48.朝市とチーズ

「おっと、そろそろ我が家の朝市の時間となりますな。参りましょうか」


 ニーベちゃんに魔力操作を教えていたら朝市の時間になっていたようです。


 逃してしまうと本末転倒ですね。


「そうですね。ワイズ、ニーベちゃんの指導は任せて大丈夫ですか?」


『うむ。ここは任せて行ってこい』


「私もお供いたしますわ。ニーベ、頑張ってね」


「うん、お姉ちゃん!」


「……妹ですか」


「……そうですね。シャルちゃん、どうしてますかね」


「シャル?」


「あ、ええ。国元に残してきた妹です。せめて、『星霊の儀式』までは見届けてあげたかったのですが」


「……マオ、なにか事情がおありなのだろう。あまり首を突っ込むな」


「そうですわね。失礼なことをいたしましたわ」


「いえ、お気になさらずに」


 でも、本当にシャルはどうしているでしょうか?


 もしセティ様があのまま師匠として残っていてくだされば、『賢者』も夢ではないと思うのですが……。


「スヴェイン様。やはり、どこかのタイミングで様子を見に戻りませんか?」


「いえ、それはできません。僕たちが戻ることで余計な混乱を招きかねませんので」


「……わかりました。出過ぎたことを言いました」


「心配してくれたのですよね。気にしていませんよ、アリア」


 僕もアリアも、ニーベちゃんを見てシャルを思い出していたようです。


 だからこそ、簡単に切り捨てることができなかったのでしょうか?


 そのあとは考え込んでしまい気まずい空気が流れる中、朝市が行われる市場へとやってきました。


「すごいですね。この一面がコウさんの家で行っている朝市の場所ですか?」


「そうなります。もちろん、場所は街から借りていますし、私どもは場所貸しと警備が主な役目ですが」


「こんなにものが集まっているなんて思いもしませんでした。でも、食べ物だけでもないんですね?」


「ええ、食べ物がメインですが工芸品などを売りに来るものもいます。我が家は特に制限を設けていませんので、そういったものたちも市に参加しております」


「それは期待できそうです。アリア」


「はい、早速ですがラベンダーちゃんを呼びます」


 本当に早速といった感じでラベンダーを呼び出しました。


 呼び出されたラベンダーも朝市の様子を見て感動していますね。


「おお……おいしそうな匂いが一杯! これで出せるご飯のレパートリーが増やせる!」


「それはよかった。では、早速いきましょうか」


「いこー!」


「ええ……あ、また小銭が……」


「お金なら私がお支払いいたします。ポーションのお代もまだですし、ニーベの治療費や講師代も決めてないのです。この程度はさせてください」


「では、お言葉に甘えて……」


 うん、なんとかして両替をしないと街中で買い物もできないですね。


「おぉ! このお野菜、前より甘みが増してる!」


「お嬢ちゃん、味の違いがわかるのかい?」


「うん! 昔はもっと酸っぱかった!」


「はは! 我が家の自慢の野菜だよ。気に入ったのなら買っていっておくれ」


「うん! スヴェインお兄ちゃん、これ一箱ほしい!」


「一箱?」


「うん! 昨日会った女の子にも、おいしい料理を食べてもらいたいの!」


「なるほど、ニーベにか。すまない、店主。この野菜を一箱もらえないか?」


「へい、毎度……ってコウさま!?」


「ああ。今日は客人の案内で買い物によらせてもらっている」


「しかし、いつもよくしてもらっているコウ様からお金をいただくのは……」


「客が金を払うのは当然であろう? 遠慮なく受け取ってくれ」


「はい。では、この箱はコウ様のお屋敷に運びますか?」


「ああ、それは僕が預かります。ストレージ」


「え? 箱が消えた?」


 ストレージの魔法を知らないとこういう反応になりますよね……。


 すっかり忘れていました。


「気にするな店主、そういう魔法だ。それでは邪魔をしたな」


「ばいばーい!」


「え、ああ、はい」


 そのあともラベンダーはあっちをちょこちょこ、こっちをうろうろしていろいろな野菜を買い付けていきます。


 箱単位で買うものもあれば最小単位で買うものもあり、最小単位の方は記憶だけするということでしょうね。


 そして、朝市をほとんど回り終えた頃、ラベンダーがその日もっとも食いついたものがありました。


「あ!! チーズ! チーズが売ってる!!」


「チーズ?」


「ああ、チーズか。そんなに珍しいものか?」


「うん! 昔は簡単に手に入らなかったの! 私じゃ乳製品は作れないし!」


「そうか。だが、この街ではチーズはあまり人気がなくてな……」


「どうして? おいしいよ?」


「いや、独特の臭みがな……」


「うーん、ブルーチーズなのかな? とりあえずいってみよー」


「ああ、ラベンダー。待ってください!」


 ラベンダーは僕たちを置き去りに、チーズというものを売っている屋台に突撃します。


 僕たちが追いついた頃には、すでに一口試食させてもらっていました。


「うーん? 特に癖のない食べやすいチーズだと思うんだけどなぁ?」


「お嬢ちゃん、嬉しいことを言ってくれるねぇ。だが、この街の住人たちには不評でねぇ……」


「じゃあ、全部買っていってもいいの?」


「はっはっは。特に困りはしないよ。保存食だから多めに持ってきているが、あまり売れないのは事実だからね」


「スヴェインお兄ちゃん、アリアお姉ちゃん。ここのチーズ、全部ほしい」


「僕たちは食べたことがないんですが、そんなにおいしいんですか?」


「うん。多分、おいしくないっていってるのは、食べ方を知らないか間違っているかだと思う。ハードタイプチーズだから、そのまま食べるよりも焼いて溶かしたりするとおいしくなるんだよ」


