621.見習い錬金術師 トモ 3

「ふっふふっふふーん!」


「……今日も快調ね、トモ」


「あ、ジャニーン先輩。とっても調子がいいです! 話しかけられても魔力の渦が維持できるようになりました!」


 ニーベお姉ちゃんに家まで送り届けてもらってから三日後、今日の指導担当者はまたジャニーン先輩。


 先輩たちはそれぞれの研究や仕事もあるため、それに影響が出ないようローテーションを組んで指導にあたってくださっているみたい。


「トモ、あなたのはいつ?」


「ニーベお姉ちゃんに送り届けてもらったあと『星霊の石板』を確認したら


「でしょうね。初日からあんなに無茶をしていたんだもの。それで、は?」


「ええと……」


「数えていないでしょうね。二日目以降は毎日毎日何回も魔力枯渇を起こしているんだから。まったく、あなたを見ているとヴィルジニーの影がちらつくわ。まだ魔力操作の段階なのに?」


「ヴィルジニーさんってどなたでしょう?」


「あなたの一期上の先輩よ。子供向け講習会担当になったから研究職からは抜けたわ」


「そうなんですね。その方は一体なにを?」


「……教えて真似をされたら困るから教えないわ」


「そうですか?」


「そうよ。それにしても、本当に魔力操作がうまくなっているわね。これだけ話をしていても渦が途切れないだなんて」


「家でも頑張ってます!」


「……家でも魔力枯渇を起こしているの?」


「それは……えへへ」


「ご家族に心配させない範囲にね。あなた、まだ十三歳なんだから」


「はい! ……あ」


「魔力枯渇ね。仮眠室へ」


「たびたびすみません……」


「いいのよ。あなたの進捗が一番進んでいるし。……こんなところでもヴィルジニーを思い出すけれど」


「はあ……」


「いいから、早く行きなさい」


「では、失礼します」


 今日、三回目の魔力枯渇で仮眠室のお世話になる。


 新規入門者で仮眠室を使っているのは私だけのようで噂になっているみたいだけれど……私には関係ないから構わない!


 さて、一眠りしたらすぐにでも練習に戻らないと……。


 三十分ほど仮眠を取ってアトリエに戻り席に座ったら再び魔力操作の練習!


 ただ渦を作り続けるだけなのにこれがとっても楽しくてやめられない!


 ……そういえば、この渦って形を変えられないかな?


 ニーベお姉ちゃんは手の形を変えたら歪になるって言ってたけど……いまならできる気がする!


「えい! あ、できた!」


「……トモ、今度はなにができたの?」


!」


「……そこまでできるのね、あなたって」


「難しいことなんですか?」


「渦の形をゆがませると渦が丸くならないでしょう? その状態で渦を回し続けるのって中級者向けの技術なのよ」


ですか? は?」


「……もうそこまで手を伸ばしたいの?」


「はい! 少しでも早くニーベお姉ちゃんの指導を受けたいです!」


「構わないけれど……私たちの指導計画は変わらないから早くても一カ月半近く先よ? 我慢できる?」


「はい!」


「はあ、わかったわ。上級者向けはこうやるの」


 ジャニーン先輩が両手の手のひらの中で魔力の渦を作り出すと、それを維持したまま大きくしたり小さくしたりし始めた。


 そっか、大きさを変えることがなんだ!


