56.スヴェイン先生による生産スキル講義(付与術編)

「ニーベちゃん。魔石を使った付与術ですが、僕は詳しくありません。といいますか、やったことがありません」


「え?」


 ニーベちゃんの頭の上にたくさんの疑問符がついている気がします。


 それもそうですよね、これから付与術を習うというのにその先生がいままで知っている『付与術』を知らないというのですから。


「僕の知っている付与術はまったく別の技術になります。そこでニーベちゃんに質問です。ニーベちゃんはこの国で一般的に使われている……らしい、魔石を使った付与術を習いたいですか? それとも、僕から別の地域伝来の付与術を習いますか?」


「あの、先生の付与術はどのようなものでしょうか?」


「そうですね……実際に一度やってみせましょう」


 僕は午前中、マオさんのお店で買ってきた小指の先ほどの大きさのサファイアを取り出します。


 そして、それをニーベちゃんに渡して普通の宝石であることを確認してもらいました。


「ニーベちゃん、いまの宝石がただの宝石なのはわかりましたね?」


「はい。見た目も鑑定結果も普通のサファイアでした」


「では、これから『僕の知っている付与術』を見せます。『付与術:クリエイトウォーター』」


 サファイアに水色の光が流れ込み、石の中に魔法文字が刻まれます。


 このサイズの宝石に付与術を行うのは数年ぶりでしたが無事成功ですね。


「はい、これで付与が完成しました。鑑定してみますか?」


「わかりました。……あれ? 『魔法付与:クリエイトウォーター』ってなってます」


『ほほう。魔法付与が読めるほどの鑑定レベルがあるのか』


「……ワイズ、あなた鑑定スキルのレベルも確認していたのでは?」


『いや、ついうっかり見忘れておった。しかし、魔法付与を見ることができるということは鑑定レベル15以上じゃな』


「ですね。これなら教えるのもやりやすいです」


「あの、この宝石は一体……?」


「ニーベちゃんが鑑定したとおりクリエイトウォーターの魔法が付与された宝石になります。キーワードは魔法名と同じにしてありますので……ここで使うと床が濡れますね」


「水が出るのですか?」


「ええ。どうしましょう、バケツを用意しますか」


『バケツならばお主のストレージにも入っておらぬか?』


「……ああ、水くみ用の桶がありました。それでいいでしょう」


「スヴェイン先生、さっきからどこか抜けてますよ?」


「……放っておいてください、アリア」


 僕はストレージから桶を取り出して足元に置きます。


 ニーベちゃんにはここで体験してもらいましょう。


「改めて、ニーベちゃん。この桶の上で宝石に魔力を通しながら『クリエイトウォーター』と唱えてください。……ああ、魔法の方を使っちゃだめですよ?」


「わかりました。『クリエイトウォーター』……!?」


「水が出ていますわ!?」


『ふむ、成功じゃの』


「1回で壊れないですみましたね」


『昔は1回で壊れておったからのう』


 僕たちはのんきに会話をしていますが、ニーベちゃんとハヅキさんはそれどころではないようです。


 桶に入った水を見て、ふたりで目を白黒させています。


「……まあ、僕の知っている付与術はこういう感じです。宝石の中に魔法文字や魔法式を組み込み、あとから魔力とキーワードで組み込んだ魔法を発動させる。そういうものが作れるようになります。これが初歩的な技術のひとつです」


「つまり、これ意外もあるのですか?」


「はい。属性魔力だけを宝石に組み込み、更にそれを魔導具化した武器と組み合わせることで擬似的な魔法武器を作ることができます。武器の方にも複雑な魔法式を組み込む必要がある上に、属性宝石の出力に耐えられる素材を用いる必要があるので、廉価にはなりませんが」


「な……それは革命的なことですわよ!? 擬似的であるにしろ魔法武器が作れるだなんて……」


「僕の故郷でも研究段階……というか僕と師匠で研究していた段階で僕が抜けてしまったのですがね」


「それにしても素晴らしいです! このことを主人に報告してもよろしいですか?」


「構いません。生産しても高コストですし、対人兵器には向きませんので」


「かしこまりました。ああ、早く主人が帰ってこないかしら……」


 ハヅキさんもいろいろと考えることがあって忙しそうです。


 さて、ニーベちゃんはどういう結論を出すでしょうか?


「先生! 私、先生のやり方を学びたいです!」


「それはどうしてですか?」


「魔石に魔法を定着させるやり方はいつでも学べます。でも、先生のやり方は先生がいる間しか学べません! なので、先生の技術を覚えたいです!」


 なるほど、しっかり考えていますね。


 というか、ニーベちゃんは体格がかなり小さいので年下に見えますが、実年齢は11歳で僕たちと2歳しか変わらないんですよね……。


「わかりました。それでは僕の技術を教えましょう。まずは付与術を覚えるところから始めなければいけませんね」


「はい。お手数をおかけします」


「いえいえ、教えるのは僕も初めてなのでお互い様です。……まずは水晶に『ライト』の魔法を込めることから始めましょう」


「はい! どうやればいいのでしょうか?」


「まずは僕がお手本を見せます。それを見ていてください」


「わかりました!」


 僕は久しぶりに付与板を取り出して設置します。


 リーベちゃんはもちろん、ハヅキさんも初めて見たようで興味深げにしていますね。


「これが付与板ですか?」


「はい。この板は純ミスリル製。付与術をかけやすくする魔導式が何重にも組み込まれています」


「私でも初めて見ますわ……。これはどこで?」


「今持ち歩いているものは師匠が作ってくれたものです。本来でしたら、僕がニーベちゃんに作ってあげられればよかったのですが……」


『まだスヴェインには難しいのう。全属性の魔導式を折り重ねるようにミスリルに書き込まねばならぬ。スヴェインが本気で付与魔術を訓練して、あと半年から一年はかかるわ』


「あれ、その程度で作れますか?」


『お主、職業補正を舐めすぎじゃ』


「では、ニーベちゃんの付与板は僕が作れるように頑張りましょう。おそらくコウさんが手配をかけても簡単には手に入らないでしょうし、余ったら余ったで使い道はあるはずです」


