97.冒険者ギルドの訓練場
「うわぁ、ここが冒険者ギルドの訓練場ですか?」
「ヴィンドの街では見たことがあるけど……この街はもっと大きいですね」
弟子ふたりは初めて見る訓練場に興奮気味ですね。
危ない真似をしないように注意しないと。
「ふたりとも。観客席の端には近づかないでくださいね。流れ弾や攻撃の余波が飛んでくる恐れがあります」
「わかりました!」
「はい」
それにしても、今日は人の入り方が少ないですね。
なにかあったのでしょうか?
「ああん? 今日はずいぶんと空いてるな。なんかあったか?」
「ティショウさんの目から見ても空いているのですね」
「ああ、空いてるな。その分、若い連中がのびのびやってるが……ちょいと気になるな」
「下級モンスターの大量発生とかがあったのでは?」
「いんや。そんな話は聞いてねぇ。サボってるのか、小遣い稼ぎの依頼に出ているのか、気になるところだな」
「ですね。そこのあたりも聞いてみてはいかがでしょう?」
「それも、そうだな。いま休んでいる奴に声をかけてみるか」
僕の提案にひとつうなずき、ティショウさんは近くの冒険者に声をかけます。
「おい、そこの。今日はなんでこんなに訓練場が空いてるんだ?」
「あ? ああ、ティショウさん。一昨日、モンスターを大量に狩り出しましたからね。休養を取ってる連中が多いんでしょう」
「一昨日? ……ああ、確かゴブリンの巣に一斉攻撃を仕掛けたってのか。だが、あのときはDランク以上の冒険者の活躍でEランク以下はそれほどでもなかったって報告にあったぞ?」
「まあ、そうですね。Eランク以下は逃げだそうとしたゴブリンを倒すだけでした。それでも、数がいましたからそれなりには働いていましたよ」
「そうだったのか。働いた分の稼ぎはいってるのか?」
「そこはきちんと支払われているみたいですね。ただ、装備の損耗も激しいので収入としてはそこまで多くなかったみたいですが」
「それは仕方がねぇな。少ない手取りの中で装備の代金もなんとかするのも、若いやつらの勉強だ。いきなり大金を持たせてもろくなことにならんぜ」
ティショウさんの発言が気になったため、話の腰を折るのは承知で疑問を投げかけます。
「そうなんですか?」
「ん? そういや、お前は初めてギルドに来たときから金に困ってなかったよな」
「ええ、まあ。金銭的には恵まれている環境で育っていましたから」
「そうでもなけりゃ、あれだけの錬金術をその歳で身につけることは不可能か。いいぜ、教えてやるよ」
「ティショウさん。そのガキどもは?」
「特殊探索者のスヴェインとアリア。それからスヴェインの弟子の錬金術師ふたりだ」
「特殊探索者のスヴェインって、あのうちのギルドに特級品ポーションを大量に備蓄したって言う?」
「おう、そのスヴェインだ」
「そうか。助かってるぜ、スヴェイン。あれのおかげで死人が出なくて済んだことも何回かあるしな」
「それはよかったです。いざというときの備蓄ですからね。それで、若いうちから大金を持つとよろしくないというのは?」
「ん、ああ。俺たちは冒険者なんて言っているが、その半数以上は自分の職業適性に見合った職に就けなかったはみ出し者なのさ」
「ええと、それはなんとなくわかります」
「そうか。それで、冒険者なる時に家を飛び出してきている人間も多くってなぁ。大金を持ったときの使い方がわかってないんだよ」
「大金を持ったときの使い方、ですか?」
ニーベちゃんもこの話に興味を示したようです。
エリナちゃんも興味があるみたいですね。
「そうさなぁ……お前たちふたりだったらどう使う?」
「ええと、私はまず錬金術に使う設備の見直しに使います! それで余ったお金は貯めておきます!」
「ボクもおんなじ感じです。その前に冬物の服をもう少し買い足したいですが」
「エリナちゃん! そういうことは早く言ってください! お金のことなら気にしなくていいのに」
「そうは言われても……お世話になっている身としては、ね」
この会話を面白そうに見ていたのは先ほどから話をしてくださっている冒険者の方でした。
「はっはっは! 面白いな嬢ちゃんたちは! だが、金の使い方がわかっているようで大いに結構! 金の使い方は師匠に習ったのか?」
「いえ、そういうことは教わっていません。ただ、普段の先生を見ていると、必要なことには惜しげもなくお金を使いますが、不要なことにはできる限りお金を使おうとしませんので」
「そうだよね。初めてニーベちゃんのアトリエを見たとき殺風景だなと思ったけど、使い始めてみるととっても機能的で使いやすい部屋だったもの」
「あれも先生の指示でした。ほかにも、教本にはお金を惜しまずにつぎ込んでいると聞いています」
「スヴェイン、あんたいい師匠だな」
「弟子には可能な限りよい環境を与えてやりたいだけです。それで、若い冒険者がお金の使い道をわかっていないというのは?」
「おお、そこだったな。若い連中が大金を持つと気が大きくなって酒や博打、それから女に手を出すようになっちまうのさ。加減をわきまえてれば悪いとは言わないが、その加減って言うのが若い連中はわかっていなくてなぁ……」
「よくわかりません。たくさんお金が手に入ったのなら、冒険者の方はいい装備を買うべきです!」
「そうだね。ボクもそう思うよ」
「ははは。まあ、そうなんだがなぁ。それがわかっていないのが若い連中なんだよ」
「むぅ。よくわからない世界です……」
「はは、お嬢ちゃんはしっかりしてるな。大金が手に入っても道を踏み外すなよ」
「わかりました。ご心配ありがとうございます」
お金の使い方ですか、これもそのうち教えなくてはいけませんね。
僕も昔はお父様にいろいろ買って……あれ?
