650.滞在一日目:シュミットお店巡り:服屋編

 路地裏の武具屋でとんでもない掘り出し物を押しつけられた僕たちは表通りに戻りお店巡りを再開です。


 再開……と言ってもめぼしい店はなく、やはり一流ブランドのお店という印象しかないのが残念なところでしょうか。


「ユイ、リリス。あなた方、土地勘は?」


「ごめん、私、服飾学校や師匠のところくらいしか……」


「私が市場以外の場所に出向くとお考えですか」


「聞いた私どもの間違いですわ」


「でも、これでは面白みに欠けるのです」


「普通のブランドショップに入るのもね……ってあれ?」


 一軒の服屋のショーウィンドウ前にいたのはサリナさんでした。


 ショーウィンドウに飾られたワンピースドレスを熱心に見ている様子ですがどうしたのでしょう?


「サリナ、ここでなにをしているのです?」


「ああ、ユイ師匠。こんにちは。いえ、この服が気になりまして」


「この服……」


「うん……」


「なるほど……」


「よくできています……」


「そうなのです?」


「ボクたちには違いがよく……」


「ああ、この服は……」


「よろしければ当店の中でご説明なさいますかな?」


「ひゃあ!?」


 気配もなく現れたのはひとりの老執事風テイラー。


 彼がこのお店の店主でしょうか。


「いつからそこに?」


「最初はそちらのお嬢さんが熱心に見ているのを見て同業者だとすぐ判断できたのですが、あとから来たあなた方を見る限りもっと目が肥えていると。どうでしょう、そちらのお嬢さんの勉強になりますよ?」


「し、師匠? 私はどうすれば?」


「あなたが決めることです。私たちはオマケですから」


「その……ではお願いいたします」


「かしこまりました。当店は紹介制オーダーメイド専門店ですのでお客様もほとんどおりません。ご安心を、スヴェイン様、アリア様」


「どこに行っても僕のことはばれますね」


「ばれないことの方がおかしいかと。それでは店内へどうぞ」


 店主に招かれて入った店内は、ごく数種類の商品見本だけが飾られた簡素なお店でした。


 ただその布は、いずれも魔法布、しかも高品質品ばかりです。


「サリナ、あの布の種類はわかりますか?」


「あ、その。魔法布だと言うことくらいしか」


「ほう。お嬢さんの若さで魔法布だと認識できますか。鍛え始めて何年でしょうか?」


「……申し訳ありません。まだ本格的に始めて秋の終わりで二年です」


「ほほう」


 店主の目の鋭さが一段と増しました。


 まるで面白い逸材を見つけたと言わんばかりに。


「それで、ここの服がすべて魔法布だと読み取れますか。ちなみに素材は?」


「シルクだと言うことくらいしか……師匠に触らせてもらったことのあるマジックスパイダーシルクやレッドスパイダーシルクよりも上品ですがそこまでしか見当がつきません」


「そこまで見当がつけば十分です。当店で取り扱っている布はすべて〝アラクネシルク〟製でございますよ。普通の布にしかわからぬよう偽装処理も施しているというのにまだ甘いとは世界は本当に広い!」


「それは……ユイ師匠が普段もっとすごい布で偽装処理を行ってるからなんとなくわかるかなという程度でして」


「……ユイ師匠。なるほど、あなたの師匠はコンソールに渡った服飾師ユイでしたか」


「申し遅れました。私がそこの不出来な弟子の師匠、ユイでございます」


「いや、〝努力の鬼〟と呼ばれるだけあってお若い。神話級素材を扱えるという噂も真実ですかな?」


「はい。そこの弟子以外の服はすべて総ホーリーアラクネシルク製です」


「ほほう……これは私の勉強にもなる。神話素材を扱う気持ちなど微塵もありませんが、それが実在しそれを扱える職人がいたと言うだけでいい勉強だ!」


「そうでしたか。それではこれをどうぞ」


 ユイはマジックバッグの中から一着のドレスを、鮮やかなイブニングドレスを取り出し店主に手渡しました。


「ほほう! これが偽装されていないホーリーアラクネシルク製のドレス!」


「はい。色彩変更やエンチャントで固めてはありますが素材の偽装はされておりません。よろしければそちらを差し上げます」


「よろしいのですか? これほどの逸品、オークションに出せば白金貨が何千枚と……」


「私の本気で作るホーリーアラクネシルク製の服は認めた者にしか渡しませんから」


「なるほど。私は認められたわけですな。まことに光栄です」


「いえ、これだけの服を作るテイラー。それでもまだ上を目指し続けるのであれば例え届かないとしても指標はあった方がよろしいかと愚考いたしまして」


「確かにこれはどんなに手を伸ばしても届かない雲の上の逸品。ですが、だからこそ手を伸ばし続ける価値がある。最近の私はアラクネシルクで服を作ることに満足していたかもしれませんな。練習用としてマギアラクネシルクも少量仕入れることを考えましょう」


