652.滞在一日目:夕食後:成果披露
本屋での買い物が終わった頃にはいい時間となったので公王家邸に戻り、一日の汚れを落としてから夕食の時間です。
今日も皆はドレス姿ですが……アリアとユイ以外はドレス姿がムズムズするのは変わらないみたいですね。
家族揃って夕食後の歓談の席、そこでは今日の成果披露が行われることになりました。
「ふむ、ミライは市場調査に成功したか」
「はい。やはり、特殊素材の値段はまだシュミットの方が安いですね。コンソールでも聖獣鉱脈や魔綿花畑で一部の特殊素材は手に入るようになるでしょうが、輸入費用を考えてもひっくり返るのは当分先だと考えます」
「当然でしょうね。その程度でひっくり返るほどシュミットの生産供給能力は甘くないと言うことです」
「アリア様、それがわかっていて市場調査に向かわせましたね?」
「当然です。それにコンソールではいまだにスヴェイン様の手元からしか供給されないが故に言い値のガルヴォルン鋼やオリハルコン、各種魔法布、特殊素材の市場価格も知ることができて勉強になりましたよね?」
「……はい」
「なら、一日を潰した価値は十分にあるというもの。あなたもこれからはそれらの素材がスヴェイン様の手元からシュミット講師に手渡されるときの仲介役に入りなさいな。スヴェイン様は値付けが甘いですから」
「そうさせていただきます」
「結構。早く役立てるようになりなさいな、一日でも早く〝妻〟に戻れるように」
「はい!」
「学園国家が出来るまでに戻れなかったら置いていきますからね? 当然、二度と戻る権利はありません」
「そんな!?」
「当然です」
「……スヴェイン、アリアはやはり厳しすぎやしないか?」
「そんなことはないと思いますよ?」
「そうか?」
まあ、ミライさんのことは置いておきましょう。
またいじけ始めましたし。
本当に、最近メンタルが弱い。
「スヴェインたちは全員で帰ってきたがなにをやっていたのだ?」
「僕とアリア、ユイ、リリスの四人は予定通りユイのご両親にあいさつでした」
「……父と母が緊張しすぎていてお相手してくれたのが姉ひとりだったのは情けないですが」
「いいじゃありませんか。ユイが僕たちのことを知れたわけもわかりましたし」
「知ることができた理由か。お前たちは各種お披露目と式典くらいしか顔を出していなかったはずだが」
「ユイの家からだと初級魔法訓練場の端が見えるんですよ。そこから僕やアリアの姿が見えたそうです。それで、ユイも頑張るようになったと」
「それは……公王家としてまずいのでは?」
「端が見えるだけですし気にすることではありませんわ、お義父様。それ以上にユイのような子供が現れてくれるのでしたら、シュミット家の子供に施している訓練を一部だけでも街の子供に公開するのも考えるべきかと」
「ふむ……確かに。我が家の鍛え方は厳しすぎるから秘匿していたが、それを見て奮い立つ子供たちもいるか。希望者だけを募り、近い年代の子供には公開することも考えておこう」
「ありがとうございます」
「それで、そのあとは?」
「中央噴水広場で子供たちに襲われていたニーベちゃんとエリナちゃんをピックアップして街の大通りへ、そこの裏路地にあった武具店でこれをいただいて参りました」
僕はテーブルの上に例の剣を置きます。
お父様は当然【神眼】持ちですし、シャルも【神眼】持ち。
お母様は持っていませんが高レベルの鑑定が使えるため、正体を見破れたのでしょう。
「……この剣を作った者はなにを考えて作ったのだ? 【金剛】だけならわからないでもない。残り三つはどれかひとつだけでも手に余る代物なのに三重化、しかも【エンチャント強化】だぞ? 完全に狂気の沙汰だ」
「自分の腕を試してみたかったそうですよ?」
「とんでもないものをいただいて参りましたね、お兄様」
「ええ、まあ。帰ったら鍛冶ギルドマスターに押しつけますが」
「あちらも扱いに悩むでしょう。コンソール講師をもってしても」
「最上位講師ってこれできますか?」
「出来るだろう。絶対にやらぬが」
「でしょうね」
「ほかには?」
「サリナ。例のドレスを」
「……あれ、開封しなくちゃダメですか?」
「私もしまえますからお出しなさい」
「わかりました」
サリナさんが出し渋った子供向けドレス。
その出来映えを見て……またうちの家族は唖然となっていますね。
「それも街のテイラーが作ったのか?」
「はい。仕立て服専門のテイラーだそうですがアラクネシルクでこの製品です」
「アラクネシルク。マギアラクネシルクやマジックアラクネシルクではなく?」
「普通のアラクネシルクだそうです。私もエンチャントを施す前に確認いたしましたから間違いありません」
