77.塩漬け依頼の意味

「はあ、情けないですね。あの程度の森歩きをたった一日で投げ出すなんて」


「申し訳ありません」


 僕たちについてきている少女が謝ってくれます。


「ああ、あなたに言っているわけではありませんよ」


 現在、依頼2日目の調査中。


 本日の範囲の中でも午前中の間うちに薬草の群生地を発見していますし、上々でしょう。


 問題は【スワローテイル】というパーティの少年たちにあるわけで……。


「しっかし、自分たちがだらしなかっただけなのに、同年代の冒険者に噂を広めてまわるとはいい根性してるぜ」


「本当だな。そんなことをすれば、同世代からはともかく上の世代、とくに面倒をよく見てくれる上位の世代からは煙たがられるぞ」


「申し訳ありません、申し訳ありません」


「いや、リノの嬢ちゃんが謝ってもな……」


「それに、パーティを抜けてきたんでしょう? それならば、リノさんが謝る理由もないです」


 そう、【スワローテイル】は報酬を減額されたあと、それを逆恨みしてあることないこと同年代の駆け出しパーティに話してまわったそうなのです。


 その結果として、2日目はどのパーティも依頼を受けてもらえず、【スワローテイル】の少年たちのやり方に嫌気がさしたリノさんがひとりで依頼を受けてくれることになったわけですね。


「しかし、ギルドの受付なり職員なりに聞けば【スワローテイル】の証言が嘘だってわかるのに、若い連中はどうしてそんなに受けたがらないかねぇ?」


「そうね。装備の消耗も心配しなくていい、ただ歩いているだけでいい依頼なんて滅多にあるものじゃないわ」


「だよな。俺たちだって、駆け出しの頃にこんな依頼があったら飛びつくぜ?」


「あの。多分、皆が街育ちだからだと思います」


「街育ちだから?」


「はい。私は農村で育ったので山歩きや森歩きに慣れてますが、慣れていない人には相当つらいものだと思います。なので、皆が避けたんじゃないかと」


 なるほど、疲れる依頼は受けたくないのですか。


 それってどうなんでしょうね?


「なっさけねぇ……」


「冒険者としてやっていく気があるのかしら……」


「モンスターと戦うにしろ採取を行うにしろ、森を歩く方法は必要な知識だ。それを報酬付きで学べる機会だというのに」


「だからこそ、塩漬け依頼になってたのかねぇ……」


「あの、いない方々のことを話すのは生産的ではないのでは?」


「アリアの嬢ちゃんの言うとおりか。それで、スヴェイン。今日の進行度はどの程度だ?」


「予定よりもかなり早めです。リノさんが森歩きに慣れているというだけあって、かなり歩けていますよ」


「そうか。なら、今日は少しは休憩が取れそうだな」


「ですね。休憩を取っても初心者向けの範囲より長距離を歩けるかと」


「そいつはいいことだ。リノ、スタミナは大丈夫か?」


「はい、大丈夫です」


 リノさんは自己申告の通り、かなりスタミナもあるようです。


 無理がないならこのまま行かせていただきましょう。


「では、このペースを維持してもうしばらく歩きます。地図によればこの先に渓流があるようなので、そこに行きましょう」


「わかった。しかし、護衛役なのにモンスターにも凶暴な動物にも遭遇しないのは申し訳ないな」


「モンスターはともかく、野生動物はなるべく傷つけずに退散させていただきたいです」


「お、スヴェインは無駄な殺生は嫌いか?」


「いえ。獰猛な野生動物は、その存在が弱いモンスターの生息域を狭めることがありますので」


「なるほど、勉強になった。むやみやたらに殺せばいいってわけじゃないのか」


「執念深く襲いかかってきたり、人間の血の味を覚えてしまった動物は駆除しなければなりません。ただ、こちらが相手のテリトリーに侵入しただけでしたら、自分たちが退散することで追ってこないはずです」


「……お前ら。本当に勉強になるぞ?」


「街道沿いまで出てきた熊とかは駆除対象よね? 森の奥深くで暮らしていて、人の生活圏に接していない熊とかは殺さない方がいいと?」


「概ねそのような感じです。季節によっては獰猛になっている時期もありますので、一概に言えないのが難しいところですが」


「いや、それでも勉強になった。俺たちもまだまだ勉強しないとだめだな」


「でしたら、農村部に住んでいる猟師の方に話を聞いてみてはどうでしょう? モンスター狩りではなく、野生動物を相手にしている猟師の方は違った目線で動物の命を見ているはずです」


「……いい意見ね。今度、農村部に依頼で行くことがあったら話を聞いてみましょう?」


「それがよさそうだ。ただ倒すだけが冒険者の仕事、ってわけじゃないようだな」


「見聞を深めることはいいことですよ? どうやら沢までついたようです」


「そのようだな。スヴェインたちは休んでいてくれ、俺たちは交代で見張りにつく」


「いいのでしょうか?」


「俺たちが請けている依頼内容は護衛だぜ、アリアの嬢ちゃん。周囲の警戒は任せて少し休んでくれ」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


「ですね。リノさんも少し休んでください」


「私もですか?」


「リノも護衛対象のひとりだよ。ゆっくり休んでくれ」


「は、はい。ありがとうございます」


 さて、休める時間は30分くらいでしょうか?


