47.ニーベの選択と先達として

「な、ワイズマンズ・フォレスト!? 聖獣様ですと!?」


『懐かしいのぅ、この感覚。スヴェインとともにおると、聖獣であることを忘れそうになるからの』


 なんだかワイズから失礼なことを言われていますが……ワイズだってこの3年間は、聖獣らしいことをしてませんよね?


「スヴェイン殿! あなたは聖獣様と契約を!?」


「はい。ワイズは僕と契約している聖獣のひとりです」


「ひとり……つまり、ほかにも契約している聖獣様が……」


 あ、しまった、口が滑りました。


 アリアからは肘でツンツンされていますし……あとで謝りましょう。


『話はスヴェイン経由で聞いておった。コウとやら、ニーベという少女を『観察』させてもらうがよいか?』


「は、はい。もちろんです」


『わかった。ニーベよ、もっと楽にせよ。取って食うわけではない。お前の現在のスキルと現在の潜在スキルを調べるだけじゃ』


「は、はい……」


 潜在スキル、そんなものもあるのですか。


 とりあえずはワイズにお任せしましょう。


『……ふむふむ。これはまた面白いな』


「面白い、ですか?」


『うむ、面白い。スヴェイン、お前に似通ったスキル構成になっておる』


「え?」


『もちろん潜在スキルを含めてじゃ。まだ時空魔法には目覚めておらぬし、錬金術スキルや付与魔法スキルも未習得じゃ。じゃが、この構成は劣化版とはいえお前にそっくりじゃぞ?』


「ワイズ、本人を前にして劣化版というのは……」


『仕方があるまい。『隠者』を前にして魔法系生産職はほぼすべてが劣化版になるのじゃからの』


 いまの話を聞いて、ニーベちゃんが勢いよく迫ってきます。


 僕ではなくワイズの方にですが。


「あの、いまのお言葉、本当ですか!?」


『あー、うむ。どうしても劣化版になって……』


「そこではありません! 魔法系生産職と言うところです!」


『ああ、そちらか。そうじゃの。お主、『交霊の儀式』ではなんと判断された?』


「私はその……『魔法使い』でした。『星霊の儀式』までになんとか『魔術士』まではあげられたのですが」


『なるほど。そういうことならば話は早いのう。いまから頑張れば錬金術師系の頂点『魔導錬金術師』になることも可能じゃぞ? 本当に『神霊の儀式』ができるのであればじゃが』


「本当ですか! 私、『魔導錬金術師』になりたいです! それで、どうすれば!?」


「落ち着きなさい、ニーベ。ワイズ様、娘が申し訳ありません」


『気にしておらんので構わぬよ。まずは『魔導錬金術師』になるためのスキル条件じゃな。必須スキルが、錬金術レベル、鑑定レベルが40以上、付与術レベル20、または付与魔術の習得じゃ。魔法スキルについては各属性魔法がすべて30以上、時空魔法も覚えていることが条件じゃよ』


