541.シュベルトマン侯爵からの依頼

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは一話目です。

二話目は夜19時ごろ公開予定。

お楽しみに!


――――――――――――――――――――


 僕の主催している講習会、冬の二回目が終わった頃シュベルトマン侯爵がコンソールに来訪され錬金術師ギルドを訪ねてきました。


 ジェラルドさんとティショウさんを連れて。


 あまりいい予感がしません。


「久しぶりだな、スヴェイン殿」


「お久しぶりです、シュベルトマン侯爵」


「それにしても立派になったものだ。錬金術師ギルド本部は」


「ええ。移転時にいろいろゴタゴタはありましたが立派になりました」


「ゴタゴタ?」


「まあ、いろいろと。それでシュベルトマン侯爵がこちらを訪ねられてきた理由は例のシュミット公国までの陸路でしょうか?」


「ああ、いや、違う。それを作られてもしばらく使う予定が立たないのでな。いずれは、と考えているが今後十年先でも構わない」


「おや、ずいぶんと先の話になりましたね」


「現実的な状況を見るに陸路の開通は時期尚早だったのでな。シュミットでもロック鳥の契約者がアンドレイ様とシャルロット様のほかにも現れている。輸入するものに関してもかなり融通していただいているからな」


「それは喜ばしい事です。それで、本日は一体どのようなご用件で?」


「やはりスヴェイン殿もシュミットだ。前置きなどは苦手らしい。ひとつ目なのだが、〝シュミットの賢者〟セティ殿の本を一部でもいい、売ってはもらえぬか?」


 師匠の本ですか……。


 しかし、なぜシュベルトマン侯爵が〝シュミットの賢者〟をセティ師匠だと?


「実はここに来る前、シャルロット公太女様にも同じことをお願いしてきたのだ。そのとき教えていただいたのが〝シュミットの賢者〟がシャルロット公太女様やスヴェイン殿の師匠であるセティ殿であること。それから、スヴェイン殿がその著書をすべて一式いただいているという話なのだよ」


 シャルめ、余計な事を……。


 確かに去年の夏にエンチャント全集を渡したあと、しばらくしてからセティ師匠から『お礼にはまだまだ足りませんが、ひとまず僕の著書すべて持って行きなさい』と言われてすべてを押しつけられたんですよね。


 弟子のために買った本やユイのためにいただいて来た服飾学などはもらいませんでしたが、それ以外は本当に一式揃っていたようです。


 その中にあった『エンチャント属性全集』とか『魔宝石学』とかはありがたかったのですが、『料理学』とか『鍛冶学』とかはどう使えと……。


 僕の家族で意味のありそうな本は一通り写本として渡してありますが……本当になにを考えているのか。


「どうだろう? もちろん対価は払う。入門書だけでも構わぬのだ。〝シュミットの賢者〟とまで呼ばれる御方の知識、少しでも触れてみたい」


「うーん」


 さて、どうしたものか。


 シャルがそこまで教えているということは僕の判断に任せるということでしょう。


 そしてセティ師匠のことです。


 僕に渡した本の使い道は僕が決めなさいと言われます。


 非常に困りましたね。


「スヴェイン、お前ですらそんなに決めかねるのか?」


「はい。弟子たちやギルド員には気軽に見せている知識です。ですが、外に出していいものなのかと言われると悩みます」


「ちなみにどのような本があるのだ?」


「生産系ならすべて一式、入門編から上級編まで四冊ずつ。魔法も時空属性を除いて全属性入門編から上級編の四冊ずつ。そのほか、薬草学、植物学、魔物学、宝石学などなど。まあ、とにかくいろいろです」


「……何冊くらいある?」


「百冊は超えているんじゃないでしょうか? 僕も受け取ったときに数えるのを諦めましたから」


「君の師匠は何者かね?」


「僕でもよくわかりません。とにかく興味が移ろいやすく、興味が向けばとことんそれを突き詰める人です。ちなみに今のご趣味は人を育てることですね」


「よくわからんな」


「弟子の僕からしてもよくわかりません」


「それで、本は売ってもらえるのかな?」


「そこをどうするかなんですよ。コンソールにすら出していない。それどころか一部の講師にしか渡っていない本です。シュベルトマン侯爵と言えど渡していいものかどうか」


「ちなみに一部の講師とは?」


「服飾講師がユイからねだり取っていったそうです。全裸にひん剥かれてお尻を百叩きにされたあと何回か蹴り上げられたそうですが、それでも諦めなかったそうで仕方なく渡したと」


「それほどの価値が?」


「多分。僕が全冊揃えているなんて知られてしまえばほとんどの講師から詰め寄られます。僕が弟子のために買った錬金術関係の本しか持ってないと考えられているため、どの講師も錬金術だけ全冊揃っているのは仕方がないと諦めているだけで」