「そのテイラー。服飾講師として招きたいのだが……」
「おそらく動かないでしょう。あの御方は自分の仕事に誇りを持っている御方です。いずれ、弟子は取っても講師にはなってくださらないかと」
「実に惜しいな。そのドレス、いくらしたのだ?」
「私が縫ったホーリーアラクネシルク製のドレスと引き換えです。防護系エンチャントは不可能でも、いつかはアラクネシルクに手が届いてほしいとのことで譲ってくださいました」
「それはサリナ用なのだろう? 服飾ギルドマスター用には別のものを用意してあるのか?」
「もちろんです。その……スヴェインがですが」
「スヴェインが、か」
「鍛冶ギルドマスターや宝飾ギルドマスターにもシュミット土産を渡すのです。服飾ギルドマスターにも僕から渡さないと」
「その支払総額、いくらになる?」
「白金貨三百五十枚ほどでしょうか?」
「……わかった、それは私のポケットマネーから出す。いつの日かコンソールが目指すべき指標として渡してくれ」
「ありがとうございます、お父様」
いそいそとユイがサリナさんのドレスを片付ける中、僕はお父様たち相手に買ってきたアクセサリーとコートの説明をいたします。
こちらは『値段相応でよかった』という評価でしたが。
解せません。
「それで、ほかには?」
「魔道具店や錬金術道具店にも行ってみましたが……こちらはぱっとしませんでしたね。魔道具店ではいくつかの商品を買わせていただきましたけど」
「そこはお前の得意分野であろう。品揃えの確認程度しかする価値があるまい」
「その通りでした。最後は本屋ですね。そこではサリナさんとニーベちゃん、エリナちゃんの物欲が爆発していました」
「コンソールではシュミットの本に触れる機会などないからな。珍しい本が山盛りだったのだろう」
「実際、購入した本も山のようでしたけどね。サリナさんはデザイン見本と教本を、ニーベちゃんとエリナちゃんはセティ師匠の本と読み比べるための資料を買いあさっていました」
「そうか。我が国の技術が評価してもらえるのは嬉しいことだ。スヴェインとアリアは?」
「僕は魔導具関連の技術書を数冊、アリアは?」
「私も魔術理論や発展技術に関する本を数冊ずつですわね。独自進化を遂げている本もありますが、ほとんどはセティ師匠の系譜。独自進化の本も帰ったら内容が正しいか検証です」
「わかった。初日は実りが多かったようだな」
「ニーベちゃんとエリナちゃん、それにユイには別の実りもありましたけどね」
「なに?」
「聖獣さんたちに聖獣契約をせがまれて歩いたのです……」
「断ってもしつこく何回も頼み込んでくるので断り切れず……」
「申し訳ありません。私もです……」
「それはすまなかった……」
「『聖霊郷』の聖獣たちってもう少し穏やかに出来ませんか?」
「黄龍殿の抑えも効いていないのだよ。特に小型の聖獣たちには……」
「なるほど……」
これは毎日が大変そうです。
明日以降はいっそのこと空を飛び続けて移動するべきでしょうか。
「それで、明日なのだが……突然で申し訳ない。午前中半日だけでいい。時間を作ってもらえぬか?」
「はい?」
「我が国でもリリスが創設した〝スヴェイン流〟で子供たちを指導している。だが、最近は集まりが悪い講座も増えてきているのだ。特に顕著なのが『総合学習』でな……。お前たちが得意なのはシャルから聞いた。どうか力を貸してくれ」
「……シャル?」
「ええと……私もお父様とお母様に頼まれて仕方がなく」
「はあ。しょうがない、遠くシュミットまで来て講義をすることになるとは考えてもいませんでしたが……皆もいいですか?」
「まあ、いいでしょう。お義父様の頼みですし」
「切羽詰まっているみたいだしね」
「構いません。後ほど講師にはお説教ですが」
「私も構わないのです」
「ボクもです。シュミットの子供がどんなことに興味を示してくれるのかは気になります」
「ええと、私、服飾技術しかないんですが……」
「私は事務処理くらいです……」
「サリナは私のサポートです。縫い物なら教えられるでしょう?」
「はい。それくらいなら」
「では、ミライは私のサポートに入りなさい。計算や文字を学びたい子供のお世話をサポートするのです。出来ないとは言わせません」
「はい!」
「……と言うわけで割り振りも決まりました。明日は講習会場まで案内を頼みます」
「外国に出た息子に頼むことではないのだが……申し訳ない」
本当に想定外ですがここでも『総合学習』の講義ですか。
シュミットの子供たちたどのようなことに興味を示してくれますかね?
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