560.サリナのお店、二月目が始まる
聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!
よろしくお願いいたします!
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「よし! 開店準備完了!」
「「「はい!」」」
昨日、月末の決算と今月の確認を終え、リリス様から差し入れのフルーツパイもいただき皆元気いっぱいです!
各自が持ち帰ったフルーツパイも各家庭でご家族と一緒に食べたようで、弟さんや妹さんたちが喜んで食べていたとのことでした。
自分の分を分けてあげようとすると『せっかくおいしいんだからお姉ちゃんも食べなくちゃダメ!』と皆が拒まれたみたいですが。
「さて、皆の自習状況の確認も終わったし、【魔力操作】の状況確認も終わった。あとは……」
朝の指導計画を考えていたら控えめに家のドアをノックされました。
ユイ師匠かリリス様かな?
「はい。開いてます」
「では、失礼します」
「え、スヴェイン様!?」
なんとやってきたのはスヴェイン様でした。
なんでスヴェイン様が私の店舗に!?
「頑張っているようですね、サリナさん。それからそちらの四人が店員兼弟子の皆さんですか?」
「は、はい。店長には大変お世話になっております」
「あの……失礼ですが、スヴェイン様ってコンソールを改革した錬金術師ギルドのギルドマスター様ですか?」
「ええ、そうなります。もうギルドマスターの椅子を押しつけられて丸三年が経ってしまいましたが」
「あ、あの! ありがとうございます!」
スヴェイン様の素性を確認したところ、ナディネが涙声で感謝の言葉を言いながら頭を下げました。
そういえばナディネって……。
「おや? なにか、感謝されることでも?」
「私、『お針子』なんです! スヴェイン様が街を改革してくれなかったら一生貧乏なまま暮らすことになっていました! こんな私にも機会をお恵みくださりありがとうございます!!」
「ああ、そういうこと。気にしないでください。僕は弟子たちを指導する街が石化した時代の風習に染まりきったままだったのが許せなかっただけです。『職業』など系統が違えば苦労しますが、系統さえあっていれば多少の努力で埋まるだけのもの。そんなちょっとしたことでどうとでもなることを絶対の価値観だと考えていることが認められなかった。それっぽっちですから」
「ですが……」
「どうしても僕に感謝したいのでしたら結果を、自分で努力して幸せをつかみ取るという結果を出しなさい。それがなによりの恩返しです」
「はい!!」
努力すること、結果を出すこと。
スヴェイン様は簡単に言いますが……難しいんですよね。
でも、ナディネなら必ず結果を出してくれる、そう信じています。
「ほかの皆さんも似たようなものですか?」
「ええと、私だけ『服飾師』です。でも、昔のように活気のないコンソールではただ怠惰に暮らしていたんだろうなと考えてしまうと、あまりにも恥ずかしくて情けないです」
「私たちは『裁縫士』です。『お針子』よりは好待遇でしょうが扱いはほぼ一緒。たいした技術も与えられず、毎日を生き抜くだけの生活だったはずです」
「あたしもです。自分の職業を告げられたときは絶望して泣いちゃいました。でも今なら努力次第でどんな結果でも出せる。店長だってヴィンドから渡ってきた『お針子』なのに、一年ちょっとでお店を任せられるほどの立派な服飾師になれたんです。あたしたちだと一年では無理ですが、たどり着ける道がそこにあるんだと信じられますから」
皆が皆、自分の口で思い思いにそれぞれの心境を語ってくれました。
よかった、私でも少しは希望を見せることができていたんだ……。
「よかったですね、サリナさん。あなたの背中、ついてくれてきている人がいますよ?」
「私の背中……そうでしょうか?」
「あなたはもう少し自信を持つべきですね。無自覚にやってしまったとはいえ白金貨十枚もの稼ぎを出せるだけの逸品を作れたのですよ? 服飾ギルドに残り続け腕を磨き続けている方々はともかく、街の服飾師の中では上位の……少なくともエンチャント技術については確実に上位層の人間だと誇るべきです」
私が上位層……。
お世辞を言わないスヴェイン様が認めてくださるのだから間違いないのでしょう。
ですが、私はまだまだ甘いです。
「申し訳ありません。私にはまだ早すぎる名称です」
「ふむ、それはなぜ?」
「私はユイ師匠に弟子入りするときに甘えを一切捨てると誓いました。ですが、自分のお店を始めるにあたり自分があまりにも恵まれすぎていたことを初めて悟った次第です。服の『コンソールブランド』を指導していたシュミット講師のリーダーによる個人指導。教本も布代も師匠持ち。その上、〝シュミットの賢者〟様の服飾学まで解説していただいています。甘えていた自覚はありませんが、あまりにも恵まれすぎていた環境、それだけの環境が揃っているのに上位層にいないとユイ師匠にあわせる顔がありません」
「なるほど。確かにあなたは恵まれた環境にいます。ですが、それはあなたの妹、エリナちゃんもですよ?」
「確かにエリナはスヴェイン様とアリア様の弟子です。ですが、あの子はそれだけでは飽き足らず、師匠の課題を乗り越え更に更に先へと進み続けています。道を指し示していただき、それを歩むだけの私とは格が違いすぎます」
「……エリナちゃんには自制も覚えてほしかったんですがね」
「それも含めて自慢の妹です」
エリナは本当に自慢の妹です。
私もいつかはあの境地に立ちたいのですが……きっと差は開き続けるばかりでしょう。
まだまだ行く先を示していただいている、餌を運んでいただいているひな鳥でしかない自分とはまったく違うのですから。
「そうですか。そういえば、サリナさん。【付与術】はさすがに極めていますよね?」
「はい。もちろんです。それがどうかしましたか?」
「僕の奥の手を使えば【付与魔術】にスキル進化できます。今のあなたなら心構えも十分。彼も否とはいわないでしょう。この先も扱えないエンチャントを扱えるようになります。いかがですか?」
……【付与魔術】。
それさえあれば、服飾学中級編の後半に書いてあるエンチャントだって手が届くものになります。
でも、それは……。
「申し訳ありません。せっかくのお言葉ですが辞退いたします」
「……それはなぜ?」
「昔の私でしたら喜んで飛びついていたでしょう。でも、今の私はまだまだ未熟です。【付与魔術】などという分不相応な技術を手に入れて今の技術が揺らぐことも困ります。今の私で手が届くエンチャントはもうほとんど残されていないのも承知しています。ですが、私にはそれで十分。お店もそれで回していきます。なので、その話なかったことにしてください」
「わかりました。無理矢理押しつけるわけにもいきませんからね。それだけ覚悟が決まっているなら十分でしょう。ちなみに、僕の奥の手ですがユイも使えます。あなたが一人前になったと感じた時、更に上を目指すなら相談してみなさい。あなたの覚悟次第では彼女も嫌とはいわないはずです」
「お話しいただきありがとうございます」
そっか、ユイ師匠ってそんな事までできるんですね。
でも、私は一生この先は望みません。
失った時間を奥の手、おそらくは聖獣様のお力添えで取り戻すなんて卑怯な真似はできませんから。
「ご厚意まことにありがとうございます」
「いえ。僕もあなたの決意を踏みにじるような事を言い申し訳ありません」
……ひょっとして試されていたのかな?
でも、私の答えは変わらないですし、構わないのですが。
「代わりといってはなんですが……なにか希望はありますか? 応えられる範囲でなら応えてあげますよ。お店の経営も順調だとユイから聞いていますし」
「希望……あの、マジカルコットンより上の魔法布は手に入りませんか?」
「マジカルコットンより上? お店の在庫を増やすんですか?」
「いえ、私がユイ師匠から初めて見せていただいたようにこの子たちにも私の背中を見せてあげたいんです。その……ユイ師匠みたいに、どんなに手を伸ばしても届かない雲の上ではないので呆れられるかも知れませんが」
「ふむ。実を言えばマジカルコットンのひとつ上のランク、レインボーウールを織るための素材、虹色羊の羊毛を納品させろと虹色羊たちから催促されているんですよ」
「え? それって魔綿花みたいな危険物……」
「危険物ですね」
「……今の話、なかったことに」
「ユイとしてもあなた自身の次のステップとしてレインボーウールは考えていたでしょうし、少し早まったと考えて諦めてください」
「……ダメですか」
「まあ、最初は糸作りさえ失敗続きでしょう。糸作りの段階から魔導具が必要なんですから」
「魔導具……ひょっとしてユイ師匠からいただいた糸車!」
「はい。霊木糸車です。あれも聖獣樹でできた糸車なのですが、ユイにはもっと上位の糸車がありますからね。スペアも僕とアリアがプレゼントしてしまいましたし」
「あ、あの。私、お店の服作りで手一杯です。糸作りから練習するのは……」
「最初は糸作りくらいユイに頼みますよ。あなたはそれからレインボーウールを織り、更に服を作って示しなさい。今のあなたならそんなにかからないはずですから」
私、考えが甘かった……。
弟子にいいところを見せようなんて考えるには早すぎました……。
「とりあえず、無理をしない範囲で。今朝だって起きる時間が早すぎるとリリスの指導が入ったんでしょう?」
「それは……はい、入りました」
「ユイからも言われているでしょうがこのお店はあなたのお店です。あなたがいなくなると途端に回らなくなります。それを忘れないように」
「はい。承知しました」
「本当に忘れないでくださいね? 無理をするところとかエリナちゃんに似てきましたよ?」
「その……職人としての目標はエリナですが無理はしないように気をつけます」
「よろしくお願いします。エリナちゃんだって体調を崩すと研究が遅れるから体調管理は気をつけていますので」
「研究が遅れるから。あの子らしいです」
「お店を守るため、あなたも体調管理に気をつけて」
「わかりました。お店を守るために気をつけます」
「よろしい。では、僕もそろそろお仕事に行きます。今月の営業も頑張ってください」
「はい!」
それだけ告げるとスヴェイン様はまた家の中へと戻っていかれました。
今月も始まったばかりですしギルドのお仕事があるのでしょう。
「さて、皆。今日も一日頑張ろう!」
「「「はい!」」」
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「あ、スヴェイン。頑張りすぎる弟子を持つって大変なんだね……」
「だから言ったでしょう、ユイ。頑張りすぎる弟子も苦労すると」
「うん。私、あの子をどこまで育てればいいんだろう……」
「多分、どこまででもついてきますよ?」
「だよね……。生活系エンチャントも服飾学に載っているものだけだと頭打ちだろうし、上級編のエンチャントは【付与魔術】がほとんど必須だし……どうしよう?」
「『開眼の儀』なら断られますよ?」
「そっか……。エンチャント全集の中から害のないエンチャントを教えてもいい?」
「そうしてあげてください。それにしてもサリナさんもエリナちゃんの姉ですね。スピードがつき始めると歯止めが効きません」
「だね……。レインボーウールを自在に作れることになったら、どれだけのエンチャントを付与できるか想像したくない……」
「その……頑張って」
「頑張る……」
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