『それがよい。さあ、早くお手本を見せてやれ』


「ですね。付与板の両端にある枠の中に手を置いて……『付与術:ライト』」


 付与板を通して魔力が水晶へと流れ込み、水晶の中に魔法文字が刻まれていきます。


 魔法文字が刻み終わったら魔力を流すのを止めて付与終了ですね。


「とまあ、こんな感じになります。かなりゆっくりやったとは思うのですが……流れはわかりましたか?」


「ええと……魔力が流れ込んで、水晶の中に魔法文字が刻み込まれていきました。それで、ライトに必要な魔法文字が刻み終わったら魔力を流すのをやめました」


「正解です。この付与術は魔法文字を宝石に刻み込むのが第一目標ですが、刻み終わった段階で魔力を止めるのが一番大事です。刻み込み終わったのに魔力を流し込み続けると宝石が砕け散ります」


「そうなんですね……」


「はい。それから、文字を刻む途中で魔力を流すのを止めてもいけません。一度流すのをやめてしまうと途中から書き直しはできないのです。そうなったら、その宝石は破棄した方が安全ですね」


「同じ宝石に書き込もうとした場合、どうなるのでしょう?」


「その場合も魔力を注ぎすぎたときと同じように砕け散ることが多いです。宝石の魔法容量が多ければ上書きできることもありますが、耐久性が落ちるのでやめた方がいいですね」


「わかりました。早速ですが試してみてもいいですか?」


「ええ。っと、その前に、これをかけてください」


「これは……メガネ?」


「付与術は失敗がつきものです。一番怪我をしやすいのは手先ですが、砕け散った破片が目に入ると危ないですからね。今日は僕のお古で申し訳ないのですがこれを使ってください」


「先生の……わかりました!」


「では始めましょう。やり方は先ほど見せたとおりです」


「はい。では……『付与術:ライト』!」


 ニーベちゃんは勢いよく付与術を使おうとしました。


 これは失敗しますね。


 多少怪我をするかも知れませんが、すぐ治すので我慢してもらいましょう。


「……あれ、水晶が揺れて……きゃっ!」


 パキャン! と軽快な音を立てて水晶が破裂しました。


 はじけ飛んだ破片で、ニーベちゃんの指や手の甲に切り傷がつきましたが……それは気にしていないようです。


「先生、いまのはなにが悪かったのでしょう?」


「まずは手の治療をします。『ライトヒール』」


「あ……ありがとうございます」


 先ほどの桶に張った水でハンカチを濡らし、かすかについていた血も拭き取ってあげます。


 さて、悪かったところの指摘といきましょう。


「悪かったところですが、緊張しすぎていきなり魔力を注ぎすぎましたね。ライトの魔法は、それほど大量の魔力を必要としないものです。いま使っている水晶も魔力容量はかなり少ないので、簡単に割れてしまったわけです」


「なるほど……では、ゆっくり慎重に魔力を流せばいいのですか?」


「最初はそれで大丈夫です。高度なものになると一気に手早く、などもありますが、中級魔法まではゆっくり時間をかけてやっても問題ありません。確実に宝石の中へと魔法文字が刻み込まれるのを確認しながら行いましょう」


「はい。ゆっくりですね、わかりました」


「では、次の水晶を置きます。今度は落ち着いて行うのですよ?」


「はい。『付与術:ライト』」


 今度はゆっくり確実に魔力を流し込んでいっていますね。


 魔法文字も着実に刻み込まれていっています。


 ……ああ、でも魔力が途切れてしまいました。


 あと一文字刻み込めれば成功だっただけに惜しいです。


「……失敗、ですね」


「わかりますか?」


「魔法文字は勉強しています。ライトの魔法の文字が一文字足りません……」


「それがわかれば上出来です。あとはひたすら練習して魔法文字をすべて刻めるようになりましょう」


「はい!」


「では、次の水晶を置きます。ただし、付与術は思っているよりも魔力を多く消費します。気持ち悪くなったらすぐに言うんですよ。今日はそこで終了ですからね」


「わかりました。では始めます!」


 そのあとはひたすら反復練習です。


 初めてライトの魔宝石が作れたのは18個目。


 神眼でスキルを確認させてもらいましたが、すでに付与術スキルはレベル2になっていました。


 初めて成功してからもライトの魔宝石を作り続け、全部で40個ちょっとの水晶を消費した時点で魔力切れを起こしました。


 破裂させた水晶は最初の1個だけ、あとの失敗は中途半端になったものだけです。


 成功した数は6個ですが初日としては非常に優秀だと思います。


 僕のときは2個しか成功しませんでしたからね。

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