185.一日目の終わりに
「お疲れ様でした、シュベルトマン侯爵。今日はこの医療ギルドで最後といたしましょう」
「……本当にすべてのギルドを回る気かね?」
「ええ。皆のやる気とこの街の熱量を見ていただかなくては」
宝飾ギルドが終わったあと、今度は建築ギルドに行き……ギルドマスター含めシュミット公国大使館の建築に出ていると言われてそちらに向かいます。
お昼は調理ギルドでこれまた僕がお題を出すことになってそのお題をクリア、更に家政ギルドを見たあと製菓ギルドでなぜかまた僕がお題を出すことになってしまいこれもクリア。
そして本日最後が医療ギルドです。
「製菓ギルドに行ったあとで医療ギルドと言うのも申し訳ないのですが、医療ギルドマスターの都合がつかなく……」
「いや、そのような些細なことは気にしない。それでは参ろうか」
「はい。誰も出迎えにでていないと言うことは忙しいのでしょうか?」
「わからぬ。……鍛冶や服飾のような派手な出迎えより……」
「おお、すみません、シュベルトマン侯爵。出迎えがぎりぎりになってしまい」
僕たちが医療ギルドのそばまで近づいたところで飛び出してきたのはジェラルドさん。
つまり、医療ギルドマスターですね。
「医療ギルドマスターか。医療ギルドの方は大丈夫なのかね?」
「最近は私抜きでも十分に回っております。錬金術師ギルドマスターからお教えいただいた配合薬やシュミット公国の講師たちのおかげですな」
「配合薬?」
「状態異常系ポーションと通常のポーションを混ぜ合わせることで医療用に使えるポーションを作り出す技術です。シュミット公国では当たり前なのかと考えていましたが錬金術師ギルドマスター、スヴェイン殿のオリジナルだとは」
「配合薬のレシピを思いついたのが十一歳くらいのときですからね……」
「ですが、あれのおかげで講師陣も説明や治療が助かると大喜びでした。……おっといけません。つい立ち話を」
「い、いや。構わないのだが。医療ギルドマスターよ、お主、そのような男だったか?」
「ああ、いえ。スヴェイン殿が錬金術師ギルドを改革し、シュミット公国がこの街を改革してからと言うものすこぶる調子が良く。五十歳くらい若返った気持ちですな!」
「そ、そうか」
シュベルトマン侯爵も医療ギルドマスターの勢いに飲まれていますね。
医療ギルドマスターがこんな快活に笑うとは考えてもいなかったのでしょう。
「さて、我がギルドの改革具合ですが……どこをご覧に入れればよろしいでしょうか?」
「うむ、そうだな……医療ギルドのスタッフたちの様子はどうなのだ?」
「スタッフでございますか?」
「なにか問題でも?」
「いえ、最低限の当番を残してそれ以外はシュミット公国の講師による講義に参加しております。そちらをご覧になりますか?」
「そうだな。シュミット公国の講師陣には驚かされてばかりだが、こちらでも見学させていただこう」
「かしこまりました。それではこちらへ」
医療ギルドマスターに案内されてやってきたのはスタッフ用のミーティングルーム。
中に入ると、確かにシュミット公国の講師たちが講義を行っていました。
「ギルドマスター。戻ってこられてよろしいのですか? シュベルトマン侯爵のお迎えに行かれたのでは?」
小声で話しかけてきたのは医療ギルドのサブマスターさんですね。
彼女も講義に参加していたのでしょうか。
「シュベルトマン侯爵も講義の様子を見学したいと言うのでお連れした。構わないな?」
「これはシュベルトマン侯爵。気付かずに失礼を……」
「いや、構わない。それよりも戻ってきたというのは?」
「私も時間ぎりぎりまでこの講義に参加しておりましてな。サブマスターが呼びに来てくれなければお出迎えに行けなかったかと思うと……」
「そなたでもシュミット公国の講師に劣るのか?」
「医療に優れるも劣るもありません。ただ、新たな知識を蓄え現場で生かす。それだけでございます」
「そうか。ここもか」
そのあとは講義が終わるまで静かに全員で聞き入っていました。
講義が終わったあと、ギルド員たちはこちらに一礼してから部屋を出て行き、講師陣は集まって参りました。
「これはスヴェイン様。どうしてこちらに?」
「おや、ほかの講師陣から話を聞いていませんか?」
「話……すみません、日にちを聞きそびれていました」
「構いませんよ。それよりも堂に入った素晴らしい講義でした」
「お褒めいただき感謝いたします。こちらのギルドマスターからもたくさんのご指導をいただき感謝しております」
「感謝など。私の方こそより多く、深い知識を参考にさせていただけるのだ。お互い様であろう」
「ではそういうことに。……申し訳ありませんが回診の時間もあります。これにて失礼いたします」
「ええ。お仕事、無理をしないように頑張ってください」
「はい。医師が倒れては元も子もないですからね。それでは」
静かに退室して行く彼らを見送ったあと、シュベルトマン侯爵がぽつりとつぶやきます。
「ここもか」
そのつぶやきに応えるのは医療ギルドマスター。
「はい。ここもです」
「医療ギルドマスター、ギルドマスタールームに案内していただけるか?」
