626.錬金術師ギルドへの処分

「待たせたな皆のもの。ギルド評議会を再開する」


「医療ギルドマスター、錬金術師ギルドマスターが行った行動の理由は? また、今日欠席の理由は?」


「それは……本人ではなくサブマスター補佐からだが聞き出せた。いまから説明する」


 錬金術師ギルドマスター……スヴェイン殿から、いや、サブマスター補佐からなんとか聞き出してきた事情を儂は全員に説明した。


 今回、錬金術師ギルドマスターがとった行動は間違いなくギルド評議会一議員としての職権乱用。


 評議会議員からの圧力を使い評議会では市民からの問い合わせを拒否させ、街門では身分照会を遅らせている。


 処分をしないことには示しが付かない。


 示しが付かないのだが……。


「医療ギルドマスター、どうすんだ? 錬金術師ギルドマスターがやったのは間違いなく職権乱用だが、それ以外を責められるもんじゃねえぞ。やり過ぎではあるが」


「建築ギルドマスター?」


「鍛冶ギルドマスター、そうだろうよ。同期で腕が立つからって理由だけで仲間内で結託して脅しをかけたんだろう? そんな連中建築ギルドででも蹴り出すぞ。お前んとこは違うのかよ」


「ああ、いや。それは……」


「確かに脅しをかけたのは問題でございますな。ですが、国外追放までするのは……」


「そいつはやり過ぎだっつってるだろ、家政ギルドマスター。だが、本当にやり過ぎならあのギルドにいる聖獣が止めるだろうよ。しかし、その聖獣も止めてねえ。つまり、その処分内容も妥当だっつーことだ」


「しかし……」


「悪いな。俺も錬金術師ギルドマスターの意見に賛成だ」


「農業ギルドマスターも?」


「権力を使ったのは問題だってのは田舎者で新参者の俺でもわかる。だが、村の中でそれだけの問題を起こせば追放。当然の処分だ」


「ですが、今回はギルドの問題。村の基準では……」


「ギルドもひとつの集合体なんだろう? 輪を乱すものが現れれば処罰する。当然だと考えて参加していたが違うのか?」


「いや、それは……」


「話にならないな。農業ギルドはこれ以上この話に加わらん。新参者が抜けたところで困らないだろう。あとは好きにやってくれ」


 それだけ言い残すと農業ギルドマスターはサブマスターを引き連れて評議会場を出ていってしまった。


 そして、そのあとに続く椅子の音がもうひとつ。


 今度は建築ギルドマスターだ。


「悪いな。俺たちも抜けるわ。錬金術師ギルドマスターには恩がある。恩があるから処罰をしないわけじゃねえが、今回は追放された側が一方的に悪い。せいぜい錬金術師ギルドマスターの職権乱用程度の問題、お前らで話し合ってお前らで結論を出せ。俺たちはそれに従う。不服があったらを忘れんな」


 建築ギルドマスター一行もあとにしてしまった。


 残された我々の間には……重い沈黙がのしかかっている。


「医療ギルドマスター、確認です。その『魔境』入口前に飛ばされたという未成年者たちの安否確認はできているのでしょうか?」


「ここに来る前に騎馬隊を出した。出したが……無駄だろうな。今回は。人の手で勝ち目はない」


「そのものたちはそこまで錬金術師ギルドマスターの怒りを買いましたか……」


「文字通り竜の逆鱗に触れたようだ。おそらく死ぬことはないだろう。聖獣たちの監視をつけているだろうからな。だが、それだけだ。調、これほど恐ろしいことはない」


「……我々もスヴェイン殿を甘く見るようになっていましたか」


「スヴェインは元々仕事に厳しいやつだ。そんなやつが、見逃すはずがない」


「ですな。錬金術師ギルドマスターは義理堅く、仕事に厳しい。普段は本当に飄々としているので忘れがちですが、油断すれば喉元など平然と食い破る獰猛さも秘めている。少し前にもからな」


