
「わかりました! 頑張ります!」
「あまり頑張らなくてもいいので、自分のペースを乱さないように。午前中はこの作業だけで潰れると思ってください」
「はい!」
そのあとは大きな石を畑から除去し、ニーベちゃんの『クリエイトアース』で畑を耕してもらいました。
さすがは『魔術士』だけあってこの広さを一度に耕すことも問題ないようです。
朝食休憩を挟んで、耕しては出てきた石を除去し、また耕しては除去し……といった地道な作業を繰り返した結果、ふかふかで柔らかい畑が完成しました。
「どうやらお昼までには完成したようですね」
「はい! 先生、この土すごいです!土なのにジャリジャリしません! ふかふかです!」
「薬草栽培にはこれくらいの土が必要なのです。土壌に土魔法の魔力を浸透させるためにも、ね」
「次はどうすればいいのですか?」
「次は畝を作ります。見ていてください」
僕は再び土魔法で土壌を操作して畑に畝を作り上げます。
……この広さの畑ですと、畝は10個程度でしょうかね。
「これがウネですか……」
「この上に薬草の種などをまいていくことになります。この広さの畑ですと、全部で10畝が限界です。残り9畝、できますね?」
「はい、頑張ります」
リーベちゃんは試行錯誤しながらもなんとかきれいな畝が完成しました。
職業補正や年齢の分があるとは言え、僕よりも成長が早いですね。
「畝はこんな感じで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。お昼を食べたら次はいよいよ本格的な薬草栽培です。頑張りましょうね」
「はい!」
それなりに魔力を消耗しているはずのニーベちゃんを休ませるためにも午前の作業はここまでにします。
ニーベちゃんは魔力操作の練習とお昼寝へ、ハヅキさんは作業部屋の進捗を確認しに向かいました。
僕たちも土の状態を確認したら屋敷の中へと戻り、昼食までは休ませていただきます。
そして昼食後、ここからが薬草栽培の本番です。
「さて、いまから少し反則的な方法を使って薬草などを育てます。……の前に、これを渡しておきましょう」
僕はストレージの中から薬草入れになる小袋を取り出しました。
「それは薬草をしまうためのマジックバッグです。容量も30倍とあまり広くはありませんが……困ることはないでしょう」
「30倍!?」
僕のセリフに驚いているのは、午後も僕たちの様子を見に来ていたハヅキさんです。
ニーベちゃんは……袋を持ったまま、固まってますね。
「あの、小さな袋とは言え、30倍のマジックバッグなんて金貨程度では買えませんのよ!?」
「はい、本当は差し上げたいのですが、いまは貸し出しということにしておきましょう。僕のお手製なのでなくしたり壊したりしても気にしないでください。素材を集めてまた作りますから」
「せんせい、さすがにこれはこわいです……」
「他の人に見せなければ、ただの薬草袋ですよ。あとで使用者登録もしておきましょう」
「……わかりました。これが必要になるくらい、薬草がたまるんですね」
「そういうことです。では、反則的な方法を使って薬草を育てます。この方法を使ってはいけませんよ。いろいろと弊害があります」
僕は再三注意をしてから畝に薬草の種をまき散らします。
ハヅキさんにはアリアがフォローにいってくれているみたいなので、これが薬草の種だと伝えてくれているでしょう。
種を巻き終えたら、魔法を使って一気に高速成育をさせます。
知らない人の目から見れば、いきなり芽が出てぐんぐん成長し、薬草ができたのですから驚きでしょう。
「さて、ニーベちゃん……大丈夫ですか?」
「は、はい。あまりの出来事に驚いていました……」
「普通の方法ではこの状態になるまで3日かかります。それで1回目の採取ですね」
「1回目?」
「はい。まあ、見ていてください」
僕は採取用のナイフを取り出し、薬草の葉っぱを茎の近くから慎重に切り落とします。
これで採取は完了ですね。
「と、まあ、こういう風に薬草の葉っぱを採取していくのです」
