50.緊急事態:負傷者を治療せよ

「容態は! どの程度の傷だ!」


 ティショウさんは素早く状況確認に動きます。


 この辺り、さすがギルドマスターですね。


「はい! リーダーはジャイアントマーダービーに腹を刺されています! 針はまだ刺さったまま、出血も激しく意識も混濁しています! 早く治療をしないと手遅れに……」


「ちっ……おい、スヴェイン! 早速だが、お前のポーションで回復できるか!?」


「数本使っていいのなら。ミドルは……」


「使わないでくれるとありがたい」


「じゃあ傷の具合を見て数本です。構いませんか?」


「Bランクパーティを失うよりマシだ! 早速やってくれ!」


「わかりました。アリア、手伝いをお願いします」


「はい!」


 僕たちは階段から飛び降り、人混みをかき分けて騒ぎの中心部へと向かいます。


 そこには血まみれの男女5人がいました。


「リーダー! しっかり!」


「くぅ……あ、ああ」


 腹部の鎧を破壊されて針が刺さっているのがリーダーさんですか。


 他の人も大小程度の差こそあれ傷を負っていますね。


 ですが、いま立っている3名は少し後回しでも大丈夫でしょう。


 倒れているふたりをなんとかしないと!


「アリアは奥で倒れている女性を! 僕はこちらの男の人を診ます!」


「わかりました!」


「なんだい、あんたたち!」


「ティショウさんから頼まれて治療に来ました。すみませんが邪魔なので退いてもらえますか?」


「じゃ……あんたらで治療ができるっていうのかい!?」


「少なくとも泣いてるだけのあなたよりはできます! もう一度だけ言います、邪魔なので退け!!」


「うっ……」


 ……少しきつく言いすぎましたかね。


 ともかく、まずは傷の具合を確認……ああ、だめですね。


 まずはこのおなかに刺さっている針を抜かなければ助かりません。


 ただ、マーダービー種の針は返しがついていて普通に引き抜くと傷口が広がってショックも受けるはず。


 まずは傷口を麻痺させるところからですか。


「……まずはパラライズポーションを傷口に垂らして……うん、傷口のけいれんが止まりました」


 次は針を引き抜くのですが……がっちり刺さっているので簡単には抜けないですし、同時にポーションで治療もしなければいけませんね。


「そこのあなた。手伝ってくれますか?」


「……なんだい、今度は。なにをすればいいんだい?」


「マーダービーの針を抜きます。ただ、深く突き刺さりすぎているので抜くのと同時に回復しなければいけません。ポーションは僕がかけますので針を引き抜いてもらえますか?」


「な……こんな深く刺さった針を引き抜いたら死んじまうよ!?」


「引き抜かなくてもあとわずかな命です。助けたかったら指示に従ってください」


「……くっ、わかった。引き抜けばいいんだね?」


「はい、タイミングは合わせてください。いきますよ? 3、2、1!」


「えぃやぁ!」


 巨大な針が引き抜かれると同時に持っていたポーションを傷口に流し込みます。


 それによって、傷口がみるみるうちに再生して……うん、おなかの傷はもう大丈夫でしょう。


「……な、腹の傷がきれいさっぱりなくなっている?」


「まだ安心していられません。ほかの傷も酷いです。そちらも治療しないと」


「あ、ああ。今度はどうすればいい?」


「ポーションを飲ませてあげてください。1本で足りなければまだあります。遠慮なく申し出てくださいね」


「わかったよ。……!? なんだい、このポーション!? 効き目がすごい!」


「傷口は全部塞がりましたか?」


「ああ、ちょっと待ってくれ……いや、少し残ってる。でもこの程度なら……」


「だめです。ここまで来る間の出血も考えると、できる限り細かい傷も治してください。と言うわけで追加の1本です」


「わかった。……うん、今度こそ細かい傷まで治ったよ」


「それでは最後にディスヴェノムと増血剤です。ジャイアントマーダービーということは、ディスポイズンでは足りないはずですから」


「あ、ああ。あんた若いのに博識だね。ありがたく使わせてもらうよ」


 ふぅ、これでこちらの方は問題ないでしょう。


 アリアの方は……。


「キュアヴェノム」


「……なに、体が楽に?」


「あなたの体から猛毒を除去しました。傷口も塞がっていますしもう大丈夫です」


「え、ええ。助かったわ」


「いえ。ティショウ様からのお願いですし、目の前で助けられる人を見殺しにするのは気分がよくありませんもの」


「……そう。重ねてお礼を。助かったわ、本当にありがとう」


「はい」


 あちらも終わったようです。


 ……アリアにもディスヴェノムなどの状態異常回復薬を渡しておかなくちゃいけませんね。


「……あんた、本当に助かったよ。ありがとうな」


「いえ、それから、皆さんもこれを飲んでおいてください」


「これは?」


「ポーションとディスヴェノムです。マーダービー種の特性として、あとからいきなり毒の効果が表に出ることがあるそうです。なので念のために」


「……わかった。あんたたちも飲むよ」


「わかってる。リーダーたちを助けてもらったのに、俺たちが死んだら笑いごとにもなりゃしない」


「……それにしても飲みやすいポーションだ。あと、ディスヴェノムはもっと酷い味だったはずだが?」


「いろいろと改良を加えてみました。冒険者にとってポーションを飲んだとき、味に気を取られてしまってはまずいでしょう?」


「確かにな。ポーションを飲むときはある程度の安全を確保してからだが、それでも完全な安全圏ではない」


「本当に助かったよ。……ところであんたたち、薬師かい? それとも、回復術師? キュアヴェノムはかなり高位の回復魔法だった気もするんだけど」


「かなりじゃないぞ。スキルレベル25でようやく使えるようになる魔法だ」


「な……」


 かなり驚かれていますが、この3年で僕でもなんとか使えるようになった魔法ですよ?


