559.サリナのお店、初月末締日

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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「ありがとうございました!」


「またねー!」


「うん、またね!」


「サリナ店長、そろそろ閉店時間ですよ」


「あ、うん。お客様も途切れているし、お店を閉めようか」


「はい。看板を中にしまってお店を閉店してきますね」


 今日はオープンして一月目の月末です。


 早かったなあ。


 というか……。


「ごめんね、皆。あまり初期指導をしてあげられなくて」


「いえ、構いません。私たち店員兼弟子ですから」


「それにサリナ店長もほとんど毎回エンチャントを施してますよね?」


「時間がなくても仕方がないですよ」


「家で自習している分の状況確認とか間違っているところとかは毎日きちんと指導していただけていますし」


「それくらいしか時間を作ってあげられなくなっちゃったから……」


 そうなんです、それくらいしか時間がないんです。


 私のお店のお客様は毎日増えていっている感じで売り上げも好調。


 ほとんどのお客様は最低でも【防汚】か【防水】程度はかけていってくださいますし……エンチャントを行うには経費が発生しませんから利益がたくさんです。


 そして、服の売り上げが順調と言うことは服を作り続ける必要もある、つまり、私は店の裏にある工房で常に手を動かしていなくてはいけなくて……店員の皆に指導ができません。


 最初の一カ月は指導だけにするつもりだったんだけどなあ。


「それで、今日の売り上げ計算も終わりましたけど、月末ってその月の決算もするんですよね? それは店長がするんですか?」


「ええと、それは助っ人が入ることになっています」


「助っ人?」


「はい。そろそろ来ていただけるはず……」


 ちょうどその時、家に繋がっているドアがノックされました。


 来ていただけたのかな?


「はーい」


「失礼します。サリナ


「私のことなんて様付けはいらないですよ、ミライ様」


 はい、月末の決算を手伝ってくれる助っ人はミライ様です。


 ユイ師匠から『ミライなら金銭管理は得意です。少しは家の役に立たせなさい』と言われて手伝っていただけることになりました。


 その……ミライ様の扱いが酷いですが。


「あの、ミライ様、大丈夫……じゃなさそうですね」


「全然大丈夫じゃないです。スヴェイン様からのサブマスター呼びもようやく慣れてきたところなんです。サブマスターに指名される前から気軽に『ミライさん』って呼んでいただけていたのに、今ではよそよそしいです。家でも最下位の居候。これ以上ミスをしたら本気で追い出されます。下手をすれば……」


「それ以上みっともない愚痴を並べるなら全裸で蹴り出しますよ、ミライ?」


「ひっ!? 申し訳ありません!! ユイ様!!」


「ユイ師匠、本気で怖がられてますよ?」


「スヴェインが止めたから夏に家から蹴り出さないでいてあげたのです。これ以上ミスを重ねたら無一文、全裸で街に蹴り出します。もう純潔は捧げてあるんですから悔いはないですよね? ああ、避妊具と避妊のエンチャントは差し上げます。いくらでも野良犬に操を差し出し続けてください」


「ひぃ!? 嫌です!! 私、まだまだ未練があります!! スヴェイン様の夫人に戻りたいんです!!」


「ならさっさと始めなさい。スヴェインの城で事務管理のトップをやっているんです。店一軒の金銭管理くらい朝飯前でしょう?」


「わかりました!」


 ……ミライ様、あまりにも哀れです。


 愛しいスヴェイン様に会えないからってこんなに変わるだなんて……。


 この家に来たばかりの頃の私より扱いが酷いかも。


「ん? あれ?」


「どうしたのです? ミライ?」


「あの、この白金貨十枚ってなんですか?」


「ああ、それ。弟子がマジカルコットンのストールにエンチャントした結果、十七重という製品を作ったんですよ。その結果、買い手の言い値で支払っていただけたのが白金貨十枚です」


。さすがユイ様の弟子」


「……今回ばかりは身に覚えがありすぎて蹴れません」


「……それ以外もすごい利益ですね? 服の売り上げも新しい店舗の一月目とは考えられないほど多いです。でも、購入者への有料エンチャントサービス、これの利益が多すぎます。ユイ様、エンチャントの値段って適切だったんですか?」


「……適切でした。適切なのに購入者の皆様が望んでかけていくらしいです」


「……それ、服飾ギルドに報告して同じようなサービスをほかの店でも行うような試案を出していただいては?」


「……売り上げが多くなった時点でセシリオ様には報告済みです。ただ、セシリオ様からは難しいと言われました。服飾ギルドに残って腕を磨き続けている者はともかく、今街で服屋を営んでいる方々ではどの程度のエンチャントができるか見極めるのは難しいだろうと。だと言われて帰ってきました」


