外壁工事の開始と移住者問題
275.冬のギルド評議会
サンディさんを迎え入れて三週間ほど経った今日、ギルド評議会の開催日です。
冬に入ってからはギルド評議会の開催回数がかなり少なくなりました。
各ギルドともに社会見学の受け入れやギルド員教育などが忙しいのでしょう。
それにしても本日の議題、ようやくですか……。
「よう、色男に婚約者! 婚約者の方は大分色ボケしてたそうだが大丈夫か?」
「冒険者ギルドマスター!? なんで知ってるんですか!?」
「……噂程度だったんだがその焦りぶりは本当だったか」
「あうぅ……ぎるどますたぁ、きょうのぎるどひょうぎかい、おやすみしてはだめですかぁ?」
「ダメです。僕がギルド員から避けられ気味なのはあなたが一番よく知っているでしょう? 錬金術師ギルドに一番詳しいのがあなたなんですからシャキッとしてください。ましてや色ボケしていたのは自業自得です」
「はぃぃ」
「……なあ、スヴェインよお。本当に本物のミライの嬢ちゃんか? お前の幻術かなにかで作った偽物じゃないよな?」
「偽物だったらよかったのですが本物です。まったく、婚約と言っても本当に結婚できるのは何年先になるのかわからないのに嘆かわしい」
「錬金術師ギルドは回ってるのか?」
「回ってます。ギルド員からお昼休みの間、僕の部屋に送り込まれるようになったおかげで色ボケも治まったようですから。あと、補佐も三人つけました。これで安心できます」
「……ミライの嬢ちゃん、反省と自重しろ」
「わかってますぅ」
「はっはっは! お若いですな! 錬金術師ギルドは!」
「商業ギルドマスター。笑い事ではなかったのですよ? セティ師匠までやってきての一大プロポーズを受けた身にもなってください」
「情熱的でいいではありませんか! ミライサブマスターにも春が来たと考えれば大いに結構! ついでに我がギルドからの……」
「ポーションの買い取り値段値上げでしたらお断りいたします」
「いや、ミライサブマスターが色ボケしているいまが狙い目かと感じたのに残念」
まったく商業ギルドは隙がない。
いえ、それくらいではないとやっていけないのでしょうか。
「ところで、ようやくですか。今回の議題は」
「ああ。秋にお前らから計画案を渡されて、評議会外での折衝は何度もやってたんだがな……」
「何分、コンソールの将来と現状。両方を考えると折り合いがなかなか……」
「お前らみたいに思い切った案を出せればいいんだがな……」
「各ギルドにそれぞれのいい分がありまして……平にご容赦を」
まあ、仕方がないのでしょう。
今回の発案は『スヴェイン』としてのものですから。
「定刻となった。ギルド評議会を始める」
いつも通り、医療ギルドマスターの声で会場が静まりかえり評議会が始まります。
さて、どんな案がまとまったのか……。
「今回の議題。『コンソールの街拡大案』だが……各ギルドでの意見が割れに割れた。特に建築ギルドからの意見が痛かった」
「おう。建築ギルドとしては広げられても建物を建てらんねえ。建物がなければ第二のスラム街……いや、それ以上に治安が悪い場所ができちまう。だが……」
「うむ。状況は更に変わってしまった。錬金術師ギルドマスター、いや、スヴェイン殿。あなた方では『街』を建てられぬか?」
街をですか……。
難しい質問です。
「結論から。無理です。理由はまともな建物を建てるための魔法がない。一番小規模な建物を建てる魔法が『クリエイト・フォートレス』です。しかも、これは『クリエイト・シティウォール』とは違い一時的な魔法。半年も経てば崩れ落ちます」
「半年限定か……建築ギルドマスター、いけるか?」
「半年もつならなんとか。錬金術師ギルドマスター、半年経つ前に『クリエイト・フォートレス』の建て替えは可能か?」
「できますが……あまりおすすめしませんよ? 居住性も悪いですし、引っ越し作業も必要です。同じ場所に『クリエイト・フォートレス』を使おうと考えれば、一度前に使っていた魔法を解除して解体する必要もありますし」
「そうか。実はな、スヴェイン殿。のんびり話し合っている時間がなくなってしまったのだよ」
「なくなった? どういう意味でしょう?」
「うむ……実はこの街への移住希望者が殺到している。今でこそ断っているが、このままでは街壁の外にキャンプ街ができてしまいかねない」
そこまでですか。
そうなる前に箱を作りたいと。
