556.サリナのお店、オープン十日目

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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 今日で私のお店がオープンして十日目です。


 四日目にジェニーちゃんのお友達とその親御さんたちが買いに来てくれて以降……毎日二組か三組のお客様は買って行ってくださいます。


 必ずエンチャント付きで。


 ただ見て帰るだけのお客様を含めるともっと多いわけで……一気にお店が賑やかになってきました。


 そして私はというと……店の裏手にある工房スペースでひたすら新しい服を作成しています。


「えーと、売れた服がこれこれだから補充しなくちゃいけない服もこれで……結構忙しい!」


「大丈夫ですか? サリナ店長。少しお休みになった方が……」


「この程度なら大丈夫だよ。ユイ師匠の指導の方がきつかったもの」


「そ、そうですか」


 店員兼弟子として雇った皆にも交代で自習しかさせてあげられなくて……申し訳ないばかりです。


 ときどき指導はしてあげられるのですが、やっぱり時間は限られてしまい……初期指導の計画が……。


「よし! また一着完成!」


「いつも感じていますけど、先生の縫う速度ってすごく速いですよね。それでいて縫合もしっかりしているし、試しに引っ張ったりさせていただいた時も糸がほつれなかったです」


「子供が着る服だからね。多少乱暴に着ても大丈夫じゃないと!」


「あ、店長。ジェニーちゃんですが遊びに来ていますよ。少し顔を出してあげてはいかがですか?」


「ジェニーちゃんが来ているなら早めに呼んでよ!」


「いや……集中してるところを邪魔しては悪いですし、ジェニーちゃんもお仕事を邪魔するのは嫌だって」


「じゃあ、少しだけ顔を出してくるね」


 ジェニーちゃんですがあの後もときどき私のお店にやってきてくれます。


 さすがに買うのはあのワンピース一着だけで新しい服は買わないと言う約束をしているらしいため、いろいろと服を見て楽しんでいるだけのようですが、それでもわくわくした顔をいつもしてくれていました。


「ジェニーちゃん、遅くなってごめんね?」


「あ、サリナお姉ちゃん! お仕事はいいの?」


「今一着服を縫い終わったところだから平気だよ」


「新しいお洋服! それも見せて!」


「うん。裏においてきたままだから少し待っていてね」


 私は裏においたままだった冬物のブラウスをジェニーちゃんに見せてあげました。


 そうするとジェニーちゃんもものすごくキラキラした表情をしてくれます。


「うわあ。綺麗……サリナお姉ちゃんの作るお洋服っていつも綺麗でかわいいの!」


「ありがとう、ジェニーちゃん」


「……ねえ、サリナお姉ちゃん。私でも服飾師になれるかな?」


「え?」


 急にジェニーちゃんの顔が曇ったかと思えば人生相談でした。


 ええと、こういうときどうすれば……。


「あのね、私、『お針子』なの。今年の交霊の儀式でそう言われてきたんだけど……やっぱり、サリナお姉ちゃんみたいな立派な服飾師さんって『お針子』じゃ無理だよね」


 ああ、この子も私と同じなんだ……。


 生まれ持った『職業』でコンプレックスを抱えてしまってる。


 でも、そんなことはないって教えてあげなくちゃ!


「あのね、ジェニーちゃん。私も職業は『お針子』なんだよ?」


「サリナお姉ちゃんも?」


「うん、見せてあげようか?」


「うん。見てみたい」


「じゃあ、ちょっと服をしまってくるから待っててね」


 私は再び裏手に完成したブラウスをしまい、ジェニーちゃんの元に戻ると星霊の石板を見せてあげました。


 そこに書かれている『職業』は間違いなく『お針子』です。


「本当だ……私と一緒」


「そうだよ。ジェニーちゃんが例え『お針子』でも頑張れば立派な服飾師になれるし、もっと頑張れば私みたいにお店だって持てるよ」


「本当!?」


「うん! その代わり、毎日努力し続けるのは大変だよ? 私だって何度も怒られながら頑張ってきたもん」


「そうなんだ……ねえ、サリナお姉ちゃん! 私にもお裁縫、教えてください!」


「え、ジェニーちゃんにも?」


 困りました……。


 お店の状況を考えると私の手は離せないし……。


 どうしよう?