「このサービスってやめられません? 利益が多すぎますよ? 下手をすればほかのお店のお客様を奪いますし」


「今更やめられません。それにサービスをしなければ下町にある安いだけの洋服店なんです。ほかの店との違いは選べるというだけで」


「なるほど。エンチャントの価格表は?」


「そこに置いてあります」


「どれどれ……」


 ミライ様はエンチャントの価格表を読み始めました。


 その結果は……。


「うん。安くはないですね。ほかのお店ではエンチャントに失敗した分の費用が上乗せされるので高くなっているだけでしょう。サリナ様は失敗しませんよね?」


「もちろんです。ちゃんと見極めてから可能不可能を判断して教えています。少しでも無理そうだなと感じたらお断りしますから」


「そうなってくるとこの売り上げ、利益も適切なのか……ちなみにそちらの店員四名のお給金は?」


「今月は半端になったので弟さんや妹さんたちへの服をプレゼントいたしました。来月からは大銀貨五枚です」


「大銀貨五枚……服飾師志望の少女ですよね? まだ見習いにすらなれていない女の子たちに大銀貨五枚は多すぎませんか?」


「ヴィンドの下働き仲間も大銀貨五枚からスタートと聞きました。そこは譲れません」


「……まあ、この売り上げならまったく問題ありません。まったく問題ありませんが……サリナ様も職人ですね。金銭感覚がおかしいです」


「そうでしょうか?」


「はい。スヴェイン様もそうですが……この家の皆さんはリリス様以外、金銭感覚がちょっと……」


「それがわかっているのでしたらそこを補えるように努力なさい。それを認められないと家庭内では夫人の座を二度と戻してもらえませんよ?」


「はい! 頑張ります!」


 やっぱりミライ様も大変です。


 でも、私も金銭感覚がおかしいのでしょうか?


「うーん、ですが困りましたよ? こんなに利益が出ているだなんて。ほかの服飾師でも雇ってみますか? サリナ様もおひとりでは大変ですよね、この売り上げ数だと」


「大変ですが……もうしばらくひとりで頑張りたいです。子供たちの着る服ですから自分で作ってあげたいので」


「うーん……布の質を上げてみる? でも、それだと価格にも反映させないといけないし……」


 ミライ様が考え込んでしまいました。


 ユイ師匠もそれを黙って見守るだけですし、店員兼弟子の四人も見守っているだけです。


 店長としてどうすればいいのでしょう?


「わかりました。


「でしょうね」


「どうにもならないんですか?」


「はい、どうにもなりません。高級服店を目指すわけでもないですよね?」


「もちろんです。私は子供たちが喜んでくれる服が作りたいんです」


「そうなると高い生地も基本的には扱わないですよね?」


「多少は扱ってもいいかもしれません。高級飲食店へのよそ行き服とか用の特別な日向けに。でも、メインでは作りません」


「私も初回の仕入れについていったとき、高級な生地はまだ時期が早いだろうと考えておすすめも買いもしませんでした。でも、この売り上げがもう出ているのでしたら買っておめかし用の服も作るべきです」


「そう……ですか?」


「そうです。それから、今ってドレスを作れますか?」


「ええと、まだ作れません」


「では、そちらの教材も買いましょう。ドレスは種類によってはパーツが多いですし、作りも複雑なので既製服ではなく仕立て服専門で。素材も豪華なものだけに絞ってください。……その分、割高になって注文数が増えると利益も増えますが」


「それっていいんですか?」


「あまりよくはないのですが……お店の今後とサリナ様の技術の発展を考えると、今から始めてもいい状態になってしまいました。ただし、サリナ様しかお店の商品を補充できない以上、そちらとの兼ね合いも考えて納期は長めに見積もってください」


「はい、わかりました」


「今月の金銭面から見たアドバイスは以上です。ユイ様、技術面から見たアドバイスは?」


「ありません。夜寝るのが遅かったり朝起きるのが早すぎたりでリリス先生の指導が入っているようですが、そこだけ気をつけなさい。この店の商品を作れるのはあなたひとりです。店員兼弟子は四名います。でも、あなたが体調を崩し商品が少なくなってくればそれだけで店が回らなくなります。古着を取り扱う予定は今のところないのでしょう?」


