49.身分証のための冒険者登録

「ふう、ごちそうさまでした」


「おいしかったです」


 焼いたチーズを乗せたパンと粉チーズをかけたサラダ。


 それだけでも朝食の幅が広がりました。


 コウさんは真剣な顔で、今後チーズを定期的に仕入れるか考えていますね。


「お父様。私、魔力操作のレベルが2も上がったんですよ!」


「おお、そうなのか、ニーベ」


「はい! ワイズ様がいろいろなやり方を教えてくださるので、それを試している間にトントンと」


「それはすごいな……そのワイズ様はどこに?」


「午後にまた来るとおっしゃいました。午後までは魔力操作をお部屋のベッドで自主訓練するようにと」


「うん? ベッドで?」


 ああ、なるほど。


 ニーベちゃんは頑張りすぎているようですね。


「コウさん、ニーベちゃんはもうすぐ魔力枯渇を起こしそうなんですよ」


「そうなのですか? なら、すぐにマジックポーションを……」


「それはやめた方がいいです、コウ様。魔力操作などによって少しずつ魔力を失っていった結果の魔力枯渇は、魔力の最大量を少しですが増やしてくれるのです。私たちも『星霊の儀式』を受けるまではちょくちょくやっていました」


「……それは初耳なのですが」


「あまり知られていないことだと思います。この先、錬金術を行うのでしたら魔力は少しでも多い方がよろしいかと。上位のアイテム作成は想像以上に魔力を使いますからね」


「わかりました。ニーベも体調が悪くなってきたらお昼まで休みなさい。いいね?」


「はい、お父様」


「さて、スヴェイン殿、アリア嬢。私たちは冒険者ギルドへ向かいましょう」


「お父様、冒険者ギルドですか?」


「ああ。おふたりは身分証を持っていないのだろう? この街の住人証は発行が難しいし、お前の話を聞く限り商業ギルドの身分証もだめだ。錬金術師ギルドは……街中に拠点を構えないと難しいだろう。そうなると、消去法だが冒険者ギルドしかないのだよ」


「ですが、お父様。おふたりは冒険者活動はしないと思われますが……」


「そこは私がなんとかする。まあ、裏道を作るような方法だが、冒険者ギルドにも利のある話なら断られまい」


「……わかりました。私は自分の店に戻り様子を見て参ります」


「そうするといい。特に大きな問題が発生していないのは、私の方で確認しているがな」


「わかりましたわ。スヴェイン様たちも、宝石の需要がありましたらお立ち寄りください」


「はい。冒険者ギルドの帰りに早速寄らせていただくかも知れません」


「そうですの? 一体どのような宝石をお探しで?」


「小指の先ほどの大きさをした宝石があれば、それをできる限り。わざわざ特別に用意していただく必要もありません。ほかの宝石を用意したときの端材があればそれを購入させてください」


「はあ……? それでしたら、あると思うので構いません。なににお使いになるのでしょう?」


「付与術の練習用です。それではお願いしますね」


「承知いたしましたわ。それでは後ほど」


 マオさんとはここで別れ、コウさんとともに馬車で冒険者ギルドへ移動します。


 コウさんによると、冒険者ギルドが一番混んでいる時間帯は、早朝の新しい依頼が貼り出される頃と夕方の依頼を終えて帰ってくる頃だそうです。


 いまはそれを避けた時間帯ということになりますね。


 さて、冒険者ギルドに入ると視線が僕たちに集中しますが、コウさんの姿を見るとすぐにその視線も散っていきます。


 やはり有名人なのですね。


「いらっしゃいませ、コウ様。本日はどのようなご用件でしょう」


「このふたりの冒険者登録をお願いしたいのだが……その前にギルドマスターとサブマスターにお会いできるかな?」


「ええと、冒険者登録の前に、ですか?」


「ああ、そうだ。『塩漬け依頼16番が片付く』と言えば喜んで会ってくれるだろう」


「16番……えぇっ!? わかりました、すぐに!」


 なんでしょうか、『塩漬け依頼16番』というのは?


 アリアも不思議そうな顔をしています。


「お待たせしました! ギルドマスタールームにどうぞ!」


「ああ、それではおふたりもご一緒にお願いします」


「わかりました」


 3階建ての建物の一番奥、そこがギルドマスタールームのようです。


 コウさんが軽くノックをして入っていくと、奥の席に少し厳つい顔をした獅子族の方が座っています。


 その手前には少し柔和な雰囲気をした女性が立っていますね。


 この方は……エルフでしょうか?


