558.サリナのお店、オープン十七日目

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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「……ずいぶん立派なストールが完成しましたね、店長」


「はい! マジカルコットンの使用許可も下りましたし、私の技術のすべてを注ぎ込みました!」


 このストールですが毎日毎日じっくり仕上げていくことで四日目の夜にようやく完成しました。


 エンチャントも無事にすべて成功いたしましたし満足な出来映えです!


「いや、でも、店長? それ、『コンソールブランド』だとしても超なんてレベルじゃない高級品ですよ?」


「そうですか? なんですが……」


「いやいや、私たちもエンチャントをかけた場面は見ていないですが、店長から聞いたエンチャント数はおかしいですからね?」


「はい。先日、お越しになったと言うエヴァンソンの次期代表。あの方に贈られたと言うケープコートも八重という噂ですよ? これ、それを簡単に上回ってますよね?」


「うーん。多分あちらには【斬撃耐性】とか【衝撃耐性】とかが入っていると考えているんですよね。そうすると、ケープコートでも八重ですら難しいはずなんです。おそらく機織り時点からエンチャントをいくつか組み込んでいると思います」


「機織り時点から?」


「ああ、それはあなた方がそこまで進んだら詳しく教えますね。私もまだできない技術ですし」


 お店を開いて忙しくなってからは朝夕夜の自習時間もお店の商品作りです。


 だから、マジカルコットンの練習もできていないんですよね……。


 私の腕、錆び付かないといいのですが。


「あ、馬車がやってきました店長」


「アリソン商会の皆様がお見えのようですね。皆、失礼のないように」


「「「はい」」」


 馬車は私のお店の前に止まると、また前回と同じように執事の方が降りてきてそのあとお嬢様が。


 そして、更に立派な服をお召しになった男性も一緒にやってこられました。


 この方がお嬢様のお父様でしょうか。


 ともかくお出迎えしないと。


「ようこそいらっしゃいました。この店の店長、サリナと申します」


「私はアリソン商会会頭、キーナンだ。それから前回はあいさつさせなかったようだが、娘はエリンという」


「エリンと申します。前回は素敵なハンカチをありがとうございました。あのハンカチは大切に飾らせていただいています」


「こちらこそありがとうございます。私のハンカチを気に入っていただけて」


「私も前回はあいさついたしませんでしたな。私はエリン様の執事、ブルニーと申します。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします。外は冷えますので店内へどうぞ」


「うむ。ところで庶民向けの店と聞いているがほかの客は?」


「ええと……エリンお嬢様のストールを作るためのお時間を考えると私が接客する時間がなくなってしまい、ここ五日間は臨時休業とさせていただきました」


「それはすまないことをしたな。しかし、店内を見れば皆若いが店員はほかに四人いるであろう? 彼女たちではダメなのか?」


「その、仕上げのエンチャントは私しかできませんので」


「なるほど。ふむ、店内の雰囲気もいいな。広々とした空間に服も適度なスペースで並べられている。この服はすべて店主の手作りか?」


「はい。すべて私の手作りです。お値段も高めになっていますが……」


「そうか? 私の商会でも洋服部門はあるが……そこよりも二割は安いぞ? 立地条件を考慮しても十分に安い。服の品質もいいしな」


「それはありがとうございます」


「さて、前置きはこれくらいにしよう。早速だが娘のストールを見せていただこうか」


「はい。こちらに。店の奥にしまってありますので今お持ちします」


 私は店の奥からストールを収納してある化粧箱を、アリソン商会で購入させていただいた高級品の化粧箱をお持ちしました。


 ユイ師匠からは『相手が商会の娘なんだからその商会で売っている化粧箱を使うべき』と言われたのですが……正解だったみたいです。


「ほう。我が商会の化粧箱を使ってくれているとは気が利くではないか」


「ありがとうございます。ストールはこの中に」


「わかった。見せていただこう」


 そう言ってキーナン様は化粧箱を開け、中からストールを、エリンお嬢様のために用意したストールを取り出しました。


 ストールです。


「……エリンはまだ子供だぞ? このサイズのストールでは地面についてしまう」


「まずはエリンお嬢様に着せてみてください。かけたエンチャントの説明はそれから」


「う、うむ」


 キーナン様は半信半疑でエリンお嬢様にストールを掛けました。


 すると、ストールがぐんぐん縮み、エリンお嬢様にちょうどいいサイズとなります。


「こ、これは!?」


「【自動サイズ調整】です。数日前にエリンお嬢様を拝見したときのお姿からエンチャントで収縮できる最小サイズを見計り、そのサイズで仕立てました。【自動サイズ調整】ですので大きくもなります。元のサイズを考慮すればエリンお嬢様が大人になってもご利用いただけるかと存じ上げます」


