112.ティショウとの会談 2

「スヴェイン、これは話したくなかったら話さなくても構わない。お前や弟子たちのポーションがあそこまで飲みやすい秘訣はなんだ?」


 そんなことですか。


 難しくもないことですし、教えましょう。


「そうですね……お答えしましょう。まずは、魔力水の原料と品質です。魔力水は下級ポーション類すべてに使う基本素材ですのでバカにできません。ですが、ヴィンドの錬金術師ギルドと同じ傾向があるのなら、魔力水を軽視しているのでしょうね」


「ふむ、魔力水か。具体的にはどうすればいいんだ?」


「この街に流通しているポーションを飲んだことがないので具体的にはわかりません。ですが、おそらく湯冷ましを使った魔力水だと考えます。そうなると、水の中にまだまだ汚れが残っているため、ポーションの味に濁りがでるのです」


「そいつを回避する方法は?」


「湯冷ましを使っているのなら、それを濾過してしまえばいいのです。その一手間でかなり品質が変わります。できれば蒸留水まで使ってほしいのですが……実現は無理でしょうね」


「スヴェインの弟子たちは?」


「当然蒸留水を使っています」


「だよなぁ。ほかに注意点は?」


「あとは、薬草のですかね。できる限り新鮮な薬草の方がえぐみや苦みが出にくいです。ちなみに、これは僕の実体験からの話ですね」


か。そいつはなかなかに難しいな」


「でしょうね。なので、ヴィンドは冒険者ギルドが直接ポーションを作っているというのもあります」


「冒険者が採取してきた薬草を、すぐに錬金術でポーションにできるってことか。無駄な時間がなくて確かにいい案だ」


「はい。ですが、普通の街では難しい」


「ああ、無理な話だ。最初の魔力水の錬金だけだと、どの程度変わる?」


「試してみせてもいいですが、どうしましょう?」


「試させてもらいたい。湯冷ましはすぐに用意させる。薬草はどうすればいい?」


「そうですね。冒険者ギルドで買い取った一般品質の薬草を三枚ほど用意していただけますか?」


「三枚?」


「はい。湯冷ましと濾過水、蒸留水の三パターンで魔力水を作りたいと思います。ちなみに、魔力水と完成品のポーション、どちらも一般品質に抑えるつもりです」


「わかった。少し待ってろ」


 ティショウさんは一度部屋を出て行くと、たっぷり水の入った樽を持って帰ってきました。


 これがすべて湯冷ましなのでしょう。


「待たせたな。こいつが湯冷ましの水だ」


「はい。それではまず、湯冷ましのポーションを作ってみましょう」


 僕は錬金台を並べると、手早く魔力水の錬金を終え、そのままポーションを作りました。


 その手際を驚いた様子で見ていたのはティショウさんとミストさんですね。


「……お前、そのスピードでポーションを作れるのかよ」


「はい。一般品質から特級品まで、望む品質で量産できます」


「一週間で一万本というのも本気ですわね……」


「まあ、とりあえず、ポーションも出来ました。飲んでみるとしましょう」


「そうだな。……うん、苦くて濁った味がする。いつものポーションだ」


「ですわね。おそらくこれが〝錬金術師ギルドの作り方〟なのでしょう」


「……よく、冒険者の皆さんはこれを我慢して飲んでいるものです」


「お前にはきついか」


「はい。とてもじゃありませんが、ポーションと認めたくありません」


「そこまでか……じゃあ、濾過水のポーションとやらを用意してくれ」


「わかりました。では、最初に水を濾過しますね」


 樽から水を少量すくい取り、ビーカーの上に清潔な布を乗せます。


 そして、そこの上から水を通せば濾過水のできあがりです。


「……こんだけか? 濾過水っていうのは」


「これだけですよ? だからこそ、ヴィンドの冒険者でも量産できるのです」


「これでどれくらい味が変わるんだか」


「そこは試してみましょう。では」


 先ほどと同じようにサクサクとポーションまで錬金してしまいます。


 さて、お味は……。


「なんだこれ!? さっきのより遙かに飲みやすいぞ!?」


「ええ、この手間だけでこれだけの違いとは……」


「僕の故郷では普通の錬金術師見習いでも濾過水を使うように教育されていると聞きます。さて、最後の蒸留水を作りますね」


 蒸留水だけは水を錬金しなければいけませんので三段階です。


 あまり時間は変わりませんが。


「これが蒸留水から作ったポーションか。……うん、お前の弟子たちが作ったポーションと同じような味だ」


「そうですわね。多少の雑味などが入っていますが、それは薬草のみずみずしさが減っているためでしょう」


「おわかりになっていただけたようで幸いです。このように、魔力水に多少手間を加えるだけでポーションの味は大きく変わります」


「よーくわかったぜ。錬金術師ギルドに教えてやっても聞き入れないだろうから黙ってるがな」


「ですわね。それにしても、布一枚通すだけであんなに飲みやすくなるなんて……」


「これでこの国の錬金術の水準がはっきりしました。かなり遅れていると感じます」


「ああ、俺もそう感じたよ。くそ、こんな簡単なことでここまで味が変わったのかよ」


 基礎素材は軽く見られがちですが一番大切な素材なんですよね。


 それがわかっていないとは……情けない。


「話したいことはこれだけでしょうか?」


「いや、もう少しある。お前の作った装備なんだが、ものすごく低品質なもので構わない。ギルドの販売品に加えてもらえないだろうか?」


「それはお断りします。僕の作る武器は人を見てから作るかどうかを判断しているんですよね。不特定の人物に売られるのはちょっと困ります」


「そうか、それなら仕方がないな。なら……」


 ティショウさんが続き話そうとしたとき、部屋のドアがノックされました。


 許可をティショウさんが出すと、ギルド職員の方が慌てた様子でやってきてティショウさんに耳打ちをしています。


 なにか緊急事態でしょうか?


「……あー、それは断れないやつだ。わかった、このあとすぐに会談するから話をしておいてくれ」


「わかりました。それでは失礼いたします」


「ティショウさん、なにかありましたか?」


「すまん。断れない客が来た。今日の話し合いはここまでとさせてくれ」


「僕のほうは一向に構いません。契約書は出来ていますか?」


「はい。こちらをご確認ください」


「ふむふむ。……うん、問題ありません。サインをしておきますね」


「追い出すような形になって悪いな。今度はもう少し余裕を持たせるからよ」


「そんなお気遣いなく。それでは、僕たちはこれにて」


「失礼いたします。ティショウ様、ミスト様」


 僕とアリアがギルドマスタールームを出て階段の方に歩いて行くと、虎族の方とすれ違いました。


 あの方が次の会談相手でしょうか。


 ……僕が気を回しても仕方がないですね。


 コウさんのお屋敷に戻って、弟子たちにポーション作りの指導をすることにしましょう。

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