557.サリナのお店、オープン十二日目

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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 ジェニーちゃんに服飾師への道を指し示す……まずは刺繍の勉強から教えることになりましたが、私のお店経営は順調でした。


 その、順調すぎるくらいに順調です……。


 師匠がぽつりと言っていた、甘く見ていました……。


 買いにきた親子連れの皆さんに話を聞けば、『公園でほかの子供が着ているのを見て欲しがり始めた』とか『子供同士の集まりで話を聞いて欲しがり始めた』とか……とにかく起点はすべて子供たちです。


 そして、子供たちからこのお店のことを知って親御さんがやってきて、新品の服なのにお値段が安いことに驚き、買うときそれとは別に追加料金さえ支払えばその場でエンチャントをかけてもらえることで更に驚く。


 こんな感じでにも乗り始めたみたいで、私は毎日服作り。


 なんとか売れる分の補充は追いついていますが、それだってぎりぎりの有様です。


 ユイ師匠が言っていた値付けがってこういう意味ですか……。


 でも、子供たちに喜んでもらえるなら負けられません!


 さて、そんなこんなでぎりぎりの日々を過ごしていたオープン十二日目。


 店の前に豪華な馬車、『コンソールブランド』の馬車がやってきました。


 馬車の中から老齢の執事みたいな方が降りてきて、その中から少女をエスコートしてきたけれど……何事だろう?


 ちょうどお客様も途切れていたタイミングで、私も表にいたからいいけれど……店員の皆だけだったらパニックになっていたよね。


 老齢の執事様と少女はお店の中へと入ってきて……まっすぐ私の元へと歩いてきました。


 あれ、一体なに?


「失礼。あなたがこのお店、『サリナのお店』の店主様ですかな?」


「は、はい。店主のサリナです」


「このお店では『コンソールブランド』の服を、エンチャントを要望にあった形で、客の望み通りにかけるのも真ですか?」


「はい。この店で買っていただいた商品でしたら、相性さえ悪くないものはなんでも」


「……ふむ。ちなみに【斬撃耐性】や【衝撃耐性】などは?」


 そっちか……【斬撃耐性】も【衝撃耐性】も服飾学中級編の最後尾の方に書かれているエンチャントです。


 ユイ師匠からも『【付与術】しか覚えていないあなたではおそらく不可能でしょう』と言われているほど難しいエンチャント。


 申し訳ないけれどお断りしなくちゃ。


「申し訳ありません。私の腕前ではです」


。練習しても無理だと?」


「師匠の見立てではそうなります。【斬撃耐性】や【衝撃耐性】の付与には【付与魔術】が必要になると。【付与術】を極めてはいますが、そこ止まりの私ではどうにもなりません」


「ちなみに、師匠の名前をお伺いしても?」


「ユイ師匠です」


「ユイ……まさか、服の『コンソールブランド』を育て上げたシュミット講師リーダーのユイ!?」


「はい、その方であっています。だからこそ、私の腕前では絶望的です」


「い、いえ、失礼いたしました。今の話はあなたを試すものです。あとから付与できると言うとはいえ、なんでも付与できるという大言壮語を吐くような御仁かどうかを試させていただいただけで」


「そうでしたか。申し訳ありません、力不足で」


「今のお話はお忘れください。それで、このお店ではオーダーメイドを取り扱っておりますか?」


「はい。お時間は頂きますがオーダーメイドも承ります」


「それでは、私どものお嬢様のドレスをオーダーメイドしていただきたいのですが……可能でしょうか?」


「……申し訳ありません。ドレスとなると経験不足でして」


「左様でしたか。では、ストールなどは作れますでしょうか? できればレース入りの」


「レース入りのストール……」


 どうしよう。


 そうなるとシルクか……マジカルコットンで【すかし処理】を施すしかありません。


 でも、マジカルコットンを使うには師匠のお許しが必要で……。


 よし!


「あの、失礼ですがご予算は?」


「え、ええ。予算の幅は完成品次第と旦那様から申しつけられております」


「それでは少しお待ちください。、それの使用許可をいただけるかどうか確認して参ります」


「店主様の一存では扱えない布……でございますか?」


「はい。当店の秘蔵品です。その……ユイ師匠の許可が出ないと使用してはいけないものでして」


 執事様に一言断って住居スペースへ。


 ユイ師匠は……よかった、服飾工房で休憩中でした。


「ユイ師匠、お願いが」


「マジカルコットンの使用許可ですか?」


「はい。立ち会いをお願いできますか?」


「よろしいでしょう。ちなみに、その方は私の素性は?」


「知っているようでした」


「なるほど。話が早そうです」


 ユイ師匠の許可も取れたのでふたりで店舗スペースへと戻りました。


 師匠、あまりふっかけないでくださいね?


