167.シュミット式の講義 その後

 受講生の皆さんにお帰りいただき、大講堂は静かに……なりませんでした。


「ギルドマスター!? なにを言い出してくれちゃってるんですかぁ!?」


「そうですよ! いくらギルドに入ってくるお金が増えたと言ってもそこまで潤沢な予算は捻出できません!」


「それに今回だけであの人数ですよ!? 次回以降も考えるとどうなるのかわかりません!」


 あはは……。


 ミライさんを始めとした事務方の皆さんには心配をおかけしています。


 精鋭の皆さんは楽しそうに眺めているだけですが。


「失礼いたしました。つい、相談もなく発表してしまい」


「つい、ですまされる問題じゃありません! 本当にどうしてくれるんですかぁ!?」


 ミライさん、完全に涙目です。


 しっかり説明しなければいけませんね。


「ええと、まず大前提として。今、冒険者ギルドでは大量のユニコーン印のポーションとペガサス印のマジックポーションが販売されているのはご存じですよね?」


「知らない人間はいませんよ!? 元を正せばあれのおかげで錬金術師ギルドのポーションが……」


「すみません。あのポーション、


「……は?」


「もう一度聞きますか?」


「いえ、ちょっと待ってください。ユニコーンやペガサスのポーションって週に数万本販売されていますよね?」


「そうですね。ひとりあたり一日の販売本数に制限をかけていただいていますが」


「……あれをたったおひとりで?」


「はい。瓶詰めはアリアにも手伝っていただいていますが、錬金術で作製しているのは僕ひとりです」


 帰ってきたのは困惑、そして僕ならできるだろうという確信でした。


「スヴェインギルドマスター? そのポーション販売、ギルドを仲介していただけませんか?」


「お断りします。ユニコーンとペガサスは。僕が錬金術師ギルドのギルドマスターになったからと言って販売経路を変えるつもりはありません」


「……正論なだけに反論できない」


「それから僕が口にした野望ですが、これらについては僕の私財を投入するつもりでいます。不本意ながらこの街についたあとからもお金は貯まり続けて、白金貨千枚以上をこの街から巻き上げてしまいました。これらをこの街へ還元するためにも、僕の野望に使う費用は私財を投入する覚悟です」


「ですが……」


「ハッハッハ! 諦めな、ミライの嬢ちゃんに錬金術師ギルドの事務員どもよお」


 ティショウさんを皮切りに、ローブで身を隠していたギルドマスターたちが次々と姿を現し始めました。


 ……そういえば事務員の方々はギルドマスターの皆さんがいらしていることを知っていましたっけ?


「ティショウ冒険者ギルドマスター……簡単に言いますが」


「まず第一にスヴェイン錬金術師ギルドマスターの起こした種火。これは爆発的な勢いで広まっていくぜ?」


「ですよね……」


「次にスヴェイン錬金術師ギルドマスターの考えだ。こいつに言わせれば、そもそも錬金術師ギルドの門を叩くのが十五歳からっていうのが遅すぎるらしい。最低でも星霊の儀式で職業が決定した十歳には仕込み始めたいそうだし、可能なら交霊の儀式が終わった五歳から教育したいってのが望みだよ」


「そんなこと叶うはずが……」


「更に問題なのはお前らと俺ら、冒険者ギルドの関係だ。今はスヴェイン個人でユニコーンとペガサスを作っているから無理な発注をしていない。だが、スヴェインがいなくなった場合、代わりにお前らがポーションを作って俺たちに渡せるのか?」


