『カーバンクル』の小さな旅路

358.エリナの帰郷

 エレオノーラさんが正式な内弟子になってから少しだけ時間が流れました。


 今日もボクたちは薬草畑の管理と朝の修行を終え、リリスさんのおいしい朝ご飯をいただきました……が。


「ふにゃぁ……」


 どうしたんでしょう?


 ボクたちが朝食を食べる前、と言うか皆でリビングに集まってからユイさんがずっとだらしがない……いえ、蕩けきった顔をしています。


 それは朝食を食べ終わった今でもそうで、少ししゃきっとしたかと思えば先生の顔を見てまた蕩けきり、また復活したかと思えば今度はブレスレットを見て蕩ける。


 朝食後はずっとこの調子です。


 アリア先生たちの目つきも段々鋭くなってきていますし……これって?


「ユイ、正直にお答えなさい。あなたしましたね?」


 


 ああ、そういうこと。


「ごめんなさい、アリアさまぁ。でも昨日で添い寝期間最後だと思うと我慢の限界だったんですぅ。もちろん、避妊はこれでもかっていうくらい厳重にしました。それにスヴェインも初夜や二回目に比べるととっても激しくって……やっぱり我慢のしすぎは体に毒ですぅ」


「ユイ……」


「ユイさん……」


「抜け駆けは謝りますぅ。でも、これからは月に一度だけでもをもうけましょう? おふたりも我慢、していますよね?」


「うう……ユイ、あなたは悪魔の言葉が上手です」


「あうう……でも、万が一にでも授かり物をしたら業務が……」


「そのときは私もお手伝いしますからぁ。いいでしょ?」


「……アリア様、負けました」


「…………私もです。スヴェイン様」


「あなた方、せめて子供のいない場所で決めてください……」


「私は気にしてませんよ?」


「ボクもです。それに先生方だってなんだかんだ言ってもお若いのですし」


「そうですよ。あまりご無理はなさらずに」


「………………弟子の厚意が余計に私の恥ずかしさを増します」


「……アリア様はまだいいですよ? 私なんてギルド員でもあるんですからね? 絶対、明日にはギルド中に広まってますよ」


「私、他人に話すようなことしません」


「……エレオノーラさんは疑ってません。私の様子からばれるんです」


 うーん、先生たちの悩みも深刻です。


 ボクもニーベちゃんも先生たちの野望は知ってしまいましたし、エレオノーラさんに至っては熱心に誘われているのだとか。


 それを考えると、アリア先生はをしている余裕なんてないのはわかってしまいます。


 そして、そうなった場合、おふたりは野望なんて放り投げてお子様に全力の愛情を与えることも。


 ちょっとだけ悔しいかな。


「コホン、我が家の事情は弟子たちがいない場所で話しましょう。今日の各自の予定は決まってますね?」


「私は昨日の講習会の見直しです。ユイも手伝ってくれる?」


「もちろん。シャル様のドレスデザインも一段落ついたし、あとは仮縫いと本縫いだからね」


 エレオノーラさんとユイさんは子供向け講習会の見直しですか。


 聞く話によると、の講習会はまた少し人気が上がり始めていて、新規募集を一時止めるかどうか悩んでいるとミライさんがこぼしていたような……。


「ニーベちゃんとエリナちゃんの予定は決まっていますね」


「はいです」


「ボクのですよね」


 はい、遂にボクの里帰りが実行されることとなりました。


 商業ギルドに手紙は二週間前に託したので、もう着いているはずとのこと。


 それでも二年近くも顔を見せていなかった娘がいきなり帰ってきたことを考えると、かなり心配されるかも。


「ねえ、ニーベちゃん。本当に一緒に来るの?」


「はいです。エリナちゃんの頑張りを間近で見続けてきたのは私です。私の口からでも説明してあげないと。それに……」


「それに?」


「エリナちゃん不在の間、私だけ先生方の指導を受けるのも気がひけます」


 どっちが本音だか。


 多分どっちも本音なんだと感じるけど、こうしてライバルとして競争相手がいることは嬉しいな。