「事情は察しました。ですが、提供できる建物はそれだけです。雨風をしのぐ分には問題ありません。それ以上は求めないでください」
「ああ。それから、お前が鍛えているスラム街の住人たち、あれを建築ギルドに引き込むことはできないか?」
「交渉次第です。ナギウルヌさんには話を通します。それ以上は建築ギルドで責任を」
「すまねえ。本気で人手が足りなくなるとは……」
「冒険者にも作業者募集が出ているが集まってねえんだろ?」
「賃金はそこそこ出しているつもりだ。だけど集まらねえ。やっぱり職業観は拭い去れてないか」
「もちろん移住希望者にも人手は募集する。募集するが……」
「『職業優位論がある国』からの移住者。当然軋轢や価値観の違いもあるはずです」
「そのような者たちのそばには聖獣たちも近づかないでしょう。聖獣の嫌いなタイプの人間です」
「『聖獣卿』が言うと重みが違うな、おい」
「『聖獣卿』? また新しいあだ名ですか……」
次から次へ増えていきますね……。
もう諦めていますが。
「ともかく、僕とアリアが提供できる建築手段は『クリエイト・フォートレス』による仮住まいと『クリエイト・シティウォール』による恒久的な街壁だけです。それ以外は人の手でやっていただかないと」
「わかったぜ。ちなみに建設現場で遊びながら仕事を手伝ってくれている聖獣たちの力は借りてもいいのか?」
「もうそんな子たちが……強制しないのでしたら大丈夫ですよ。ただ、聖獣は最初から力を借りようなんて考えると力を貸しませんが」
「わかってるよ。はあ、人手がほしい……」
「実際問題、すべてのギルドで人手が足りぬ。正直、『箱と教育者が足りぬ』と言っている錬金術師ギルドがここまでうらやましいと感じるなど夏は思いもしなかった」
「それでしたら本格的に後進の育成と新しく入植してくる人々の価値観を一新してください。さすがに僕も万能ではありません」
「そうしよう。……そうだ、医療ギルドにも聖獣様が棲み着くようになったのだが」
「ああ、棒を持った蛇ですね」
「その通りだが……なぜわかったのだ?」
「アスクレピオスです。医療のシンボルであり薬術のスペシャリストでもあります。医療ギルドの高潔さが気に入ったのでしょう」
「それならばよいのだが……私どもでは手遅れと判断した患者に噛みつき、治療を施して回るものでな」
「本人がそれで対価を求めていないのでしたら好きにさせてください。自分の力が必要ない、あるいは自分にふさわしくないと感じたら勝手にいなくなります」
「む。それでは我がギルドも精進を忘れないように心がけよう」
「なあ、スヴェインよお。この場で聞くのもなんなんだが……最近、俺のところにも聖獣がケンカを挑んでくるんだわ」
ケンカ?
聖獣が?
「鋭い片刃の剣のような尻尾を持ったライオンだ。俺と勝負して一本取ったら満足したようにいなくなる。それもここんところは毎日だ」
「ああ、ブレードリオンですね。あれは武人。ティショウさんの強さが気に入ったのでしょう」
「俺はどうすればいいんだ?」
「気の済むまで付き合ってあげてください。ただ、彼の気が済むということはあなたの配下になるという意味です」
「……それって【聖獣契約】じゃねえの?」
「その通りです。あれに目をつけられた時点でティショウさんには選択肢がありません。わざと負ける、なんて無様はしないでしょう?」
「そんなこと当然だ」
「では、諦めてください。あなたが自分にふさわしいと認めた時点で聖獣契約をせがみ始めます。どこまでもしつこく追ってきますのでその覚悟で」
「……この街も聖獣に侵され始めてるな」
「皆さんが知らないところで街の住人が聖獣契約しているかもしれませんね。力の弱い聖獣や子供好きな聖獣は将来有望な子供相手に契約を結ぶことがある、とシャルから聞きましたし」
「マジかよ……」
「それは本当かね?」
「シャルやお父様、セティ師匠が聖獣契約していなかったのは聖獣同士威嚇しあっていたせいです。実際、ウィル君……僕が連れてきた『杖聖』アルフレッドさんのお孫さんに狙いを定め始めた聖獣が何匹かいると報告が」
「聖獣って自由だな」
「聖獣と共存するってそういうことです」
そのあと示された資料によると第二街壁も第三街壁も僕とアリアの予想図とほぼ一致していました。
少なくとも第二街壁にはすぐ取りかかってほしいそうですし、アリアを連れ出して明日からでも始めましょう。
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