555.サリナのお店、オープン四日目

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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 お店がオープンして四日目。


 初日のジェニーちゃんが買いにきてくれた以外のお客様はまだ現れません。


 店員兼弟子の初期指導ができていいなあ。


「店長、ここがわからないんですけど」


「ええっと、オリビア。ここはね……」


 はい、店員からは『名前に敬称を付けるのも禁止!』と言われてしまいました。


 私の方が年上だけど、ずっと皆の方がしっかりしてるんだけどな。


「店長こちらは?」


「うん、ナディネ。そっちはそのままで大丈夫だよ」


「よかった……ありがとうございます、店長」


 オリビアとナディネはともに十三歳で最年少組。


 服飾ギルド支部の募集条件は『十三歳以上』まで引き下げられたそうなんだけど……人数制限もあって非常に狭き門だったみたい。


 私みたいな田舎者がぽっと入ってぽっと出ていってよかったのかな……?


「店長、私のも見ていただきたいのですが」


「あ、エヴァリン。ここはね……」


 エヴァリンは十四歳でここの皆じゃただひとりの『服飾師』。


 でも、コンソールらしくそんなことはまったく気にせず『お針子』の私にわからないことはバンバン聞いてきます。


 コンソールがいかに『職業』の概念がないか、技術の優劣のみが序列かよくわかりました。


「店長、あたしのところは?」


「メラニーのところは……少しだけ違うかな。ここがちょっと間違っている。あとは大丈夫だから頑張って!」


「はい!」


 メラニーは十五歳、つまり成人済みの少女。


 でも今まで働き口が見つからないでいたところを師匠が見つけてきたみたいです。


 愛想を尽かされないように頑張らないと!


「基礎指導、はかどっていますか?」


「ユイ師匠、はかどっています!」


 ほかにお客様が来ないというのもあるけれど……皆の頑張り方もすごいんです!


 ヴィンドの悪い癖を抜きながらだった私とはまるで大違い!


「サリナも基礎指導には服の端材を使わせているようでよろしい」


「あ、あはは……」


「その様子、端材以外を使おうとしましたね?」


「……ごめんなさい」


「今日は許します。次やったら弟子の前で弟子に向けてお尻丸出しで百叩きです」


「ひっ! それは店長兼先生の威厳が!?」


「なんだったらショーウィンドウの外に向けてでもいいですよ?」


「それは女の尊厳が!?」


「ともかく、弟子の育成にもなるべく経費をかけないように……おや?」


「師匠どうしましたか……あ」


 店のドアの前ではかわいらしい女の子がひとり、またドアを引っ張って開けようとしていました。


 今日は私が迎えに行ってあげよう。


「ジェニーちゃん。少しドアから離れててね」


「うん!」


「はい、どうぞ。店内は暖かいよ」


「ありがとう! サリナお姉ちゃん!」


「どういたしまして、ジェニーちゃん」


「そのドアって入るときは押して、出るときは引くんだね」


「うん。ジェニーちゃんも遊びに来るときは覚えておいてね?」


「遊びに来てもいいの!?」


「お店の服を汚されちゃったり破かれると困るけど、そうしない範囲なら」


「わかった! あのね、今日はね。お友達とそのお母さんたちも連れてきてるの! 入ってもらってもいい?」


「え、うん。もちろん」


「皆! 入ってもいいって!」


「「「わーい!」」」


 お店の中に入ってきたのはジェニーちゃんと同じくらいの女の子が四人とその親御さんらしき人たち。


 親御さんたちは申し訳なさそうにしています。


 あ、ジェニーちゃんのお母さんもいらっしゃいました。


「先日はありがとうございました。ジェニーのためにあんな立派な服を売ってくださり」


「いえ、気に入っていただけたようですから」


「それで、その……今日は私の家でこの子たちと遊んでいたんですが、ジェニーったらあの時の服を着ていて……」


「あれって暖かい時期用の服ですよね? 大丈夫だったんですか?」


「はい。暖かい部屋の中だけでしたから。でも、子供たちが……その服に興味を持ってしまい同じような服を買いたいと」


「ああ、なるほど。それで親御様まで一緒に。でも私のお店は新品の服ばかりなので……」


「それは説明させていただきました。でも、街中で買うよりも一割以上安いと」


「その……それが限界でしたので」


「いえ! 責めているわけじゃありません! それだけ安いなら一目見てみようと親の方も興味を持ったわけでして」


「そういうわけでしたら喜んで。子供たちも服を破いたり汚したりしなければ自由に見て歩いてもいいよ?」


「「「はーい!」」


 ジェニーちゃんのあとから入ってきた女の子四人も店内を見て回り……それぞれ気に入ったお洋服を見つけてくれました。


 かぶらなくてよかったなあ。


 でも、値段は高いからそんな簡単には買っていただけないよね。


「あの……サリナ店長でしたか? この服についている値段は間違いないんですか?」


「はい。間違いありません。その、値下げ交渉とかには応じられないんですが……」


「いいえ、とんでもない! 子供用の冬用コートがこの値段で買えるだなんて!」


「そうですか?」


「それに別料金を支払えばエンチャントもかけていただけるんですよね?」


「はい。その、さらにお高くなってしまいますが」


「では、それもお願いできますか?」


「え、いいんですか?」


「はい。よろしくお願いいたします」


「えーと、あなたはいいの?」


「うん! でも、このコートでピンク色のコートがあればもっとよかったな」


 ピンク色、そういえばユイ師匠がお店を始める前にバリエーションを増やせっていっていたっけ。


 でも、色彩変更の魔法くらいなら私も覚えているからできるかな?