「……」


「ほれみろ、答えられない。よっぽどスヴェイン錬金術師ギルドマスターの方が錬金術師ギルドの未来を考えてやがるんだよ」


「褒め殺しですか? ティショウ冒険者ギルドマスター」


「率直な意見を述べたまでだ。そして、見事なお手並みだったぜ。スヴェイン錬金術師ギルドマスター」


「あの程度でしたら手が空いたときに何回でもこなしてみせましょう」


「だろうな。あまりにも手際が良すぎる。こんなのたいしたことじゃないってことだろう?」


「そうですね。もう一段階上……蒸留水を使った魔力水の作り方を講義する場合は三百名から三百五十名程度が限度ですし、それにも数日を要すると考えています」


「一段階上ですらその程度の時間しかかからないのかよ! おう、そこの錬金術師ども! お前らは蒸留水を使った魔力水の指導、できるか!?」


 ティショウさんは手伝いに来ていていた錬金術師たち……つまり精鋭たちに声をかけます。


 ティショウさんのことです、彼らが最精鋭だとわかってて声をかけたのでしょう。


「はい! 実際にやったことがないので練習からになりますが二週間程度でものにしてみせます!」


「クックック。本当に今の錬金術師ギルドはおもしれぇ! たった半年足らずでここまで意識を、技術を変えちまうとはな!」


「皆さんの熱意があってこそですよ。実際、熱意がない方々はいまだにマジックポーションすら満足にできやしない」


「今日の講習会に来ていた連中がギルドに入ればあいつらの居場所はマジでなくなっちまうなぁ、おい!」


「追い出す真似はしたくないのですが……本人たちがやる気を見せないのであれば」


「それも含めて自己責任ってもんだ! 冒険者ギルドだったら一日で死んでるぜ?」


「覚悟が足りないのですよ。冒険者だろうが錬金術師だろうが、命をかけられないのでは意味がない」


「そこまでの覚悟が決まっているのはお前くらいだろう? だが、その気迫は見倣ってもらいたいもんだ!」


 気迫、ですか。


 うーん、そこまでのものでしょうかね?


 ニーベちゃんやエリナちゃんは当たり前のように備わっているのですが。


「……さて、ギルド評議会の爺ども。これがだとさ」


 ティショウさんがギルドマスターたちに声をかけますが、完全に無反応です。


 はぁ、ギルドマスターですらそこまでですか。


 まったくもって情けない。


「ったく、あれだけのものを魅せられてなにも言い返せないってか? 本当に古くさい考えに染まっちまってたな、俺たちはよ!」


 薬も飲み過ぎれば毒になりますが、これは毒になってしまいましたかね。


 この程度で毒になってしまうのでしたら、本当にそれまでなのですが。


「……ここまで言われても無反応かよ。本当に情けねぇ。スヴェイン、俺個人……いや冒険者ギルドマスターとして公太女様に話をしたい。取り次いでもらうことは可能か?」


「大丈夫でしょう。シャルもこの一週間はなにもできずに暇を持て余して僕の弟子と混じり、錬金術や魔法の訓練をしているほどでしたから。お呼びがかかったとわかれば喜んで行くでしょう」


「それならありがたい。冒険者ギルドマスターとして冒険者の指導教官をシュミット公国から派遣してもらえるようにお願いするつもりだ」


「冒険者ギルドマスター!?」


「ああん!? 俺たちはまさに最前線でモンスターどもと戦い、命張ってんだよ! 自分たち以外の国で優れた指導力があるなら、金を払ってでもお願いするのが筋ってもんよ!」


「ありがたい評価ですね。シャルも喜んでくれるでしょう」


「だといいけどな。あの公太女様は交渉ごとにはシビアそうで怖い。……お前みたいにザルでないことを信じる」


「……貴族教育をしっかり受けていますので大丈夫ですよ、きっと」


 大丈夫ですよね?


 僕が人のことを言えたものじゃありませんが、師匠も世俗には疎いですし心配です。


「で、どうするよ、爺ども。俺はお前らの意見に関係なくシュミット公国から技術協力を受ける道を選んだ。錬金術師ギルドはスヴェインがいるから放っておいても改革は進む。お前らはどうする?」


 さて、ジェラルドさんを始めとしたギルドマスターの皆さんはどう回答するでしょうか。


 彼らの真価が問われる場面でもありますね。


「……すまぬ。冒険者ギルドマスター、錬金術師ギルドマスター。そなたたちふたりを除いた状態で明日ギルド評議会を開催したい。その結果を持ってあらためて全ギルド参加のギルド評議会を開催する」


「……まあ、最低線ってところだな。スヴェイン錬金術師ギルドマスター、お前の評価は?」


「新参者の僕が口にすることではありませんよ。僕は僕で淡々と自分のギルドを運営して行くだけです」


「スヴェインと先に出会っていて本当に運が良かったぜ。それじゃあ、スヴェイン。ローブは返す。公太女様の件、よろしく頼むぜ」


「はい。近いうちに向かわせるようにします」


「おう。じゃあな」


「……我々も失礼する。今日は有意義な時間をありがとう」


「本当に有意義だったかどうかは各個人でしっかりと考えてください。ローブは確かにお預かりしました」


「うむ。それでは、また後日」


 大講堂から去って行くギルドマスターたちの足取りは一様に重たいものですね。


 最新式のシュミット公国流は僕も教えてもらいたいのですが。


 そして、ギルド職員たちからはほかのギルドマスターたちがいたことをなぜ教えてくれなかったのかと責められました。


 こればっかりは、僕が全面的に悪いですね、はい。

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