287.緊急昇級試験

「結果を伝えます。全員、まだたどたどしいですが製法、手順、ともにあっています」


「驚きました。まさかここまで早く結果を出すなんて」


 ミライさんを急いで連れ出し行った昇級試験。


 試行回数が少ないせいでまだポーションの色は綺麗と言えませんが間違いなく特級品ができています。


「文句はありませんよね、スヴェイン様」


「ええ、文句なしです。あなた方を一段階……」


「待ってください、ギルドマスター!」


「なんでしょう」


「いまから一段階上ってことは第三位ですよね?」


「そうなりますね。不服ですか?」


「ありがたいですが……自分たちにはまだ早いです」


 おや、喜ぶかと考えたのですが。


 ミライさんと顔を見合わせ、あらためて彼らに向き直ります。


「理由を伺いましょう」


「はい。第三位は最初にアトモさんがもらった階級です」


「確かに俺たちは特級品を作れましたがまだまだ半人前です」


「とてもじゃありませんが、アトモさんが以前もらっていた階級は早いです」


「なるほど……」


 彼らの言い分、わからなくはないです。


 アトモさんは元とはいえ彼らからすれば遙か上の存在。


 自分たちの腕前ではそれに並べない、と。


「困りました。特級品が作れている以上、あなた方を第二位錬金術師にしておく訳にもいきません」


「そこをなんとか曲げてください、サブマスター」


「俺らじゃ本当に実力不足なんです」


「せめてミドルポーションが安定するまでは」


「……どうしましょう、スヴェイン様」


 仕方がない、ここはギルド側が折れましょう。


「わかりました。あなた方を第三位に上げるのは見送ります」


「本当ですか!」


「ありがとうございます!」


「……なんでしょうね。昇進を拒んで喜ぶギルド員って」


 ミライさんが困惑しています。


 まあ、これだけでは終わりませんけど。


「ただし、あなた方の呼び方は変えます」


「「「へ?」」」


「あなた方はただいまを持って『第二位特級錬金術師』とします。異論は認めません」


「あ、あの……」


「それで、待遇が変わったりとかは?」


「俺たち、まだまだミドルポーションの研究が……」


「まあ、最後まで話を聞きなさい。まずは……ちょっとだけ待ってください」


 僕はマジックバッグからミスリルを取り出しブレスレットを三つ作ると、それぞれにエンチャントを施しました。


「これは僕からの記念品です。受け取りなさい」


「記念品って……」


「いま、エンチャントかけましたよね?」


「高いものだったらさすがにギルドマスター命令でも無理ですよ?」


「そこまで高級でもないでしょう。『魔力回復速度上昇』と『魔力運用効率上昇』です」


「いやいや。『魔力回復速度上昇』は金貨数十枚で手に入る可能性もありますけど……」


「『魔力運用効率上昇』なんて聞いたことないですからね?」


「しかも、そのサイズの腕輪でミスリルに二つのエンチャントとか」


「まあ、作ってしまいましたし拒否権は認めません。受け取ってください」


「仕方がないですね」


「ボーナスだと思って受け取ります」


「ありがとうございます」


 なんとか受け取らせることに成功しました。


 不承不承ですが。


「次にあなた方へ二階にある個人用アトリエの使用権を与えます」


「ちょ!?」


「さすがにもらいすぎです!!」


「さすがにそんな特例は!?」


「まあ、話は最後まで聞きなさいって。はそこでのみ作ることを許可します」


「ギルドに納める?」


「特級品?」


「商業ギルドマスターからは裏で急かされていたんですよ。『コンソールブランド』の特級品ポーションと特級品マジックポーションはまだかって」


「そうだったんですか?」


「嘘じゃないんですよね、サブマスター?」


 なぜそこでミライさんに確認を求めるのでしょう、このギルド員たちは。


「うーん、ギルドマスター同士のお話ですし……ただ、私もサブマスター同士の話でできれば納めてほしいとお願いされていました」


「まあ、そういうわけです。作れる人間がいるとわかった以上、卸さないわけにもいかないでしょう」


「でも、個人アトリエを使うほどですか?」


「はい。実はアトモさんからも特級品ができたとの報せは受けていません。受けていないだけかもしれませんが」


「マジか……」


「マジです。なので製法を秘匿するためにも個人アトリエを使います。いつまでもアトリエを遊ばせておくのはもったいないですし」