 お願いしますよ?


「お待たせいたしました。サリナの師匠、元シュミット講師のユイと申します」


「おお、あなたが……」


「はい。夫と結婚することとなり、講師をほかの者に引き継ぐこととなった半端者ではございますが。さて、お望みの品は何でございましょう?」


「ええ、こちらのお嬢様のストールをお願いいたしたいのです。できればレース入りのものを」


「そちらのお嬢様。そして馬車についている家紋。アリソン商会のご令嬢ですか」


「……それは」


「深く詮索はいたしませんよ。サリナ、商品見本です。を。を施しなさい。すぐにできますね?」


「はい。二十分ほどいただければ」


「お時間、大丈夫でしょうか?」


「え、ええ。もちろんでございます」


「それではお嬢様には椅子を。作業用の椅子しかないので粗末なものですが」


「あの……ありがとうございます」


 接客はユイ師匠が変わってくださるみたいですし、私は早速商品見本のハンカチ作りです。


 さすがにハンカチ作りならすぐにできますね。


 あとはエンチャントですが……レース入り。


 そうなると【すかし処理】だけじゃあもったいないですよね。


 エンチャント容量的に問題ないですし……あれも入れましょう!


「できました、ユイ師匠。商品見本のハンカチです」


「あなた自身の手でお嬢様にお渡ししなさい」


「はい。ではお嬢様、こちらを」


「は、はい。……え?」


「これは……コットン? それなのにすかしが入っている上に光沢まで?」


「それが今回お嬢様のストールに使わせていただく予定のという素材になります。サリナ、あのハンカチにかけたは?」


「はい。【すかし処理】【光沢処理】【速乾】の三つです。さすがにそのサイズではそれが精一杯でした」


「え? このサイズのハンカチに三つもエンチャントが?」


「それがマジカルコットンの特徴です。エンチャント可能数が非常に多くなる布地。それ故に。コンソールで取り扱っているお店はここ一軒でしょう。普段は絶対に使わせないよう指導しております」


「そ、その、それで、ストールをお願いする場合のお値段は?」


「金貨五十枚。エンチャント込みでそのお値段とさせていただきます」


「金貨五十枚……」


「あの、爺。帰ったら私からもお父様に謝ります。このお店でお願いすることはできませんか?」


「いや、ですが、上質なストールとは言え汚れることもあります。【防汚】処理を施していただいたドレスでも染みになって着られなくなったケースが……」


「あの、それでしたら【シミ抜き】のエンチャントをかければ洗って落とせます。ワインや血などの汚れ程度でしたら」


「本当ですかな?」


「ユイ師匠。実演してもいいですか?」


「構わないでしょう。高額な買い物です。エンチャントの効果がわからねば踏ん切りがつかないでしょうし」


「わかりました。それでは、ワインとエンチャントのかかった布、それから水を張ったバケツを用意して参りますので少々お待ちを」


 私は再び家の中に戻り、リリス様にお願いして少量の赤ワイン、水を張ったバケツをご用意いただきました。


 それを持って店舗へと戻り、執事様にエンチャントの種類を確認していただきます。


「ふむ。間違いなく【防汚】【防水】【シミ抜き】の三重エンチャントですな」


「はい。これをワインに浸します」


「あ、布がワインに濡れて赤く染まって……」


「【防汚】や【防水】では少し水やワインがかかる程度では大丈夫です。ですが、長時間付着したままになるとシミになってしまうんです」


「なるほど。それでシミが……」


「はい。それで、【シミ抜き】のエンチャントがかかっている布を洗うとこうなります」


「え?」


「水洗いだけで色が落ちていく!?」


「はい。これで染み抜き完了です」


「すごい。街で売っている『コンソールブランド』では聞いたことがないのに……」


「ああ……ええと……ユイ師匠から直接渡されている特別な教本に載っていたエンチャントですので……」


「そういえば、【すかし処理】も【光沢処理】も聞いた試しがありませんな」


「それも師匠の教本から学んだエンチャントです」


 師匠の教本、〝シュミットの賢者〟の本って服飾ギルドで習わないようなエンチャントがいっぱいです。


 特に【血抜き処理】って女の子の日専用ですよね?


