168.冒険者ギルドでの交渉
第一回目の錬金術講習会も無事終わり、ティショウさん、いえ冒険者ギルドマスターからは正式にシュミット公国との技術協力の申し込みがありました。
それを聞いたシャルは早速とばかりに僕とアリアを巻き込み、意気揚々と冒険者ギルドへ向かったのです。
手土産とばかりに昨日生産したハイポーションを持って。
「昨日ぶりだなスヴェイン。っていうか、お前、保護者かよ?」
「スヴェイン様、昨日は派手に講義をなさったみたいで……」
「おはようございます、ティショウさん、ミストさん。そして、昨日程度では派手な講義とは言えません。時間と手間をかければもっと濃密な講義をできるのですが……」
「弟子の育成に差し障るんだろう?」
「はい。なのでやれません。……そう考えると、錬金術師ギルドとしてもシュミット公国から人材派遣をお願いしてもいい気がしてきました」
僕としては自分で動くのがめんどくさい、と言うか効率が悪い気がしてならないんですよ。
この際ですし、他人に任せられる部分は任せてしまった方がいい気がします。
「いい気がしてきました、ではありません、お兄様。お兄様以上の講義ができる方などセティ様くらいだけです。そして、セティ様はお金では動かないので不可能です」
「ですよねぇ。最新のシュミット公国式を見たかったのですが」
「お兄様にでしたら安く教本をお譲りしますよ?」
「おいくらくらいですか?」
「金貨五十枚でいかがでしょう?」
「……シャル」
本当に他人のことは言えないのですがシャルの金銭感覚が心配になってきました。
国が一大事業として考えている内容をそんな安い金額で渡さないでください!
「言っておきますが、お兄様だからこその特別価格ですよ?」
「本当ですか?」
「もっと正確に言いましょう。シュミット公国には本来お兄様が受け取らねばならないお金が白金貨で千枚以上あります。それを今持ち出されると国内の経済事情が停滞しますので代替手段を選んだまでです」
「……はて、そのようなお金、どこから出てきたのでしょう?」
「お兄様は本当にお金に無頓着ですね。グッドリッジ王国に特級品のポーションとマジックポーションを販売していた頃のお金です。ああ、シュミット公国の取り分はきちんと引かせていただいてありますのでご心配なく」
「スヴェイン、お前昔からザルか」
「……六歳の頃からでしたので、お金とか考えてなかったのですよ」
そういえば国元を脱出する際にお金をいただきましたが、一部と言われましたね。
全体の金額がどうなっているのか知ろうともしていませんでした。
「さて、お兄様の金銭感覚がおかしいのはご理解いただけたようです。こちらはこちらの交渉に移りましょう」
「……公太女様の兄貴は金銭感覚がおかしいのは思い知らされてるよ」
「……まったくです。持ち歩くだけで心臓に悪い装備を作っていただくなんて」
「……失礼ですが、鑑定してもよろしいですか?」
「できるならしてくれ。で、お前からも兄貴になにか言ってやってくれ」
「神眼はレベル40まで鍛えていますのでご心配なく。……お兄様、加減を覚えましょう」
「……それでも本気ではないのですよ?」
「上位竜をひとりで倒せるレベルの武器を作っておきながら、本気ではないですまされるとでも?」
「……アリアも止めませんでしたし」
「アリアお姉様……」
「その程度の武器でしたら私たちの脅威になりえませんもの」
「そういう問題では……」
「なあ、公太女様。このコンビを止める方法を知らないか?」
「申し訳ありません。私たちと離れていた三年あまりの間に常識を欠如してしまったようですので無理です」
「そっか。そうだよな。うん、わかってはいたんだよ」
「……非常識さと天然さ、それに桁外れの技術が結集するとこうなるのですね」
酷い言われようです。
ですが、事実ですので反論もできません。
「本当にお兄様の話はあとにいたしましょう。それで、コンソールの冒険者ギルドとしてはどの程度の指導をお望みで?」
「そうだな。スヴェインは誰の仕込みだ?」
「お兄様ですが、魔法は基本セティ様と聖獣様の仕込みですので再現不可能です。剣術も基本お父様ですが、一部の剣術スキルや魔術スキルは冒険者の方々からご教授されたものもあります」
「ふむ、スヴェインを仕込んだ冒険者か。興味があるな」
「そうですわね。その方々のランクは?」
「Bランクでした。今はシュミット公国の専属冒険者……と言いますか冒険者講師になっていますので、冒険者ギルドの資格は停止していただかせております」
「ってことは腕も悪くないか」
「ですわね。その方々を派遣していただく事は可能ですか?」
「うーん、即決いたしかねます。我が国としても上位の講師になるため、国外に出していいものかお父様に確認を取らねばなりません」
