640.本部錬金術師選抜中間報告

「とりあえずあの六名は合格ですか」


 僕は就業時間後のギルドマスタールームでウエルナさんや第二位錬金術師たち、あとニーベちゃんとエリナちゃんを集めて話をすることにしました。


 内容は今年の新規入門者の状況について。


 僕は完全に閉め出されていますから第二位錬金術師たちに聞くしかないんですよ。


「はい。トモ、ネーヴ、メアリー、ブルーノ、ワルター、ルーウェンの六名は文句なしで本部付きにして構いません」


「あとは上へ上へと目指してくれるかですが大丈夫でしょう」


「私も授業に入っていますがブルーノ君たちは熱心ですね。ちょっとライバル意識が高すぎるのが困りますけど……」


「トモたちは逆に仲が良すぎだな。熱心なのはいいが、あの様子じゃ全員同じ歩調で進み続けそうだ」


「そこもやがて改善していくでしょう。今のところは好きにさせておきなさい。去年はヴィルジニーさんしか残らなかったためにライバルも友人もなかったのですから」


「そうですね。全員魔力枯渇を起こしすぎですが」


「ニーベ様、エリナ様。本当に今年は余計な事を吹き込んでませんよね?」


「断じてしていないのです!」


「はい! 信じてください!」


「まあ、そこはよしとしましょう。問題はヴィルジニーさんのように稼ぎすぎて困らないかですが」


「ああ、それでしたら。トモたち女性三名は使うあてがあるみたいですよ」


「そうですか。それならよしとしましょう」


 お金の使い道があることはいいことです。


 どうにも第二位錬金術師たちすらお金を貯め込んでいて使えていないようですし。


「とりあえずプライベートの詮索はよしましょうか。ほかの本部に残っている見習いたちの様子は?」


「まだまだですね。高品質ポーションを安定し始めてきているのがちらほらいるくらいです」


「こちらのアトリエでもです。ブルーノ君たちほど先に進めないみたいで……」


「むしろその六名が異常なんでしょうね。例の事件の後遺症は?」


「まったく見受けられません。トモたちはとにかく仲良くポーション作りをしています」


「ブルーノたちもです。こっちはライバル意識を持ってですがお互いいい刺激になっています」


「わかりました。今後もアフターケアは忘れずに。六名がアトリエに戻ったときの反応は?」


「こっちも様々でした。祝福する者からうらやましく見る者まで。少なくとも去年、ヴィルジニーにやったようなにらみつける馬鹿どもはいませんでした」


「ブルーノ君たちもですね。彼らも休憩時間に質問を受け付けていますし、アトリエのリーダーになっていますから」


「ではアトリエの環境も今のところ良好と。病巣どもは例の一件で一掃できたのでしょうか?」


「そこまでは俺たちにも……」


「はい。さすがに人生経験が不足しています」


「ですよね。もう少し経ったら素行調査をかけましょう。ウエルナさん、支部に渡った新規入門者は?」


「正直に言ってあまり質がよくないです。支部の環境がいいと考えてきた連中ばかりなので、最初期指導が魔力操作のみ、それも二週間ぶっ続けで休みなしだなんて考えてもいなかったみたいですよ? そのあとの蒸留水指導だって一週間ぶっ続けでやらせましたし、途中から休みがちになった連中も出ました」


「その方々はいまどうしていますか?」


「当然苦しんでいます。魔力操作がろくにできないんだ、その先にある魔力水だのポーションだのをうまく作れるはずもない」


「補講は……最低でもポーションからでしたっけ」


「ええ。ユキエにも魔力操作や蒸留水の補講はやらせないように指示しています。そもそも補講になんて行ってないようですが」


 あまりにも情けない。


 シュミット講師陣には申し訳ないですが今年は採用基準にばらけ方がありすぎたのでしょう。


「それにしても最初が本部だとはっきりしちまいますね、入門者の差が」


「その通りです。支部の条件がよさそうなことをちらつかせただけで四十名以上減ったんですよ? そんな甘い覚悟で『新生コンソール錬金術師ギルド』の門を叩こうなど百年、いえ、千年早いです」


「いつも厳しいな。第二位錬金術師は」


「ウエルナさんが甘いんです」


「シュミットの講師より厳しいコンソールの錬金術師はどれだけなんだかな」


「ギルドマスターに育てられてきたんです。当たり前でしょう?」


「違いねえ」


「そんなに厳しく育ててきましたかね?」


「ギルドマスター基準です」


 ……僕ってそんなに厳しいですか?