「いささか以上にデスクの上が散らかっております。それでもよろしければ」
「そのような些細なことなどどうでもよい」
「かしこまりました」
静かに歩き出した医療ギルドマスターの先導に従い、ギルドマスタールームへと入ります。
そして、全員がソファーに座るとシュベルトマン侯爵が大きく溜息をつきました。
「そうか、ここもか。いや、街に入ったときからおかしいと感じたのだ」
「おかしいとは?」
「街全体の雰囲気が軽く柔らかくなっていた。街の空気などどこも変わらぬと考えていたのに、この街は違った」
「そうでしたか。それもこれも、スヴェイン殿が巻き起こしてくれた改革の嵐のおかげです」
「改革の嵐、とな?」
「はい。少々長くなりますがお聞きになりますか?」
「聞こうではないか」
「はい。そもそも始まりは、前錬金術師ギルドマスターを追い出したあとの後釜探しからでした……」
そこから医療ギルドマスター、ジェラルドさんはこの街でこの半年間に起きた出来事を順序よく語り始めました。
シュベルトマン侯爵も黙ってそれに聞き入り、ジェラルドさんの声だけがギルドマスタールームに響き渡ります。
「……以上のように、ギルド改革は進められております。一部の頑固者どもは改革の風に乗り損ねておりますが」
「それも含めて見学してきた。布を切り裂くように鋼が切り裂ける剣。その剣でも切り裂けぬローブ。それらを作れる技術者がいるのにその教えを請えぬとはなんと愚かなことか」
「ええ。できることならば前錬金術師ギルドマスターのように追い出したいのですが……」
「ダメですよ、医療ギルドマスター。横暴すぎるというものです。今は足元でグラグラと熱を貯め込ませ、それを一気に吹き上げさせましょう」
「錬金術師ギルドマスターは私よりも物騒ですな。そういえばシュミット家は武家でしたか」
「それで、医療ギルドマスター。お主はどこまで絡んでいる?」
「はて? どこまで絡んでいる、とは?」
「なに? まさか、錬金術師ギルドマスター……」
「はい。昨日聞かせたことはスヴェインの野望です。まだギルド評議会にはかけておりません」
「スヴェインの野望。これは聞かねばなりませんな」
「長くなりますよ? 昨日の昼にシュベルトマン侯爵がお帰りになってから夕方までミライさんに語り尽くしましたから」
「ふむ。錬金術師ギルドサブマスターそのメモ書きなどは持っているかね?」
「まだ、見直し前の初稿でしたら持ってきています。どこかのギルドでこの話が出たら説明が必要かと考えていましたので」
「ミライさん? 夕方まで僕と一緒でしたよね?」
「夜遅くまでかけて清書いたしました。お給金ください」
「金貨十枚くらいでいいですか?」
「多すぎます!」
「相変わらず仲がよさそうで結構。それで、初稿というのは?」
「こちらになります。どうぞ」
「ふむ……これは!?」
「医療ギルドマスターからも言ってはもらえぬか? 私が土地を与えたとしても無理な話だと」
「いえ! 土地さえなんとかなれば十分に実現可能かと!」
「なに?」
「錬金術師ギルドマスター、いや、スヴェイン殿! あなたはなにを対価に土地をいただこうとしているのですかな!?」
「はい。薬草栽培の知識と引き換えです。僕の金銭感覚は狂っているとよく言われますが、これは狂っているでしょうか?」
「いえいえ! 薬草栽培、それも高品質以上のものが安定生産できるようになるのであれば対価としては十分釣り合いが取れますぞ!」
「良かった。ミライさんに聞かせた以外、この計画を知っているのはアリアだけだったんですよ」
「こう言うことはもっと早く……いや、この街の改革が成功していなければ私も反対でしたな!」
「でしょうね。悪い言い方かも知れませんが、この街はいいモデルケースになってくれました」
「それでしたら幸いです。スヴェイン殿も得をし、この街の利益にもなる。お互いに得があったということで!」
「待て、そなたら、正気か!?」
「もちろん正気ですとも! ああ、シュベルトマン侯爵はまだ街のすべてを見て回られてはいないのでしたな」
「はい。半分と少しです」
「では、明日は私もご一緒いたしましょう。この街がどれだけ素晴らしくなったかをご説明しなければ!」
「本気なのか……?」
「もちろんですとも! ああ、明日が待ち遠しい!」
「それでは、明日はシュベルトマン侯爵の宿まで出迎えに……」
「いや、いい。あの馬車で出迎えにこられては……」
「ですよねぇ……」
「では、錬金術師ギルドよりもこの医療ギルドの方が街の中心部に近いです。ここをスタートとされてはいかがでしょう?」
「それならば問題ない」
「ではそういたしましょう。……念のため、明日もあの二匹には普通の馬と代わってくれないか説得はしてみます」
「……その様子では期待薄だな」
「まったくもって」
さて、明日は残り半分ですか。
回りきるのは簡単ですが、ウィングとユニは絶対に説得できないでしょうね。
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