「そうか。じゃあ、今は仕方がねぇか。即決できる範囲でならどんな講師を用意できる?」
「そうですね……まず大前提として各種スキル専属の講師は一通り揃っています。我が国では自分の戦法にあったスキルの講師に学んだあと、別のスキルを磨くか特殊技能を磨くかの選択となります」
「特殊技能ってのは?」
「採取に関する知識、応急手当に関する知識、野営に関する知識などなど命を繋ぐための技能を教える講師となります」
単純なのですが一番大切なのですよね、そういう知識って。
僕も幼い頃から学ばされました。
「……それはとても貴重ですわね」
「俺もそう考える。だが、それを今の冒険者どもが理解できるか?」
「……ああ、そうでしたわね。ついスヴェイン様たちと話しているため忘れていました」
「悩ましいな。トップとしては特殊技能の講師が一番ほしい。だが……」
「現場の冒険者たちがそれの必要性を理解できるか、ですわね」
「一応、Cランク上位以上の冒険者たちを教官としていますので腕っ節は強いですよ? なんなら力尽くで言うことを聞かせることもできます」
「うん、スヴェインの妹だわ」
「考え方が大変似ていますわ」
「兄妹であるというよりも、シュミット家が武家よりだからですね」
確かにそうです。
僕も昔からそれが普通だと感じていましたが、それが通用するのは冒険者たちの間でだけですよね。
「うーむ、困ったぞ。俺らの意見と現場の望みがまったくもって一致しなさそうだ」
「そうですわね。どうしたものでしょうか」
さて、こればかりは僕も口を挟めません。
現在のシュミット公国がどうなっているかあまり詳しくありませんし、僕はシュミットから外れていますからね。
アリアと一緒にお茶でも飲みながら結果が出るのを待ちましょうか。
「……お兄様の意見はないのですか?」
「シャル、そこで僕に振りますか?」
「そうだな。スヴェインの意見も聞きたい。お前ならどうしたい?」
「あのですね。僕は元シュミットですよ? 公平な立場でものを言えるとは限りませんからね?」
「それも織り込み済みで意見を聞いてんだよ。で、お前ならどうしたい?」
僕の意見ですか……。
僕でしたら……。
「まずは技能全般を教えてもらえる講師から学び始めます。誰であっても得意不得意を最初からわかっているわけではありません。自分の好みと本来適した戦い方があっているかもわかりませんから」
「なるほど。確かにそれはそうだ」
「その上で実力をある程度つけてから特殊技能です。自分の才能のなさを思い知れば自然と生き残るための知恵を欲します。更に上を目指すのであれば、自分の戦術にあった講師ですかね」
「……わかりやすいですわね。さすがシュミット」
「考えられてんなぁ。お前もそのパターンで教えられたのか?」
「どうでしょう? 幼い頃から父に剣術を教えられ、ときには野山で生き残るための訓練を受けてきました。なので、このあたりの知識は前提として持っていましたね」
「……厳しいな、おい」
「シュミット家では普通でした」
「妹もかよ」
「と言うことは『賢者』なのに剣術もお使いに?」
「はい。剣術スキルもある程度は」
「……よし、決めた! スヴェインの言ったことをまずは参考にする!」
「それしかありませんね。その上で冒険者の意識改革が進めばなお良し、と言ったところでしょうか」
「公太女様、一般技能全般と特殊技能の講師、これを……一般技能は三人ほど、特殊技能はひとり雇いたい。一年でいくらになる?」
「そうですね。私の権限ですぐに許可できる範囲の講師陣でしたら一般技能の方々はひとりあたり一年で白金貨二百枚、特殊技能の講師は一年白金貨五百枚でいかがでしょう?」
「……ふむ、妥当だな」
「スヴェイン様のような値付けでなくて助かります」
残念ながらまったく反論できません。
とりあえず、シャルの金銭感覚がまともで良かったとだけ言いましょう。
「それじゃあ、決まりだな。契約書はすぐに作成する。それで、講師たちを連れてくるのに何日くらいかかる?」
「ええと……お兄様にお手伝いいただければ講師の都合がつき次第、その日のうちにでしょうか」
「……スヴェイン、お前、最速の移動手段はなんだ?」
「聖獣を使っていることはもう知れ渡っているのです。この際、教えてくださいな?」
「……エンシェントホーリードラゴンです」
「
「間違っても街から見える範囲に連れて来ないでくださいね?」
「承知しています」
最後に秘密を暴露する羽目にはなりましたが、契約は無事締結されました。
講師の依頼はサンダーバードのライウに頼み、シュミット公国まで伝えてもらいます。
返事が来たのは五時間後、三日後からなら動けるそうですよ。
フットワークが軽いですね、本当に。
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