「戦火を鎮めるためには『竜災害』すらも使う。普段の優しさがなくなれば本当に災害でしかありませんね」


「今回の問題は錬金術師ギルドマスターの職権乱用とギルド内で問題を起こした者たちへの行き過ぎた処分、および処分内容公表の差し止め。ひとつ目は確実に裁かねばならぬ。それは先に出ていったふたつのギルドも了承していたことだな」


「その通りですね、医療ギルドマスター」


「問題はふたつ目と三つ目。これはギルド内部での問題。うかつにギルド評議会が処罰を下したり差し止めたりするを作れば、この先のギルド評議会運営、ギルド運営に確実な支障が出る」


「左様でございます。ふたつ目は行き過ぎとは言えギルド追放処分そのものは妥当。三つ目も……行き過ぎですがギルドの清浄さを明かすためには必要なことなのでございましょう」


「それを俺たちが止めちまえば今後もギルド評議会が各ギルドの処分に口を出すことが可能になっちまうぞ爺さん」


「わかっている。わかっているからこそ悩ましい。だが、行き過ぎた処分を咎めぬわけには……」


「ダメでございますか」


「ダメなようだな」


「なに?」


「すみません。商業ギルドもお暇いたします」


「冒険者ギルドもだ。俺たちは元々独立。ギルド評議会から口を挟まれたくはないんでね。ああ、スヴェインの職権乱用については賛成だから適当に処分を決めてくれ。せいぜい罰金くらいしか出せないだろうがな」


「そうでございますね。職権乱用、それも自らの便宜を図ったのではなく一部機能を停滞させた程度では罰金刑が相当でしょう。我々商業ギルドも独立。今のところ縁を切る予定はございませんが身内の処分にまで口を挟まれたくはありません。それでは」


 冒険者ギルドと商業ギルドも席を立ってしまった。


 これで最初からいない錬金術師ギルドも含め五ギルドが空席。


 どうすれば……。


「どうするんだい、医療ギルドマスター。正直、調理ギルドとしても席を立ちたい気分なんだけどさ」


「調理ギルドもか……」


「ああ。職権乱用については罰金刑、それで決まりだろうよ。逆に今回の事例でそれ以上を出すことになれば今後の線引きが難しくなっちまう。ふたつ目と三つ目は好きにしてくれってとこさね。私らの意見を言えばやり過ぎではあるが錬金術師ギルドのやり方を支持するってところだが」


「……調理ギルドは賛成か」


「あたしんところは食材を扱うからね。そんな不届き者がいれば即刻蹴り出すよ。錬金術師ギルドはそれをド派手にやっちまっただけさ。いい方は悪いがいい見せしめにはなる。いい薬だよ」


「そうか……」


「じゃあ、あたしも失礼するよ。いつまでも油を売ってる暇はないからね」


 調理ギルドも席を立ち、この場をあとにした。


 同じように各々が意見を言い残し、評議会場をあとにしていく。


 皆が一致しているのは『職権乱用には罰金刑が相当。残りふたつは好きにやらせろ』だ。


 最後に残ったのは……馬車ギルドであった。


「馬車ギルドよ。お主らは出ていかなくともよいのか?」


「私も爺でございますからな。最後までお付き合いいたしますよ」


「そうか……すまぬ」


「いえいえ。それで、今回の一件どう処分するおつもりで? これもまたでございますよ?」


「ああ、思い知らされた。『ギルド評議会』がうかつに動けば不和を招き、すぐさま空中分解する。今日だけでこの結果だ」


「気付いておられるのでしたら結構です。それで、どうなさいますか? 一件目は金額を決めるだけでしょう。残りふたつは?」


「残りふたつは……」



********************



「定刻だ、臨時ギルド評議会を開催する」


 翌日朝から開催された臨時ギルド評議会。


 錬金術師ギルドからの出席者は宣言されていたとおり次期ギルドマスター候補のハービーひとりだった。


「今日は錬金術師ギルドへの処分だけなんでしょう? 手早くすませましょう。俺だって時間がもったいない」


「う、うむ。それでは。まず、ひとつ目。錬金術師ギルドの職権乱用について。これは錬金術師ギルドマスターの指示によるものである。よって、錬金術師ギルドマスターには罰金、白金貨十枚を……」


