シュミットへの里帰り
641.第零泊目:シュミットへの移動
「いいですか? くれぐれもあの狸爺どもには要注意してくださいね? 私たちが不在だからって不利な要求を飲まされないように。特に商業ギルドとか常に隙をうかがってますから」
「ミライサブマスター。それ、何回も聞いていますよ?」
「さすがにしつこいっすよ? 俺たちだって代理としてギルド評議会に臨む以上、相応の覚悟はして行くんだから」
「ですが……」
はい、今日は定期ギルド評議会の開催日午後。
遂に僕の里帰りが実施されることになった日です。
参加者は僕の家で暮らしている人々全員。
サリナさんは『お店のことがある』と辞退するつもりだったようですが、ユイに『違うデザインに触れるのもまた勉強』と説得されての参加です。
最後の参加者はミライさんなのですが……ミライさんの注意が長いこと長いこと。
「それに昇級試験だって……」
「俺たちの前で五回中四回成功でしょう? さすがにギルドマスターやサブマスターほどのプレッシャーじゃないでしょうが応えて見せますって」
「あと、〝第一位のローブ〟の判断は相談して一致したらなんですよね? そこも理解していますのでご心配なく」
「ああ、あとは……」
これでは、いつまで経ってもミライさんの話が終わりそうにありませんね。
仕方がないから急かしましょうか。
「ミライさん。これ以上、遅れるなら置いていきますよ?」
「ひぅっ!? ギルドマスター!? それだけはご勘弁を!? あの広い家にひとり暮らしは嫌です!!」
「それなら、さっさと要点だけ伝えて終わらせなさい。あまりにも長引くなら、マサムネを連れて置いていきます」
「はい! ハービーさんもアシャリさんも自分では判断が難しい決裁が上がってきたら避けておき、私たちが戻ってくるまで判断待ちにしてください! 最初数日間は私はその処理で時間を費やすかもしれませんがアシャリさん、補佐をお願いします!」
「はい。いつも通りですね」
「俺はわかる範囲でギルドマスター決裁と」
「錬金術師ギルドが行わなければいけないギルドマスター決裁は少ないです。でも、数字の間違いなどがないかだけはしっかりチェックしてください」
「わかりました。気をつけて行ってらっしゃいませ。ギルドマスター」
「アシャリさん、本当の本当によろしくお願いしますね?」
「いつも通りの業務ですよね? 問題ありませんよ」
「うう……アシャリさんに段々居場所が……」
「なんのための次期サブマスターですか。居場所を譲り渡していかないといけないのは当然でしょう?」
「……はい」
「さて、僕の方からは以上です。未練がましいミライさんからは?」
「大丈夫です。アシャリさん、しっかりしていますし、ハービーも大丈夫そうですし」
「では出発ですね。さっさとマサムネに乗る」
「はい! 久しぶりによろしくお願いします!」
「グルゥ!」
「それでは、僕もこの辺で。緊急事態があったらウエルナさんを呼んで彼の判断に従ってください」
「「はい」」
「それでは、行きますよ。ウィング」
『待ってました!』
僕たちはウィングとマサムネに分乗して竜宝国家コンソールを出国し、一路カイザーの元へ。
カイザーの側には今回シュミットに渡るメンバーが既に勢揃いしていました。
正確には僕たちが大遅刻なだけです。
「ようやくきましたわね。ミライ、反省の弁は」
「スヴェイン様には聞かないんですか!?」
「あなたひとりだけシュミットの宿屋十泊でもいいんですよ?」
「申し訳ありません! 私が長々と錬金術師ギルドマスター代理とサブマスター代理に説明をし続けていただけです!」
「正直で結構。間に合わなければあなただけ置いていくところでしたが、間に合いましたしそれは勘弁してあげましょう」
「ありがとうございます! アリア様!!」
アリア、相変わらず強いですね。
いや、今回ばかりは全面的にミライさんが悪いのですが。
「それで、ミライはどの程度酷かったのでしょうか?」
「同じ注意をループして何回も聞かせている程度には酷かったです」
「……『マジックショック』でここに転がして出発するべきでしょうか?」
「それはご容赦を!?」
「アリアもいじめるのはそれくらいにしなさい。せっかくの帰郷なんですから」
