643.第零泊目:シュミットでの歓迎
『ここからは我が案内する。国境は……面倒だろうが審査を受けてくれ。それが人のルールだろう?』
「構いません。僕もアリアもユイもリリスも正式にシュミットから抜けていますし、それ以外の民間人も連れ込んでいますからね。審査を受けないわけにはいかないでしょう」
『助かる。まあ、形式的なもので済むだろうが』
「形式的なもの、ですの?」
『聖獣に乗って現れるような者たちに不届き者がいるはずもあるまい』
「……それもそうですわね」
黄龍のいうとおり、国境線である『大地の境界』で受けた入国審査は本当に形だけのものでせいぜい入国目的と予定滞在期間、滞在予定先しか聞かれませんでした。
本当に形だけのもので滞在期間以外はオマケだったようですが。
入国審査が終わればまた黄龍の先導を受けながら公都シュミットまで向かいます。
向かいますが……途中から既に僕たちと併走し始める聖獣や精霊たちも現れ始めて本当に賑やかです。
「賑やかですわね。スヴェイン様」
「賑やかだね。スヴェイン」
「聖獣さんや精霊さんがたくさんなのです」
「ボクたちが街に近づいてきただけでこの反応って……街に着いたらどうなっちゃんだろう」
「覚悟しておいてくださいな。これなど比ではないでしょうから」
「でしょうね。聖獣たちはなにをやらかすつもりなのか」
『ろくなことではない』
『我は内容を知っているが……ろくなことではないな』
とりまとめ役の黄龍にまで『ろくなことでない』と言わせる歓迎って一体……?
ともかく、森の切れ目から公都シュミットが見えてきましたね。
ずいぶん森が侵食している気がしますが。
「先生、あれが先生の生まれ故郷なのです?」
「ええ、あれがいまで言う公都シュミット、シュミット公家の治める街ですよ」
「うわあ。それって王都みたいなものですよね!?」
「ええ。そういえば、あの建設中の建物って?」
『王城らしい。アンドレイは不要と考えていたらしいが民や家臣団からは必要だと押し切られてな。アンドレイめ、謁見の間すら用意していないのだからそういう目にあう』
「……先生のお父様らしいのです」
「……着飾らないところとか一緒だね」
「……必要な所は用意するべきですわ」
「国を治める立場なんだから謁見の間は必要でしょうに……」
「アンドレイ様……」
お父様、最低限の設備は用意いたしましょう。
さすがに僕でも用意しますよ?
『さて、間もなく街の上空だ。驚くなよ?』
「「「え?」」」
黄龍が不吉な言葉を告げた途端、何匹もの小型聖獣が空へと舞い上がり、途中で色とりどりな純粋魔力の結晶をばらまいていきました。
それも一匹や二匹ではなく十、二十と次々舞い上がっていき……百は超えましたね、多分。
一度舞い上がった聖獣もそれで満足し切れていないのか、地上に降りたらまた打ち上げられていますし。
打ち上げは……それよりも大型の聖獣が魔力を使って打ち上げているのですね。
純粋魔力の結晶をばらまかせる仕掛けはより魔力の高い聖獣や精霊の仕業ですか。
芸が細かい。
街に暮らしている民衆は喜んでいますが……僕たちはどう反応すればいいんでしょうか?
「聖獣も精霊も自由ですね」
「本当に。驚かされました」
「……そういう問題?」
「綺麗なのですが……聖獣さんたちはりきりすぎなのです」
「うん。ボクたちが通り過ぎたあとや関係ない場所でも打ち上げが行われているし……お祭り騒ぎになっているよ?」
「それだけ聖獣たちに取って今回のスヴェイン様とアリア様の訪問は嬉しかったのでしょう。……街の民の様子からして味を占めた聖獣や精霊は定期的にやり始めるでしょうが」
「そうですね。後ろでマサムネにひっついているふたりも見てはいかがですか?」
「はい!? なんですかこれ!? 小さな聖獣が光をばらまきながら飛んでます!?」
「綺麗……これをモチーフにしたデザイン作れないかな……」
サリナさん、完全に職人目線ですね。
今度、細かいモチーフを布に魔法でつける方法も伝授しましょうか。
ユイの許可が出ればですが。
さて、聖獣たちのお祭り騒ぎを余所に、僕たちはシュミット公家の方へ飛んでいきます。
後ろの方ではお祭り騒ぎがいまだに続いていますが……あれ、夜まで続くんじゃないでしょうか?