「ああ、たったそれだけっすか」


「なに?」


「ギルドマスターから預かってきました。どうぞ、白金貨です。お納めください」


「な!?」


「ギルドマスターからの伝言です。『今回程度の職権乱用、罰金刑以上にできないのはお見通しですよ。狸爺ども』だそうで」


「……すべて手の上か」


「そのようですね。では、白金貨百枚納めてください」


「いや、今回ばかりは白金貨十枚しか受け取れぬ。お主もギルドマスターから言われて来ているのだろうが……それで収めてくれ」


「……ギルドマスターからは無理矢理にでも百枚押しつけてこいと言われてきているんですが……今回は諦めます。ギルドマスターみたいに医療ギルドマスターに勝てそうにありませんから」


「う、うむ。そうしてもらえるとありがたい。次、ギルド除名者の国外追放の件だが……」


 問題はこの先。


 この舵取りを誤ればギルド評議会がなくなる。


「やり過ぎではあるが不問とする。その代わり、未成年者たちの保護を許可していただきたい。昨日から何度も騎馬隊を向かわせているのだが、いつの間にかコンソールへ戻されているのだ」


「ギルドマスターが相手ですからね。聖獣様たちが仕掛けをしてあるんでしょう。それについては俺から伝えますがギルドマスターのさじ加減ひとつなので保証できません」


「わかった。ギルド評議会が終わったら儂も錬金術師ギルドマスターにお願いに行こう。三つ目、今回の処分内容公表だが……これも止めてはもらえないだろうか?」


「それについては断れというギルドマスター命令が出ているので無理です。命令が出ていなくても、ギルドマスター代理としてこの椅子にいる以上断ります」


「……折れてはもらえぬか」


「申し訳ありませんが医療ギルドマスターの頼みでも無理です。俺たちのを踏みにじった愚か者、名前の公表程度で許すんですからありがたく感じていただかないと」


「実際のところは?」


「さあ? そいつら、ギルドマスターを敵に回していますからね。妙な真似をすれば将来がないでしょう、文字通りね」


「本当に竜の逆鱗に触れたか……」


「それも竜宝国家コンソールの守り神、聖竜様たち頂点、『竜の帝』の逆鱗ですからね。あいつら甘く考えていたんでしょうが、文字通り人生詰んでますよ」


「普段はのほほんとしていてもやはりか。恐ろしい」


「当然でしょう?」


「では採決を採る。この処分内容に異議のあるものは挙手を」


 今回の処分内容について異議のあるものは出なかった。


 ひとまず、『ギルド評議会』は一命を取り留めたな……。



********************



「……『魔境』送りにされた者どもの保護を許可、ですか」


「うむ。なんとかお願いできぬか?」


 次は錬金術師ギルドマスター、スヴェイン殿との交渉だ。


 こちらもすんなりいくかどうか……。


「ミライさん、どう考えます?」


「……ギルドマスター、はっきり答えてください。本当にに送ったんですか?」


「なに?」


「大差ないですよ。気付かない間に命を狩り取られて入口に強制送還されたでしょうし」


「やっぱりに送り込んでましたか」


「錬金術師ギルドマスター!?」


「もう一度言いますが大差ないですよ。できた当初の話ですが、ティショウさんとミストさんが足を踏み入れて数歩で致命傷を負い追い出された場所です。なんの心得もない未成年者どもを放り込んだところで……いや、僕の意図をくみ取って数分は視線と殺気でなぶりものにしたかな?」


「このギルドマスター、ときどきほんとろくでもないことをする……」


「僕はミライさんの調子が戻ってきて嬉しいですよ」


「ええ、ええ。今回の一件で初心が沸き返りましたとも。それで、ギルドマスター。監視はつけているんですよね? あの愚か者ども、どうしていますか?」


「ああ、そうですね、現状を確認していませんでした。……どうやら聖獣の森前から一歩も動いていないようです。と言うか、怖くて動けないのかな?」


「そうですか。それでしたら、もう迎えに行かせては?」


「おや? ミライさんにしては温情のある措置ですね?」


「どうせ、んでしょう? これで反省できなければそれまでですよ」


「そこまで読まれていますか。さすが、元嫁」


「……元は外してほしいです」


「では、アリアに相談を」


「……下手に相談したらまたひとりで食事です」


 


