377.『カーバンクル』の『試練の道』挑戦 『中級者向け』編
「エリシャさん、まだ『中級者向け』には挑まないのです?」
遂にしびれを切らしたニーベちゃんがエリシャさんを急かし始めました。
と言いますか、ボクも待ちきれなくなっています。
「あ、ああ。すまない。だが、今日はもう日暮れも近い。お試しということで皆で一緒に挑んで終わりにしよう」
「そうですか……次はいつ来ることができますか?」
「それについてもスヴェイン様から伝言を預かっている。これからは『中級者向け』までならいつでも挑んでいいそうだ。ただし、『半上級者向け』以上は私かスヴェイン様、アリア様の誰かが見て、問題ないと判断するまで出入り禁止とも言われている」
「ここで打ち止めなのです」
「そんなに『半上級者向け』って厳しいんですか?」
「軽く見積もっても、浅い部分で『試練の道』に慣れたBランク上位の冒険者が追い返されるレベルだ。冒険者講師でも不慣れなものはクリアできない。ふたりには先にもっと別の勉強をしてもらいたいのだろう」
「わかったのです」
「少し残念ですが『秘境』の恐ろしさを知ってしまった以上、無理はできません。日をあらためてひとりずつ『中級者向け』のクリアを目指します」
「そうしてもらえると助かる。ティショウ殿とミスト殿も一緒に来るか?」
「……そうさせてもらうか」
「『カーバンクル』おふたりの実力も拝見したしたいですし」
「追い返されたらそこまでだったと諦めてくれ。では入ろう」
「挑戦です!」
「ここはどれくらいの出迎えなのかな?」
「……元気だな、おい」
「私たち、何十回と追い出されているのですけどね?」
おふたりは少し疲れた様子ですが一緒に来てくれました。
入っていく順番はエリシャさんが先頭、次にティショウさんとミストさん、最後尾がボクとニーベちゃんです。
ティショウさんたちは『こう言うときは後ろが危ない』と教えてくれたのですが、エリシャさんは『『試練の道』では先頭から順に狙われやすい』と言ったためにこの順番となりました。
実際、一番狙われているのはエリシャさんですが、視線で威圧して聖獣たちを黙らせています。
ボクたちは襲われていますが、それぞれの武器でカバーしていますね。
「……本当にお前ら、『試練の道』を歩けるんだな」
「驚きましたわ」
「嘘は言わないのです」
「はい。聖獣たちからもらった贈り物は見せましたよね?」
「まあ、見たは見たんだが」
「信じられなかったもので……」
「信用されていないのです。あ、ティショウさん、右こめかみです」
「あ?」
ニーベちゃんの警告に対し、反射的に右腕の爪を掲げたティショウさん。
その爪を……。
「なんだ!?」
聖獣がぶつかり、激しい音を立てて飛び去っていきました。
「ちっこいの! 今のなんでわかった!?」
「聖獣さんの視線でわかるのです」
「はい。ミストさん、左脇腹」
「はいぃ!?」
今度はミストさんの杖になにかがぶつかって茂みの中に消え去ります。
段々、聖獣たちも遠慮がなくなってきましたね。
「今の! わかったのですか!?」
「はい。ミストさん、真上から来ます」
「ティショウさんは左足なのです」
「な!?」
「ちょ!?」
「はっと」
「やっ」
ティショウさんは上に跳んで躱し、ミストさんはしゃがみながら払いのけ、ニーベちゃんは左前方の木の上からの攻撃を、ボクは真後ろからの攻撃をはじき飛ばします。
本当に遠慮がないですよ。
「……こいつら」
「本当に見えてますわ」
「だから言ってるのです。……あ、聖獣さんたちが移動し始めました」
「ボクたちの進む先に集まり始めたね?」
「説明を頼む」
「聖獣さんたちが行く先の方に先回りし始めたのです」
「ボクたちの周りの視線もなくなりました」
「……エリシャ?」
「すべて事実だ。ここから先は聖獣たちも手加減しないぞ? 私の威圧でも止まってくれないだろうから心してかかってくれ」
「マジかよ」
「手加減されていたんですの?」
「聖獣たちのことだ。遊びたくなって、はしゃぎだしたのかも知れん。ニーベさんとエリナさんもこれ以上の注意を払うように」
「はいです!」
「気は抜きません!」
「……覚悟を決めるぞ、ミスト」
「冒険者ギルドのギルドマスターとサブマスターが冒険者ではない、それも子供に負けたなど屈辱どころの話ではないです」
「その意気だ。さあ、進もうか」
そこから先は本当に本気でかかってきたようです。
同時に複数方向から来ることもありますし、時間差で襲いかかってくることもありました。
エリシャさんは涼しい顔ですべて払いのけてましたが、ティショウさんやミストさんはぎりぎり、見逃しも多かったのでボクたちもできる範囲で襲いかかってくる方向などを教えます。
脱落者は出ないのですが、奥に進めば進むほど聖獣たちの攻撃も激しくなり進むのが難しくなっていきました。
それでもじわじわと進み続け空が少し赤くなってきた頃、ようやく森の切れ目へと到着です。
「ゴールです!」
「抜けられました!」
「終わった……のか?」
「もうこれ以上は……」
「ふむ。時間切れか」
「「「え?」」」
「いや、入る前に日暮れの話をしていただろう? それで日が暮れ始めたために森が途切れのだ。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「最後の方の聖獣たちの動き。あれは完全に『上級者向け』のものになっていた。殺意や敵意、害意こそ向けていなかったが、動きの鋭さは『中級者向け』のそれではなかったぞ」
「そうだったのですか……」
「残念です」
「いや、ちびっ子ども。『上級者向け』を抜けられたんだぞ?」
