スヴェインの野望、始動

561.各街への奪還作戦状況

「ふむ、サリナのお店はそこまで好調ですか。ミライサブマスター」


 冬も最後の月となった初日。


 錬金術師ギルドのギルドマスタールームで何人かのギルドマスターが集まり、茶飲み話という名の評議会外会合です。


 参加者はジェラルドさん、ティショウさん、商業ギルドマスター、服飾ギルドマスターの四名ですね。


「好調すぎます。特にその場で好きなエンチャントをかけるサービス。あれって元手がかからないので利益しか出ないんですよ。本当にほかのお店では導入できないサービスなんですか? 服飾ギルドマスター」


「無理だったそうです。念のため何軒か上位の服飾師たちが経営している店を回らせて話をしたそうですが、『その場でエンチャントを施す。それも限界を見極めて施すなど不可能』と言われてしまったみたいで。そんなサービスをしている店があるのなら見てみたいというのでサリナのお店を教えました。おそらく、普通の親子連れに偽装して偵察に入ったはずでしょう」


「いいことなんじゃねえか? 店が儲かってるならよ?」


「一店舗が儲かりすぎているというのも問題なのですよ、冒険者ギルドマスター。サリナの腕前なら大通りに面した最高級ブランドショップを上回るエンチャントも可能でしょう。そんなエンチャントを。『コンソールブランド』における最高のオーダーメイドでしょう」


「なるほどなあ。始めた以上やめられないサービスなんだろう? ほかの服飾師どもも奮起するしかないじゃねえか」


「ええ。フローネさんがユイ師匠からねだり取ってきた〝シュミットの賢者〟の服飾学教本、あれを一定以上の腕前があると判断した服飾師には販売することにしました。私も一通り目を通しましたが最大エンチャント可能数、つまりエンチャント容量の見極め方に関する内容も書かれておりましたので」


「〝シュミットの賢者〟の教本ですか。商業ギルドでも取り扱い商材ですが……」


「非常に難解な上、シュミットでも滅多に入荷しない商品なのでダメです。『入門編』と書いてありながら読み込むには相応の知識が必要になる本の束、取り込めれば飛躍的な技術躍進が望めますがそうでなければ読むだけでも一苦労なんですよ」


「おや? スヴェイン殿は〝シュミットの賢者〟とお知り合いで?」


「このメンバーだから話しますが〝シュミットの賢者〟は僕の師匠、セティ様です。セティ師匠はあらゆる生産すべて、時空魔法を除いた魔法属性すべて、その他いろいろな本をまとめていました。それをすべて僕に押して付けてくださいましたので、おそらくすべての本を僕は持っているはずです。ですが、先ほども言ったとおりシュミットでも滅多に入荷、つまり師匠が気まぐれで【写本不可】のエンチャントをかけてしか売りに出さない本。コンソールでばらまけばシュミットが大量購入する未来が目に見えています」


「……商材にするのは諦めます」


「そうしてください」


 本当に師匠はなにを考えて全冊押しつけてくださったのか。


 助かった資料もありますが、取り扱えない資料も山ほどありますよ。


 例えば『秘境探索術』とか。


「とりあえず師匠の本は諦めてください。では使いますが、それまでは基本的に使いません」


「わかりました。私どももそれほどの危険物は取り扱いません」


「以前、存在を知られればシュミットの講師たちが押しかけると言っていたがそこまでか」


「そこまでです。講師陣が習うことができないようなエンチャントまで収録されている本ですからね。医療学などは初級編になれば配合薬の知識や簡単なものの作り方、中級編になれば新たな配合薬を生み出すための考え方が載っていました。であるシュミット講師陣が見逃すはずもない」


「……お前もとんだ爆弾を押しつけられていたんだな」


「だからこそうかつに世に出せないんですよ。僕が弟子のために買った関係書物一式とユイのために手に入れた服飾学一式が特別と考えられているだけで」


「服飾ギルドでも自由に読ませてはいますが……大半の者たちが躓いていますからね」


「そういう品なんです。師匠の本は」


「だが、そうなると服飾ギルドばかり先行しちまうんじゃねえのか?」


「それだと私たちは嬉しいのですが……コンソールの者たちでさえ、よほど新たな知識に貪欲ではないと読み切れないほどの書物です。それを軽々と読み解いている錬金術師ギルドがうらやましい」


「錬金術師ギルドは僕の教本がありましたからね。僕の教本の下地は師匠の本です。読み比べながら読み方を学び、中級編以上にも手をつけ始めました。結局は無理をせずに一歩一歩始めているだけですよ」


「それを言える『新生コンソール錬金術師ギルド』がうらやましい。それにしても、シュベルトマン領にあるすべての街まで新規ギルドを行き渡せるまで一カ月半近くもかかったか」