 これも二年前にはまったく考えられなかったことだけど。


「では、あなた方は一週間ぐらいおやすみですね」


「え!?」


「一週間もですか!?」


「はい。ヴィンドの街には『新生コンソール錬金術師ギルド』のギルドマスター直下錬金術師として出向いてもらいます。お手数をおかけしますが、僕が気軽に出歩けなくなってしまっている現状、ヴィンドの街で視察とかあいさつ回りとかそういうこともお願いしたいんですよ」


「なるほどです。では代行として頑張ってきます!」


「ええ。それにいくら育っているとは言え、エリナちゃんはまだ十三歳。里心がついてもおかしくない時期。さすがに、帰ってこなくなるのはいろいろと困ってしまいますが一週間や二週間くらいなら親に甘えても……」


「最長でも三日でお爺ちゃんの宿は離れます」


「無理はしなくてもいいのですよ?」


「無理なんてしていません。なんです。先生たちのご指導が三日も受けられないなんて」


 本当に三日でもつらいんです。


 さすがに日帰り、なんて言い出したら先生からげんこつを落とされるので絶対に口にはしませんが。


「わかりました。ただ、あいさつ回りの数もそれなりにあります。それを考えれば、最低でも五泊はのんびりしてきなさい。あまり使いたくありませんが、師匠命令です」


「……はい」


「あなたやニーベちゃんが努力家なのは誰が見ても認めることです。なので、たまにはゆっくり翼を休めてください」


「わかりました。その代わり帰ってきたら、絶対、絶対に負荷トレーニングですからね!?」


「私もなのです!!」


「……ユイ、あなたはふたりに余計な事を教えたことを猛省しなさい」


「ごめんなさい、スヴェイン」



********************



「うーん」


「どうしたの、ニーベちゃん」


 交易都市、じゃなかった『竜宝国家コンソール』からの出国手続きを済ませてヴィンドの街まで、長いようで短い空の旅。


 馬車で一週間前後かかる道程でもクリスタルたちに任せれば全力で三十分かからないと言われてしまったので、考える時間をもらうためにも三時間程度の速さで飛んでもらっています。


「いえ、私たちにもできるのかなって」


「ああ。そうだよね。そこはちょっと、ううん、かなり心配かな」


「はい。先生は口を酸っぱくして注意してくれていますが、街の外から来た命知らずは私たちがお金持ちだと知ると近づいてくるのです」


「それは全部聖獣たちが片付けてくれているけど……絶対先生方にも報告がいってるよね」


「きっとそうです。だからこその厳重注意です」


「ボクたちをボクたちとして見てくれる人かあ……そんな人現れてくれるといいんだけど、望み薄だよね」


「私たち有名人になり過ぎちゃいました」


「先生の弟子で、『カーバンクル』、聖獣をたくさん連れ歩いている。うん、目立つよね」


「今回の旅ではなるべく聖獣さんたちはになるように言われているらしいですが……」


「ボクたちに危険が迫ったら絶対に飛び出してくるよね」


「はい。それに見えないほどの上空にも……」


「あれって最上位のホーリードラゴンさんたちだよね。ずっと私たちと一緒に飛んでるってことはカイザーが派遣してくれた護衛かなぁ?」


「カイザーとは連絡を取ってみたのです。『我は知らん。聖竜どもが自発的にやっていること。邪魔なら追い返すが?』だそうですよ?」


「……見えない距離だし、街中に降りてこないならと言うことで」


「わかってくれたようなのです」


「帰郷するだけでも、大変になっちゃったね」


「先生の弟子だから仕方がないのです」


 うん、その通りだね。


 今回はギルドマスター直下特別錬金術師のお仕事もあるし、気合いを抜いてばかりはいられないけど。


 与えられたお役目はしっかりこなさなくちゃ。

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