「なにも深く考える必要はないのではないですか、サリナ」


「あ、ユイ師匠」


「ユイ師匠? サリナお姉ちゃんの先生?」


「うん、私の先生」


「ジェニーちゃんですよね。サリナお姉ちゃんはお店のお仕事でとっても忙しいんです。つきっきりであなたを教えてあげられないんですよ」


「そっか……じゃあ、ダメだよね……」


「はい。代わりに教本を差し上げますからそれを読みながらお裁縫を始めてください。それで、わからないところがあればサリナお姉ちゃんに聞きに来ればいいですよ?」


「あ、そっか! ねえ、サリナお姉ちゃん! それじゃダメ?」


「ええと、ユイ師匠? それならユイ師匠が直接教えた方が……」


「ジェニーちゃんは習いたがっているのです。私から習いたがっているのではありません。最初は基本中の基本、自分の名前を刺繍することからスタートですよ」


「ええと、それくらいでいいなら。師匠、ジェニーちゃんに渡す教本ってもう持ってますよね? 先に私に確認させてください」


「ええ、もちろん。これです」


「……本当に最初は針の取り扱いと名前の刺繍からですね。最後の方は……エプロンの縫い方ですか」


「子供向けの教本ですから。型紙付きですよ?」


「それは見ればわかります。ジェニーちゃん、最初は針の使い方からになるけど大丈夫? それに刺繍用の針だって間違えて指に刺したら結構痛いよ? 我慢できる?」


「うん! 我慢できる! 私やってみたい!」


「と言うわけです。あなたにもその教本は差し上げます。どこで躓いているのかわからなければ教えられませんからね。ジェニーちゃん。最後の方は生地やはさみを使う内容です。生地は普通に買うと高いですからサリナお姉ちゃんに言ってこのお店の生地を使わせてもらいなさい」


「サリナお姉ちゃん、いいの?」


「うん、そのくらいなら。はさみもなるべく安全なものを用意しておくから無理をしないように頑張ってね」


「わかった! それじゃあ、お母さんに頼んで刺繍セットを買ってもらってくる! またね、サリナお姉ちゃん!」


 ジェニーちゃんはユイ師匠から受け取った教本を手に、元気よくお店を飛び出して行ってしまいました。


 本当に元気で素直でいい子だなあ……。


「サリナ。あなたがあれくらいの頃はどうしてましたか?」


「……自分が『お針子』だったショックで部屋に閉じこもって泣いてばかりでした」


「スヴェインの大嵐、『職業優位論』を根こそぎ吹き飛ばしていなかったら彼女もそうだったかも知れませんよ?」


「はい。今いる弟子四人の面倒もしっかり見ます。でも、ジェニーちゃんも導いて見せます」


「その覚悟があれば十分です。さあ、新しい商品の作製に戻りなさい。かなり売れてきたおかげで不足してきたデザインもあるのでしょう?」


「あ、そうでした! すぐに戻ります!」


 ジェニーちゃんはまだ弟子じゃないけど……ちゃんと服飾師の道に導いてあげなくちゃ!



********************



「ジェニーちゃんか……うらやましいな」


「私たちの頃ってまだ『職業優位論』が根強く残っていたからね」


「エヴァリンさんはまだいいよ。『服飾師』なんだから。私なんて『お針子』だもの。例え服飾ギルドに潜り込めても一生低賃金で下働きだったんだから」


「あたしも『裁縫士』だからなあ。下級職じゃまともな扱いはしてもらえなかっただろうし」


「だよね……あれ? そういえば、この街から『職業優位論』をすべて無くした人って『スヴェイン』様じゃ?」


「そういえば……それで、このお店って『スヴェイン』様の家を使っているわけで……」


「私たち、知らない間に更にすごい人の家にいた?」


「……気付かなかったことにしよう。あんなすごい先生に教えていただけるだけでも幸運なのに、『職業優位論』を吹き飛ばした街の改革者であり大恩人の家にいるなんて心臓に悪すぎるから」


「「「……うん」」」

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