『さて、私が着陸出来る場所だから屋外訓練スペースでよいのだったな?』
「ほかの場所では家に被害を出しますからね。そこに降りてください」
『わかった』
訓練場の方へカイザーが降り立ち、僕たちがカイザーから降りると、既に待ち構えていた執事やメイドたちがすぐに側へとやってきました。
「お久しぶりでございます。スヴェイン様」
「デビス。久しぶりです」
「スヴェイン様はお変わりなく。アリア様もリリスも変わりないようで安心いたしました」
「久しぶりです、デビス。お元気そうでなによりです」
「デビス、あなたも息災でよかった。スヴェイン様や奥方様方のことは私が守ります」
「お任せいたします。それでそちらが……」
「はい! 第二夫人のユイです!」
「そう固くならずに。シュミット家家宰のデビスと申します。以後お見知りおきを」
「はい。よろしくお願いします」
「あと、そちらのお嬢様たちがスヴェイン様のお弟子様ですか?」
「はい。スヴェイン先生とアリア先生の弟子でニーベと言います」
「同じく、スヴェイン先生とアリア先生の弟子、エリナです」
「礼儀もなっているようで結構。そちらのおふたりは?」
「エルフの方は私から。昨年の夏、スヴェイン様のお仕事でとんでもない不始末を起こしたために夫人の座を剥奪した居候のミライです」
「はい、居候のミライです……」
「アリア様……さすがに厳しすぎるのでは?」
「家との縁を切り追い出さなかっただけでも温情措置と考えていただかなくては」
「……やはり、アリア様もシュミット家の女性、厳しいですな。もうひとりの女性は?」
「私の弟子でサリナと言います。いまはスヴェインの家で居候をさせながら修行として店舗経営をさせている最中。シュミットに連れてきたのは、シュミットのデザインや服に触れることで新しい着想を学ばせるためです」
「なるほど。具体的にはどうなさるおつもりで?」
「帰るまでの十日間好きにさせるつもりでしたが……それでは足りませんか?」
「せっかくの機会です。もっと深いところを学ばせましょう。〝努力の鬼〟ユイ様の弟子では物足りないかもしれませんが、私の知り合いにも服飾師はいます。それらの元で一日ずつでも学ばせるべきでしょうな。あとは、メイドたちの中でも裁縫を行うものもいます。彼女たちの技も参考になるかもしれません。サリナという少女の育成計画は私にお任せいただいても?」
「ええと、家宰のデビス様にご負担をおかけいたしますが、もしよろしければ」
「なに、この程度は惜しみません。最低でも〝努力の鬼〟が認めて店を出させているのです。シュミットの技に食らいつくのは大変でしょうが粘っていただきましょう」
「あと、サリナは〝子供服専門〟です。それもお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん構いません。いや、この歳になってわずかな間でも人材を磨くチャンスに巡り会えるとは。シュミット家の皆様は黙っていても自己研鑽だけで超一流の輝く宝石になってしまいますからな」
なかなかに酷い言われようですが事実なので否定できません。
デビスにも無理をしないように止められた経験はありますが、なにかをするように促された経験はありませんからね。
「それで、皆様、お荷物は? 全員手ぶらのようですが」
「ああ、すみません。ついいつもの癖ですべてマジックバッグに詰めてありました」
「そうでしたか。ですが、今回は賓客。そういうわけにも参りませんぞ」
「……空の旅行カバンで手を打ってもらえますか?」
「仕方がありません。来年からは最低限の着替え等は詰めておいてください」
「わかりました。それでは、これが旅行カバンです」
「はい。皆のもの、丁寧に扱え」
「「「はい」」」
デビスの後ろに控えていたメイドたちが僕の出した人数分の旅行カバンを受け取ると、再度デビスの後ろに並びました。
「さて、お手数ですが皆様には正面玄関に回っていただきます。さすがに賓客を裏口から招き入れるわけにも行きませんからね」
「わかっています。カイザーは」
『様子を見届けたら戻る。黄龍は?』
『我も様子を見届けたら街の騒ぎを納めに行こう。おそらく夜まで続くが』
「頑張ってください、黄龍。カイザー、それではまた、後日」
『うむ。緊急事態があったらいつでも呼べ』
デビスに案内されて正面玄関側へと回るとカイザーが飛び立っていくのが見えました。
それと同時に黄龍も街の方へと飛んでいきましたが……あちらはどれほどの効果があるか。
「さて、正面玄関ですな」
「ですね」
「私どもはこのあとの展開読めていますが」
「私もです」
「このあとの展開?」
「なんなのです?」
「教えてください」
「……黙っていた方が面白そうですわ」
「まあ、洗礼とでも考えて一度受けてみてください。毒ではありませんから」
「相変わらずお人が悪い、入りますぞ」
デビスが正面玄関の門を開くと同時、ぎっしりと並んだボーイやメイドたちが一斉に頭を下げてあいさつをしてきました。
「「「お帰りなさいませ、スヴェイン様、アリア様。ようこそいらっしゃいました、ユイ様、ニーベ様、エリナ様、リリス様、サリナ様、ミライ様」」」
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