186.最後のギルド
二日目はジェラルドさんも乗せて馬車の旅。
まず最初は馬車ギルド、シュベルトマン侯爵も期待していなかった様子でしたが最新式の馬車をみて大はしゃぎでした。
帰りには注文をして帰るほどですからよほど気に入られたのでしょう。
……少々、型は落ちますが僕らの乗っている馬車も同じものなんですけど。
そのあともいろいろなギルドを見て、お昼とデザートはまた調理ギルドと製菓ギルドへ。
今回も僕にお題を聞いてくるので『自分たちで考えなさい』と一喝したら、それぞれに見合った料理が出てきました。
その後は商業ギルドへ行き、統一された書式や懇切丁寧な対談、あとはギルドマスターの説明を聞いて大変ご満足いただけたようです。
商業ギルドでも僕の野望について話をしたためにミライさんが初稿を出す羽目になり、『街を建築した際には是非とも我が商業ギルドへ発注を』と売り込みをかけられてきました。
売り込みなどせずとも、この街のすぐそばに街を作るのですから商業ギルドを頼るしかないのですが。
そして、最後となったのは冒険者ギルドです。
冒険者ギルドに入ると、その熱気が一気に伝わってきました。
これは本格的な指導に入った冒険者もいますかね?
「な、なんだ。この冒険者ギルドは? 王都の冒険者ギルド以上の気配がするぞ!?」
「そういえばシュベルトマン侯爵は元々将軍でしたね。こう言うことにも敏感ですか」
「あ、ああ。この国一番の猛者が集まる王都冒険者ギルドにも顔を出してきた。だがここまでの空気は……」
「ん、おお、スヴェイン。それにビンセントか。ジェラルドの爺さんも一緒かよ」
「冒険者ギルドマスター。正式なシュベルトマン侯爵の訪問だぞ」
「ん? ああ、悪い。ようこそシュベルトマン侯爵」
「今更取り繕わなくともいい。それで、この気配の主は誰だ? こんな強者の気配がするのはなぜだ?」
「ああ、それな。入り口付近だったらここにいる冒険者全体のものだぞ?」
「なに? 冒険者全体?」
「視察なんだろう? とりあえず訓練場へ行こうぜ。俺も訓練に行くところだったんだ」
「冒険者ギルドマスター、あなた、出迎えは?」
「今更だ。行こうぜ」
ティショウさんに案内されて訓練場の観客席へとやってきました。
ですが、そこには見慣れた人影もいて……。
「なぜ、あなたたちがここに?」
「あら、スヴェイン様」
「先生です!」
「先生、こんにちは」
魔法の訓練をしているはずのアリアにニーベちゃん、エリナちゃんがいました。
三人ともどうしたのでしょうか?
「ええ。で、なぜここに?」
「魔法の訓練も大分進みました。なので少し戦闘の空気に慣れさせようかと」
「冒険者さんたち、怖いのです……」
「うん。特に、あのなんでもないようにほかの冒険者さんをあしらっている四人。只者じゃないよ」
四人……ああ、シュミットの講師陣。
あの四人、普段は気配を出しませんからね。
「なにが起こっている? なぜ冒険者たちはあの四人に軽くあしらわれているのだ?」
「ビンセントでもわからねえよな。あれが冒険者ギルドの呼んだ講師陣だよ」
「あれが? 特に強そうには……まさか!」
「そう、スヴェインたちと同じだ。普段は気配を殺してやがるんだよ。威嚇するときくらいしか魔力も覇気も出しやしねぇ」
「なるほど、それで強いわけか……」
「強いだけじゃねぇ。しっかり指導もしてる。冒険者全体のレベルが上がってるのはそれが原因だ」
「う、うむ」
「さてと。それじゃ、俺も稽古をつけてもらって来るかね」
「まて、今なんと言った?」
「ん、ああ、俺の方がどの講師よりも弱いんだよ。まったくもって立つ瀬がない」
「冒険者ギルドマスターより強い講師? それでギルドマスターの威厳が保てるのか?」
「そんときは俺が一発ぶん殴る。それで終了だ」
「そういえば冒険者はそう言う生き物か」
「その通り。じゃあな」
それだけ言い残し、ティショウさんは観客席から飛び降りました。
いつも通りに訓練用の爪を取り出すと講師のひとりに突っ込んでいきます。
さて、今日はどれくらいもつでしょうか?