 そんなことはともかく、ティショウさんに報告をしなければ……。


「おう、無事に治療は終わったようだな」


「ギルドマスター!」


「ティショウさん、治療無事終わりました」


「ああ、上から見せてもらっていたが……見事な手際だった。モンスターの特性についての知識も完璧だったし、ずいぶんと詳しいんだな?」


「すべて師匠仕込みです。回復魔法や回復薬を作れるようになるなら、モンスターの性質も知っておくことで自分たちで治療することも可能だろうと」


「普通、錬金術師にそこまで求める師匠はいないんだが……」


「はぁ!? この子、錬金術師だったのかい?」


「ああ、そうだ。スヴェイン、今回の治療に使ったポーションの数は全部でいくつだ?」


「ええと、ここで倒れている方の治療に3本、いま立っている方に1本ずつそれから……」


「私が2本使いました」


「じゃあ、残りは142本だな。それから、状態異常回復薬はどの程度持ってる?」


「すみません、自分たちで使う分しか持ち歩いてません」


「ってことは材料さえあれば作れるか?」


「と言いますか、僕たちの家に帰れば材料もあります」


「今度来るときはディスポイズン、ヴェノム、パラライズ、ストーン、チャームをそれぞれ30本用意できるか?」


 うん、どの薬草もラベンダーハウスに戻れば材料がありますね。


 今度からは状態異常回復薬の素材も持ち歩きましょうか?


「構いませんよ。ただ、次に街に来るのがいつ頃かはわかりませんが」


「気長に待つさ。それだけの価値はある」


「マスター、なんの話をしているんだい?」


「ああ、そうだったな。聞け、お前ら! 塩漬け依頼16番、ここのスヴェインとアリアのおかげで解決だ! このギルドの備品としてのポーション150本とマジックポーション50本を用意しておく! まあ、ポーションは今8本使っちまったがな!」


「……待ちな、マスター。塩漬け依頼16番は最高品質ポーションだったはずだよ? それが特級品?」


「おう。いま、お前らの治療に使ったのも特級品のポーションだぜ?」


「……それっていくらするんだい? あたしたちだって稼ぎに限界が……」


「緊急持ちだしだから今回は気にすんな。それ以外のときは、金貨1枚だ」


「……は? 特級品が金貨1枚で準備してもらえるのかい?」


「もちろん。ただし、依頼難易度の制限はつけさせてもらうがな」


 その宣言で辺りは静まりかえります。


 そして、今度は爆発するように歓声が上がりました。


「マジかよ! 特級品のポーションなんて初めて聞くぞ!?」


「俺もだ! だけど、いま回復する様を見せてもらった以上、信じるしかねぇだろう!」


「これなら高難易度依頼も安心できるわ!」


「おう! これからは生きてギルドまでたどり着けばなんとかなりそうだ!」


 うーん、冒険者ってそんなに過酷なお仕事だったんですね。


 僕の知っている冒険者は【ライトオブマインド】の皆さんだけですから、イメージがわかなかったんですよ。


「う、うん? 俺は……生きてるのか?」


「リーダー!」


「お、おう。お前らがいるってことは死んだわけじゃなさそうだな。……ってここはギルドか? あれ、なんで俺の腹に刺さってた針がなくなってる? それに刺さってた部分の肉だけやたらきれいだし」


「気がついたようですね」


「……君は?」


「リーダーの命の恩人だよ!」


「命の恩人? どういう意味だ?」


「まあ、お気になさらずに。それよりも体に違和感はありませんか?」


「違和感? そうだな、全身に力が入りにくいってことと、少しめまいがすることか?」


「あ、力が入りにくいのはパラライズポーションのせいかもしれません。これ、ディスパラライズです。飲んでみてください」


「ああ、ありがとう。……やけに飲みやすいな。それから全身のしびれみたいなのは消えた。すまないな」


「いえ、先ほど治療でパラライズポーションを使ったことを忘れていた僕のミスですから」


「治療……そうだ! みんな、大丈夫なのか!?」


「全員無事さ。ピンピンしてるよ」


「よかった。……っと、ティショウさんもいるのか。依頼失敗の報告もしないとな」


「そうだね。うかつにあの場所へ近づいたら犠牲者が増えちまうよ」


 怪我の治療は無事に終わりました。


 でも、それだけでは終わらないみたいです。


 どうしたものでしょうね?

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