76.森歩き

「はぁ……はぁ……おい! まだ歩くのかよ!」


「森の中ではお静かに。まだまだ歩きますよ。予定の半分にも達していませんので」


「誰だよ! こんな依頼、楽勝だなんて言ったやつは!」


「お前だろ! ただ、森の中をホイホイ1日歩くだけだっつたのはよ!」


 はあ、悪い予感が的中です。


 まだ森に入ってから2時間程度しか経っていないのに、ギャアギャア文句を言い始めました。


 これも仕事だと理解していないのでしょうか?


「お前ら、静かにしろと言われているだろう。仲間割れは帰ってから存分にやってくれ」


「だけど……そもそも、なんでそいつらがリーダー面してんだよ!?」


「リーダー面じゃない、彼らが探索リーダーだ。実際、道を決めているのも彼らだろう?」


「いや、そうだけど……」


「わかったのなら静かにして歩け。今日のお前たちは、俺たちと一緒に森の中を移動することが仕事だ」


「……わかりました」


 あれはわかっていませんね。


【アイシクルブロウ】の皆さんも渋い顔をしていますし、明日は別のパーティを紹介してもらいましょうか。


 そのまましばらくは無言で行動し、時折見つけた薬草などの場所を地図に書き加えながら進んで行きます。


 太陽が中天にさしかかる頃、ここが折り返し地点ですね。


 結局進めたのは、32ですか。


 見積もりが甘かったでしょうかね?


「さて、ここからは森を抜ける方に向かって歩き始めます。とは言っても、来た道を戻るわけではありませんので慎重に」


「おい、待てよ。もう昼だ。昼食休憩はないのかよ?」


「ないな。ここは安全が確認されていない森の中だ。いつモンスターや野生動物に襲われるかわからない以上、のんびり昼食を取る時間はない。干し肉とか携帯食は持ち歩いているだろう? それで我慢しろ」


「いや、俺たち、携帯食とかは……」


「……お前ら本当に冒険者か? 冒険者は不測の事態に備え、干し肉なんかの携帯食を常に持ち歩くもんだぞ?」


「いや、その……街からあまり離れないし、いいかと思って」


「考えが甘すぎる。悪いがお前たちに分けてやれるほど、俺たちも携帯食を持ち歩いていない。街に帰るまで我慢するんだな」


「え……あ、はい」


 僕たちはストレージに用意がありますが……先輩方が譲らないと言っている以上、これも指導なのでしょう。


 大人しくアリアと一緒にラベンダーが作った干し肉をかじります。


 そうして午後も1時間ちょっと歩いていると、森の雰囲気が急に変わる場所に出くわしました。


「……これは」


「さすがだな。この距離でも気がつくか」


「それはわかりますよ。殺意を隠し切れていません。おそらく低級のエリアですね」


「踏破するか?」


「……いえ、情報として持ち帰りましょう。僕たちが手を出さなくても、冒険者ギルドが始末をするはずです。それに、下手に手を出して中級以上のモンスターに出てこられても厄介ですからね」


「藪をつついてなんとやら、か。同感だしいい判断だ。地図に印はつけたな?」


「ええ、しっかりと」


「ここから街までの予想最短移動時間は?」


「近くの街道まで幌馬車で冒険者を連れ移動、そこから森に分け入って1時間ほどですかね?」


「なら、明日にでも討伐と調査が入るな。なかなかでかい収穫だ」


「通常のモンスターが集落を作ってなくてよかったです」


「そうなったら速攻で潰さなくちゃな」


「はい。では、あそこは避けて街道まで出ましょう」


「おう」


 僕たちは明らかに、街道側へと歩み始めます。


 それに異を唱え始めるのは、またしても【スワローテイル】の少年たちでした。


「ちょっと待てよ! なんでいきなり方向を変えるんだ!」


「理由を説明する必要性はありませんが……あの森はプラント族モンスターの巣です。レッサーマンイーターやレッサートレントなどがいると思われます」


「ならなんで戦わないんだよ!」


「戦う理由がないのがひとつ。あのエリアがモンスターの巣になっている原因を調査する時間がないのがひとつです」


「でも、レッサー種だろう? なら、俺たちでも!」


「阿呆! レッサープラントは単体ならEランクモンスターだが、巣になっている場合はDランク指定だ! Fランクのお前たちが手を出していい相手じゃない!」


「う……でも、少しくらいなら……」


「今日の依頼は僕たちに同行するです。モンスターの素材や採取素材がなくとも、十分な報酬がギルドから支払われるはずですが?」


「……そんなこと言って、本当は怖いだけじゃねぇのかよ!」


「レッサー種を全滅させるだけなら簡単ですよ。ですが、森の中で一区画だけが巣になっている場合、なにかしらの原因があります。それを調査する人員も時間もないと言っているんです」