「せっかくの帰郷だからです。私どもが帰郷するということは否応なしに公王家のご厄介になるということ。家の恥になるような人間を連れて行くわけには参りません」
「「え……」」
その言葉に反応したのはミライさんと……サリナさんですね。
サリナさんも『帰郷』と言う言葉を甘く考えていたのでしょうか。
「し、師匠。私、考え直しちゃダメですか?」
「ダメです。あなたが公王家で十泊ご厄介になることは先方にも連絡済み。客間としては格の低い部屋に通されるでしょうが、間違いなくシュミット公王家の客間です。覚悟なさい」
「で、でも、師匠。もし粗相を働いたら師匠の顔に泥を塗ることに……」
「テーブルマナーなどはリリスに叩き込まれましたね? この春からずっと」
「は、はい」
「なら大丈夫でしょう。お茶会も家族での席、公王家の皆様は多少のルール違反は気にしませんよ」
「そうですか?」
「そうです。私だってお茶会のルールはいまだにわからないのに笑って済まされているのですから」
「でも……公王家の、すなわち王族の皆様ですよね? 緊張いたします」
「少なくとも当代の王家は王族の威信より、気軽に民とふれあえる人間を目指しているようです。変に気を負う必要は必要などありません」
「さすがは第二夫人……師匠も余裕だ……」
「昨年のジュエル様の一件で思い知らされましたから……」
サリナさんも大丈夫でしょう。
あとは、我が弟子がどんな気分でいるかですが……聞くだけ無駄でしょうね。
「ニーベちゃん、エリナちゃん。初めてのシュミット旅行。楽しみですか?」
「はい! とっても楽しみなのです!!」
「先生の生まれ故郷! どれだけ技術が発達しているのか気になります!」
「あなた方の期待を裏切るようで悪いですが……錬金術講師でもない限りあなた方より上の錬金術師はほとんどいませんよ?」
「そうなのです?」
「もっと栄えているのかと」
「あなた方、高品質ミドルマジックポーションは安定しましたか?」
「ぎりぎり安定ラインなのです」
「九割には乗っています。もう少しで失敗しなくなる気がしますね」
「それだけ育っていれば十分過ぎますよ。あなた方のことですから錬金術講師訓練所にも興味を示すでしょうが……まだ講師になる前のひよっこの集団。錬金術の腕を磨きながら指導方法を学んでいる最中ですからね。邪魔をしてはいけませんよ?」
「「はあい」」
……この子たち、やっぱり乗り込むつもりでしたか。
事前に釘を刺しておいてよかった。
「ほかに行きたいところや見たいものはありますか?」
「うーん、魔道具や錬金術道具がどんな風に発達しているかが知りたいのです」
「あとは……『コンソールブランド』の〝元〟になっている各種武器とか服とか宝飾品も。どれくらいの差があるのか確認して帰りたいですね」
「それくらいならいいでしょう。なんだったら買って帰って各ギルドマスターのおみやげにしては?」
「それ、ギルドマスターの心が折れないのですか?」
「折れたのでしたらそこまでですよ。ほとんどのギルドマスターたちはそれを見て更にやる気を奮い立たせるでしょう」
「そういうことなら買っていくのですよ」
「うん。自分たちの勉強用とおみやげ用に」
さて、意思確認をしなければならないのはこれくらいですか。
あとはリリスですが……聞くまでもないでしょう。
「リリス、受け入れ準備はできていると?」
「はい。ピクシーバードで連絡を取っております。どこかの誰かが遅くなったせいでお待たせしているかと」
「あまりいじめないであげてくださいね」
「彼女にも〝妻〟に戻っていただかねばならないのです。これでは対外的な示しがつきません」
「お手柔らかに」
「置き去りにしなくて済む程度には」
さて、これで全員の確認は終わりましたね。
あとはカイザーに乗り込むだけです。
「カイザー、問題ありませんね?」
『無論だ。私は届けたあとこちらに戻ってきてもいいのだったな』
「はい。帰りの日にまた迎えに来てください」
『承知した。いない間は最上位竜たちに守りを任せる。早く乗れ』
「さあ、皆。カイザーの許可も出ました。聖獣ごとカイザーに乗って出発ですよ」
僕としても数年ぶりのシュミットです。
いまはどのように変わっているんでしょうか?
楽しみですね。
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