「そうですよ? もっと喜んでも……」
「でも、時間切れなのです」
「せめて時間切れ前に奥地までたどり着きたかったです」
本当に、本当に悔しい。
でも、あれが『上級者向け』の動きなら、ひとりでも『中級者向け』をクリアできそう。
「こいつら、本当に向上心の塊だな」
「まったくです。冒険者も……いえ、私たちも見習わないと」
『そうね。努力する姿は好きよ』
ティショウさんとミストさんの声に別の誰かが応えます。
すると足元から急に木が生え始め、ツタが絡まり、人の姿を形作りました。
全身が緑色。
髪も、肌も、服まで緑色です。
「あの、お姉さんは誰です?」
『私はドライアド。ここの森に棲まわせてもらっている精霊よ』
「精霊様でしたか。お騒がせしました」
『いいえ。あなた方の頑張りは見せていただいたわ。聖獣たちも『やり過ぎた』と反省しているみたい。許してあげてね?』
「許すもなにも、楽しかったのですよ?」
「はい。とてもいい経験になりました」
『そう。あの子たちも喜ぶわ。また遊びに来てあげてね。……そうそう。私からも記念品を』
ドライアド様は両手を差し出すと両手にようやく乗るサイズの大きな花を咲かせました。
そしてそれを一輪ずつ、ボクとニーベちゃんに手渡してくれます。
『それは『ドライアドの大輪』。食べれば大抵の病気は治るし、体力もつくわ。あとは魔力を流せばほんのりとだけど光ってくれるわよ?』
「このお花、枯れませんか?」
「食べるなんてもったいないことはしたくないです」
『枯れないわ。飾ってくれるのなら大切にしてね』
「はいです!」
「大切にします!」
『ありがとう、喜んでくれて。そちらの三人もいる?』
「私は必要ない。その子たちの案内をしてきただけだからな」
「俺ももらえねえ。子供たちに案内されて来た上に貴重品まで持ち帰ったら本気で失格だ……」
「同じくですわ。みっともない……」
『そう? あなた方もまた遊びに来てね? 今度は適切な態度で待っているって言ってるから』
「その『適切』が俺らには遠いんだよ」
「本気で取りかからないと、また威厳が……」
「また近いうちに遊びに来るのです!」
「はい! 今度は時間もたっぷり使えるようにして挑みます!!」
『皆楽しみにしてるって。それじゃあ、またね』
ドライアド様はそれだけ言い残すと地面の中に帰っていきました。
ボクとニーベちゃんはまたひとつ増えた贈り物を大切にマジックバッグにしまい込みます。
……少しの間だけ昼間の研究は中止してこっちに専念しようかな?
********************
「見てほしいのです、先生! 『中級者向け』クリアできました!!」
「一番奥には綺麗な額縁が! 魔力を流したら絵が浮かび上がりました!!」
「よかったですね。それは『四季彩の絵画』、魔力に反応して絵を浮かび上がらせる聖獣の道具です。放っておいても妖精たちが絵を変えてくれますし、気に入った絵があればそのまま変えることなく留め置くこともできますよ」
「いろいろ変わるならいろいろ楽しみたいのです!」
「そうだね! 早速お部屋に飾ってこよう!」
「はい! 先生、失礼します!」
「失礼します、先生!」
弟子たち二人はまた増えた『宝物』を大切にしまって、自分たちの部屋へと戻っていったみたいです。
しかし、それにしても。
「スヴェイン様、私があのふたりを『試練の道』に連れて行ってからまだ一週間です。さすがですね」
「ありがとうございました、エリシャさん。あなたのおかげであの子たちにも『宝物』が増えました」
「いえ、恐れ多い。それにしても、本国の教官でさえ苦戦する『中級者向け』。よくクリアできましたね?」
「あの子たちはそれだけ聖獣の視線や感覚に敏感だということです。だからこそ、上級コースは早すぎる」
「上級になると聖獣たちが殺意や敵意、害意をむき出しにして襲ってきますから。聖獣の気配に敏感ならなおさら厳しいでしょう」
「ええ。それにしても、『部屋に飾るものがほしい』ですか。無欲なような強欲なような」
「あの絵画、相当高いのですか?」
「『聖獣の作る道具』です。人間のお金では買えません。それに先週あの子たちが持ち帰った花瓶、あれには僕も本気で驚かされました」
「……やはり新造品でしたか」
「はい。【神眼】でも『名称未確定』、つまり名前がない。今まで世界になかったものということになります。まったく、物作り系の聖獣たちは手が早い上になにをするのかまったく読めない」
「それで、あの花瓶の名前は?」
「『妖精花の花瓶』と名付けられました。名称も確定。世界に認められた、あの子たちの宝物です」
「それは誉れ高い。いつか私も物作り系の聖獣たちに自分の剣を作っていただきたいものです」
「……今の話、聖獣に聞かれてますよ?」
「……まずかったでしょうか?」
「あなたが『秘境』以上をクリアしたときの報酬は確定です。聖獣の森なので木剣でしょうが、『魔境』産だとユイの作った神話服や僕の神具であるローブ以外でしたらなんでも切れるはず。間違ってもそれでカイザーと稽古などせぬように。コンソールは無事でしょうが、周囲一帯が消し飛びます」
「……失言でした」
「責任をとる覚悟があるなら早く『秘境』以上を踏破しなさい。その上で剣は必要なとき以外封印を」
「肝に銘じます」
まったく、物作り系の聖獣たちは手に負えません。
あの額縁だって鑑定結果は『四季彩の絵画』でしたが、きっとそれだけのものじゃないはずです。
はあ、『聖獣郷』もですがコンソールもいよいよ聖獣たちに毒されてきましたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます