653.滞在二日目:総合学習講義 準備編

 朝食後、いまだに申し訳なさそうな顔をしているお父様と平然としているシャルを伴い、公王家の馬車に分乗して講習会場へ向かいます。


 さすがシュミット式で公王家の馬車、まったく揺れませんね。


 それにしても……。


「お父様。いつまで申し訳なさそうな顔をしているんですか?」


「いや、その。お前たちが帰郷しているのに仕事を押しつけてしまったのが申し訳なく……」


「そう感じるのでしたらシャキッとなさい、お父様。お母様にも怒られてでてきているでしょう?」


「シャル、そうは言うが……」


「到着してからもその調子ではリリスからもお小言が入りますよ。講習会の総責任者はお父様なんでしょう?」


「う、うむ」


「なら、胸の内はともかく外面だけでも威厳を保ちください。公王たるものそれくらい出来なくてどうするのです」


「お前たち兄妹は本当に強いな……」


 これだけ言ってもお父様は復活しないので僕もシャルも諦めました。


 そして講習会場では講師らしき男性と女性がふたりずつ待っていましたが……まずリリスのダメ出しが入ったのはやはりお父様からですね。


「失礼ながら、アンドレイ様。総責任者の公王たるものがそんな弱気でどうするのです。せめて講師の前では姿勢を正し威厳を保ちなさい」


「う、うむ」


 そして、次にリリスがダメ出しをしたのは講師の皆さん。


 ええ、ええ、それではダメですよね。


「あなた方、の講義を受け持っている講師ですよね? 今日休んでいる方は?」


「あ、いえ。この四人で全員です……」


「人数が足りなすぎます。せめて倍は用意しなさい。コンソールではスヴェイン様が場合によっては四つから五つの内容を同時指導しているから成り立つ講義。で回そうとするなど無理がありすぎます」


「そ、そうなのか?」


「公王様も見積もりが甘すぎます。その程度の予算しか取れないなら『総合学習』は行わないか十分な人員配置を」


「わ、わかった」


「それでは講義室まで案内してください。おそらくそこでも指導は行わせていただきますが」


「う、うむ……」


「お兄様、やはりリリスの指導は厳しいですね」


「当然でしょうね」


 さて、問題の講義室ですが……。


 ああ、ここもダメですね。


「皆さん。マジックバッグはお持ちで?」


「え、あ、はい」


「では、ここに、すべての撤去を」


? それでどうやって教えるんですか!?」


「臨機応変にです。子供たちからその日その日の意見を聞きその都度教材を用意する。それが出来なければ『総合学習』の意味などありません」


「いや、しかし、料理用のかまどなどは……」


「……そういえばスヴェイン様。、シュミットには設計図を売っていらっしゃらないのですか?」


「ああ、すっかり忘れていました」


「ふむ。では、私の手持ちからその魔導具も出しましょう。かまども撤去してください。子供が大勢で料理するときに火が飛び散るのは避けたいですから」


「は、はい」


 こうしてすべての教材が撤去され、教室の中も見渡しがよくなりました。


 あと行うことは……そうですね。


「お父様。『総合学習』の最大定員って何名になっていますか?」


「え、ああ。七十名だ」


「それでは多すぎますよ。要望が偏りすぎたときにパンクします。僕の講習会だって毎回五十名でやっているんです。最初は四十名から様子を見るべきかと。代わりに午前と午後、二回に分けて開催してください。そうすれば目の届かない子供の数も減ります」


「そ、そうか。検討しよう」


「よろしくお願いします。子供たちの集まり始める時間は?」


「あと三十分ほどだな。今回はお前たちだけに任せるが……本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。普段はサリナさんとミライさんがいない状態で回しているんですからどうとでもしてみせます。それで、今日の参加予定数は?」


「……三十八名だ」


「定員の半数ぎりぎりですね」


「指導の目が届かなかったり、怪我をさせる子供が出たり、子供たちから不満が出たりと散々でな……」


「つまり、子供からも親からも敬遠されていると」


「そうなる」


「言いたくはないのですが……大丈夫なのですか、お父様?」


「あまり大丈夫ではないからお主たちに頼んだのだ」


「深刻ですね」


「深刻なのだよ……」


 僕たちを頼りたくなる気持ちもわかりますが……こうなる前に手を打ちましょうよ、為政者なんですから。


 話を聞いていたリリスも呆れたという表情を浮かべていますし、どうしたものか。


 そのあともお父様や担当講師からリリスと共に事情聴取を行っていると子供たちがやってきました。


 やってきたのですが……皆年若い子供たちばかりですね?


「お父様?」


「……『総合学習』講義を一度でも受けた子供たちは二度と受けてくれないのだ。受講してくれるのは興味に釣られた幼い子供たちばかりでな」


「公王様、それから講師陣。後ほどまとめて説教です」


「お手柔らかにしっかりと厳しく叱ってください、リリス」


「お前はどちらの味方だ! スヴェイン!?」


「子供の味方です。さて、始めましょうか」


 僕は軽く手を叩いて子供たちの注目を集めていつもの宣言を行います。


「この講義は『総合学習』です。室内で教えられることでしたら可能な範囲でなんでも教えて差し上げます。それこそ文字の読み書きや計算の仕方からお料理の仕方、鍛冶や簡単な錬金術のお手本。それ以外にも希望があればなんでも言ってください。では、皆さん、順番にどうぞ」

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