395.『サブマスター補佐筆頭』兼『次期サブマスター候補筆頭』
「私の補佐役を務めさせていた者たちですがひとりを除いて解任しました。遂に私の指示についてくることができなくなり始めましたので」
補佐役を解任。
また思い切った事をしましたね。
事務方の権限はすべて彼女持ちなので口を挟みませんが。
「わかりました。業務に支障は?」
「私がいる限りは出ません。私がいない日は……それなりに滞るかと」
「運営全体に影響は出ないんですね?」
「一週間程度なら出ないところまでは仕込みました。正直、私がサブマスターになりたての頃よりも業務能力は高いです」
「あの頃はまだ錬金術師ギルドもそこまで忙しくなかったですからね」
「はい。おかげさまで私自身が鍛えられる時間もあったのは本当に幸運でした。さて、その残りのひとりですがギルド内での役職名は『サブマスター補佐筆頭』、実質的な立ち位置は『次期サブマスター候補筆頭』です。問題はありますか?」
「事務方はミライさんがすべて取り仕切っています。僕に最終決定権はありますが、ミライさんがいいと決めたのでしたら問題ありません」
「了解です……始業時間ですね。まずは彼女にあいさつをさせたいと思います。連れてきてよろしいでしょうか」
「構いません。あなたが認めた補佐筆頭。僕も顔を覚えなくては」
「では呼んで参ります。少々お待ちを」
ミライさんはギルドマスタールームを出て行き、少し経ってからひとりの女性を連れて戻ってきました。
ガチガチに緊張していますが……この女性の顔立ち、どこかで見覚えが。
「スヴェイン様。彼女が今日から任命する私の補佐筆頭、アシャリです」
「アシャリと申します。ギルドマスター様、これからよろしくお願いいたします」
「ええ。今は緊張しても仕方がありませんが少しずつ慣らしていってください。いろいろあなたには命令がありますが……その前に、あなたとどこかで会ったことありませんでしたか?」
「はい。私は数回しかありませんが、息子と娘がお世話になっております」
息子と娘……まさか。
「アーヴィン君とミリアちゃんのお母さんでしたか」
「はい。子供たちに錬金術を教えていただき、私まで引き上げていただけるとは光栄の極みです」
「アーヴィン君とミリアちゃんに錬金術を教えているのは家の使用人、リリスが好きでやっていることです。彼女も子供たちが頑張っているからこそ教えているのでしょうし、あなたが今ここに立っているのもあなたの努力の成果です。それは忘れないよう、そして、はき違えないように」
「はい。ありがとうございます」
「さて、ここからはプライベートではなく仕事の話です。明日からは朝の業務報告にあなたも顔を出してください。定例報告だけの日は漏れても問題ない話しかしません。ですが、僕が結界を張るかミライさんがカーバンクルに頼んで結界を張る日は重要な秘匿事項が含まれます。あなたにはそれも聞いてもらうことになります」
「はい」
「もちろん、それを他人に漏らせば厳罰。一回でギルド追放です。いいですね?」
「承知いたしました」
「それからミライさんが僕に報告や相談に来るときもできる範囲で一緒に来るように。あなたの役職は『サブマスター補佐筆頭』ですが実体は違います。実際には『次期サブマスター候補筆頭』です。これからは重要な書類などに触れる機会も増やしていきますし、ギルド評議会の承認が得られればギルド評議会へも出席してもらいます。いいですね?」
「あ、あの。私にそんな重責が務まるのでしょうか?」
「務まるかどうかではありません。務めるのです。ミライさん、彼女に覚悟は問いましたよね?」
「ここに来る前にしかと。私の代わりを務める覚悟があるかを聞いてきました」
「では問題ありませんね。あなたには既に退路がありません。今この場でギルドを辞するか次期サブマスターの重責を背負うか、あらためて考えなさい」
彼女は少しだけ考えてから、多少青ざめた顔で答えました。
「その重責、背負わせていただきます。私のような未熟者でよければ、ですが」
「誰だって最初は未熟者ですよ」
「そうです。私なんて一介の事務員からいきなりサブマスターに引っこ抜かれたんです。それを考えれば、研修期間があるだけあなたは楽ですよ」
「その節は失礼しました」
「本当にそう思っていますか?」
「いえ、まったく」
「このギルドマスター、本当に反省していない」
「あ、あの。おふたりが夫婦なのは存じていますが、ギルド内でそういう……」
「ああ、この程度のやりとりは結婚前どころかわりと始めの頃からです」
「そうですね。これでも公私のわきまえをつけてこういう態度です。普段は」
「え、あの?」
「なのでアシャリさんも礼節を守っていただければ気楽に接してください。規律を守るべき時は守っていただきますが」
「は、はい。努力いたします……」
彼女の緊張も大分ほぐれてきましたね。
まあ、だんだん慣れていただきましょう。
「さて、早速で悪いのですが最初の重要事項を伝達します」
僕は結界の上にカーバンクルのプレーリーの結界も重ねました。
それを確認したミライさんはココナッツの結界も重ねます。
「え、あの」
「まあ、気楽にして聞いてください。一週間以内にはギルド評議会にかけ、来週にでも始めるのでたいした秘密でもありません」
「……ココナッツにも結界を重ねさせましたが必要ありませんでしたか?」
「実を言うとアシャリさんに慣れてもらうために多重結界を張りました。僕たちの切り替えの速さにも慣れていただかないと」
「道は険しそうです。それで、結界を張ってまでサブマスターとその候補に伝えたかった内容は?」
「はい。大々的に薬草栽培を始めようと考えています。土地は既に第二街壁と第三街壁の間で確保してありますのでなんの問題もありません。シュミットの講師や第二位錬金術師もいますのでなんとかなるでしょう」
「本当ですかあ? 第一支部を建てた時みたいな混乱はいやですよ?」
「まあ、いきなり大規模には始めません。僕だって第一支部を建てた時に懲りました。組織運営って難しいですね」
「本当にそっち方面も勉強していただけませんか? 弟子の育成の片手間でいいので」
「……本気で考えます。第三支部を考えなくてはいけませんので」
「本当です。箱はすぐに作れるでしょうが人はすぐに育たないんですよ?」
「猛省しています。ともかく、薬草栽培を小規模からでいいので開始します。内容が内容なのでギルド評議会にも一応話を通します。許可が下りればアシャリさんのギルド評議会デビューでもあります。発言する機会はないでしょうが、この国における最高機関の空気に触れてください」
「は、はい!」
さて、シュベルトマン侯爵とも約束をした時期です。
大々的に薬草栽培のお披露目といきましょう。
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