81.挿話4-私たちの先生

「アトモ様、ようこそおいでくださいました」


 アトモ様は30代後半くらいの年齢でしょうか。


 お父様とあまり変わらないように見えます。


 金の刺繍が入った紫色のローブで全身を覆い隠していますが、太ってはいません。


 確か、金の刺繍が入った紫色のローブは最高位錬金術師の証だとお父様が話していたような?


「うむ。出迎え感謝する。だが、私も時間が惜しくてな。すまないが、少し指導したらすぐに去らせていただく」


「かしこまりました。それでは、指導していただくのは私の娘ニーベと友人のエリナになります」


「わかった。早速だがアトリエに案内してくれ」


「はい、こちらです」


 アトモ様を私たちのアトリエへと案内すると、感心したように声をもらされています。


「若いのに感心したものだ。部屋中が燃えにくいものでそろえられており、必要な機材のみを取りそろえている。錬金台も初心者向けの機能限定品。駆け出しの錬金術師として、この選択は正しい」


「やはりそうなのですね?」


「うむ。錬金術では初期の頃はともかく、中級以上では危険な素材を取り扱うことも少なくない。燃えやすい敷物にこぼしただけで大火事など、金持ちの錬金術師ではよく聞く話だよ」


「私の先生も昔は小火を何回か起こしたことがあるそうです。その経験から、基本的に燃えやすいものはアトリエに置かないようにと」


「いい師匠だな。それで、普段はなにを作っているのだ? ポーションか? マジックポーションか?」


「いえ、普段は魔力水を作っています。最後に使用人に配る傷薬をいくらか作るだけですね」


「魔力水だけ? それはなぜだ?」


「先生からの指導です。【特級品のアイテムを作りたければ、まずは魔力水を最高品質で安定させるように】と」


「……つづけたまえ」


「はい。その前段階として、まずは【魔力操作】スキルをマスターするように指導されました。細かい魔力を扱うには、最低限それが必要だからです」


「ふむ」


「それが終わったあとは、『蒸留水』を作れるように指導を受けました。最高品質の『魔力水』を作るには絶対に必要だからと」


「……湯冷ましや濾過水は使ったことがないのか?」


「その過程はすべて無駄だからと省かれました。次の『魔力水』を錬金するために必要な時間を考えれば、その素材である水の純度について試行錯誤するのは時間が惜しいと」


「なるほど。そういう考えも理にかなっているな。それで、ニーベといったか。君の【錬金術】スキルは今どれくらいかね?」


「お恥ずかしながらまだ9です。もうすぐ2カ月になるのにこれくらいしかなくて……」


「……まて、2カ月で【錬金術】スキルのレベルが9に? 君は【魔術師】であり、今の師匠に指示する前は錬金術に触ったこともないと父上に伺っていたが?」


「はい、あっています。錬金術スキルを覚えたのは先生に師事するようになってからです」


「試しに魔力水を作ってみてくれないか? どの程度の腕前かを確認したい」


「わかりました。蒸留水から作りますので、少しお待ちください」


 私は蒸留水を作って成分に問題がないかを鑑定すると、すぐに魔力水の錬金に移ります。


 いつも通り、水を攪拌しながら魔力を混ぜ込むイメージで……できた!


 私の魔力水はいつも通りの鮮やかな青色、高品質品です。


 先生の最高品質を目指したいのですが、ここで失敗するわけにいかないですからね。


「できました。アトモ様。……アトモ様?」


「……素晴らしい! 本当にまだ2カ月程度しか錬金術を学んでいないのかね?」


「はい。なので、まだこれしかできませんが」


「いや、たった2カ月でこれだけできれば十分だ。むしろ、君たちの師匠に会いたいくらいだ。最近の錬金術師どもは、基礎をおろそかにするあまり、高品質なアイテムを作れないでいる。君たちはこのままその師匠についていきなさい。おそらく道を間違えることはないだろう」


 なんだろう、先生が褒められるととっても嬉しいです!


 自分の選択が間違いじゃなかったってことより、先生が認められていることがすごく嬉しいのですよ!


「そういえば、それだけの腕前があれば高品質ポーションも作れるのではないか? そうすれば、安くはない金額で売れる。裕福な家庭であるとはいえ、錬金術は上の段階に進むほど金食い虫になるぞ。今のうちに貯めておいた方がいいのでは?」


「そ、それは……」


 なぜでしょう、アトモ様の言うことはもっともです。


 今は薬草を自家栽培できているからいいものの、もっと上級のアイテムを作ろうと思えば素材を購入する必要が出てきます。


 そのためにも、今から貯金はあった方がいいはずなのに……。


 いえ、そもそも、なぜ先生はは作ってもよくて、はだめだとおっしゃているのでしょう?