「わかりました。それで、個人アトリエって……」


「ひとり一室でも構いませんよね、ミライさん?」


「はい。それで特級品が卸せるなら安い出費です」


「俺たちが困ります!」


「三人で一部屋! 共同利用しますから!」


「個人アトリエと言いつつ無駄に広いのも俺たち知ってますから!」


「そうですか。では、一部屋で。ただ、アトリエはあなた方が使いやすいように改装してください」


「改装費用はすべてギルドが負担いたします。明日にでも建築ギルドの技師を呼びますから相談して決めてください。予算は気にしなくて大丈夫です」


「改装が終わったらその部屋に魔法錠を設置します。あなた方に渡したブレスレットに解錠用のエンチャントも付与しますのでなくさないように」


「うわー、大事になってる」


「まさかこれほどの騒ぎになるなんて……」


「俺らすごいの?」


「僕が六歳の時には王宮で献上した品です。諦めましょう。毎週の生産予定数と実績数はミライさんと僕にだけ報告。もちろん、卸す以上は事務方を通しますが、全体数は僕たちで調整します」


「無理して多く作らなくても大丈夫ですからね? ミドルポーションの研究もあるでしょうし」


「以上です。ほかに質問は?」


「ええと、いつから作り始めれば?」


「アトリエの工事が終わったあとからで結構です。急いでも仕方がありません。急に作って製法がばれる方が問題ですし商業ギルドにはもう少し待ってもらいましょう」


「いままで待っていたんですから多少は誤差ですよ、誤差」


「ほかに質問は?」


「俺からはないです」


「俺も特にないです」


「俺もです」


「よろしい。では、皆さんのアトリエに戻っていてください。少ししたら皆さんの質問を受けにアトリエに向かいます」


「「「はい」」」


 無事に昇級した第二位特級錬金術師たち。


 頑張ってもらいたいですね。


「スヴェイン様、特級品ができるのっていつくらいを予想してましたか?」


「早くて夏だと考えてました。秋口になっても見つからないようであれば少しだけヒントも出すつもりでしたし」


「熱意、すごいですね」


「まったくです。さて、この部屋の片付けはお願いしてもいいですか?」


「はい。お任せください」


「では彼らのアトリエに行ってきます」


 さて、ミドルポーションのどこで詰まっているんでしょうかね……。



********************



「リリス、どうして彼らの中に特級品が作れるものがいると?」


 あまりにも気になったので家に帰り夕食が終わったあと、アリアとミライさんがお風呂へと行っている間にリリスに尋ねてみました。


 まともな答えを返してくれるかはわかりませんが。


「経験と勘、それから【神眼】を少々」


「【神眼】ですか?」


「はい。その様子ですとスヴェイン様も【神眼】を生かしきれていないご様子。時間があるときにご教授いたします」


「ありがとうございます。ですが経験と勘はまだまだ足りないでしょうね」


「そこはスヴェイン様より長生きしている以上、譲れません」


 このメイド、本当に優秀すぎます。


「それで、シュミット講師陣を焚きつけて回った理由は?」


「少々たるんできているのではないかと考えメイドの技を見せてきました。燃え上がっていたのなら結構です」


「……燃え上がりすぎていました。ほとんどのギルドでギルドマスターごと」


「あらあら。コンソールは生まれ変わるために熱心ですね」


「あと、服飾ギルドは焚きつけすぎです。あそこの講師を務めている娘さんたち、僕に体を差し出そうとしてきましたよ?」


「……明日、焼きを入れてきます」


「よろしくお願いします」


 少し痛い目を見てください、娘さんたち。


 さて、翌日は本当に娘さんたちに焼きを入れに行ったらしいリリスですが、問題をもうひとつ残していました。


 それは……。


「スヴェイン様! 『バイコーンの生き血』を売ってください!!」


「ずるいぞ! 抜け駆けするな!!」


「俺には高品質ハイポーション用の素材を! ああ、いえ、まだ絞り込め切れていないんですが……」


「少し落ち着いてください! あと、『バイコーンの生き血』は売りません!」


 そういえば、昨日リリスはと言い残してをあとにしましたね。


 まさか、を焚きつけに行っていたとは……。


 リリスに勝てる日はこないでしょう……。

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