113.ビンセント = シュベルトマン侯爵との会談
やれやれ、本当はもう少しスヴェインと実りのある話し合いがしたかったんだがな。
ビンセント = シュベルトマン侯爵直々に会いに来られたのでは仕方がねぇな。
スヴェインたちが部屋を出て行った少し後、ドアがノックされた。
ずいぶん早く上がってきたもんだ。
「どうぞ。開いてるよ」
「すまないな。聞くところによると来客中だったようだが」
「そう思うならタイミングを見計らってくれ。……まあ、今日の来客はいつ来ることになっていたのかわからない相手だったがな」
「うん? どういう意味だ?」
「日にちだけ指定して、時間は決めてなかったんだよ。あちらもいろいろと都合があるだろうし、予定を割り込ませてもらうのはこっちだからな」
「……先ほど廊下で少年と少女が帰っていったが、あのふたりがお前にそう言わせるほどの客だったのか?」
「おうよ。場合によっちゃ、国の根本を覆しかねないほどの上客だったぜ」
「それほどか? そうは見えなかったが……」
「前線に立つことが少なくなって勘が鈍ってるな、ビンセント。あいつらの魔力が不自然なまでに抑えられていたことに気がつかねぇとは」
「魔力? ……そういえば、冒険者にしては少なすぎる気はしたが」
「それに装備だってカモフラージュされているが一級品どころか特級品だよ。ローブひとつだけでも白金貨百枚以上の値段がつくだろう代物で身を固めてやがる」
「そこまでか? ますますそうとは感じなかったが」
「本当に鈍ってるな、ビンセント。まあ、いい。ちょうどあいつらが作ったポーションの試供品があるから飲んでみろ」
「ポーション? まあ、いいが」
「最初はこれだな。おそらく、一般的に飲んでいるポーションと同じ味のはずだ」
「……うむ。ポーションとはこういう味ではないのか?」
「次にこれ。魔力水に一手間かけて作ったポーションだ」
「ポーションの味にそんな差など……なんだ!? こんなに飲みやすいだと!?」
「おうよ。最後にこれ。今、街にいるとある錬金術師の弟子たちから買い取っているポーションと同じ製法で作られたポーションだ」
「……なんだこれは。ポーションなのにえぐみや雑味を感じないだと?」
「そういうわけだ。ポーションひとつ作るんでもこんなに差があるんだとさ。世の中知らないことばかりだよなぁ」
「……まったくだ。いや、世間話をしに来たわけではない。私は人捜しでこの街に滞在している。だが、どこに行っても該当する人物がいなくて困っているのだ。冒険者ギルドならば居場所を知ってるのではないか?」
ああん?
どういうわけだ?
人捜しならもっと顔の広いギルドがあるだろうに。
「人捜しねぇ。冒険者ギルドに頼んでもあまり芳しい成果は期待できねえぞ?」
「いや、依頼として出したいわけではない。この街のギルドに所属しているはずなのだ」
「この街のギルドの所属ねぇ。シュベルトマン侯爵、冒険者ギルドは国からも独立した組織で、そのうえここは交易都市だと知ってのことかい?」
「……それは重々承知している。だが、もう数週間滞在して手がかりがないのだ。少しでもいいから情報を分けてほしい」
「はあ。まあ、そういうことなら多少の情報は出してやるよ。それで、誰の情報がほしいんだ?」
「うむ。ヴィンドの冒険者にポーションの生産方法を教えたというスヴェインとアリアという冒険者を探しているのだが……」
ここまで聞いて俺はこらえきれずに爆笑しちまった。
視界の端ではミストも笑いをこらえてやがるし……愉快なことはないな!