「今のところはないです」


「なら、体調管理は万全に。朝夕にスヴェインとリリス先生がチェックしているとはいえ過信してもいけません。自分で自分の体調を管理出来るようになさい」


「わかりました」


「初月のアドバイスはこれくらいですね。約束通り金貨五枚……店の売り上げを考えると一日分にも満たないのですが、それだけは徴収します。残りのお金はこれからミライと相談して来月の仕入れなどに充てなさい。以上」


 ユイ師匠は約束通り家に入れる金貨五枚を受け取ると、家の中へと戻っていきました。


 次はミライ様と来月分の布地を仕入れる打ち合わせですね。


「ミライ様、次のお休みっていつでしょうか?」


「ええと……一週間後です。月初めはギルドも仕事が多いので」


「わかりました。それではその時に生地の仕入れをお願いします」


「はい。ちなみに今って生地は足りていますか?」


「今のペースで一週間ならなんとか。十日は無理です」


「来月は生地も大量に仕入れましょう。それから割高かも知れませんがシルクなども多めに仕入れて服作りの練習をお願いします」


「そちらもわかりました。これからは生地も足りなくなりそうでしたら自分での仕入れも考えます」


「それはまだ不安ですから私が休みの日に捕まえてください。……その、リリス様のお勉強よりも楽ですから」


「私の勉強がなにか?」


「ひぃ!?」


「あ、リリス様」


 いつの間にか家の中からリリス様がやってきていらしゃいました。


 その手には……フルーツパイが。


「ミライ。打ち合わせが終わったのなら私の授業です。サリナたちにはこの一カ月のご褒美、フルーツパイですよ」


「「「やったあ!」」」


「それと、サリナ。あなたもこれからはサリナと呼ぶべきですね。家にきちんとお金を入れるようになりましたし、ユイの正式な弟子ですし」


「その……それは許していただけませんか? ユイ師匠も呼び捨てなのに弟子の私が様付けなのはちょっと……」


「ユイが呼び捨てなのはいつまでたっても私のことを昔のように『先生』と呼んでいるからです。本来はユイだって私より立場が上なんですから」


「でも、せめてユイ師匠が様付けされるまではお待ちください。あまりにも申し訳ないです」


「……わかりました。ここは私が折れましょう。その代わりユイには一日でも早く『先生』呼びを止めさせるように急かします」


「あの……それもほどほどに」


「手加減はいたしますよ。さて、ミライ。夕食までまだ時間があります。あなたには指導です。普段よりも厳しくいくので覚悟なさい」


「……はい」


「それでは皆様はフルーツパイを食べてからお帰りください。あまり暗くならないうちに帰ってくださいね」


 ミライ様、本当に哀れな……。


 お仕事で大きなミスをするからですよ……。


「それじゃあ、皆。リリス様の差し入れのフルーツパイをいただきましょう! それで明日からもよろしくね!」


「「「はい!」」」



********************



「うわあ。このフルーツパイ、とってもおいしい……」


「本当だ……ほっぺたが落ちちゃいそう」


「リリス様ってこんなにお料理がお上手なんですね……」


「あたしもこんなフルーツパイ作れないかな……」


「……このフルーツパイ。多分、聖獣の森でいただいた果物を使っていると思う」


「「「聖獣の森の果物?」」」


「聖獣の森や泉ってね、聖獣様や精霊様が認めてくだされば少しだけどその恵みを分けていただけるらしいの。森の恵みの中には果物があって、多分その果物をフルーツパイに使ってる」


「それって誰でも分けていただけるんですか?」


「邪な心を持っていなければ誰でも少しは分けてくださるらしいけれど……この家の皆がこれは食べ慣れちゃダメだからって季節ごとに一回か二回しか食べないの」


「なんでですか? こんなにおいしいのに」


だって。これを食べ慣れちゃうとほかのものがおいしく感じなくなっちゃうし、あまり恵みを多く分けていただこうとすると怒って分けてくださらないようになるらしいから」


「なるほど……」


「そういうわけだから、このフルーツパイも今日だけのご褒美だと思って堪能していってね」


「はい。……でも、こんなにおいしいなら妹にも食べさせてあげたいな」


「そう言うだろうと考えていました」


「あ、リリス様」


「皆様の持ち帰り用に少ないですが別途用意してあります。家に帰ってからご家族で分け合って食べてください」


「「「ありがとうございます!」」」


「リリス様は用意がいいですね」


「メイドですから」

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