 はい、遂にコンソールの新規ギルド部隊がシュベルトマン侯爵配下にあるすべての街へと行き渡りました。


 遠くの街は確認に時間がかかったというのもありますが、それ以上に問題だったのが地方領主の治める街だったんですよね……。


「地方領主ども、こっちはシュベルトマン侯爵の正式な書状を持っているってのに拒みやがったんだからな」


「結果としてシュベルトマン侯爵まで聖竜様に乗って地方領主の街までおいでいただく事になるとは……」


「最初の三つで領主命令を拒んだとして追放されたあとはスムーズでしたけどね」


「それに、シュベルトマン侯爵直々の命令で地方領主ご家族全員の星霊の石板を市民たちに公表したことも大きかったのでしょう。ほとんどの者が下級職、あるいは最下級職だったのですから」


「前にも話しましたが怠惰な生活を送っていれば職業は『交霊の儀式』の結果より下がるんです。そういった者たちが多かった証拠でしょう」


「街を追放され行き場を失い、手に職を持たず、努力することも知らない。彼らに行くあてなどあるのでしょうか?」


「幼い子供たちはコンソールの手で保護する道を与えた。それすらも拒否するのだからな……」


「親の我が儘で子供を路頭に迷わせるのは申し訳ないのですが……」


「まったくだ。始末に負えねえよ」


「そうですね。いざとなったら僕の聖獣が保護する手筈になっていますが、あまり使いたくない手段です」


「スヴェイン殿も子供は見捨てられぬか」


「自分で道を選べるようになった者は自己責任です。ですが、それすらできない子供たちは大人が面倒を見なければなりません」


「そうだな。ちなみにお前の『手段』ってのは?」


「強制的に子供を親から保護、いったん僕の拠点まで運んで治療を施しから街の孤児院に引き受けていただきます」


「……使いたくない手段ですね」


「うむ。だが……死なせるよりはよかろう」


「記憶が何らかの形でよみがえる可能性は?」


「それ専門の聖獣たちによって何重にも消去していただくので皆無です。大人相手だと抵抗されてうまくいきませんが、幼い子供、それも衰弱している子供相手ならば万に一つもありえません」


「厳しいですな……」


「しかし、まっさらな状態からあらためて教育を施せるのだ。命を助けるにはそれしかあるまい」


「はい。傲慢な性格のままでは受け入れられません。使いたくはありませんが強制的にでも直さねば」


 本当に使いたくはない手段です。


 それまでの記憶、家族との思い出さえ奪うのですから。


「それで、立て直しは順調ですか?」


「うむ。主要八ギルドはどの街でも制圧しつつある。問題はだ」


「僕が二年前から起こしていた大嵐のせいで下位職たちがコンソールに集まりすぎていましたから。評議会でも声をかけていただいているんですよね?」


「ああ。だが、集まりは悪い。近隣の街に戻っていく、あるいは渡っていく錬金術師志望者はそれなりにいるようだ。だが、離れた街となると現状がつかめない以上不安なのだろう」


「……その人員不足状態でも拮抗、あるいは制圧状態の現行ギルドってなんでしょうかね?」


「今までは『コンソールブランド』でしか手に入らなかったまずくないポーションが安く手に入るんだ、当然だろ」


「各地の新規ギルド部隊として送り込んでいる錬金術師ギルドの指導員はギルド本部から出しているのか?」


「いえ、ギルド支部で下火になった第二位錬金術師の方々を派遣していただいています。彼ら、上を目指そうとせずお金稼ぎに目が眩んでいるので高い給金に釣られ快く引き受けてくださいました」


「錬金術師ギルド支部、大丈夫か?」


「どうしたものか悩んでいるんですよね。三年目の追放条件は決めてありますが……」


「そういった連中が今回の指導員兼現地に根付く錬金術師になる連中もいるんだろう? 支部運営は本気で大丈夫なのかよ」


「そちらの指導はシュミット講師まとめ役のウエルナさんと相談して随時修正して行ってますが……やはり、一度下火になってしまうとなかなか熱が入らないそうです」


「ギルド本部と支部の格差問題ですか。今後、私の服飾ギルドをはじめとした各ギルドでも出てくるでしょうね」


「そうだな。そちらも問題が出てくる前に対処したいところだ」


「ですね。今はまず、シュベルトマン領の立て直しが最優先ですが」


「うむ。ほとんど結果は出ているとはいえ油断はできまい」


「はい。錬金術師ギルドとしても人員を送り込む方法をなんとか考えてみます」


「無理のない範囲でお願いいたします。いまだに『コンソールブランド』のポーションは引く手あまたでございますので」


「今後三年間で減ってくれると嬉しいんですがね」


「その時には特級品やミドルポーション、ミドルマジックポーションがメインになっているでしょう?」


「……否定できません」


 第一期第二位錬金術師たちはミドルマジックポーションの作製方法まで解明済みですからね。


 あとは第二期第二位錬金術師たちが特級品を受け入れてくれればミドルポーションの開発だけに専念するでしょうし、そうなると今後一年内にはミドルマジックポーションも少数ですが販売できるかも知れません。


 まったく、たった三年で彼らも成長してくれました。

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