「ぬ、なにがおかしいのだ、ティショウ!」
「いやぁ、おかしいもなにも。お前が来る前に会談していた相手、更に言うならお前がすれ違った相手がスヴェインとアリアだよ。とんだニアミスだなぁ、おい!」
「な……あのような少年と少女だったのか?」
「ヴィンドでは人相まで聞いてこなかったのか? 冒険者らしくない身ぎれいな格好に丁寧な言葉遣い、さらには見た目を裏切る凄腕の錬金術師だってことをさ」
「……そこまで聞いてこなかったな。私のリサーチ不足か」
「そういうこった。で、なんであのふたりを探している? 事情によっちゃもう少し情報を出してもいいが?」
「そうだな、腹を割って話そう。私は弟のタイガに呼び出されてヴィンドの街へ向かった。その街では冒険者ギルドと錬金術師ギルドの抗争が起こっており、原因を聞けば冒険者ギルドが錬金術師ギルドに薬草を渡さず自分たちでポーションを作っていると言うではないか」
「らしいな。それで、話の詳細を聞いたのか」
「ああ。凄腕の少年錬金術師がわずか三日で冒険者たちに一般品質のポーション作りを仕込み、この街へと出かけたことをな」
「愉快な話だな。ヴィンドの錬金術師ギルドは堪ったもんじゃないだろう」
「あやつらには相応の処分を言い渡しておいた。それでも反省しないなら領軍がでるまでだ」
「おお、怖い。それで、ここまでスヴェインたちを追ってきた理由はなんだ?」
「あの者たちを国の錬金術師として招き入れたいのだ。そうすれば、国力の増強に繋がる。それにグッドリッジ王国との架け橋にも……」
そこまで聞いて、俺は手を上げて話を制した。
ビンセント、そんな話にあいつらは乗らねぇよ。
「どうしたのだ。私の話にまずい点でも?」
「全部がまずい。まず、あいつらはどの国にも所属するつもりはねえそうだ。それから、グッドリッジ王国に帰るつもりも今のところ一切ないとさ」
「なぜだ? あれだけの実力を持っていれば、国の錬金術師になるなどわけもないはずだ!」
「あれだけの実力があるからだよ。あいつらは自分たちの力をよく理解している。それが特定の国家に属した場合、パワーバランスを大きく崩すこともな」
「う、うむ」
「それからグッドリッジ王国をでる際、王家直属の騎士団を壊滅させてきたそうだ。そんな連中が国元に帰れば、どんな政変が起こるかわかったもんじゃないだろう?」
「それもそうだが……あれだけの実力だぞ? それをみすみす見逃すというのは……」
「ああ、俺もそれは考えている。だから、この街の錬金術師ギルドに行ってあいつらの講義を開かせてもらえないか協議に行ってきたよ」
「その顔だとダメだったようだな」
「ああ、まったく話を聞きやしねぇ。お前のサインが入ったレポートを見ても、鼻で笑ってたぞ」
「そうか……我が国の錬金術師はそこまで頭が固いか」
「そうだな。スヴェインたちの講義を受けさせれば、この街のポーション事情は一気に改善する。そうなれば、それが国中に波及するだろうが……無理っぽいぞ」
「ああ、くそ。目の前に優秀な人材がいて、それを活かすことが出来ないとは!」
「それから、あいつらにとっては弟子の指導以外のすべてはオマケみたいなものだそうだ。国のために動くとは限らないぞ」
「そうか。では、弟子の方は?」
「あいつらに言わせればまだまだひよっこだそうだな。高品質ポーションを作ったり一般品質のマジックポーションを作ったりしてるのがひよっこなら、この国の錬金術師どもは十年経ってもひよっこだが」
「基準が厳しいが……確かに、そうだろう。一般品ポーションを三日で仕込むのだ。この国の錬金術の水準などかなり低めに見られているだろうさ」
「実際、ポーションの作り方ひとつでレベルを知られていたぞ。この国の錬金術師は程度がかなり低いとさ」
「耳が痛いな。それに、我が領都から来た報告も耳の痛さに拍車をかけている」
「ああ? なにかあったのかよ?」
「ヴィンドの街に寄ったとき、そのスヴェインという少年が残していった教本を譲り受けた。それを領都に送り実際に教本通り、新人錬金術師を指導したらどうなるか試させていたのだが……」
「その言い方だと想定以上の結果が出たようだな」
「ああ。十日ほどで一般品ポーションはマスターしたそうだよ。むしろ、今まで悩んでいたのが不思議に感じて仕方がないそうだ」
「そいつは耳が痛いな。で、今後はどうしたいんだ?」
「今後、とは?」
「話したとおりスヴェインたちは国家にも地方にも属さねぇ。弟子の指導以外はオマケだからほかの街で出張授業も難しい。しかも、ここは交易都市コンソール。お前の影響力もなりを潜める場所だ。そんな中、お前はどうしたいんだ?」
「……出来れば会って話がしてみたい。引き抜きや技術継承などは抜きにしても、どのような人物かは確かめておきたいのだ」
「ふむ、それくらいなら構わないか。数日待ってくれ。俺とミストがあるものの発注をかけに行く。そのときに一緒に行くぞ」
「待て、その口ぶりだと今いる場所も知っているようだが……」
「知ってはいるが、お前が押しかけて迷惑をかけたら俺の信用に関わるからな。俺たちが行くのにあわせてもらいたい」
「仕方がないか。それでは、よろしく頼む」
ビンセントはそれだけ言い残すと元気なく部屋を出て行ったよ。
まあ、会いたがっていた人物とニアミスしていて、自分の要求はすべて通らないとなれば当然か。
あとは早まった真似をしてくれなきゃいいのだがな。
王家直属の騎士団を壊滅とか国家級の戦力を個人で保有しているって宣言だからよ。
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