 ギルド員にはそこまで厳しくしている記憶はないのですが……。


「それで、今年は何人くらい残りますか?」


「このまま五十名くらい残ってくれると嬉しいですが……高望みでしょう」


「可能なら三階の一アトリエ分、四十名。少なくとも三十名は残ってもらいたいですね」


「あと一カ月と三週間で見習い卒業。難しいお題ではないはずですが……」


「あいつら焦り始めてるんですよ。猶予がそれしかないってね」


「よく考えればいままでの講義期間よりも長いんです。マジックポーションは全員ある程度できるんですから、焦らず高品質ポーションから始めて一カ月を目安にすればいいのに」


「そこのペース配分も錬金術師には必要な能力です。焦らずじっくり目標を決めて達成するようにしないと」


「今年は先行している連中が六名出てますからね。焦りたくなる気持ちもわかりますが、それだけでは足りないことも理解しないと」


「今日、見習い卒業試験を受けさせたのは間違いでは?」


「見習いのまま遊ばせておくのはもったいない人材なので」


「ええ。早いうちに薬草栽培とかも仕込みたかったですから」


「あなた方も抜け目がないですね」


「支部が頼りないせいでいつまで経っても本格栽培に進めませんからね。ギルドマスターの引退時期まで決まったのに」


「あー……すまん」


「ウエルナさん、反省するならさっさと人間を送ってください」


「そうしたいんだがなあ。いまは支部でも掃除の途中なんだよ。思い上がったバカがいないかどうか、錬金術師も事務職もひっくるめてな」


「それじゃあ仕方がありません。ですが、本当に急いでくださいね? マニュアルだけできても本格栽培に進めないんじゃ意味がないんですから」


「いや、そこは本当に申し訳ない」


 ウエルナさんも第二位錬金術師にかかると形無しです。


 いつからこんなに強くなったんでしょうか。


「薬草の本格栽培も早めに始めたいですが、支部の綱紀粛正は本当に大丈夫でしょうね?」


「そこは俺たちを信頼してください。ただ、かなりの人数を破門にする可能性もあります」


「破門者の数は気にしなくても結構。今後のポーション輸出減少を見込めば下位ポーションしか作れない人材は不要になってきましたから。冒険者ギルドに卸すならともかくね」


「そっちもミライサブマスターの施策がまだ生きているんでしょう? 必要なのってマジックポーションだけでは?」


「僕だって早めに供給を止めたいのです。そこの受け皿はしっかりしないと」


「そっちもミライサブマスターと相談して話を詰めます。商業ギルドとの兼ね合いもあるでしょうから、すぐにとはならないでしょうが近いうちに置き換えられるようにしましょう」


「よろしくお願いします。しかしそうなってくると、ポーションの『コンソールブランド』は本当に特級品以上になってきます」


「本来なら高品質以上のミドルポーションも作りたいんですがね」


「やめろと言っても止まらないでしょう? 無理をしない範囲でお好きなようにどうぞ。僕がいなくなっても師匠の本は残していきますから」


「ありがとうございます。結果は必ず見せつけに行きますので」


「ええ、楽しみにしていますよ」


 昔は本当にひな鳥でしかなかったこの子たちもいまでは立派な親鳥ですね。


 僕にできるのは全体の舵取りと素材の供給ぐらいになってしまいました。


 ……たまには指導がしたいです。

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