「そこまで言われるとなおさらほしくなるのだが……」


 うーむ。


 一冊でも渡してしまうとそこから講師同士のネットワークでばれるんですよね。


 セティ師匠も自分の本を売りに出すのは気まぐれで、運が良くないと買えないものなんですから。


「申し訳ありません、この件は保留で。うかつに取り扱うとシュミット講師陣の間で殴り合いが始まります」


「そ、そうか。ならば今は仕方があるまい。ちなみに、その本の一部だけでも読ませていただくことは可能かね?」


「なにがいいでしょう? 錬金術関係でしたらそちらの書架に収まってますし、それ以外の本も一応すべて写本にして持ち歩いています」


「剣術のような本は?」


「さすがに剣術はないような気がしますが……近接戦闘学ならありました。読んでみますか?」


「読ませていただこう」


「ではどうぞ」


 シュベルトマン侯爵が本を読み始め……段々ページをめくる速度が速くなり集中してきました。


 これ、放っておいたらすべて読み終えるまで止まらないのでは?


「おい、ビンセント?」


「はっ!? この本だけでも素晴らしいぞ!?」


「それは良かった。ですが冒険者講師に見つかると致命的なので貸し出しもできません」


「そうか……残念だ」


「そんなにすごいのか、ビンセント」


「あとでティショウも読んでみるといい。最初の方だけでもためになる」


「スヴェイン、あとで俺も読んでいいか?」


「スヴェイン殿、医療学はあるかね?」


「貸し出しはしないのでここで読んでいくだけなら。ただし、各講師陣には絶対に存在を知られないでください。特にエリシャさん」


「わかった」


 エリシャさんに見つかるとどうなることかわかりませんからね。


 彼女がこの本を読んで勉強したら試練の道の『魔境』だって踏破できるのではないのでしょうか。


「それで、シュベルトマン侯爵。本日の用件は師匠の本のことですか?」


「あ、ああ、いや。済まない、どちらかというとそちらの方がついでだったのが、ついはしゃいでしまった」


「本のことがついでですか? 本命はなんでしょう?」


「本命だがスヴェイン殿とアリア夫人ならばを建てられるな。そちらの工事をお願いしたい」


「街壁工事……シュベルトマンでもコンソールと同じ状況になりつつありますか」


「そうなる。既に領都の中は満杯でこれ以上人が住める状況ではない。だが、移住希望者は集まる一方で既に街壁の外でテント村ができてしまっている。街壁外に建物を建てるわけにもいかず歯がゆい思いをしているのだ。これから拡張工事をしても間に合わぬ。力添えを願えぬか?」


 街壁工事ですか。


 たいした手間ではないですし、拡張範囲だけ定めていただいてあるのであればすぐにでも取りかかれます。


 そうなると問題は……。


「ジェラルドさん。あなたが一緒ということはコンソールとしてなにか対価を要求する予定なのですね?」


「すまぬがその予定だ。無論、スヴェイン殿たちがそれで良いのであればだが」


「アリアにも聞いてみますが特にほしいものはないでしょう。コンソールとしてはなにを要求するおつもりで?」


「布製品や食料品などだ。とりあえず、今回のギルド支部開設にあたって募集人員を増やせるようにな」


「なるほど……」


 確かにコンソールとしては悪くない話でしょう。


 問題があるとすれば今後どうするかでしょうが、今は現在の問題をどうするかですね。


「僕はそれでかまいません。……あ、ピクシーバードも帰ってきましたね。アリアも僕の意見に賛同するそうです。僕におねだりはするそうですが」


「では引き受けてもらえるか」


「ええ。ですが、ジェラルドさん。今回だけじゃ一時しのぎですよ?」


「わかっている。早急に自給率を上げる手段を探そう」


「それで、シュベルトマン侯爵。拡張範囲は決まっていますか?」


「それも決まっている。戻り次第、拡張工事を始めていただきたい」


「戻りは僕がロック鳥を出しますので馬車やお付きの方々ごと運びます。一日でも急いだ方がよろしいでしょう?」


「うむ。何から何まですまないな」


「いえ。僕も不用意に何日も街を空けられない事情がありまして。出立は明日ですか?」


「ああ、明日でお願いする。それですまないがその本をもうしばらく読ませていただけるか?」


「あ、ビンセント!」


「はいはい。ティショウさんの分も今写本を作りますよ。それから、ジェラルドさんには医療学の本です」


「すまないな、拝見させてもらう」


 結局この日、三人はギルドの終業時間ぎりぎりまで本を読んでいきました。


 師匠の本の存在、講師陣にばれなきゃいいなあ。

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