「驚いた。お嬢ちゃん、本当に食べ方を知っているんだね?」


「うん。だから、売れないなら全部買いたい。だめかな、スヴェインお兄ちゃん」


「わかりました。店主さん、ここのチーズですが全部買って大銀貨で足りますか?」


「大銀貨だなんて……もらいすぎです!」


「うちの料理人が我が儘を言ってます。なのでこの程度は払わせてください。これを」


「あ、ありがとうございます! これで村のみんなに少しは楽な思いをしてあげられます!」


「……ふむ、ラベンダーちゃん。そんなにこのチーズがおいしいのか?」


「おいしいよ? たくさんあるし、チーズに合う食材もたくさん手に入ったからおじさんたちも食べる?」


「それは嬉しいな。店主、あなたも一緒に来てもらえるか?」


「は、これはコウ様! 気がつかずご無礼を……」


「いや、それは構わない。本当においしいのであれば我が商会でも取り扱いたい。そのときの窓口がいてもらいたいのだ」


「自分みたいなものでよろしければ……」


「決まりだな。ラベンダーちゃん、ほかに見たいものはあるかな?」


「もうないかな? 多分、一周したし」


「わかった。それでは……チーズはストレージにしまえるのでしたな」


「ええ。ストレージ」


「!? 消えた!?」


「ああ……まあ、仕方がないか。もう十分に熟成してある感じだったからね」


「ラベンダー?」


「とりあえずお屋敷にもどろー!」


「え、ええ」


 ラベンダーの少し残念な顔が気になりましたがコウさんのお屋敷に戻ることに。


 そして、朝食の準備が終わった厨房へと乗り込んで行きました。


 大丈夫ですかね……?


「……旦那様、その少女は?」


「ああ、昨日から屋敷に滞在していただいている方の……」


「料理人のラベンダーです、よろしくお願いします」


「え、ああ。よろしく。それで、そのお客人の料理人が厨房へと何用で?」


「これを使った料理を作りたいの!」


「これ……チーズか……」


「知ってるの?」


「知ってはいる。だが、砕いて食べる以外の食べ方がわからなかった」


「砕くことができるなら、ほかの食べ方もわかりそうなんだけどなあ」


「旦那様……そろそろ朝食のお時間ですが?」


「うむ……ラベンダーちゃん、とりあえず一品だけでもいいかな?」


「時間がないならパンとサラダかな?」


「パンとサラダなら我々が作ったものがあるぞ?」


「それ、味見用の分ってある?」


「あるが……」


「じゃあ、いまからチーズのパンとサラダを作ってみせるから食べてみて?」


**********


「待たせたな」


 厨房での一件も終わり、僕たち一行は食堂へと移動しました。


 食堂にはすでにハヅキさんとニーベちゃんが席に着いています。


「構いません、朝市に行っていたのでしょう?」


「それもあるが……まあ、食事にしよう」


 朝食ということで用意されたのはパンとサラダ、それにスープなどです。


 もっとも普段のものとスープ以外の見た目は替わっていますが。


「あなた、パンやサラダの上にかかっているものは一体?」


「まずは食べてみろ。話はそのあとだ」


「では……ん!? 濃厚で塩味もあっておいしいですわ!」


「うん、おいしい!」


「サラダも食べてみるといい」


「はい。ああ、こちらも普段とは違ってさっぱりしていますわね」


「私、これ気に入りました!」


「そうかそうか。……驚くなよ、これはチーズなのだ」


「……チーズ? あの砕いて食べるしかできなかったものですか?」


「うむ。昨日、ニーベの部屋を掃除してくれた精霊、ラベンダーがこの料理を用意してくれたのだ。彼女にいわせれば『この程度じゃチーズ料理なんて言えないです』とのことだが……」


「そんな事ありませんわ。これだけでも十分においしいのに……」


「いま厨房ではラベンダーがシェフたちにチーズ料理を教えている最中だ。今日はさまざまなチーズ料理が楽しめると思え」


「はい、これ以上のものが出てくるのでしたら楽しみですわ!」


「わかりました、お父様!」


 チーズ料理、喜んでいただけてよかったです。


 あのチーズ売りをしていた店主も、チーズを乗せて焼いたパンを食べたらそれだけで感動していました。


 普段は村でどういう食べ方をしているのでしょうね?

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