「あ、あの、薬草って茎や根も採取対象なのでは?」
「いえ、ポーションを作るだけなら葉っぱだけで大丈夫です。ほかの薬品を作る時はその限りではありませんが」
「は、はあ」
「それよりも、ニーベちゃん。いままでのことはメモしてありますか?」
「メモ……ああっ!」
「ニーベ、私が代わりにメモを取っているから安心なさい」
「ありがとうございます、お母様」
「これからは自分でメモを取る癖をつけてくださいね。そうしないと復習したいときに思い出せないことがありますから」
「はい、わかりました」
「とりあえず、この薬草をすべて収穫します。僕とアリアも手伝いますから一気に終わらせましょう」
「は、はい!」
僕はニーベちゃんに採取するときの注意点とコツを教えながら採取していきます。
彼女の飲み込みは早く、それなりの量があった薬草の採取は30分ほどで完了しました。
「お疲れ様でした。ニーベちゃん、これからはひとりで畑を管理することになります。今日みたいに畑全面を使って薬草を育ててはだめですよ?」
「骨身にしみました……」
「よろしい。では少々もったいないですが、時間もありませんし種の採取までいきましょう」
「え、種?」
「最初に伝えましたよね? 薬草が枯れると種が残ると。種類にもよるのですが、だいたい一株から5個から20個の種が取れます」
「……種がたくさん取れたと喜んで育て始めたら地獄です」
「わかってくれたようでよろしい。では始めます」
僕は魔法を使って株を一気に成長させ、枯れるところまで持っていきます。
さて、ここから授業再開ですね。
「株の先端についているつぶつぶ。これが薬草の種です。これを集めます」
「……やっぱり全部集めるんですよね?」
「当然……といいたいところですが、時間がないので400個ほど集めたら残りは廃棄します。このあと最低でも風治草の説明をしなければいけません」
宣言どおり400個前後の種を集めたら残りは土魔法で地中深く埋めて何度も攪拌、芽が出てこないようにします。
焼き払ってもよかったのですが、目立ちますからね。
「さて、ニーベちゃん。いま採取した種がこちら。僕が最初に植えた種がこちらです。違いがわかりますか?」
「種の大きさ自体が違います……!? 品質が一般品と最高品質になってます!」
「正解です。今回無理矢理成長させたのとあまり正しくない方法で育成したために種の等級が下がりました。先ほど採取した薬草の等級も一般品のはずですよ?」
「でも、先生は最高品質の種を持っているのですよね?」
「もちろん。薬草だって最高品質を使っています。そこでニーベちゃんに今後2カ月ほどで挑戦してもらう課題のひとつを与えます。いまある一般品の種から、高品質の種と薬草を安定して作れるように品種改良を行いなさい」
「先生の課題……わかりました!」
「ヒントは土に与える魔力量と魔力を含んだ水で与える魔力量の関係です。それぞれの量とバランスを計算してみてください」
「はい!」
ちょっとしたヒントは与えましたが……気付くのはいつでしょうね?
自力で気がついてくれるととても嬉しいのですが。
「さて、それでは風治草の説明に移りましょうか」
「風治草は一般品質のままでいいんですか?」
「高品質にするに越したことはないんですが……風治草の場合、風治薬で治せる病気の範囲が狭すぎて高品質薬を作る必要性が……」
「おっしゃりたいことは理解できました」
「では風治薬です。こちらは薬草よりも育てるのは簡単ですよ?」
この日の午後は風治草の栽培までで終了します。
風治草の種も400ほど採取してニーベちゃんのマジックバッグに保管させました。
なお、コウさんの希望で翌日もニーベちゃんに薬草栽培の方法を教えることとなり、毒消し草や麻痺消し草、魔草の栽培方法を見せました。
さて、これらの薬草を育てる際、僕はストレージから青い水を取り出して振りまいていたことにニーベちゃんは気がつきましたかね?
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