「確かに、これでしたら多少の汚れは気にせず何度でも……」


「爺……」


「お金は後払いでも構いませんよ?」


「なに?」


「ユイ師匠!?」


「それとも秘蔵のマジカルコットンまで持ち出して金貨五十枚もいただくのです。まさかその程度の仕事もできないとは言いませんよね?」


「いえ、もちろんこなしてみせます!」


「では、お金は完成品次第で。お気に召さなかったら受け取っていただかなくとも結構です」


「しかし……それでは私どもが一方的に有利な話に……」


「私どもの懇意にしていただいている商会にはネイジー商会がございます。最悪、そちらのお嬢様にもご確認いただいて気に入っていただければお買い求めいただきますので」


「ネイジー商会。失礼ながら、どういったつながりで?」


「この家には『カーバンクル』が住んでおります。それで伝わりますか?」


「『カーバンクル』……ネイジー商会の娘、ニーベ様!?」


「そういうわけです。彼女は華やかな場所とは縁遠い錬金術師であり研究者ですが……お姉様は宝石商ですから」


「……わかりました。それほどまでに自信がおありでしたらお作りいただきましょう。何日後に完成ですかな?」


「サリナ?」


「はい。装飾は……銀細工でよろしいですか?」


「え、ええ。結構です」


「では……五日ください。五日後の午後には受け渡しできるよう準備しておきます」


「五日後!?」


「はい。それで、かけるエンチャントですが……」


「サリナ、エンチャントの種類はあなたが決めなさい。を忘れずに」


「着回す……その可能性まで考えていませんでした。ありがとうございます、ユイ師匠」


「そ、それで、五日後の午後には受け渡し可能と?」


「はい。大丈夫です」


「わ、わかりました。それでは五日後、また。もしかすると旦那様もおいでになるやも知れませんが……」


「承りました。ただ、ここは見てのとおり庶民向けの店ですので、ほかのお客様がいる可能性はあります」


「旦那様はその程度でしたら気にしません。それではまた」


「はい」


「あの、素敵なハンカチを見せていただきありがとうございました。お返しいたします」


「えっと。そのハンカチは差し上げます。商品見本として作っただけですので」


「え、ですが、これだけでも金貨数枚以上の価値が……」


「気にしないでください。お嬢様も五日後、お待ちしています」


「はい! 楽しみにしております!」


 よかった、あのお嬢様、入ってきたときからずっとうつむいていて心配でした。


 最後ですが元気になってくださって本当によかったです。


「さて、サリナ。わかっていますね?」


「はい! 今からストール作りを始めます!」


「結構。その間は店の子たちの指導が止まるでしょう。あなた方はどうしますか?」


「あの……お邪魔でなければ可能な範囲でサリナ店長の作業を拝見させていただきたいです」


「もちろん邪魔はいたしません。よろしいですか?」


「……だそうですよ、サリナ?」


「はい、構いません。私の技術で参考になることがあったらどんどん覚えていってください。……その、今回は解説する時間がないけれど」


「「「はい!」」」


「そういえば、この五日間、店舗の営業はどうするんですか?」


「あ、しまった……ストール作りに集中するとエンチャントをかけるだけでも厳しいです」


「では、五日間は臨時休業としなさい。お客様には申し訳ありませんが我慢していただきましょう、今回は」


「……今回だけですよね」


「次、営業継続できないような余裕のない納期を提示したら店員の前でお仕置きです」


「それだけはお許しを!」



********************



「ふむ、下町にできたばかりの店と聞いていたが二十分でこれだけのハンカチを仕上げるか」


「はい。エンチャントも三重。しかも、どれも聞いたことのないものばかりでございます」


「このハンカチ、私に見せるため娘から借りるのも苦労したそうだな?」


「その……はい」


「それだけ気に入ったか。完成したストールは私も直接確認に行こう。本当に出来映えがいいものを作られていて、渡した金が不足していた結果ネイジー商会に奪われるのは娘にも申し訳が立たない」


「承知いたしました」


「それでは娘にハンカチを返してこよう。その、怒っているだろうか?」


「……おそらく」

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