「エリン、お前は採寸をしてもらったのか?」


「い、いえ」


「その。普段お店に来てくれる子供たちを見ていますので、エリンお嬢様の身長もある程度予測がつきました」


「そ、そうか。エリン。着ていて気になる点はないか?」


「はい。体にぴったりなサイズになった以外は……あれ? 布が伸び縮みしているような? それに、とっても柔らかい」


「【伸縮】と【柔軟】です。【伸縮】は布が伸び縮みするように、【柔軟】は布が柔らかくなって肌触りがよくなり引っかかりにくくなるエンチャントです」


「……この時点でエンチャントが三重か」


「失礼ながら旦那様。その布は、基本的にはコットンでございます。それなのに肌が透けて見え、光沢もあると言うことは……」


「まさか、この布にもハンカチと同じ?」


「はい、【すかし処理】と【光沢処理】のエンチャントも施してあります。そうしないとただの木綿のストールですから」


「エンチャントが五重……店主よ、ほかにかかっているエンチャントは?」


「基本として【防汚】【防水】【強靱】はかけさせていただきました。それから……」


「あれ? お父様、このストールを羽織ったときから寒さを感じません。むしろ暖かいような……」


「寒いときでも大丈夫なように【防寒】を、逆に暑いときでも大丈夫なように【防暑】を、快適な温度を保てるように【快適温度保存】をかけてあります」


「それから【シミ抜き】もかけていただいていますな?」


「もちろんです。汗染みやワインなどのシミでダメにならないように施してあります」


「エンチャントは以上か?」


「ああ、いえ。擦り傷ができにくいように【擦過傷耐性】を、あせもができにくいように【あせも耐性】をかけてあります。それから、濡れたり洗濯したときに乾きやすいように【速乾】も。それに、日焼け、色あせ防止のための【色あせ防止】です。あとは……エリンお嬢様、そのストールの端を握って変えたい色を想像しながら少し魔力を流してください」


「変えたい色……薄い黄色がいいです。……あれ!? ストールの色が私の想像したとおりに!?」


「【色彩変更】というエンチャントです。これがかかっていればどのような色のドレスにも合わせやすいかと」


「……合計いくつのエンチャントをかけた?」


「十七個ですね。初歩的なエンチャントが多く、ストールの布地も多かったためこの量がかけられました」


「十七……ブルニーよ。少し前にワインのシミを付けてダメになった『コンソールブランド』のドレス。あれはいくらだった?」


「……はい。【防汚】【防水】【柔軟】【強靱】の四重エンチャント、ドレスという複雑な製品ではありましたが……金貨八十枚です」


「……そうだったな。今回は十七重だ。ブルニー、私はいくら払うべきだ?」


「その……私にも見当が……」


「ええと……最初にユイ師匠がご提示になった金貨五十枚で十分なのですが」


「そういうわけにいかぬ。これほどの品をそんな安値で買ってしまってはだ。確か店主の師匠は元シュミット講師のユイ夫人であったな。申し訳ないが呼んできていただけぬか?」


「は、はい」


 よくわからないままユイ師匠を呼びに行こう……とすると、ユイ師匠は扉のすぐ側まで来ていました。


 なんで?


「お待たせしました。そこの弟子の師匠、ユイでございます」


「う、うむ。それで、あのストールの値段なのだが……」


「金貨五十枚……では、そちらのプライドが傷つきますよね?」


「申し訳ないがその通りだ。初歩的なエンチャントらしいが十七重のエンチャントを施されたストール。それもシミができても洗い落とせるように配慮され、大人になっても使えるように考慮されている上に色を変えてドレスに合わせた使い回しもできる。このような品をで買い取ったと知れ渡れば我が家の恥だ」


「……ですよね。私も今回は弟子のやりたいように任せたのですが……努力しすぎる弟子を持つのがこんなに頭が痛いなどとは予想だにせず」


「その様子ではユイ夫人の差し金ではないご様子だな……」


「はい。刺繍などの部分については相談を受けました。ただ、エンチャントについては一切相談を受けることなく、かけたのだと」


「その、マジカルコットン、だったか? その布にはあれだけのエンチャントが施せると?」


「はい。生活系のエンチャントのみでしたら。防護系のエンチャントを含むようになると枚数はかなり減ります」


「そうか……だが、生活系のエンチャントだけでも十七。対価をどうすればよいか……」


「申し訳ありません。本来でしたらマジカルコットンの値段はこちらで決めるのですが……今回ばかりは私でも決めかねます。アリソン商会会頭様の方で決めていただけますか?」


「わかった……そうだな。ブルニー、お前ならこのストール、いや、このエンチャントにいくら払う?」


「私では到底払いきれませんが……白金貨数枚は」


 白金貨数枚!?