 今回のことを逆恨みした行動をとれば、いや、行動をとろうとすれば聖獣様によって今度こそ処理されるということだろう。


 ハービーが言っていたことではないが……本当に逆鱗に触れているな。


「と言うわけです。迎えに行くのを邪魔していた聖獣たちには邪魔をしないように伝えました。お好きなように保護してください」


「恩に着る。それと、午後の処分内容公表は……止まらぬか?」


「止めるつもりは一切ありません。無論、名前の公表も。住んでいる場所を公表しないだけでも温情措置と考えてもらいたいです」


「そうか。いや、そちらはもう昨日から諦めていた。念のための確認なので忘れてもらえるか」


「そうします。ほかにご用件はありますか?」


「申し訳ないがある。これを納めてくれ」


 儂が取り出したのは革袋。


 中身は白金貨だ。


「……これは?」


「今回の勉強料だ。ギルド評議会としてうかつに各ギルドの処分内容に口を挟めばギルド評議会そのものが空中分解する。昨日の午後だけでそれを起こしかけた。それを勉強させていただいたのだ。この程度では安いだろうが納めてほしい」


「僕にはそんなつもりありませんでしたよ?」


「お主になくとも儂には勉強になったのだ。お主が受け取りたくないならば……いずれ作る学園国家への寄付とでもしておいてもらえると嬉しい」


「そちらの理由でしたら受け取りましょう。ほかには?」


「錬金術師ギルドの綱紀粛正は進むのかね?」


「進めます。元々、ギルド内では本部支部ともに僕の聖獣が目を光らせていました。今回の騒動を受け、ウエルナさんがシャルの協力を取り付けたそうです。それ以外の人間の手による素行調査も行います。でも、さすがに手が足りませんからね。シャルには申し訳ありませんが今回だけ手を貸していただくことにしました」


「そうか。それと、今回の事件で被害を受けた者たちのフォローは?」


「済んでいます。と言うか、フォローするまでもなく全員翌日には平然とギルドに出勤してきました。その後も担当講師などによるケアを行っていますが……ケアを行う際に技術相談ばかり受けて困っているとも報告が」


「成績上位者ばかりを狙った、と言うのも嘘ではないか」


「全員、向上心が強くて困っているそうです」


「アフターフォロー、お主なら欠かさぬだろが抜かりなくな」


「当然です。用件は以上ですか?」


「ああ。儂も医療ギルドで似たようなことが起きていないかスタッフたちに聞いて回るとする。最近、また上ばかり見て足元を疎かにしている気がするからな」


「そうしてください。あと、医療ギルドもいい加減『三人目』を」


「……それもそうだな」


 既に後任がふたりとも決まっており、譲り渡す時期まで決まっている錬金術師ギルドマスターに急かされるとは情けない……。


 あとから入ってきた報告によれば未成年者九名も保護できたようだ。


 衰弱、特に精神状態の衰弱が酷く無事とは言えぬ状況だったらしいが……。


 そして、その日の午後、錬金術師ギルドに貼り出された今回の一件についての顛末。


 それを見て一部の保護者は再度文句を言いに行こうとしたそうだが、今度はアーマードタイガー様に阻まれたらしい。


 さらに、名前しか公表されていなかったにもかかわらず、どこの誰かもすぐに噂となり特定される始末。


 再入国できた者たちも逃げるようにコンソールを飛び出して行ったとか。


 保護された未成年者たちもほとぼりが冷めるまではまともな職に就けまい。


 少なくとも〝錬金術師〟の門が閉ざされている以上、目指せる道はごく限られているのだが……やけを起こさないでもらいたいものだ。

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