「ふむ、ティショウは今日も血気盛んだな」
「あれくらいでないと冒険者ギルドマスターは務まらないのかも知れませんね」
「ああ、獅子のおじさん、負けちゃいました」
「今日は大分もった方ですよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。講師も相手の強さに応じて手加減と強化の度合いを変えてますから」
「手加減と強化の度合い?」
「はい。弱い方々には手加減を、強い方々には自己強化魔法で強化をしています。ティショウさんはかなり強めの自己強化を引き出せていたので今日は大分もったのです」
「冒険者が自己強化魔法?」
「ええ。シュミット流では一般的な技術です」
「『シュミット流』とは?」
「シュミットにおける代表的な戦法ですね。もちろん個々に違いがありますが共通点はいくつかあります」
「共通点とは?」
「まず自己強化魔法を戦闘中は常にかけ続けること、攻撃時は武器に簡易エンチャントを施すことですね。簡易エンチャントについては、武器そのものにエンチャントが付与されていれば省略しますが」
「待て、待て待て! 冒険者がそれだけの技術を!?」
「はい。今回は講師が来ていますので必須技能ですね」
「とてもではないが信じられぬ……」
「そうですか? では、わかりやすいお手本をご覧ください」
さて、エリシャさんと試合をしてきましょう。
ああ、せっかくですからエリシャさんの本気もみてみたいですね。
……うん、そうしましょう。
********************
「おー、ひでぇ目にあった」
今日もまた負けちまったなぁ。
自己強化もうまくなってきたと感じてんだがよ。
俺が観客席に戻ってくるとひとりたんねぇ。
錬金術師ギルドマスター、スヴェインだ。
アイツ、どこに……。
「戻ったか、ティショウ」
「おうよ、ビンセント。……で、スヴェインはどっか行ったのか?」
「あそこにおるぞ」
ジェラルドの爺さんが指さすのは訓練場の中央。
そこにスヴェインとエリシャが互いに剣を向け立っていやがった。
ただ、あの剣はこの訓練場の剣じゃねぇ。
まさか、真剣?
「あー! エリシャさん、ずるい! スヴェイン様と魔鋼製の訓練剣で立ち会うなんて!!」
「堪えろ、リンジー。我々では三人がかりでもスヴェイン様に勝てない」
「まったくだ。魔鋼製の訓練剣だから折られはしないが。代わりに腕を持っていかれるぞ?」
「……お前ら、戻ってたんだな」
こいつらはエリシャ以外の講師陣だ。
一体なにをおっぱじめ……ああ、そういうことか。
「な、なんだ! あのふたりの動きは!?」
「んー。ふたりとも自己強化魔法を全開でかけ続けてるんだろうよ?」
「いや、エリシャ? と言ったか。彼女が素早く重い剣を振るうのはわかる。なぜスヴェイン殿は一歩も動かずにいられる?」
……ん、なんでだ?
俺にもわかるか!?
「スヴェイン様はエリシャさんの剣を全力で受け流しているんです! だから一歩も動かず受け続けられるんですよ!」
おお、解説ありがとう、講師。
確か、リンジーだったな。
「受け流す? 一歩も動かずにか?」
「全身の筋肉と魔力を同調させてすべて受け流しているんです。エリシャさんが本気になってくると、スヴェイン様の後ろに光の帯が出てきますよ!」
「あれで本気ではないのか!?」
「まだ暖まってないですね。本気のエリシャさんはもっとすごいです」
あれで本気じゃないとか本気ですごいな。
つーか、あんなの白金貨五百枚程度で雇えて良かったのか?
「なあ、聞くがよ? 本当にあのエリシャって講師、白金貨五百枚なのか?」
「白金貨五百枚だと!?」
ビンセントは別の意味で驚いてるな。
まあ、気にしないが。
「そんな訳ないじゃないですか。本来なら八百枚とか千枚レベルですよ?」
だわなぁ。
「今回エリシャさんが引き受けたのは、国外に出てみたかったと言うことと、スヴェイン様の移動手段に乗ってみたかったってことからです。それ以上でも以下でもありませんよ!」
なるほど、よくわかった。
「白金貨五百枚も出したのか? たったひとり雇うために?」
「あの動きを盗めるなら白金貨五百枚なんて安いもんだ」
お、本当にスヴェインの後ろに光の帯ができはじめた。
エリシャが本気になってきたか。
「うー!! 我慢できない! ふたりとも! 魔鋼製の訓練剣は持った!?」
「もう取り出してある!」
「あんなの我慢できるか!」
「と言うわけで、ごめんなさい! 今日の指導はここまでと言うことで! アリア様! 骨が折れたら治療してください!」
「私もスヴェイン様もいるのでご心配なく」
「では、行きます!」
残っていた講師陣全員、あのふたりの間に飛び出していったぜ。
そんであっさり蹴散らされてら。
よくわかんねぇ。
********************
「……まったく。なぜ僕たちの間に突っ込んできたんです、三人とも?」
僕は試合中に突っ込んできた三人を治療しています。
現在は最後のリンジーさんを治療中ですよ。
「いやぁ、あんなの見せられたらいてもたってもいられず……」
「それで、剣ではなく骨を折られてどうするんですか、まったく」
「そう言いつつも治療してくれるスヴェイン様の優しさ」
「あなた方を治療しないと明日以降の訓練に支障が出るからですよ」
「……ふう、治りました。ありがとうございます」
「まったくだ。反省しろ、お前たち」
「じゃあ、エリシャさんはあれを見せられたら我慢できるんですか?」
「それは……」
これだからシュミット流の講師は……。
いえ、僕も似たようなものでしょうか。
「よう、スヴェイン。派手に暴れたな」
「ティショウさん。それにシュベルトマン侯爵に医療ギルドマスターも。恥ずかしいところを」
「いや、シュミット流のすごさはわかった。そして冒険者の熱量もな」
「そう言っていただけると幸いです」
「……これならばスヴェイン殿の野望も夢物語ではないか」
「スヴェインの野望?」
……こうしてまたひとり僕の野望を知るものが現れました。
ティショウさんも大絶賛でしたよ、ええ。
それから、シュベルトマン侯爵にはもうしばらくこの街に滞在をお願いしました。
土地の対価をご覧に入れなければ、ね。
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