「ねえ、ピンク色ってこれくらいの色でいい?」


 私は布の切れ端に色彩変更の魔法をかけて布の色を変更、コートを希望してくれた女の子に確認を取りました。


「うわあ、布の色が変わった! でも、もっと明るいピンク色がいいな!」


「それじゃあ……これくらいかな?」


「うん! それくらい!」


「お母さん、いったんコートをお預かりしてもよろしいですか?」


「え、あ、はい」


 私は無地のコートを女の子が望んだ色のピンク色に仕上げます。


 色むらを出さないように全体を変えるのって結構大変なんですよね、この技術は。


「うわあ! 綺麗なピンク色に染まった!」


「うん。サービスだよ」


「ありがとう! サリナお姉ちゃん!」


「どういたしまして。それでお母さん。こちらがエンチャントの料金一覧表となります。その、服との相性によってはかけられなかったりする事もあるので全部が全部ともいかないのですが」


 このお母さんもいろいろなエンチャントの内容を確認してくださって、かけた内容は【防汚】【防水】【防寒】【柔軟】【強靱】の五重エンチャントとなりました。


 これだけで追加料金、結構するんだけどなあ……。


「ありがとうございました! いい買い物ができました!」


「いえ、こちらこそ。その……値引きしてあげられなくて申し訳ありません」


「いえいえ! 街で同じようにエンチャント付きの服を探そうとすれば、既にエンチャント済みばかりでその場でかけていただく事なんてできませんので!」


 あ、そういえば、街中で見かけた『コンソールブランド』って既にエンチャント済みばかりでした。


 その場でエンチャントを施すサービスって珍しいんでしょうか?


「お母さん! そのコート早く着てみたい!」


「ええ、そうね。着替えさせても?」


「はいどうぞ。そちらに試着室もありますので」


「ありがとうございます」


 試着してもらったコートはその女の子の背丈から考えると少し大きめでした。


 お直しを提案したのですが、『来年か再来年にはちょうどいいサイズになるから大丈夫』と言われてしまい、そういったことも考えて買うのですね。


 そのほかのお母様方も服を購入していただき、それぞれに見合ったエンチャントを付与させていただきました。


 おひとりは、服を二着も買っていただくなんて……気に入っていただけて嬉しいです。


「またね、サリナお姉ちゃん!」


「ジェニーちゃんも気をつけて帰ってね」


「うん!」


「それでは失礼いたします」


「はい。また機会がありましたらよろしくお願いいたします」


 ジェニーちゃんが連れてきた子供たちとその親御さんたちは帰っていきました。


 どこかの家で今日買った服の見せ合いっこをしてくれると嬉しいな。


「サリナ店長。すごい売り上げになりましたね」


「う、うん。そうだね。なんだか、申し訳ないくらい」


「それだけの腕前を持っているのですよ、あなたは」


「そ、そうですか?」


「たくさん売れたようでよかったじゃないですか」


「それは……はい」


「それに色彩変更の魔法。色むらを出さずかけられるようになっていて安心しましたよ」


「師匠にも鍛えられましたし、服飾ギルドでも鍛えられましたから」


「よろしい。まあ、カラーバリエーションの少なさはそれで補うとしましょう。ですが、デザインパターンはそれで補えませんよ?」


「はい。今後もいろいろと勉強をして増やしていきます」


「それがわかっているなら結構。それで、生地はどれくらい残っていますか?」


「へ? 仕入れてきた生地の半分くらいはまだ」


「それならまだ足りますね。もう少し減ってきたらミライを捕まえて卸売業者に行き、追加の生地を買ってきなさい」


「師匠……さすがに、そこまで売れますか?」


、侮っていたら後悔しますよ。それでは私はこれで」


 それだけ告げるとユイ師匠はまた家の中へと帰っていきました。


 なんだったんでしょう?


「よくわからないけれど……指導の続きを始めようか」


「え、いいんですか、サリナ店長。デザインパターン見本の教本とか買いに行かなくても」


「そうですよ。多分、足りなくなりますよ?」


「え、そうかな?」


「はい。間違いなく」


「基礎学習はあたしたちで進めておきます。サリナ店長は街に行って教本を探してきてください。それで戻ってきたとき、間違っていたりおかしなところを指摘していただければ大丈夫ですから」


「えっと……じゃあ、お言葉に甘えるね」


 私は半信半疑のまま街へと繰り出し、最新式のデザインパターンを取り扱っている教本を数冊見つけて帰りました。


 でも、これをそのまま私のお店で出しても面白くないから……練習して組み合わせたり形を変えたりいろいろアレンジしなくちゃいけません。


 本を買って帰ったあとは弟子たちの様子を見てあげることにしましたが、まだ初歩段階と言うことで躓きはなし。


 そうすると今度は『デザインの練習をしてください』と言われて工房スペースに押し込まれて……うん、やっぱりヴィンドからコンソールに来たばかりの私なんかよりもずっとしっかりしている弟子たちです。


 でも、今は大丈夫でもいつかは躓き始めるしデザインの練習だけじゃなくてそちらの復習もしないといけません。


 ……弟子を持つって大変だなあ。



********************



「サリナ店長、気が付いていないよね」


「うん、気が付いてない」


「絶対に今日の子供たちから火がついて回るよ?」


「あたしたちへの基礎指導を満遍なくって予定も狂うよね」


「とりあえず各自自習をしてわからないところとか変な癖がついていないかとか、そう言うところをサリナ店長に聞いてみようか」


「その方がいいよ。きっと月末には時間が足りなくなってくるから」


「私たち本当にすごい人に弟子入りしてたんだ……」


「普通の『コンソールブランド』ってその場でエンチャントをかけないからね、それもサリナ店長は失敗なしだもの……」

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