「魔法スキルがすべてレベル30に時空魔法も必須ですか……かなりシビアですわね」


『うむ。実際には前提必須スキルとして魔力操作レベル20もあるのじゃが、これがないとすべてが始まらぬ』


「……魔力操作、12しかありません」


『どうにもいまのヒト族は魔力操作をおこたりがちじゃな。魔力操作を極めておけば魔法スキルのレベルアップも楽になるというのにのう』


 ワイズの愚痴が始まりました。


 たまにこのような愚痴が入るのが悪い癖です。


「ワイズ、そんなことよりニーベちゃんをどうやって『魔導錬金術師』とやらにするかです」


『そうじゃの。まずは魔力操作レベル20が大前提じゃ。それができないことには、ほかの修練の効率が悪すぎる』


「はい。ですが、魔力操作のレベルを20にするだけで、あと1年はかかってしまうのでは?」


『うん? 12もあれば数週間で終わるのではないか?』


「そうですね? 僕たちも苦労したのは10くらいまでで、レベル12からなら3週間くらいでレベル20になりました」


「はい。昔のことなのでおぼろげですが……1カ月はかかっていないですね」


「ええっ!? どんな秘密の練習方法を!?」


「秘密と言うほどでは……ニーベちゃん、みていてくださいね?」


「わかりました。……え? 魔力の渦が球状に?」


「はい。僕たちは毎日この訓練をしていたんですよ」


「最初の頃はそもそも丸くするのが大変でしたね」


「ええ。慣れてきたら、この球を大きくしたり小さくしたりして暴発しないようにコントロールするんです。それだけで魔力操作レベル20はいけます」


「ちょっとやってみますね。……うぅ、魔力が渦にならない」


「利き腕から魔力を少しずつ曲げながら放出してあげて、反対側の腕で丸めてあげるのがコツです」


「ええと、こう? あ、小さいですができました! あ……」


「誰でも最初の間は、注意が途切れると消えてしまいますよ」


「いまは決まった大きさの球体を作れるように頑張りましょう、ニーベちゃん」


「はい! ありがとうございます、スヴェイン様、アリア様!」


『……さて、スヴェイン。魔力操作の方法は教えたわけじゃが……ほかはどうするつもりじゃ?』


「ほか、ですか……」


 ワイズの言うほかとは、錬金術や付与魔術、各種魔法スキルに時空魔法でしょう。


 時空魔法以外はこれだけの大きな家ですから優秀な教師を見つけられるはずです。


 問題は時空魔法でしょう。


 こればかりは、どんな書物を読んでも実物を見ないとイメージがわかないんですよね。


 さて、どうしたものか……。


「スヴェイン殿、厚かましいお願いになるのだが、ひとつよろしいだろうか?」


「なんでしょうか、コウさん」


「もしよければ屋敷に留まりスヴェイン殿とアリア嬢でニーベの師匠になってやってほしいのだ。あなた方なら導くことも可能であろう?」


「うーん……」


 可能不可能であれば、可能です。


 ただ、どうしても踏ん切りがつきません。


 どうしてでしょうか?


「スヴェイン様。屋敷に留まり続けて教える必要もないのでは?」


「アリア?」


「大事なことは、ニーベちゃんが15歳で『神霊の儀式』を受けるまでに条件を満たせればいいのです。なら、私たちがつきっきりにならずとも、課題をその都度出していけばなんとかなると思います」


『そうじゃのう。儂もそれに賛成じゃ。『隠者』とは〝自らの理想を目指すもの〟である故に、人付き合いというのが苦手になる。無理に接点を作り続けるよりも、課題を出し、ときどきそれを確認しに来る方がお互いに有益じゃろう』


「……だそうですが、それでも構いませんか、コウさん」


「致し方ありません。本当はつきっきりでご指導いただきたかったのですが……」


「可能な限りのサポートはいたします。あと、こちらに顔を出すついで……と言っては悪いですが、ポーションもいくらか卸しましょう。それで手を打ってもらえませんか?」


「いえ、ビジネスの話はこれとは分けていただきたい。ときどきでも顔を出していただきご指導願えるのでしたら、よろしくお願いします」


「わかりました。微力ながらサポートさせていただきます」


「はい、頑張らせていただきます」


「よかった。……それで、ビジネスの話ですが、ポーションはいかほど卸せますか?」


「あはは……瓶さえあれば、ある程度まとまった数を卸し続けることは可能です。ただ、相場を荒らしたりとか、ほかの錬金術師の方の仕事を奪ったりは本当にしませんよね?」


「まず相場ですが、ミドルポーションの相場は間違いなく荒れる……と言いますか落ち着きますな。いままでミドルポーションの相場はあってないようなものでした。そこに最高品質品のミドルポーションが普通に出回る、そうなれば一般品のミドルポーションの相場も安定するでしょう」


「ミドルマジックポーションは?」


「こちらはそもそも相場がありません。市場に出回ることがなく、一流の冒険者が一流の錬金術師に素材を持ち込み言い値で作ってもらうのが当然でした」


「そちらも荒れそうですね……」


「悪いようにはいたしませんよ。また、ポーションとマジックポーションも大丈夫でしょう。特級品なんて年に数本出回るかどうかだったものですからな。中級以上の冒険者がいざという時の保険として持ち歩ける、そのような価格で落ち着かせてみせます」


「わかりました。コウさんの手腕に期待します」


「ええ、お任せを」


「あ、きれいな球状にできました!」


 こちらの話がまとまった頃、ニーベちゃんの嬉しそうな声が聞こえてきました。


 どうやら魔力操作がうまくいっているみたいです。


『ほう、飲み込みが早いのう。あとはそれをできるだけ長く維持したり、形を変えてみたりすることじゃ』


「はい!」


「どうやら、あちらもうまく進んでいるみたいですね」


「そのようですな。ニーベのあのような笑顔は久しぶりに見ます」


「よかったですね、コウさん」


「ええ。ありがとうございます」


 この分でいくと、魔力操作の課題はすぐにクリアするかも知れませんね。


 この街から出て行く前に、魔力操作ができたあとの課題も与えておきましょうか。

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