642.第零泊目:シュミットへ向かう道にいた黄龍
「うーん、やっぱりカイザーは早いのです」
『当然だ。エンシェントホーリードラゴンなのだからな』
カイザーを使った山越えルートだと数分でシュミットまでついてしまうのですが、手加減をしてもらい三十分程かけて山越えをしてもらっています。
それでも十分に早いのですが。
「そういえば先生のウィングもアリア先生のユニもカイザーと同じ速度で飛べているけどこれってどういう仕掛けなの?」
『私が魔力で覆っている。言い方は悪いが牽引しているようなものだ。私が引き連れている限りは私と同じ速度で飛ぶことができるぞ』
「それは楽しそうなのです!」
「うん、楽しそう!」
『ニーベとエリナは帰り道まで禁止らしい』
「……先を打たれていたのです」
「……残念です」
『帰り道では許可が出ているのだ。その時に存分に楽しめ』
「そうします!」
「はい!」
『やれやれ。人の基準で成人とやらを迎えたらしいがニーベとエリナは変わらぬな』
「このおふたりはそう簡単に変わりませんよ」
『それもそうか、リリス』
「はい。いずれは年相応の落ち着きも覚えていただきたいのですが……アムリタを飲んでしまいましたからね。見た目年齢が変わらないというのがちょっと」
『……そういう問題もあるのか、アムリタは』
「どちらにしても今回のシュミット行きでは興味と好奇心のままに行動させるつもりです。可能な限り、監督者は私がつきますので」
『大変だな』
「それほどでも。あのふたりの行動はまだ読みやすいですから。……幼い頃のスヴェイン様とアリア様に比べれば」
『そうか……』
「苦労いたしました」
山々に遮られない雲の上、高いところが苦手なミライさんとサリナさんはマサムネの両側にしっかりとしがみついて目を閉じています。
そんなことをせずとも、カイザーが人を落とすような不手際はしないのに。
パンツァーだとやりかねないので怖いのですが。
「ねえ、スヴェイン。予定って聞いても大丈夫?」
「予定ですか?」
「うん、予定」
僕やアリアと同じようにカイザーの周りを聖獣で飛び回っていたユイがやってきて、今後の予定を確認してきました。
ただ予定といってもこれといって立ててないんですよね。
「あまり計画していません。とりあえず、ユイのご両親には初日の間にごあいさつを済ませたいのですが」
「初日から!?」
「ユイ、後に回すとズルズルと引き延ばすでしょう?」
「それは……否定できない」
「と言うわけで、ユイのご両親へのあいさつは初日からに確定です。あと、ユイの要望にあったあなたのお友達へのごあいさつはいつにしますか?」
「そっちは……連絡を取り合ってみて都合がつく日じゃダメ? ひょっとすると各個人の業務時間や修行時間の終了後だから夜になっちゃうけれど」
「構いませんよ。あと、アルコールも飲んで構いません」
「……それ、私がスヴェインやアリアに甘えるところを見せつけてもいいって宣言だよね」
「かわいいユイですから」
「……考えとく」
「考えておいてください。ほかには?」
「時間があったら服飾講師訓練所かな? 教官の皆様が残っているかはわからないし、覚えていてくださるかもわからないけれど」
「いいんじゃないでしょうか。弟子たちも錬金術の訓練所に興味を示していますし、午前と午後に分けて見学させていただきましょう。僕も訓練所や英才教育機関がどういう風になっているのかは知らないんですよ」
「領主家だものね。ああ、でも、まさかスヴェインのお嫁様になって帰郷だなんて夢にも思わなかったな」
「夢じゃないからしっかりしてくださいね?」
「わかってます。ちゃんと第二夫人の名に恥じない振る舞いをしてみせるよ」
「そこまで気負わなくても結構なんですが……無理でしょうね」
「うん、無理!」
「アリアはアリアでジュエルお母様にいいところを見せるんだってはりきっていますし。そこまでしなくとも」
「でも、スヴェインだって今後できる『学園国家』の王様なんでしょう? 王様同士、きちんとした態度を示さないと」
「シュミット流ですからね……王としての威厳なんかより民にどれだけ安心感と生活の向上を与えられるかを優先しそうです」
「それはありそう」
そこまで話しているとユニに乗っていたアリアもこちらにやってきました。
なにかありましたでしょうか?
「アリア?」
「正面の雲行き、怪しくなってきましたわよ」
「正面の雲行き。ああ」
「スヴェイン、アリア。すごい気配を感じるんだけど……」
「慣れていない人には厳しいでしょうね。あれは『黄龍』です。カイザー、つまり『エンシェントホーリードラゴン』とほぼ同格の聖獣様ですよ」
「……ひょっとして、怒っている?」
「怒ってはいないようですが……しばらく顔を見せていなかったので不機嫌なのかもしれません」
「そんな人みたいな」
「あら、人も聖獣も大差ありませんわ。ユイだって散々学んできていることでしょう?」
「いや、それはそうだけど……」
「とりあえず、行きましょうか。ユイ、あなたはカイザーの背中に戻りこちらから攻撃を仕掛けないよう注意しておいてください。特にニーベちゃんとエリナちゃん。神獣の杖があれば黄龍だって手傷……どころか深手を負います」
「わかった。よく言い聞かせる」
さて、黄龍は一体どのようなご用件でしょうか。
カイザーとの距離が近づいてくると……やはり少々不機嫌なのがわかりますね。
『待っておったぞ。『聖獣郷』の主よ』
「ご無沙汰しています。黄龍」
「久しぶりですわ。黄龍」
『うむ、久しぶりだ。お前たちならばいまの拠点、コンソールとやらからも一日かからずにやってくることができるであろう? たまには顔を出せ。以前の動乱の際、お前たちの魔力に触れ、お前たちと遊びたかったのに遊ぶ機会を逃してしまった聖獣や精霊どもが我に要望をあげてきて困っているのだ』
「……機嫌が悪いのはそのためですか」
「人くさいですわ」
『機嫌が悪くもなる。今回、お前たちがシュミットへの里帰りをすることを聞きつけ、そういった聖獣や精霊たちが歓迎しようと一致団結して待ち構えている。派手な帰郷になるが我慢しろ。とりあえず、それでなるべく絡みつかないように指示はしてある。幼い者たちはそれでもからみたがるであろうし、聖獣契約もしたがるだろう。そういった者たちは責任を持って連れ出せ』
「いいんですが? 『聖霊郷』の住民が減っても?」
『グッドリッジの動乱が収まり、シュミット公国になってからというもの物見遊山がてらで『聖霊郷』を訪れる聖獣や精霊どもも増えた。その結果として棲み着くものも増え始めていてな。子供たちと遊ぶものや大人と契約してその仕事を手伝うものまで様々だが……とにかく数が多い。一部は公都シュミットだけでは飽き足らず地方都市にも現れている始末だ。我々でも制御不能。なんとかしてくれ』
「いや、なんとかしてくれと言われましても……」
「聖獣や精霊たちの考えることです。人の邪魔をしない限り好きなようにさせるしかないでしょう」
『そうなるか……アンドレイからも頼まれてはいたんだが、そうなってしまうよな。いまの『聖霊郷』における惨状はそんなところだ。このままで行けば二十年後か三十年後にはシュミット公国すべての都市が聖獣たちの遊び場になってしまう』
「まとめ役なんでしょう。なんとかしてください」
『無理だ。集まりすぎている』
うーん、シュミットも相当、いえ非常に聖獣たちに侵食されていますね。
これ、コンソールの未来じゃないでしょうか。
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