 どちらも傷を治すためのお薬です。


 その差は、なにも……。


「うっ!」


「ニーベちゃん!」


「どうした!?」


 傷薬とポーションの違いに気がついたとき、私は酷い吐き気とめまいを覚えてしまいました。


 ああ、私にはポーションはまだ早いです。


「申し訳ありません、取り乱しました。……それで、ポーションですが、私にはまだ早いです」


「早いとはどういう意味かね?」


「はい。傷薬ならせいぜい切り傷程度にしか使いません。ポーションになると冒険者さんが生死をかけるような場面で使うこともあります。私には自分の薬に命をかけてもらう自信がないのです。自分の薬がもし効かなかった場合、誰かが死ぬことを考えると……」


「……ふむ。そこまで考えがまわるか。師匠も素晴らしいが弟子も素晴らしい。おそらく、師匠も熟練度や経験不足以外に覚悟不足を考えてポーションを禁じているのだろうな」


「そうだと思います。私たちのアトリエには、師匠が緊急用にと置いていったポーションがありますし、私たち自身も師匠のポーションを持って作業をしていますから」


「いや、実に素晴らしい。ヴィンドの錬金術師どもなど、命の重みを理解していないからこそ一般品のポーションを量産せず、低級品のポーションを大々的に売っているというのに……」


「やっぱりヴィンドの街って錬金術の質が悪かったんですね……」


「エリナはヴィンドの出身か? 故郷を悪く言うようですまないが、あそこの街は古い体質の錬金術師ギルドが根を下ろし過ぎていて腐っている。あの街で錬金術を学ぶのは間違いだな」


「はい、先生に拾っていただいて感謝しております」


「ふう、私もそんな素晴らしい師匠に巡り会いたかった。先人の愚痴に付き合わせて悪いが、私はほぼ独学でな。最高位錬金術師の証を手に入れた今でも自分の技術が正しいか迷いがある」


「アトモ様でもですか……」


「ああ、そうだ。それで、この街に『フォル・ウィンド』著の錬金術本があると聞いてやってきたのだが……1カ月以上前に処分されかかっていたところを、旅の錬金術師がまるごと買い上げていったと聞いてな」


「え、フォル・ウィンドの著作本ですか?」


「ねえ、ニーベちゃん。それって、私たちのアトリエにある教本じゃ……」


「……なに?」


「すみません。フォル・ウィンドの本をまとめて買い占めたのは、私たちの先生です。なんでも、フォル・ウィンド様は私たちの先生の師匠の可能性が高いらしく……」


「……そこの本棚にあるのは、すべてフォル・ウィンド著の本か?」


「はい。錬金術以外の本もかなりありますが……」


「すまない。お主の父上の許可をもらってくるので、あれをすべて転写魔法で写本にして持ち帰りたい。もちろん、相応の金額は払う」


「ええと、私は構わないのですが、一応お父様の許可を……」


「わかった。今許可をもらってくる!」


 そう叫ぶなり、アトモ様はアトリエをすぐに出て行かれました。


 そんなにフォル・ウィンド様の著書がほしかったのでしょうか?


 お父様と一緒に戻ってきたアトモ様の話を聞くと、この国の首都からコンソールまで来た最大の理由がフォル・ウィンド様の著書だったそうです。


 フォル・ウィンド様の著書は刊行数があまり多くはなく、流通している国もまばら。


 書いてある内容も上級者向けであることが多いため、廃棄されることが多いのだとか。


 アトモ様はそんなフォル・ウィンド様の著書を見つけては買い取って研究していたのですが、コンソールの図書館にまとめて複数冊あると聞いてやってきたそうです。


 転写はその日1日では終わらず、アトモ様は泊まっていくことになったのですが、夜は私たちとフォル・ウィンド様の初級錬金術書の内容で語り合いました。


 アトモ様から見てもフォル・ウィンド様は非常に優秀な研究者だそうで、できれば本人にお目にかかりたいそうです。


 翌日、転写作業の終わったアトモ様は泣く泣く首都へと帰っていきました。


 日程的に可能であれば、私たちの先生とも話し合って見たかったそうです。


 ともかく、自分たちの方向性に間違いがないと証明された私たちは、今後もこの方針で作業を続けて腕を上げていくことになりました。


 先生が来るまで半月と少し、頑張りますよ!

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