第七部 歩む錬金術師と冬の唄

249.季節巡って冬の始まる頃

「ナギウヌルさん、バニージュさん。これ、念のための風治薬と栄養剤です。今年の冬はそこまで風邪は流行らないと思いますが」


「祟り神を倒したとは言え、風邪は流行病ですわ。かかるものはかかります。早めの対処を」


 コンソールの街に冬の足音が聞こえ始めた頃、本当に久しぶりとなってしまったスラム街へとやってきました。


 目的は常備薬を渡すためです。


「すまないな。何から何まで」


「まったくだ。スラムの家まで建て替えてもらったのによ」


「そちらは結局、僕の懐が痛まなかったんですよね……」


 はい。


 最初にスラム街支援のためとして渡した白金貨百枚ですが、そっくりそのまま帰ってきました。


 いわく、同じギルド評議会のメンバーから特別な金を受け取るわけにはいかない、と。


「それで、街の有名人になった錬金術師ギルドマスターがここにいてもいいのか?」


「今日はお休みを取ってきてあります。……ああ、いえ。最近はギルドにいてもあまり仕事がないのですが」


「……大丈夫なのか? コンソール錬金術師ギルド」


「去年の冬明けから初夏まで不在だったため、僕なしでもおおよそ回る体制ができているんですよ。必要なのは最終決裁だけでして」


「ギルドマスターとして指導は? コンソールの街じゃ派手に講習会をやっているそうじゃねぇか」


「……秋、忙しかった頃、僕がギルドにいる時間を作るため弟子を錬金術師ギルドに強権で入門させました。ギルド員たちには弟子たちの指導の方が人気でして」


「……お前の弟子ってガキじゃなかったか?」


「十二歳です」


「……本当に大丈夫か? コンソール錬金術師ギルド」


「腕前は僕を除いたらコンソールで一番ですよ。ミドルポーションの高品質品とミドルマジックポーションを失敗せずに作りますから」


「十二歳が一番か……」


「世も末だな……」


「ちなみに、おそらくコンソールだけじゃなくこの付近の国一帯でも一番でしょう」


「お前の弟子、何者だ?」


「どこでそんな天才を拾ったんだ?」


「天才なんかじゃありません。少し優れた環境と師匠、それから本人の努力……は桁外れですが、ともかくそれが揃っただけです」


「よくわからんが、すげぇのは理解した」


「まったくだ。スラム街育ちの俺じゃ理解できねぇ」


 そんなに難しいことを言いましたかね?


 ああ、でも、ギルド評議会の端くれとしてこれだけは宣言しておかないと。


「ナギウヌルさん、バニージュさん。この先のコンソールではスラム街だからといって甘えは許されなくなりますよ?」


「なに?」


「どういう意味だ?」


「それだけ人手が足りない、という意味ですわ」


「はい。幸い……といってはなんですが、僕の錬金術師ギルドは受け入れる箱が足りないだけで、人はコンソールの街以外からも集められそうです。ですが、ほかのギルドはそうもいかない。特に建築ギルドと馬車ギルドが致命的に」


「……話を続けろ」


「ええ、どちらのギルドも今いる人材でなんとか動いていますが本当にぎりぎりです」


「馬車ギルドなど新しい注文を断り始めたそうですのよ?」


「……」


「そして、この街では職業優位論などというふざけた風習は消えてなくなりました。次になくなるのはなんでしょう?」


「……なんだってんだ?」


「バニージュ、わからねぇのか? 


「はい。やはり適正職業の方がスキルの成長は早く技術の習熟も早いです。ですが……」


「私は魔術師系の『職業』。ですが、ミドルポーションまでなら錬金術でなんとか作れますわ」


「……本当か?」


「確率は五分五分ですが、お目にかけましょうか?」


「いや、嘘じゃなさそうだ。それで『職業』の垣根がなくなるとどうなる?」


「そうですね……まずは生産職同士で人材の融通……いえが始まるでしょう。実はもう火種は放り込んであります」


「そうなると次に起こるのは、戦闘職の方々を生産活動へ引き込めないかという試行ですわ。実際、建築ギルドや馬車ギルドでしたら、もうその動きが出始めてもおかしくありません」


「戦闘職、物理職の方々は身体能力が高いです。重いものを運んだり、力仕事をすることは得意でしょう」


「魔法職の方々は……そうですね。柱の彫刻や仕上げなどの細かい作業を魔法で行うとよいでしょう。人の手では届かないところであっても魔法ならば手が届きますもの」


「……だが、そんな仕事をしたところで安い賃金」


「最初は安いかもしれません。ですが、熟練工になり、その人しかできない技術や知恵を身につけたら?」


「……いや、だが」


「諦めろ、バニージュ。お前の負けだ」


「しかし……」


「で、。お前の望みはなんだ?」


「とりあえずを売ってください。ひとりあたり月金貨一枚で」


「錬金術師ギルドに向かわせればいいのか?」


「後ほど建築ギルドの知り合いに話をつけておきます。その方の指示に従い第二錬金術師ギルド支部の工事にあたってください」


「わかった。俺が話をとりまとめて連れて行く。だが、いいのか? 生産系職業とはいえ素人だぞ? 最初は金貨一枚の働きなんてできやしない」


「先行投資です。支払った対価以上のものはから徴収しますのでご心配なく」


「くはは!! 最初にあったときは欲のないガキだと思っていたがとんでもない強欲なやつだった!!」


「ええ。最初は通りすがりの錬金術師でしたが、いまではこの地方一帯をいただいた身です。将来はこの近くに新しい街を建設いたします」


「なるほど! 今回の労働力は将来のための先行投資か!!」


「はい。街壁などは魔法で作れるのですが家などは建てられないものでして。そちらの労働力をどうにかしないと先に進めないのですよ」


「いいぜ! そんな事でよければスラムの住人貸し出してやる! そうだ、金は取らないから生産系の子供たちも見習いとして雇ってくれねぇか?」


「それはいけませんね。労働力として雇うなら対価はきっちり支払わないと。見習いでしたら……月大銀貨五枚でどうでしょう? 


「いいぜいいぜ!! 商談成立だ!! バニージュ、今の話、スラム街全部に広めてこい!!」


「はい!」


「それでは五日後の朝、僕の知り合いをスラムの入り口まで迎えに来させますね」


「わかった。ああ、金は後払いでいい。お前に任せると先払いにされちまう」


「おや、先回りされましたか」


「スラムの住人は不義理をしねぇ。そして、俺がさせねぇ。安心して使


「わかりました。それでは」


 さて、こちらの話はまとまりました。


 シャルにも


 無理をしない範囲で頑張ってもらいたいものですね。

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