「そんな調査ぐらい俺たちにだって……」


「その調査はDランク以上の実績があるパーティに指定でしか回されねーよ。思い上がるな、ガキども」


「な……!」


「スヴェイン、護衛役としてこれ以上の調査続行は不可能と進言する。リーダーの判断を仰ぎたい」


「リーダーとして判断します。護衛対象の行動に問題ありと判断します。これ以上の調査続行は不可能、街まで速やかに帰投します」


「……っつーわけだ。ガキどもさっさと帰るぞ。これは上位冒険者からの命令であって、逆らうなら置いていく。グループリーダーからも調査続行不可能の判断が出ているわけだし、お前らを置いていったとして、俺たちもスヴェインたちも罪には問われないんだからよ」


「ちょっと待ってください! それじゃあ、今日の報酬は!?」


「減額されるだろうさ。身から出た錆、反省しろ」


「いや、それは、困ると言うか……」


「ならさっさと帰るぞ。日が沈みきる前に帰れば、薬草採取の依頼を一件片付けるくらいはできるだろう」


「あの、その……」


「問答をしている時間が惜しいです。行きましょう」


「ああ。お前たちも遅れるなよ」


「待ってくれ……いや、待ってください!」


 とりあえず、早歩き程度で森の中を抜けていきます。


 このスピードでも【スワローテイル】には厳しいらしく、街道まで出たときには息切れをしていました。


 今の位置は……このあたりでしょうか?


「ほう、あのスピードで森の中を抜けても位置感覚がずれないっていうのは本当にすごいな」


「よかった。このあたりの地理には疎いので、場所がずれていたら困るところでした」


「ずれていても、これなら誤差よ。ここまで正確な地図……それも、薬草の群生地だとかを書き込まれた地図は、冒険者ギルドとして垂涎のアイテムよ」


「依頼に応えられそうでよかったですよ」


「……まあ、アイツらは不合格だがな」


「ですね。あの少女以外は完全にバテてしまっています」


 逆をいうと、【スワローテイル】の5人の中でひとりだけいる少女は、あの速度で森の中を歩いてもついてこられたと言うことです。


 なかなか見込みがありますね。


「おい、休憩はそろそろ終わりだ。帰還するぞ」


「ちょ、待ってください。もう少しだけ……」


「冒険者ならこの程度でバテるな。モンスター相手に、『バテたから待ってくれ』は通用しないぞ」


「いや、でも……」


「行くぞ」


「……はい」


 ここでも不満があったようですが、渋々といった様子でついてきました。


 1時間ほど歩いて街門に到着し、冒険者ギルドまで移動します。


 そこでクエストの精算をするわけですが、僕たちからの苦情が入った【スワローテイル】への報酬はかなり減額されたみたいですね。


 僕たちもまた、【アイシクルブロウ】の皆さんと一緒に別室でギルドの担当者とお話になりましたが。


「まずは今日の依頼について、質の低い冒険者を同行させてしまい申し訳ありません」


 あれ、僕たちが謝られました。


 僕たちが謝る側だと思っていたのですが。


「いえ、ギルド側の落ち度というわけでは……」


「いんや、スヴェイン。今回はギルド側の落ち度だろ。アイツら、出発時間を知っていてギリギリに来たんだ。っていうことは前日から声をかけられていたはずだからな」


「おっしゃる通りです。彼らは今までの実績から、それなりに信頼できるパーティでした。それなのにご迷惑をおかけするとは」


「人の本性なんてなかなかわからないものだよ。で、明日以降は別のパーティを紹介してもらえるんだよな?」


「もちろんです。さすがに今日の報告内容を聞いた上で明日も同じパーティを、とはなりません」


「それはよかった。それで、スヴェインが出した地図に不備は?」


「文句なしですな。探索範囲が狭かったのは彼らの態度や言動と一致します。それに、薬草の群生地を2カ所も発見してくれたのは大きいですね。さらに、プラントモンスターの巣を発見し、すぐに帰ってきてくれたことには感謝しかありません。現在、複数のDランクパーティに声をかけ、明日の討伐と原因調査に向けた準備中です」


「それはよかったです。早く帰ってきすぎたので、文句を言われるかとビクビクしていました」


「そんなことはありません。前に同じ依頼を出したパーティでは、ここまで詳しく行動範囲や薬草の場所、危険な地域などを調べてはもらえませんでした。これだけでも十分に1日分の報酬以上の価値があります」


「だってよ。俺たちがやっても、あそこまで詳しい地図は無理だ。十分に1日の仕事は果たしてるぜ」


「ありがとうございます。では、今日の分は達成完了ということで」


「ええ、明日以降、残り4日間もお願いします」


 こうして僕たちは無事に初日分の依頼をこなしました。


 夕食時のイナさんも問題ありませんでしたし、今日はこれで終了ですね。


 しかし、問題は翌日に起こりました。


「ええと、これは?」


「申し訳ありません……」


「ちょいとばかし厄介なことになったんだよな……」


 2日目に待ち合わせ場所に行くと、そこにいたのは【アイシクルブロウ】の皆さんと困った顔のギルド職員さん。


 そして、【スワローテイル】にいた……確か、リノと呼ばれていた少女ひとりです。


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