錬金術関連以外で買ってもらったものがありましたっけ?
「先生、どうしたんですか?」
「ああ、いえ。昔のことを思い出そうとしていただけです」
「スヴェイン様はお父様から錬金術関連の資料や設備ばかりを買い与えてもらっていましたからね」
「……やっぱりそうですか」
「ええ。それ以外のものは必要なときしか買っていませんでしたわ」
「先生たちの昔話も気になります!」
「こら、ニーベちゃん」
「そうですね。ふたりにはそのうち話せるときが来たら話しましょう」
「そうですわね。それがいいでしょう」
うん、買い物関連の話はこれで取りやめです。
さて、話を戻しましょうか。
「ティショウさん、どうしましょうか」
「ああ、そういや本来の目的が果たせねぇな」
「本来の目的ってなんですかい?」
「ああ、実はな……」
ティショウさんはその場にいた冒険者に、僕の弟子たちがポーションを作ったが効果が本当にあるのか自信がないと言っていることを説明しました。
するとその冒険者はこちらに体を向けて話しかけてきました。
「ティショウさん、そのポーションは売ってるのか?」
「売りはしねぇ。この場で飲む分にはギルド持ちで飲ませてやる」
「じゃあ、一般品のポーションをひとつくれ。さっき、腕に一発いいのをもらっちまってな。いまだにズキズキ痛むんだよ」
「そうか。ほれ、これだ」
「……ふむ、確かに一般品質のポーションだな。っていうか、普段ギルドの販売所で買う一般品のポーションよりも澄んでないか?」
「品質はどうだっていいだろう。さっさと飲め」
「へいへい。……ん、これは」
冒険者の方が薬を飲むのを不安げに見守るニーベちゃんとエリナちゃん。
さて、結果はどうでしょう。
「あの、効きましたか?」
「おう、腕の痛みはすっかりよくなった! っていうか、やっぱりギルドの販売所で売ってるやつより品質がいいじゃねぇか! 飲んだときに爽快さを感じたぞ! ポーション独特の苦みがほとんどなかったぜ!」
「本当ですか?」
「おうよ! ティショウさん、残りはどれくらいあるんだ?」
「六十本弱だな。全部飲む気か?」
「まさか。今日来ている連中を鍛えてこようと思ってな!」
「わかった行ってこい!」
「おうよ! さあ、組み討ちしてる若いの! 俺が相手になってやるからまとめてかかってこいや! 怪我をしても今日のところはギルド持ちでポーションを飲ませてくれるから、全力できな!」
「マジかよ。あの人に相手をしてもらえるなんて」
「それに怪我をしてもギルド持ちでポーションを飲ませてくれるのか?」
「このチャンス、逃がすわけには行かねぇよな!」
「ああ! 疲れていたけど、訓練場に来ていてよかったぜ!」
そのあとは先ほどの冒険者の方を中心とした乱戦が続きました。
途中、ある程度怪我をした方にはティショウさんからポーションが渡され、回復するとすぐに戦いの輪に戻っていきます。
ティショウさん曰く、あの冒険者の方はかなり名のあるCランク冒険者でもうじきBランクになるんじゃないかと言われているそうです。
そんな先輩から実践稽古をつけてもらえ、怪我をしてもギルド持ちで治してもらえるんですから人気が出ますよね。
その実践稽古は夕暮れ時、依頼の完了報告をするために冒険者の方々が帰ってくるまで続けられました。
自分たちのポーションにきちんと回復効果があることがわかって弟子ふたりも嬉しそうですね。
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