「コウ、久しぶりだな。お前が直接冒険者ギルドに来るなんて何年ぶりだ?」


「5年ぶりくらいでしょうか? あのときは助けていただきありがとうございました」


「かまわんさ。俺たちにとっても実りのある仕事だった。……で、新人登録の前に16番が片付くとはどういう意味だ?」


「あの、コウさん。『塩漬け依頼16番』とはなんでしょう?」


「失礼ですが、コウ様。その説明もしていなかったのですか?」


「ええ、必要がないと思いまして」


「あの、私どもも時間が限られているのですが……」


「はい。だからこそお時間をいただいたのです」


「ずいぶん自信があるじゃねえか。小僧、『塩漬け依頼16番』ってのはな、『長年達成者がいない依頼の16番目』ってことさ。まあ、この依頼は冒険者ギルドに持ち込むより、商業ギルドに持ち込んだ方が金になるから仕方ねえんだが」


「その内容とは?」


「ああ、説明しなくちゃいけねえな。ギルドの緊急用備品として最高品質ポーション50本と最高品質マジックポーション30本を収めてほしい、って依頼さ。俺たちも無茶を言っているのは承知なんだがなぁ……」


「そうですね……。いまではそれなりの高額報酬に非常に高い貢献度の依頼となっています。それでも、そんな量のポーションがあれば商業ギルドが私たちよりも数倍の高値で買い取りますから……」


「というわけなんですよ。そこで商談です。もし、このおふたりがその依頼をクリアできたら『指定期間依頼未達成による冒険資格の剥奪』を免除していただきたい」


「あ? なんだそりゃ?」


「それは難しいですね……。その制度は冒険者の生存確認と犯罪を犯していないかの確認にも使っていますから……」


「ではこういたしましょう。こちらのおふたりのために冒険者ギルドからの指名依頼を出してください。それを達成することで資格の剥奪を免除ということで」


「……それならば構いません。ですが16番の解決ができるのですか?」


「ええ、簡単ですよね? スヴェイン様?」


 コウさんに話を振られましたが……少し困ってしまいます。


 最高品質……ですか。


「スヴェイン様?」


「あの、コウ様。スヴェイン様がポーションを作る場合、すべて特級品を作っているのです。なので、今更最高品質を納品するのはちょっと難しいかと……」


「……は? 俺の耳がおかしくなったか?」


「……いえ、私の耳にも特級品と聞こえてきましたが」


「はい。特級品のポーションとマジックポーションであれば山のように在庫があります。ですが、最高品質のものは作るのにお時間をいただかないと……品質を必要があるので……」


「……コウ? この小僧、寝言を言ってるんじゃないよな?」


「疑うのでしたら実物を見せていただいてはどうです?」


「小僧、特級品のポーションはあるんだな?」


「ありますよ。……どうぞ」


「…………おい、俺の鑑定スキルおかしくなったか?」


「ご心配なく。私の鑑定でも『特級品』と出ています」


「数が不安でしたら私の商会の倉庫にご案内しますよ? ポーションとマジックポーションでしたら特級品を400本ずつ仕入れさせていただきましたから」


「400!?」


「本当ですか!?」


「はい。だからこそ、今日この『商談』を持ちかけに来たのです」


「ちなみに、コウ。お前の商会でそのポーションはいくらで仕入れた?」


「それぞれ1本金貨1枚でしょうか? それくらいの価値はあると思います」


「おい、ミスト。ギルドの金庫から金貨200枚用意できるか?」


「はい、ティショウ様。この機会ですし、もう少し多めに購入しては?」


 ……うん、なんだか話がどんどん進んでいるようです。


 どうなってしまうのでしょう?


「おい小僧、いやスヴェインと呼ばれていたか。特級品ポーション150と特級品マジックポーション50、すぐに用意できるか?」


「ええ。その程度なら在庫にあります」


「よし、それで『塩漬け依頼16番』を達成にする。貢献度的にも一発で冒険者ランクDだ。文句はねぇな、コウ?」


「ランクDですか……有効期限半年、もう一声なんとかなりませんか?」


「ほかに作れるポーションはどのようなものがありますか?」


「ええと、いま在庫しているのは最高品質のミドルポーションとミドルマジックポーション、それから快癒薬、医癒薬、治癒薬。あとは解毒関係のポーションが数種類ですね」


「……おい、特例使えるよな?」


「使えますね。特殊採取者としての特例で有効期限2年までならなんとかなります。それが限界です」


「それだけあれば十分でしょう。スヴェイン殿、アリア嬢。この話受けていただけますね?」


「ええ、喜んで。……あと、金貨1枚分を小銭に分けていただけると助かります。僕たち、大銀貨以上のお金しか持っていないので」


「ああ、そいつは確かに困るな。そいじゃ、1枚分は小銭に……銀貨と大銅貨に両替して渡すようにいうぞ」


「ありがとうございます」


「それじゃあ、受付に行くか。16番解決の話もしなくちゃいけねえし、依頼内容の修正もしなくちゃいけねえ」


「そうですね。ティショウ様が行きますか?」


「ああ、俺が行く」


「わかりました。私は書類の方を修正してお持ちします」


「頼んだ。じゃあ、先に受付に行くぞ」


 ティショウと呼ばれていた方の後ろに続いてギルドの1階まで戻っていきます。


 ですが、階段辺りから階下のざわめきが聞こえ始め、1階につくとものすごい混乱した様子でした。


「おい! なにがあった!」


「ティショウ様! Bランクパーティ【ブレイブオーダー】が大怪我を負って帰ってきました! これから医務室に搬送するところです!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る