 私、そんなつもりで作ったわけじゃないのに!?


「だろうな。よし、店主よ。今回の仕事、ストール代はだ」


でございますか!? 当初の二十倍ですよ!?」


「あのストールにはそれほどの価値がある。エリン、お前もそのストールが気に入ったであろう?」


 そう言われてエリンお嬢様を見ると……何度も色を変えて楽しそうにはしゃいでいるエリンお嬢様の姿がありました。


 エンチャント容量的にぎりぎり限界だったはずだけど作れてよかったなあ。


「はい! このストールとっても気に入りました! 大人になっても使い続けます!」


「と言うわけだ。店主よ、エリンの不注意さえなければ一生もののストール。白金貨十枚でも安いほどだが納めてほしい」


「わ、わかり、ました。それでは、白金貨十枚、お預かり、します」


「うむ。それではこれが代金だ。……そうそう、エリンには姉がいてな。エリンのストールを見て同じものをせがむかも知れぬ。その時はまたお願いできるか?」


「は、はい。お受け、いたします」


「よろしく頼む。エリン、そのストールだが着たまま帰るか?」


「はい!」


「では世話になったな店主よ。次の注文も覚悟しておいてほしい。ああ、その時は今回みたいな超特急でなくても構わぬ。そちらのペースで店の営業を妨げない程度にしてくれ」


「お心遣い、感謝、いたします」


「では、またな」


「ありがとうございました!」


「それでは、失礼いたします」


 こうしてアリソン商会の皆様はお帰りになりました。


 エリンお嬢様も元気に明るく帰っていってくださったのでとても嬉しいです。


 嬉しいですが……。


「し、師匠。白金貨って、どうやって、扱えば?」


「あなたでは扱いきれないでしょうね。私が預かっておきますから必要になったら言いなさい。そして、このお金があればよほど浪費しない限り、私から卒業するまで破門になることもないでしょう」


「破門……普段からエンチャント代でたくさんお金をいただいているのに今更破門……」


「お金を稼ぎすぎている自覚があるのでしたら弟子の育成に回してあげなさい。もう既にその程度の余裕はできているでしょう?」


「それは……はい」


「では、そういうことで。そちらで固まっている店員兼弟子の四名も……自重することだけは覚えておいてくださいね? 自重をしないで全力を出しすぎると私の弟子みたいに稼ぎすぎて震えることになりますから」


「「「は……はい……」」」


「よろしい。そこの弟子。今日一日はお店もお休みなんですから商品の補充をなさい。その上で服の縫い方など気をつけなければいけない点をあなたの弟子に伝えるように。恥をかきたくなければさっさと復活する!」


「はい!」


「では、そういうことで。次もマジカルコットンを使いたいのでしたら呼びなさい。……かけたいエンチャントの種類も相談に乗ってあげますから」


「よろしくお願いいたします!」


 うわーん!


 一カ月目で白金貨十枚なんて大金をもらっちゃったよー!!


 私のお店、庶民の子供服専門店なのに!!



********************



「お父様、エリンが食事時以外ストールを着続けているのですがあれは?」


「う、うむ。お前にも話していたな。今日街の洋服店で買ってきたストールだ」


「それにしてはずいぶんと気に入っているようですが……なぜあれほど?」


「着ていてとても心地がよいそうだ。まるで、自分の体の一部のようであるかと」


「それほどなのですか? 話に聞いただけでは最近開店しただけの庶民向け子供服専門店。買った服にその場でエンチャントを施すと言う変わったサービスをしているそうですが……」


「そこの店主が想像以上の凄腕でな……」


「はあ? あのストール、エンチャントは何重ですか? 三つ? それとも四つ?」


「十七だ」


「はい?」


「布が特別性だそうだが十七個のエンチャントが付与されている。ブルニーも私も鑑定したから相違ない」


「内容は?」


「内容は……」


「……お父様、そのストール、私もほしいのですが」


「お前にはもう店を任せてあるだろう。その売り上げの中からお前の給金で買え」


「一体おいくらで?」


「私は白金貨十枚を置いてきた。それでも足りない可能性もあるが……」


「……白金貨十枚」


「私からの貸しでもいいぞ? お前も上流階級の集まりに顔を出すときにドレスだけでは華が足りないだろう」


「……よろしくお願いいたします」


「わかった。さすがに今日行って明日もと言うわけには行かない。せめて来週まで発注を待て。それから、エリンのストールはほかの仕事をすべて止めて作ってくれたものだ。数週間は納品まで待つように」


「その程度でしたら。あれほど使い回しの効く……いえ、パーティの最中でさえ色が変えられるストール。数カ月でも待ちますとも」

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