「これができるようになれば少なくともでしょうね」


。つまり、もっともっと練習した方がいいんですね!」


「……そうね。魔力操作はどこまでいっても錬金術の基本能力よ。これができなければまともなポーションを作れないしもっと上位の薬品なんて無理。あなたの目標であるミドルポーションなんて素材のひとつを作ることさえ難しいわ」


「よーし! 頑張るぞー!」


「……わかった。頑張ってもいいし、魔力枯渇を起こしてもいい。ただし、深めの魔力枯渇は起こさないでね」


「深めの魔力枯渇、ですか?」


「魔力枯渇にも段階があるのよ。普段あなたが起こしているレベル、自分で歩ける段階なら大した問題じゃないし三十分も休めば回復するんだけれど……酷くなると自分で歩けなくなって二時間は寝ていないと回復できなくなったり、最悪気絶して一晩ギルド泊まりなんてこともあるから要注意」


「……軽いところで止まります」


「くれぐれもそうして頂戴。その方が効率もいいから」


 そうなんだ、あまり無理をしすぎて深めの魔力枯渇になっちゃうと休む時間も増えちゃうんだ。


 そんなことをしたらニーベお姉ちゃんの指導が遠のいちゃうから気をつけないと!


 そして、魔力の渦を維持しながら大きさを変えるのって難しい……。


 渦を途切れさせればいくらでも大きさが変えられるけれど、渦を維持したまま大きさを変えるのってどうやるんだろう?


 そんなことを繰り返していたらまた魔力枯渇を起こしちゃったし、仮眠を取る前もイメージトレーニングは欠かせない。


 うーん、どうやれば……。


 五日目が終わっても答えが見つからず、帰り支度を整えるために背負い袋へ教本などを詰め込んだ。


 ……あれ、袋って中身を入れれば膨らむよね?


 つまり、魔力の渦の中にも中身を詰め込んだり押し出したりすれば大きさが変わるんじゃないかな?


 早速、家に帰ったら試してみよう!


 家に帰って魔力を詰め込んでみたけど渦がゆがんではじけ飛んだだけでダメだった。


 じゃあ、なにを詰め込めば……。


「ん? トモ、今日はおとなしいな」


「あ、ユルゲン先輩。魔力の渦を大きくする方法、思いついたんですけれどなかなかうまくいかなくて……」


「……いや、お前ひとりだけ先に進みすぎだからな? まだ【魔力操作】スキルをマスターしていない連中だっているんだからな?」


「でも、私の目標はニーベお姉ちゃんなんです!」


「本当にヴィルジニーの影がちらつくな。どれ、少し話を聞いてやる。思いついた方法ってないんだ?」


「魔力の渦の中にを詰め込むことです。そうすれ大きくしたり小さくしたりできるんじゃないかなって」


「ふむ……なにを詰め込もうとした?」


「魔力です。そうしたら渦がボコボコになってはじけ飛ぶだけでした」


「まあ、魔力の渦だからな。その中に魔力を詰め込めば中の魔力が外部を巡っている魔力に取り込まれてそういう結果になる」


「……そこまで考えていませんでした」


「気にすんな。着目点は悪くない。詰め込むものを考えてみな」


「詰め込むもの……」


「これ以上のヒントは出さない。お前ばっかり先に進まれても困るんだ。頑張れよ。そして、ぶっ倒れるほどの魔力枯渇を起こす前に仮眠を取れよ」


「はい。体は大事にします。後れは取りたくないので」


「……その結果、先に進みすぎてるんだがな」


 うーん、かぁ……。


 普段渦を作る時に詰め込んでるのってなにもないよね……?


 ん?


 なにもないって言うことは


 そうとわかれば早速実験!


 まずは渦を作って……次に渦を大きくするために周りの空気を巻き込みながら回していって……できた!


「やったあ!」


「トモ、早すぎる。そして渦をでかくしすぎだ。一度消せ」


「あ、はい」


 私はユルゲン先輩の指示通り渦を消す。


 はりきりすぎて空気を巻き込みすぎたかも。


「トモ。今の段階でお前に教えることはなくなったが……どうする? 今日は早上がりするか? 事情は説明するから咎められないようにするぞ?」


「いえ! このまま就業時間いっぱいまで自習を続けます!」


「……そうか。魔力枯渇を起こしたら仮眠室へ行けよ。くれぐれも無理をせずにな」


「はい!」


 魔力操作だけでこんないろいろなことができるだなんて……錬金術って楽しいな!

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