「それもよろしいかと。更に上を目指し続けるのであればそれもまた道です」


「しかしながら、これだけの逸品をいただいて何の返礼もできないと言うのは職人の沽券に関わります。なにかお礼を出来ませんかな?」


「そう言ったつもりで渡したわけではないのですが……どうしても渡したいのであれば、そこにいる不肖の弟子。それのために子供服を一着いただけますか?」


「ひぇ? 師匠!?」


「子供服? それはなぜ?」


「そこの弟子はコンソールで〝子供服専門店〟を経営させております。また、私の弟子である限り〝子供服〟以外を作ることは認めておりません。スパイダーシルクさえ扱えないような未熟者にアラクネシルクの服はもったいないのでございますが、どうかご一考を」


「なるほど。後輩に道を指し示すのも先達の役目でございますな。少々お待ちを」


 店主は店の奥に戻ると、一着の子供用ドレス、フリルやリボンなどの装飾品で彩られた見事なドレスを持ってこられました。


「これは商品見本用として近々店頭に飾るつもりの一品だったのですが、そういう事情がおありでしたらお嬢さんにお譲りいたしましょう。いまはまだまだ追いつけない遠い道程であっても、アラクネシルク製のドレスです。心折れなければ必ず届きますぞ。エンチャントもいまから施します。私がかけられる最上級のエンチャントすべてをね」


 店主は一度ミスリル製の台……エンチャント専用の台の上にドレスを置き宣言どおり何重にもエンチャントを施していきました。


 これは……何種類のエンチャントがかかりましたかね?


「これで魔力固着も完了です。生活系エンチャントは私が知る限りすべてのエンチャントを。防護エンチャントは【斬撃無効】【刺突無効】【衝撃無効】【炎氷無効】【風刃無効】【電撃無効】【光闇無効】【聖邪無効】【猛毒無効】【麻痺無効】【呪い無効】【魅了無効】【病魔無効】をかけさせていただいております」


「すごい……エンチャントがそんなに……」


「もちろん、アラクネシルク製と言うだけでは届きません。エンチャント容量圧縮を高圧縮で出来て初めて届く逸品です。まあ、これを身につけている限りは大概の厄災から身を守れるでしょう。『竜災害』のような桁外れの災害でもなければ」


「あの、このようなものすごい逸品を本当にいただいても?」


「むしろ、あなたに差し上げるからこそ全力を出したのです。あなたの師匠に遠く及ばずともこれもまた一つの道しるべ。あなたには防護系エンチャントは難しいのでしょうが……それでも目指せる道はあるはずです。自分の目指せる道で自分の出来ることをおやりなさい」


「はい!」


「よろしい。【シワ無効】は当然のごとくついていますが適切な折りたたみ方もお教えしましょう。こちらにどうぞ」


「よろしくお願いします!」


 サリナさんは店主と一緒に離れた場所に行きドレスの折りたたみ方を学んでいます。


 サリナさんも【シワ無効】を持っているので気にはしないでしょうが、やはり美しいしまい方というのは店の格に影響しますからね。


 隣で渋い顔をしている師匠もいますが。


「ユイ、サリナさんに高級品を与えすぎましたか?」


「……あれ、白金貨で二百枚以上するよ? 下手すれば三百枚位する」


「絶対に値段は教えられませんね」


「値段相応の実力は身につけさせる。絶対に」


「無理矢理『開眼の儀』はダメですよ?」


「エンチャント全集から教えられる生活系エンチャントを片っ端から仕込んであげるから気にしないで」


「それくらいなら」


 サリナさんも、彼女が喜んでいる間に猛特訓の日々が決まっていました。


 ですが彼女もいまなら喜々として乗り越えていくでしょう。


 目の前に示されたを目指してね。

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