 その間に少しでもリノさんの緊張を解きほぐしてあげたいですね。


「リノさん? リノさんはどうして冒険者に?」


「え? アリアさん、私が冒険者になった理由ですか?」


「はい。こういっては失礼ですが、リノさんは冒険者に向いていないと思いまして」


「……やっぱり、そう思いますか。私も自分が向いていないんじゃないかと思っていました」


「そうですね。僕も先輩冒険者の方から言われましたが、あまり腰の低い態度は冒険者同士では好まれないと」


「私は『星霊の儀式』で職業が【治癒士】になったんです。出身の村もあまり裕福とまでは言えず、少しでも楽になればと思い、13歳になったのを機に村を出て、ヴィンドの街までやってきました。ただ、稼ぐ当てもなく冒険者として細々と食いつないできたんです」


 職業が【治癒士】になったから冒険者ですか。


 なんだか違うような気がしますね。


「おい、リノ。さすがにそれは違うんじゃないか?」


「え?」


「そうね。あまり裕福ではない村なら、なおさら【治癒士】はありがたがられるはずよ? 怪我人や病人が出たときの対処ができるもの」


「あ、いえ。村にいたときは『ライトヒール』すらうまく使えなかったんです。今は『ヒール』や『キュアシック』が使えるようになりましたが」


 ヒールにキュアシックですか。


 だいたい回復魔法のレベルは15前後ですね。


 それだけあれば、田舎で小さな治癒士をすることはできるでしょう。


「うーん、それでしたら、なおさら村に戻ることを考えられてはいかがです? 今のリノさんならある程度の怪我や、軽い病気を治せます。村の方々にとっても薬代の負担が減ると考えれば、ひとり分の食い扶持が増えることは気になさらないでしょう」


「そうでしょうか? 父や母には散々考え直すように言われて飛び出してきたのに、今更帰るだなんて……」


「いや、スヴェインの言うとおりだ。冒険者としての野望がないのなら、村に戻って治癒士として暮らしたほうがいい。嬢ちゃんには冒険者は向いてない。どう考えても冒険者のまねごとにしかなってないぞ」


「まねごと、ですか。雑用依頼はしっかりこなせていたんですが、街の外に出る依頼になると臆病風に吹かれてなかなか踏ん切りがつかなかったんです。確かにまねごとだったのかも知れません」


「きついことを言うようで酷だけど、私から見ても向いてないわよ。村暮らしが嫌なわけじゃないんでしょう?」


「……むしろ街での暮らしに疲れていたところです。常にひとりぼっちで」


「じゃあ、決定ね。リノ、あなたは今回の調査依頼を完遂したら、冒険者をやめて村に戻りなさい。あなたの村ってどの辺にあるの?」


「ええと、幌馬車を使って4日ほどの距離です。ヴィンドの街に来たときは、行商人の馬車に相乗りさせていただきました」


「リノの村に猟師は住んでるか?」


「はい。害獣駆除が主な仕事ですが猟師を営んでいる方もいます」


「よし、この仕事が終わったらリノの村まで案内してくれ。俺たちもいろいろと話を聞いてみたいから一石二鳥だ」


「え、でも、私あまり蓄えが……」


「依頼の仕事として連れて行くわけじゃないから安心しろ。俺たちが話を聞きに行くついでに乗せてってやるだけだ。ついでに、話を聞きやすく交渉してもらえると助かる」


「……わかりました。その程度でいいのでしたら」


「決まりだな」


「ですね。……そろそろ、休憩終わりです。出発しましょう」


「おう」


 それからの2日間はスムーズに依頼が進行しました。


 リノさんの歩く速度が速いので調査範囲を広げることができ、また、休憩も適宜取れたのでスタミナ的にも精神的にも余裕を持って行動できましたね。


 僕も休憩時間に薬草を痛めないで採取する方法や、簡易的な傷薬を作る方法、錬金台を使って実際に傷薬を作るやり方などを披露しました。


 アリアもニコニコ笑っていましたし、問題なかったのでしょう。


 それよりも意外だったのは、リノさんに錬金術の才能があったことです。


 試しに魔力水を作ってもらったところ、低級品ですが作ることができました。


 そのまま採取した薬草で低級品の傷薬も作れましたし、売り物にするのでなければ低級品でも十分に役立ちます。


 リノさんは村の役に立つ方法がまた増えたと泣いて喜び、村に帰るときは錬金台を買って帰ると決めたそうですよ。




 さて、そのまま調査依頼が全日終了すればよかったのですが、そうも行かないみたいでして……。


「スヴェイン……」


「ええ、わかっています。森の中で待ち伏せとはいい度胸です」


 森の中とは言え、そんなに気配をもらしていてはすぐにばれますよ?


 面倒なことこの上ないですが、相手をしなくちゃいけませんね。

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