430.タイムアクセス:クイック

 シャルとのお茶会が終わって少しした頃、弟子たちからおねだりが始まりました。


 セイクリッドブレイズの『変質』もかなりの確率で成功するようになり、次の技術を学びたくなったようです。


 この子たち、本当に『道歩む者』になってから立ち止まろうとしませんね。


「あなたたち、次から次へと新しい技術を覚えてパンクしませんか? 足元固めも重要ですよ?」


「大丈夫です!」


「『道歩む者』になってからは本当に調子が良くって、どんどん技術が身につきます。上位魔法用の魔法研磨だって『マジックショック』を封じる研磨でしたら八割は成功するようになりました?」


「……あなた方、ちゃんと寝てますか」


「なんのことですか?」


「ちゃんと寝てますよ?」


 急に目線を逸らしましたね。


 こう言うところはまだ子供らしい。


「ではリリスに確認を……」


「ごめんなさい。最近、リリスさんの指導が入っているのです」


「調子が良くって研究の止め時がわからず……」


「まったく。悪いところまで僕たちに似なくてもいいと言っているのに」


「それで、今回はなにを教えてくれるんですか?」


「早く教えてください!」


「話題を急に変えない。とりあえず、あなた方はあとでリリスからお説教です」


「う……」


「リリスさんのお説教はきついです……」


「そう感じるなら睡眠時間は確保しなさい。それで今日教えるのは時空魔法『タイムアクセス』です」


「おお、時空魔法!」


「遂に新しい時空魔法ですね!」


「あなた方の『ストレージ』も大分腕が上がってきましたからね。そろそろタイムアクセスを覚えていい頃でしょう。まずはいつも通りお手本です」


「はい! って、鉢植え?」


「普通の鉢植えに見えますが……」


「はい。栄養剤と水を与え、花の種を植えただけの鉢植えです。よく見ていてください」


 僕は鉢植えに対して『タイムアクセス』その中のひとつ『クイック』を発動。


 すると、種が一気に発芽し、ぐんぐん成長して花を咲かせました。


「今のが『タイムアクセス』の一種、『クイック』です。まずはこれから覚えましょう」


「わかりました!」


「でも、ボクたちでは一気に発芽はできませんよね?」


「まだまだ早すぎます。なので、あなた方には発芽したあとの鉢植えを渡します。それに『クイック』をかけ続けてどの程度成長させられるか、どの程度魔力を消耗するかを肌で感じなさい」


「はいです」


「わかりました」


「よろしい。では、あなたたち用の鉢植えを用意します」


 僕は新しい鉢植えを用意してそれぞれ発芽まで育て上げます。


 さて、この子たちは


「魔力の流れは読めていましたよね?」


「はいです。時空魔法の流れが渦を巻いて早く流れていました」


「あれが『クイック』の流れなんですね?」


「そうです。では、始めてください」


「はい!」


「頑張ります!」


 ふたりが元気よく魔力を鉢植えに流し始めました。


 一回で『クイック』を発動させることができているのはさすがとしか言えません。


 ただ、無駄が多すぎますね。


「あ、あれ?」


「急に力が、それに眠気も……」


「マジックポーションを飲みなさい。非常に深刻な魔力枯渇です」


「魔力枯渇……です?」


「それなら、休んだ方が……」


「今眠られると明日の朝……いえ、下手すると明日の夕方まで眠り続けます。とにかく、マジックポーションを」


「はいです……」


「わかり……ました」


 ふたりは大急ぎ……のつもりでゆったりとマジックポーション、それもミドルマジックポーションを取り出して口に含みます。


 少しずつポーションの効果が現れ始め、十分ほど経ってようやく立ち上がれる程度まで回復しました。


「足がふらふらします……」


「まだ頭がグラグラ……それに眠気も引かない……」


「まだ魔力枯渇が続いています。もうすぐ夕食ですから食べられる範囲で食べてから寝なさい。明日の朝起きられるのは遅いでしょうから、畑仕事はニャルジャたちに任せるように」


「はいです……」


「我慢します……」


「解説は明日の夕方、ギルドから帰ったらします。あなた方は先に体を綺麗にしてきなさい。リリスも向かわせますから、途中で寝ないように気をつけて」


「はい……」


「気をつけます……」


 ふらふらと力ない足取りでアトリエをあとにするふたり。


 僕はリリスに頼んでふたりの様子を見に行ってもらいましたが……やはり浴室で船をこいでいたようです。


 食事もかなり少ない量しか食べられず、終わったらすぐに寝る支度を調えて自室に直行、起きて来たのは翌日の昼を回ってからのようでした。


「ふたりとも、気分はどうですか?」


「まだ少しだけ眠いのです……」


「寝過ぎたんでしょうか……」


「まだ魔力が回復していない証拠です。今日は実践抜きの座学のみ。夕食が終わったらすぐに寝なさい」


「はい……」


「時空魔法、侮ってました……」


「まず昨日の反省点から。ふたりとも初めての使用ということもあり魔力を大量に流しすぎました。それでいて無駄も多く『クイック』として発動していた効果も微少。あれではあまり意味を成しません」


「そんなに酷かったんです?」


「全然気が付いていませんでした」


「まあ、僕も初めて使ったときは魔力枯渇で一日寝る羽目になったので、あまり強くは言えないのですが……それはそれです。時空魔法は『ストレージ』でも大量の魔力を消費しているんです。ただ、あなた方が気が付いていないだけで」


「気が付いていないだけ……」


「どういう意味でしょう?」


「『ストレージ』の使い方をおさらいです。あなた方はどうやって『ストレージ』を発動していますか?」


「それは……空間に穴を空けるようにして……」


「魔力を循環……あ!」


「正解です。時空魔法は『ワープ』と『ディストーション』以外、魔力循環を行いながら発動させるんです。僕が薬草栽培でやっている。あれだって魔力循環を使わなければ、ポーションを飲まないといけないくらいの魔力を消耗します」


「まったく気が付かなかったのです」


「先生の手元しか見ていませんでした」


「正しい使い方はこれでわかったでしょう? 明日からの実践では魔力循環を意識して行ってください。あと、魔力もいきなり大量に注ぐのではなく、最初は少量ずつ、慎重に流すように。時空魔法は使い方を誤れば一瞬で魔力枯渇を起こして倒れます。それを忘れないように」


「はいです」


「注意します」


「では、座学終了です。体を洗ってきなさい。夕食を食べたらゆっくり休むのですよ?」


「はい」


「失礼します」


 ふたりは昨日よりしっかりした足取りでアトリエを出て行きました。


 夕食もしっかり食べられましたし、明日からは実践を再開しても大丈夫でしょう。


 さて、次の段階、『スロウ』に入れるのはいつでしょうか?

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